[81]
早いもので年度末のテストが終了した。私とベンヤミン、ヘルミはクラスを変わることなく一年を終えることができた。二年目の始まりもAクラスからスタートだ。そして入学当初のクラスメートもほぼ変わることなく、そのままAクラスに進級することが決まった。
『結局ホベック語は追いつけないままだったな』
ベンヤミンは一年間別カリキュラムでホベック語の授業を受け続けた。指導する教師も大変だったとは思うが、試験も私たちと同じものは受けられず、代わりに大量の課題提出を課せられていたのだ。
「二年生こそは同じ授業を受けられるようになりたいですね」
『夏休み返上するか』
「えっ?!」
『冗談だマルクス 私も休暇は欲しい
だが・・・追いつくにはそこしかないよな』
『ベンヤミンは領地へ帰るのだったな』
「船だからすぐ戻って来られるぞ レオも行くか?」
運河が完成し、王都とノシュール領が水路で行き来できるようになったのだ。早速ベンヤミンとデニスは船旅を楽しんでくるらしい。
『それもいいが・・・
マルクスたちの予定はどうなっている?』
「僕は王都で過ごします」
「俺もです」
「僕も予定はありません」
『そうか・・・
相談なのだが一週間ほど集中してホベック語の勉強をしないか?』
「やります!」
「僕もお願いします」
「俺もやりたいです 早くベンヤミンに追いつきたいですから」
この国では馴染みがないが、語学留学というものがあると聞いたことがある。語学の習得を目的とした留学だ。実際にホベックへ赴くことは不可能でも疑似的にその環境を作り出すのはどうか。終日ホベック語のみを使用しホベック語で生活を送るのだ。多分この方法が最も効果的だろう。
ただ、誰に指導を頼めばよいか・・・生憎ホベック人に心当たりはない。いや話せることと指導力はまた別だ。ホベック語の指導ができるもの・・・思いつくのは一人しかいなかった。
『よし 頼んでくるか』
「えっ何?レオどこ行くの?」
『ああ ベンヤミンは待っててくれ ビリーク先生に頼んでみようと思う』
「俺も行きます!」
「「僕も!」」
「とりあえず俺も行くわ」
ホベック語の準備室へ向かう。ホベック語教師はビリーク先生一人のため先生の個室みたいなものだ。
『ご相談があって伺いました』
「どうした全員揃って まずは入りなさい」
『夏休みに指導をお願いしたいのですが 先生のご都合はいかがでしょう』
束の間考える素振りを見せたビリーク先生が質問を返してきた。
「どの程度の指導が希望かな」
『年度初めに先生が立てた予定までお願いします』
「・・・あ!いや・・・あの時は僕もつい熱くなってしまってね 君たちはこの一年十二分に努力してきた 自信を持っていい」
「お願いします ベンヤミンと同じ授業早く受けたいですから」
「そうです よろしくお願いします」
「う・・・」
小さな呻き声を上げたかと思うと、先生は背中を丸め震え出してしまった。
『ど どうされたのですか?』
「変なものでも食べたんじゃ・・・」
「先生歩けますか 医務室まで行きましょう」
「うう・・・
素晴らしいぞ 私は今猛烈に感動している かつてこれ程までホベック語を熱心に学ぼうとしてくれた生徒がいただろうか・・・
否!
よし!僕に全て任せてくれたまえ 必ずや希望を叶えてみせよう」
どうやら急な腹痛ではなかったようだ。
顎を拳で支えながら部屋の中を行ったり来たり・・・人って考えるとき本当にこういう行動取るんだな。
「やはり・・・朝から夕刻までぎっしりホベック漬けの一週間!どうだ!」
『それならば合宿はどうですか?』
「そう!それが言いたかっ・・・いや 流石にそれは無理だ 王族を寮に泊めるわけにはいくまい」
『何故ですか?』
「何故って今まで一度も・・・」
『禁止されているわけではないのですね?でしたら問題はありません 皆はどうだ?無理強いはしない」
「僕泊まりたいです!なんだか楽しそうー」
「俺も泊まりに来ます!ワクワクしてきた」
すかさずやや呆れ口調の教師が釘を刺す。
「おい解っていると思うが遊びではないぞ 寮の中でも当然ステファンマルク語は禁止だ」
「はい!楽しみです!」
「話聞いてたか?始まってから泣いても帰してやらんぞ」
「それと・・・ノシュール君も参加するのかい?」
「いえ俺は領地へ戻る予定です」
「そうか では新年度の授業を楽しみにしているといい 驚かせてやると約束しよう」
「はい 俺もしっかりと勉強し直しておきます」
「では早速諸々の調整に動かなくてはならない 詳細が決まったら授業の時に伝えよう」
『ありがとうございます ご指導よろしくお願いいたします』
こうして話がまとまり、レオ達が退出した後ビリークはぽつりと呟いた。
「はぁ・・・
人数が少なくてどうなることかと思ったが いい学年だな 教え甲斐があって幸せだよ」
----------
『レノーイはいるかな』
「いらっしゃるとは思いますが・・・確認して参ります」
『ああ いいよ一緒に行く』
長年私にメルトルッカ語を指導してくれていたレノーイは王宮に自分の部屋がある。確か城下に住まいも持っているはずなのだが、そちらへ帰っている気配は殆どない。
ロニーが扉を叩くと、中から何かの崩れる音がした。
「『・・・』」
「いらっしゃるようですね」
『そのようだな』
漸暫くして扉が開いた。
「やや王子殿下ではございませんか このような夜更けにいかがなされましたかな」
そんなに遅い時間だったのだろうか・・・レノーイよりも先にロニーを見る。ロニーは首を横に振っていた。
「九時を回ったところでございます」
「あなや!」
『少しレノーイと話がしたかったのだが もう寝る時間であれば出直すよ』
「いやいやレオ様 この年寄りとお話しくださるとは有り難きこと どうぞお入りくださいませ」
『失礼する』
レノーイとのメルトルッカ語は授業と言う形ではなくなったが、会話は今も続けている。
〈それではここからはメルトルッカ語と参りましょう〉
《わかった 今日はレノーイに相談に乗ってほしいことがあるんだ》
〈留学のことでございましょうか?〉
《それもある》
『ロニーもこちらへ座って一緒に聞いてくれないか』
《レノーイ ロニーはメルトルッカ語が堪能だ》
〈承知いたしました ではこのままメルトルッカ語で会話ですな〉
〈失礼いたします〉
ロニーも椅子に座る。
〈ほうほう レオ様のお考え お気持ちよくわかりました もうお答えは出ているように思いましたが そのまま陛下へお伝えされてはどうですかな〉
〈陛下がご反対なされることはないと私も思いますね〉
《二人とも聞いてくれてありがとう 近々陛下にご相談してくる レノーイまた報告に来るよ》
〈いつでもお待ちしておりますぞ レオ様といると孫と話すようで年寄りには何よりの楽しみです故〉
《私もレノーイを祖父のように感じることはあるが そこまで歳じゃないよね》
〈さあ どうでしたかな・・・〉




