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『すぐ連れてくる。ここで待っていて』
厩舎の入り口にスイーリを待たせ、中に入る。
『元気にしていたか?今日は大切なひとも乗せるんだ、よろしく頼むな』
持ってきたりんごを与えながら話しかけているのは私の馬、名前をムイストと言う美しい黒鹿毛の牡馬だ。
ムイストを連れてスイーリのところへ戻る。
『お待たせ。紹介するよ、ムイストだ
ムイスト、彼女はスイーリ。私の大切なひとだよ』
「ムイスト、よろしくお願いしますね」
ムイストはぶるんと小さく鼻を鳴らした。それは挨拶を交わしているようで可愛いやつだ。
『ロニー 、夕刻までには戻る。護衛は不要だ』
「かしこまりました。お気をつけて」
王宮内の森へは1人で行くことができる。1人きりになれる数少ない場所だ。今日は2人だけどね。
『行こうスイーリ』
左腕でしっかりと抱き寄せ、ゆっくりと歩き始める。
『飛ばしはしないが、しっかり掴まっていて』
「はい」
ムイストを走らせる。向かう先は王宮内の森の奥にある泉、1人で何度も訪れている場所だ。ここなら護衛なしで過ごせる。聞かれたくない話を切り出すのに最適だろうと思った。
『大丈夫?苦しくないか?』
「平気です。ムイストはいいこですね」
『ありがとう。良かったなムイスト、お前のことを褒めてもらったぞ』
ムイストは気性が穏やかな馬なんだと思う。尤もそういう馬を選んで与えられたのだとは思うけれど。
『スイーリは乗馬は好きか?』
「はい、好きです」
『そうか。では次はスイーリの馬も用意するよ。夏の間私はよくこの森に来る。連れていきたい場所がたくさんあるんだ』
「はい!楽しみにしていますね」
森は広い。私もまだ見ていない箇所がいくつもある。スイーリと一緒に新しい場所を見つけに行くのも悪くない。
「わぁーー-!」
速度を緩めゆっくりと進ませると、スイーリが歓声をあげた。森が開け、私たちの目の前には一面の花畑が広がっている。
「綺麗ー!」
『これを見せたかったんだ』
「ありがとうございます。とても素敵」
スイーリを降ろしてムイストを繋ぎに行く。
『ありがとうムイスト 、暫くここで休んでいてくれ』
ムイストも慣れたもので、早速むしゃむしゃと草を食みはじめた。目の前には泉がある。あとは好きに寛ぐだろう。
『少し歩こうか』
「はい」
泉を半周ほどした辺りに小さな東屋がある。その東屋からこちら側を向くと、泉の向こうに花畑が広がって見えてとても美しい。
『あの東屋が見える?』
「ーはい!見えます」
『あそこへ行こう。あちら側から見る景色が特に美しいんだ』
スイーリが気に入る自信があった。これからの季節、この辺りには代わる代わる花が咲く。何度来ても飽きないほど綺麗なんだ。
「そうなのですね。可愛い東屋ですね、森に溶け込んでいるみたい」
東屋の辺りにはあまり花も咲いていなくて、確かに森の中にぽつんと建っているように見える。
『古いものらしくてね 。でも手入れはされているから安心して』
「はい、素敵だわ。昔からこの泉を見てきたのですね」
『そうだね』
小さな泉なので、話をしているうちにたどり着いた。
「わぁー、ここは2人用の東屋なのかしら」
『そうだろうね。何年か前にベンチを新しくしたそうだが、配置も大きさも以前のままらしい』
東屋の中には2人掛けのベンチが1つ、泉の方を向いて置いてある。いつかの時代の王と王妃のための場所だったのかもしれない。
2人並んでベンチに座る。
『どう?』
澄んだ青空を映す泉は柔らかな春の光を反射して輝いている。それを見ているスイーリの瞳も輝いていた。
「美しいわ、 これを桃源郷と言うのかしら」
うっとりと泉を眺めるスイーリ。今日が晴れた日でよかった。
「ありがとうございます、こんな素敵な場所に連れてきていただいて」
『気に入ってもらえてよかった。とても好きな場所なんだ』
さて
どう言おうか。
『スイーリー』
「はい、レオ様」
うん
「レオ様?どうかされましたか?」
