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「ヘルミさん、ご招待ありがとう」
「お越しいただきありがとうございます。フェデリーコ殿下」
今日はアルヴェーン邸での茶会、以前ヘルミとの話で出た小さな演奏会も兼ねた茶会だ。
今まで音楽の話は殆どしてこなかったようで、お互いの嗜む楽器について驚いたり納得したりだったのが前回の茶会だった。
「殿下、学園には慣れましたか?」
「はい。皆さん良くしてくれますので。アレクシーは今も本科生?」
「はい、私は今年3年になります」
フレッドは前回よりもさらに打ち解けているように見える。今日は音楽がメインだからな。張り切っているんだろう。
「僕はチェロを弾くんだけれど、殿下と同じだからお茶会の日はフルートにしようかな」
意外と言っては失礼だが、音楽への造詣が最も深かったのはイクセルだった。
「ポリーナのレッスンの伴奏でピアノを弾くこともあるよ。ポリーナはねヴァイオリンを習い始めたんだー」
そうなのだ。イクセルはいくつもの楽器を弾きこなすらしい。
「イクセル様がここまで多才とは知りませんでしたわ」
「でしょでしょ、褒めてー。アンナちゃんは何が得意なの?」
イクセルが生き生きとしている。いつも以上に。
「今はヴィオラをレッスンしています」
「今はってことは以前は別の楽器を?」
イクセルとアンナが楽器の話題で話し込んでいる。今まで話題に上らなかったことが不思議なほどの熱中ぶりだ。
2人は学園のオーケストラを目標にしているそうだ。
アンナが幼い頃から習っていたヴァイオリンをやめて、ヴィオラに転向したこともオーケストラ入りを見据えてのこと、らしい。
「ソフィア様とベンヤミン様はヴァイオリンをお弾きになるのですね。実はアレクシー兄様もその昔ヴァイオリンを弾いていらしたのよ」
スイーリのその言葉も衝撃的だった。アレクシーが楽器を嗜んでいたとは、私と並ぶほど意外なことだ。
「言うなって言っただろう!ずっと前に止めたんだ。もう全く弾けない」
アレクシーも私と同じだったんだろうな。半ば強制的に習わされていたんだろう。
「その後はどうしたんだ?」
「剣の稽古で忙しかったんだ。それ以降音楽は何もやっていない」
もう俺のことは放っておけとばかりに、アレクシーはごくごくと茶を飲み干した。
「私は本当はハープを弾いてみたかったんです」
ソフィアがぽつりと言った。それは小さな声で、近くにいた数人に聞こえただけだと思う。
「そうだったのか、ソフィア」
しっかりとソフィアの隣を陣取っていたベンヤミンにもその声は届いていた。
「ええ。でも領地では教えていただける方が見つからず、1年の半分しか弾けないのでしたら上達もできないと思いまして、ヴァイオリンにしました」
ハープは少数派なんだな。つくづく私には音楽に関するあらゆる知識がない。けれどひとつ役に立てそうなことがあった。
『ソフィア 、今でもハープに興味がある?』
「はい。でも全くの初心者ではハープのクラスを選択できませんから」
そうなんだろうな。学園の音楽の授業は1から教えるものではないらしい。基本を習得済みで、それなりに弾きこんだものが高みを目指す場、のようなんだ。
『うん、学園で学ぶことは難しいだろう。でも趣味で楽しむのはどう?1人先生に心当たりがあるよ』
ソフィアの表情がぱぁ、と明るくなった。それは私が知るソフィアにしては珍しい表情だった。
「レオ様もハープを?」
『いや私は全く。でもソフィアが弾いてみたいのなら話をしてあげることはできるよ』
残念ながら音楽に関して直接手助けできることは何もない。こうして間接的に紹介するのが精一杯だ。
それでもソフィアは充分に興味があるようで。
「よろしいのでしょうか、この歳になるまで一度も触れたことがありませんが」
「初めは誰だってそうさ。俺はソフィアがハープを弾くところを見てみたい」
すかさずフォローに回るベンヤミンだ。
ベンヤミンの言う通りだ。今から趣味をひとつ増やすのもいいんじゃないか?
