[76]
「それにしてもレオの、なんと言うんだ?凄いよな」
「回避能力、でしょうか」
「ヘルミ上手いこと言うな」
ベンヤミンとヘルミが身を乗り出して話に夢中になっている。隣にいると言うのに、すっかり私は蚊帳の外だ。話している内容は私のことなのにな。
「少人数での行き届いた指導をいくつも受けられるなんてな。羨ましいぜ」
それは皮肉か?
「後は何を選択しているんだ?想像もできないから教えてくれよ」
「私も気になりますわ」
別にいいけど。もう提出済みだし、すぐにわかることだし。
『私はごく普通に選択して行ったつもりだ』
「それでレオは後、何を普通に選択してあるんだ?今日はこれから何の授業を受けるんだ?」
ベンヤミンの言葉には明らかに悪意がある。この状況を楽しんでいるよな。
『宗教学と音楽だ』
「あ、私も同じです」
ほら、普通だろう?
「俺もだ。因みに音楽はなんだ?歌か?それとも楽器?」
『ピアノだ』
今度はベンヤミンが話に詰まる番だ。どうだ?極めて普通だろう?
「普通だな」
よし。ベンヤミンを納得させた。
『だろ?2人は音楽は何を専攻にしたんだ?』
「俺はヴァイオリン。これしか弾けないからな」
「私はピアノにしました。レオ様ご一緒ですね」
『そうか、ヘルミがいてくれて良かったよ』
音楽は人前で歌いたくなかったので、消去法でピアノを選択した。あまり得意でも好きでもなかったが、幼いころから習ってはきていた。私がレオになる以前から。
音楽とダンスは貴族には必須の嗜みらしい。どちらにも興味が薄い私には幼い頃より義務としか思えない授業だった。音楽は陛下の勧めるままピアノを学んだ。が、思い返しても陛下と音楽の話をした記憶はない。どうやら音楽に対する熱量の低さは父親似らしい。
レオはヴァイオリンを弾くんだとスイーリが言っていた。私が一度も触れたことすらない楽器だ。そのことが私をとても満足させた。
「まー、初日がたまたま強烈だったのかもしれないな。パルード語と剣術はいかにもレオが選択しそうだったからさ。残りの座学や実技はバランスよく選択されているんだろうな」
『そうであってくれと願うよ』
「では宗教学の教室へ参りましょうか」
今日は3人で同じ教室を目指した。
----------
「レオ様良かったですね。宗教学もピアノも例年並みの人数だったそうです」
『うん、ほっとした。」
音楽の授業が終わり、今日全ての授業が終わった。ヘルミの言う通り、今日受けた授業には問題もなかったように思う。
『ヘルミのピアノはとても美しいね。音楽の表現はあまりわからないが、ヘルミの音色からは主役の音がした』
乏しい賛辞で申し訳ないな。これでも精一杯の正直な感想なんだ。受け取ってもらえると嬉しい。
「ありがとうございます。レオ様もあの難しい曲を弾きこなしておられて驚きました」
『私のは暗記した通りに指を動かしているだけだ。ヘルミはソロコースにするのだろう?』
「はい、そのつもりでいます。レオ様は?」
卑下するわけではなく、客観的に感じていることだが、私が弾く音は感情がこもっているとも思えず、淡々と譜面を進める作業のようなものだ。だから私はヘルミとは別のコースを選ぶつもりでいた。
『私は伴奏コースにしたいと思う』
ピアノはオーケストラ選抜がないのでソロコース、そして声楽や他の楽器の伴奏を務める伴奏コースの2つに分かれている。
「以前なら驚いたかもしれませんが、レオ様らしいご選択ですね。などと私が申し上げてよいものなのか、失礼申し上げました」
ペコリとヘルミは頭を下げたけれど、全く失礼とは思わなかった。
『とんでもないよヘルミ。私のことを理解してもらえてとても嬉しいよ』
ヘルミとの付き合いも長くなった。今年からは同級生でもある。私のことを理解してくれる数少ない友人だと、今の言葉を聞いて改めて思った。
「そうだわ。今度アルヴェーンの邸でピアノをお弾きになりませんか?スイーリ様にもお聴かせ致したいですわ」
名案!とばかりに瞳を輝かせるヘルミには申し訳ないが、きっとそれはとても退屈な時間になるだろう。
『私のはともかくとして、ヘルミの演奏は皆で聴きたいね』
「では次のお茶会の時に皆様へご提案いたしますね」
そういうことならピアノ以外も披露してはどうだろう。ヘルミに聞いてみることにした。
『せっかくの機会だ、ベンヤミンのヴァイオリンも聴かせてもらおうか』
ベンヤミンがヴァイオリンを弾くということすら知らなかった。私に興味がないせいか、今まで音楽の話が話題になることがなかったからな。
