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『ロニーにこんなことまでさせてすまない』
「何をおっしゃるのです。ただですら主に仕事を奪われて時間が有り余っております故、仕事を与えられて感謝いたしておりますよ」
そのビミョウに棘のある言葉に私は沈黙を返すことにした。
朝、学園へ向かったその足で、時々ロニーにはスイーリへの手紙を届けてもらっていた。
王宮には手紙の配達を専門にしている部署がある。近いところでは王宮内へ、それから城下の宛先へ、遠くは地方の領地や教会へと配達専門の職だ。勿論その者たちをクビにしたくてロニーに頼んでいるわけではない。
ロニーは決して口には出さないが、少しでも早くスイーリの手元へ届くようにと自ら届けてくれているのだろう。最初の頃はロニーが直接届けに寄っていることを知らなかった。スイーリからの手紙で知ったのだ。
『ありがとう、行ってくる』
「いってらっしゃいませ」
暫くスイーリにも会えていない。そう思い、日々の些細なことなどを綴った手紙を週に何度か送るようになった。スイーリからも同じように毎日の出来事を報告する手紙が届く。さながら交換日記のようだ。
「おはようございます、レオ様」
『おはようクレメンティ』
「おはようございます」
『おはよう』
見知った顔と挨拶を交わしていく。
「おはようレオ」
『おはよう、デニス、ベンヤミン』
ノシュールの兄弟は今日も揃って登校だ。デニスはアレクシーと違って早朝から鍛錬に来ることもないからな。そのデニスが私の歩幅に合わせて近づく。
「レオ、弟から聞いた。多忙のようだな。次週の茶会は参加が難しいか?」
次の日曜日、ノシュールで茶会を開く予定があることはベンヤミンから聞いていた。参加できる、と答えたのがよくなかったようだ。
『多忙ではない。伴奏があるだけだ。2週目の人数は少ないから早く終わると聞いているし、着替えに戻らなければ少し遅れるとは思うが参加できるよ』
「制服のままで構わないから来ないか?」
『わかった、行く』
仲間内での茶会の場は息抜きの時間でもある。スイーリにも会えるし、いいことづくめだ。
「レオの学年、伴奏1人なんだって?大変だな」
やっぱりデニスも眉尻を下げた。アレクシーと全く同じ反応だ。だが、私の答えはアレクシーに返した時とは少し変わったかもしれない。
『試験を受けるものよりは気楽さ』
気楽なことには違いない。試験を受けるのは私ではないからな。そのことはデニスも承知のようで。
「気は楽かもしれないけど、1人出ずっぱりだろ。何人いるんだ?」
『70くらいだったと思う』
人数を聞いて絶句している。そうだよな。全員が合格するのではないし、狭き門だ。今年選ばれないものも少なくないだろう。
けれどデニスの驚いた理由は参加者に同情したからではなかった。
「70?!ー嘘だろう?どんなに多い年でも40人程度だと聞いているぞ」
知らなかった。
例年この人数を1人、2人の伴走者でこなしていものだとばかり。
今年は音楽愛好者が特別多い年、ということだったのか。
『ー聞かなかったことにする』
うん、知らないままでいたかった。
私は多忙と言う言葉があまり好きではない。ー少し違うな[忙しくて時間がない]と言う言い訳が嫌いだ。時間に支配されているような気になるのだ。
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「お帰りなさいませ。お疲れ様でした」
『うん、ただいま』
耳の奥でまだ音楽が続いているような気がする。指の関節が上手く働かない。
「かなりお疲れのようですね 。まっすぐお戻りになられますか?」
ロニーは気遣うが、スイーリに会う。それを目当てに乗り切ったんだ。