「ベンヤミン様、ありがとうございます。
レオ様、ご紹介いただいても構いませんか?」
役に立てて何より。ソフィアの念願が叶うなら今日にでも話をしておくよ。
『もちろんだよ、王妃殿下もお喜びになるだろう』
「えっ」
ふいにソフィアから色が消えた。なんだか気まずそうに下を向いて指と指をくるくるとさせている。
「レオ、もしかしてその心当たりというのは」
ソフィアの代わりのようにベンヤミンが尋ねたが、今、言ったよな?まあいい、もう一度言うか。
『私はハープに関して全くの素人だが、王妃殿下のハープ演奏は素晴らしいと思うよ』
今度はソフィアからきっぱりと言われた。
「あの、やはりこのお話はなかったことに」
『厳しくはないよ。お優しい方だから心配することはない』
そもそも趣味で演奏するんだ。間違えても叱ったりはしないだろうさ。だけど、叱られることを恐れているのではないらしい。
「レオ、ソフィアの身にもなってやれ。王妃殿下直々に教えていただくなど荷が重すぎるぜ」
『そうか、私が興味を示さなかったことがとても残念なようだったから、お喜びになることは間違いないんだが。仕方ないな』
そういうものなのか。わかってるようで、わかってなかったんだな。どちらにもいい機会だと思ったのに。
「レオ様、ソフィア様。私もご一緒させていただきたいと言いましたらご迷惑でしょうか」
スイーリの言葉に私より先に答えたのはソフィアだった。
「スイーリ様!ご一緒していただけるのですか?」
「まだお聴かせできるほどのものではありませんが、ハープは嗜んでおりまして。ソフィア様がよろしければ、一度私のハープを触りにいらっしゃいませんか?」
スイーリがハープを弾くことも初耳だった。つくづく皆多才だと感心する。そしてベンヤミンの気持ちが今わかったよ。私もスイーリの演奏する姿を見てみたくなった。
「ありがとうございますスイーリ様。是非お伺いさせてください。
レオ様、本当に私のようなものが王妃殿下に教えを乞うてもよろしいのでしょうか」
『殿下には話を伝えておくよ。2人へは私から連絡をする』
多分1番お喜びになるのは王妃殿下だ。今日伝えに行ったら、明日にでも2人を呼んでしまいかねない。
「良かったなソフィア、願いが叶って。いつか俺にも聴かせて」
「はい嬉しいです。ありがとうございます、私、きっと弾けるようになってみせますね」
「そろそろ演奏を始めましょうか」
話の区切りがついたところで、ヘルミから声がかかった。
「申し訳ありません。少々指先を傷つけてしまい今日は皆様の演奏を聴かせていただきに参りましたの」
「まあソフィア様 お怪我を?大丈夫なのですか?」
今まで近くで話していたと言うのに、全く気がつかなかった。ベンヤミンもそれはオロオロと心配そうにソフィアの指先を見つめている。
「些細なものなのですが、ヴァイオリンを弾くのは少し難しくて」
「俺は楽器は弾けないから聴く専門だ。だからソフィアも気にするな」
どっかりと座り寛いでいるアレクシーから、ざっくりとした励ましが飛んできて、ソフィアもニコリと頷いた。
さて。
「これって後になる方がプレッシャーだよな。俺たちから弾かせてもらおうベンヤミン」
そう言ってピアノの前へ向かったのはデニス、そしてヴァイオリンを持ったベンヤミンが続いた。
「お2人で合奏ですね!楽しみだわ」
2人が演奏した曲は、軽快で小気味の良いカノンだった。流石兄弟と言いたくなる息の合った演奏だ。
「凄いよーデニスとベンヤミン!息ぴったりだったねー!」
『素晴らしかったよ』
皆が拍手を送る。
「ありがとう、練習してきてよかったなベンヤミン」
ベンヤミンも少し照れ臭そうに笑っている。
さあ、デニスの言葉じゃないが早く終わらせた方がいいよな。次に、と立ち上がろうとしたら強く腕をつかまれた。しかも両方から。
「私たちは最後にしましょう、レオ」
「当然トリはレオだろう。まだ行かせないぜ」
不満だ、納得いかない。フレッドはともかくアレクシーはなんなんだ。こういう場は音楽への理解が高いものが最後を飾るべきではないか。まあいい、私は伴奏役、今日の主役はフレッドだからな。
「では私が。よろしいでしょうか」
立ち上がったのはスイーリ、手にはフルートを持っている。
ゆっくりと優雅に一礼してフルートを構える。拍手と共に早くも感想が囁かれ出した。
「凄いな譜面なしか」
「スイーリ様は暗譜ですのね!」
彼女が奏で始めたのは、静かで物悲しいどこかで聴いたことのある曲だった。いつ聴いたのだろう、記憶を辿りつつ演奏に耳を傾ける。すると転調し途端軽やかで楽しい曲が顔を出した。これはー