「皆様も様々な楽器を嗜んでおられるでしょうから、お願いしてみましょう。楽しみですわ」
『そうだ、そういうことならフレッドにも声をかけようか』
いいきっかけだ。フレッドは音楽のために留学してきたんだもんな。
「フェデリーコ殿下はチェロのご専攻でしたね」
『ああ、きっと喜ぶだろう』
その翌日は外国語と乗馬の授業があった。
選択科目には必須単位が決まっているものと、単位数を選べるものがある。外国語のみが必須6だ。よって週に3回授業がある。
「ノシュール君のホベック語レベルは、留学経験者クラスだね」
ビリーク先生が絶賛している。
〈上級生のクラスに入るかい?それとも他の教室へ移りたいようだったら私から直接担当へ掛け合ってあげることもできるが〉
〈いえ、このクラスで勉強します。数か月も経てば皆追いつくと思いますので〉
〈素晴らしい。よく言ってくれた!〉
残念ながら2人の会話の内容はひとつも理解できなかった。しかしひとつ確実にわかったことがある。私の友人はホベック語の師でもあるということだ。
「たった今このクラスの目標が決まった。冬休みまでの3ヵ月で基本的な会話までは習得する。それ以降授業中ステファンマルク語の使用は一切禁止だ。1年後には全員をノシュール君のレベルまで持っていくぞ」
とてつもない目標が立ってしまった。1年で留学経験者並みの実力をつけろだって?
「ノシュール君は当面4名と別カリキュラムで進めよう。その間に皆を一気に上げていくからな」
「はい よろしくお願いします」
~~~
〈今日のホベック語授業はここまで〉
《ありがとうございました》
〈ありがとうございました〉
「基礎が身に着くまで宿題はなしだ。代わりに復習はしっかり済ませておくように」
『はい』「はい」
授業が終わると、マルクスがぐったりと机に腕を投げ出した。
「1年で留学経験者レベルにー僕、自信ありません」
本音は私も同じだマルクス。だが、それを言うわけにもいかない。
『前向きに考えようマルクス。私たちの中にそれほどの実力を持つものがいることは幸運だ。ベンヤミンに私たちの勉強を見てもらおうか』
マルクスの前に返事を返したのはベンヤミンだった。
「それ賛成、俺の勉強にもなるし」
『他の2人にも声をかけよう。ベンヤミンどのくらいのペースなら引き受けられる?』
「毎日でも。早く皆がホベック語に馴染んでくれたら俺も嬉しいし」
いいやつだな、ベンヤミンは。追いつくことは無理でも、ベンヤミンが退屈しない程度の授業が受けられるまでは頑張ってみせるからな。
『では次のホベック語授業の前に相談しよう。どうだ?マルクス』
「はい!ありがとうございます。お2人と同じ授業を選択して本当に良かったです」
私はただの初心者だけどな。ベンヤミンがいてくれたことは良かったと私も思うよ。
「次、俺たち乗馬を受けるんだが、マルクスは?」
「僕も乗馬です」
「それなら歩きながら話そうぜ」
乗馬も人気の授業だ。男女問わず実技で最も人数の集まる授業だろう。尤も人気のクラスであるため、馬の休憩も考え1学年につき2単位までと決まりがある。
馬場へ向かうには訓練場を横切る必要がある。
訓練場の端を3人で歩いていくと、見慣れた姿を発見した。
『この時間は3年生の剣術か』
「お?!-見つけた」
ベンヤミンが言っているのが誰のことなのかは、もちろんわかったさ。アレクシーだ。
「ダールイベック先輩ですか?」
その名前がマルクスから出てくるとは思わなかったけれど。
「よくわかったな」
「3年生では1番有名な方ですよ。特に女子生徒から」
学園のことはまだまだ知らないことだらけだな、とマルクスの話を聞きながら考えていた。それはベンヤミンも同じだったらしい。私とは違い、すぐ言葉が飛び出してきたからな。
「え?そうなの?アレクシーが?というかマルクス詳しいな」
「3年生に姉がいるもので」
「なるほどなー」
納得だ。だからマルクスは学園の実情に詳しいんだな。
「そうだ!来年にはダールイベックの美人の妹が入学してくるぞ、なっレオ」
『はっ? ああ、そうだな』
やめろ、とは思わなかった。美人と言われて気分がいいからさ。
「ああ!殿か、レオ様のー」
『その話は今はやめておこう』
口元を隠してやや早歩きになる。マルクスに知られているとは予想していなかった。嬉しいけど。
「耳赤いぞ、レオ」
『うるさい。急ごう遅れるぞ』