『いや、ノシュール邸へ向かってくれ』
「かしこまりました」
ノシュール邸に入ると、賑やかな声が聞こえてきた。
「レオー!待ってたよー!わっ制服だね!」
制服姿でイクセルに会うのは初めてだもんな。
「レオ様、お疲れ様でした」
事情をよく知るヘルミからは、心底同情する目を送られた。
『遅くなってすまないな』
とりあえず空いていた場所に腰を下ろした。すぐさま温かい紅茶が目の前に置かれる。
「お疲れ様レオ。随分疲れた顔しているな、大丈夫か?」
デニスが思案顔で覗き込んできた。
『そんなに顔に出ているか?先程ロニーにも言われた』
「クマできてる。レオのそんな姿珍しいぞ。いや初めて見た」
『そうか』
遅刻な上に気を使わせては駄目だな。顔を洗ってくればよかった。
「無理に誘って悪かった」
デニスに謝らせてはいけない。きちんと説明しておこう。私は数時間ピアノを弾いた程度でくたびれるほど脆弱ではないつもりだ。
『一応言っておくと疲れてはいないんだ』
「その顔で?無理するなよ」
2週連続同じ曲を弾き続けて飽きたとは言えない。そして強いて言うならば疲れたのは耳だ。まだ耳の中に例の課題曲が残っている。
『走りたいな、ここから城まで走って帰りたい』
「そういうことか」
デニスが腹を抱えて笑い出した。あっ、もしかして声に出たか?
『今、声に出したか?』
「ああ 、バッチリ聞こえた」
デニスはまだ笑いが治まらないようだけれど、まあ、納得してくれたならいいか。そういうことさ。だから心配無用だ。
「なになにーそんなに面白いことあったの?」
『言うなよ、デニス』
デニスは笑いを引っ込めて、「秘密だそうだ」とイクセルを躱してくれた。
「気になるなぁ。ねえねえ!それよりさ、来年は僕もレオの伴奏で弾けるのかな」
『いや、イクセルの学年のピアノ伴奏が受け持つだろうな』
「そっかー、残念」
悪いなイクセル。来年イクセルの代に伴奏コース選択者がいなかったとしても、私は辞退したいと思う。自分の学年だけで手いっぱいだ。
「それにしてもあの時言ったのはアンナだったか、見事予言が当たったな」
「何の話ですの?」
デニスの言葉に心当たりのないアンナは不思議そうな顔をしている。
「ほら、レオが髪を短くしてきた茶会の時に言ってただろう?秋には短髪が大流行するってさ。その通りになったぞ」
確かに学園の中で短髪の男を見かけるようになった。今、目の前にも1人いる。
「レオに感謝しかないぜ。3年にもかなり増えてきたな」
『それはアレクシーが短くしたからだろう』
そうなのだ。アレクシーも夏のうちにすっかり髪を短くしていたのだ。黒い髪を短く刈り込んだ姿はアレクシーにとても似合っていて、少し羨ましい。いいよな、アレクシーは黒髪で。
「すぐに乾くしさ。騎士科にもいるんだぜ。髪を括っていた先輩がいきなり刈り上げてきたときは驚いた」
それは思い切ったことをするもんだ。でも、いいことだな。悪目立ちすることもなくなった。
『確かに増えてきたな。おかげで私も目立たなくなったしよかった』
「レオ様が目立たないということは決してないと思いますが」
アンナがジト目で見ている。
「そういうことにしておいてやれ、アンナ」
デニスがこっそりアンナに耳打ちしているが聞こえているぞ。
「それはそうと席を変わろう。スイーリこちらへ来ないか?レオが話したがっている」
『おい』
今、スイーリのところへ行こうと思ったのに。
「遠慮するな、久しぶりに会えたのだろう?それにあそこ見ろよ」
デニスが示した先ではベンヤミンとソフィアが会話に夢中になっている。
「ずっとあの調子だ。弟がソフィアを離さないんだよ」
呆れながらもデニスの視線は柔らかい。
立ち上がったアレクシーが去り際に言った。
「レオ、俺たちといる時は我慢するなよ」
『ありがとう』
それでは遠慮なく。