知っている。名前も内容も思い出せないがこの曲だけは私の記憶の中にも残っていた。目頭が少し熱くなる。
演奏が終わり、再び礼をしたスイーリへ割れんばかりの拍手が起こった。
「凄い!凄いよー!スイーリちゃんが作曲した曲なの?転調してからのメロディーがとても印象的だったよー頭から離れそうにないや。またいつか聴かせて?」
イクセルが珍しく早口になっている。
「私の作った曲ではありませんがー」
頬を染めたスイーリはイクセルの質問攻めに合っている。
〈初めて聴いた曲だ。良い演奏だったね〉
フレッドも感心した様子で拍手を送り続けていた。
《ああ、とても印象的な良い演奏だったな》
「では次もフルートだよ」
3番手はイクセルだ。
小鳥のさえずりのように始まったイクセルの演奏は、まるで1つの物語を聴いているかのようだった。1本の楽器でここまで豊かな表現ができるとは。
ここでも大歓声が巻き起こった。
「ありがとうございました」
ペコリと頭を下げるとイクセルは自分の席に戻っていく。
「素晴らしいですイクセル。あなたの演奏には魂が宿っていました。私は今とても感動しています」
フレッドの拍手がまだ止まない。とても満足しているようだ。
「ありがとうございます。フェデリーコ殿下に評していただけてとても光栄です」
イクセルもフレッドに認められたことが嬉しいようで、珍しく頬が赤くなっている。
「素晴らしかったですわ、イクセル様。私もイクセル様を見る目が変わりそうです」
「えへへ、もっと褒めていいんだよー。ありがとうヘルミちゃん」
ヘルミの言うことも尤もだ。イクセルのこの才能を今日まで知らなかったことが今となっては信じられないよ。
続いてヘルミのピアノ、アンナがヴィオラを披露する。
『ヘルミのピアノは何度か聴く機会があったが、いつも惹き込まれるよ。いつまでも聴いていたくなる』
「これ、途方もなく難易度の高い曲だよねー。これを弾きこなすなんて凄いよー」
「ありがとうございます。レオ様、イクセル様」
イクセルもこの曲を弾きこなすんだろうな。ますますイクセルへの評価が上がっていくようだ。
「僕、ヴィオラのソロ演奏を聴いたのは初めてなんだ。とてもいい音色だね。僕も弾いてみたくなっちゃった」
1曲演奏が終わるたびにイクセルから賛辞の言葉が飛び出す。今日の茶会を一番満喫しているらしい。
「アンナさん素晴らしい演奏でした。今度、私とアンサンブルを楽しみませんか?」
「光栄です。フェデリーコ殿下」
〈レオ、社交辞令ではないと伝えたい。代わりに言ってくれないか〉
フレッドの頼みを即座に引き受けた。
『アンナ、フレッドは社交辞令ではないから是非にと言っているよ』
それを聞いたアンナも嬉しそうだ。アンナも音楽への熱量が高いんだものな。
「はい。ありがとうございます」
「こちらこそ。アンナさん一緒に演奏できる日を楽しみにしています」
これで皆の演奏が一通り終わったわけだ。終わってしまったんだ。
「さて、僕たちの番だよレオ」
『そうだな』
この後に出ていくのは充分気が引けるが、大丈夫だ。今日の主役はフレッドだ。私は伴奏に徹するのみ。皆、フレッドの奏でるチェロを満喫してほしい。
フレッドがリクエストした曲の中から私の弾けるものを伝え、何度か合わせてみた。これから伴奏を引き受ける機会も増えることから、フレッドとの合奏は私にとってもいい経験になったのだ。
「チェロコンチェルトですわ」
「王子殿下お2人の競演なんてとても贅沢です。私たちだけで聴くのが惜しいわ」
「どうもありがとう」
無事演奏が終わり、フレッドが立ち上がり礼をする。
一拍置いて大拍手が起こった。芸術留学するだけのことはあるよな、フレッドのチェロは音楽がわからない私が聴いても惹きつけられる魅力がある。
口々に皆が賛辞を口にしている中、今まで饒舌だったイクセルだけが呆然とした表情をしていた。一呼吸分遅れて、やっと息継ぎができたように言葉が溢れだしてくる。
「はっ、僕感動して声も出なかったよ。フェデリーコ殿下素晴らしい演奏でした。僕、今日ここに来れて良かったです」
「ありがとうございます、イクセル」
そして私の方を向くなり両腕をがっしりと掴んで輝いた瞳を見せたイクセルは
「僕もレオと弾いてみたい。お願い!今度僕とも合わせて!」
勢いに気圧されたんだ。断れる状況じゃなかった。
『私でいいのか?』
「うん!レオの伴奏で弾きたい!」
『わかった。練習しておくよ』
「僕も練習する!フェデリーコ殿下のように弾けるようになりたい!」
今日は1番得意な楽器を封じての参加だったんだものな。私もいつかイクセルのチェロを聴いてみたいと思うよ。