視線を忙しなく彷徨わせる。泉からスイーリへ視線を移すと、じっとこちらを見つめている2つの瞳と目が合った。
『うん。 今日、スイーリに聞きたいことがある』
「はい、どんなことでしょう?」
『うん』
自分から切り出したと言うのに、なかなか言葉が出ない。何から話そうか。
『スイーリ、貴女はいつから私を知っている?』
なんとも間抜けなことを聞いたとは思ってる。それでもスイーリは真面目に答えてくれた。
「8歳の時、王妃殿下のお茶会にご招待いただいた日からです」
『ああ。初めて会ったのはその日だったね。でも知っていたのはもっと前だったんじゃないか?』
これも不正解だ。曲がりなりにもステファンマルクの王子だ。方やスイーリは公爵家の令嬢だ。出会う前から知っていて当然じゃないか。スイーリの2人の兄とも私は付き合いがある。
「はい、失礼しました!アレクシー兄様が登城するようになったのは私が5歳の時ですから、その頃からお名前やお噂は耳にしておりました」
『そうか』
そうだよな、こんな聞き方ではこれ以上のことは話してくれないだろう。
私は覚悟を決めた。
『スイーリ。これから私が質問することは今日この場で一度きりと思ってくれていい。貴女が否定するのなら二度と聞くことはないと約束する』
「はい?」
大きく息を吸い、静かにそれを吐き出す。それからスイーリの方を向き、目を見つめながら口を開いた。
『スイーリ
貴女はもっと以前から私を知っていたのではないか?そして
そして未来についても何か知っている、違うか?』
返事がない。
だが零れ落ちそうなほど大きく見開いた目が、何よりも肯定を意味していた。
視線を外し、泉の方へ向き直す。
『誤解をさせる前に言っておく。私はスイーリのことが好きだ。誰よりも大切に思っているし、この気持ちは変わらない。それだけは信じてほしい』
どのくらいそうしていたか。交わす言葉もないままに、ただ穏やかな水面を眺めていた。
「レオ様、私には前世の記憶があります」
『そうか』
『前世の記憶の中に私はいたか』
「はい」
やっぱり。
スイーリは私と同じ世界を生き、あのゲームを知っていた。ならばここから先はスイーリの方が詳しいんだ。いやスイーリだけが知っている私たちの未来。
『私は死んだのか?』
「えっ?」
言い終わる前に驚いた声を上げたスイーリ。その声の大きさに私も驚いた。
しまった直接聞きすぎたか。何から聞けばよかった?
『あっ、いや。スイーリの記憶の中で私はゲームの登場人物だったのだろう?』
「ど、どうしてそれを」
これ以上ないほどに動揺している。そりゃそうだよな。スイーリからしたら、平面の中で見ていた人間が目の前でしゃべってるんだろうからさ。しかも本人がそれを自覚していると来たものだ。
『以前聞かされたことがあった』
「ど、どどなたにですか?その方は今?」
首を横に振る。親しかったのに今やノートを確認しないと名前も思い出せなくなったかつての友人たち。
『聞かせてくれないか。スイーリだけが知っている私のことを』
「はい」
スイーリはこくりと頷いた。
「私は、レオ様が出てくるゲームをプレイ、ー楽しんでいました」
『うん』
古い記憶を辿っているのか、それとも私のようにもう記憶が薄れつつあるのか、スイーリはゆっくりぽつりぽつりと話し続ける。
「ゲームの中のレオ様は18歳でした」
『そうだったのか、では幼い私を見て驚いただろう』
「ええ、初めてお会いした時は天使がいると思いました」
天使
急に気まずくなって、返す言葉が見つからなくなった。
って、情報はこれだけか?いや18まで生存することが解ったことはありがたいが、何か他に。
そうだ!ゲームなら特技とかスキル、はないか、乙女ゲームだもんな。でも何か設定がありそうなものだよな。姿かたちは?今の私とそう違わない様子だったはずだが、記憶も曖昧だ。何か見落としていた特徴はないだろうか?この際だ、徹底的に聞いてみよう。
『どんな見た目をしていた?』
「はい!圧倒的なオーラを放つ生まれながらの絶対王者の風格。それでいて全てを包み込むような慈愛に満ちた眼差し、かと思えば悪には毅然と立ち向かう凛々しいお姿。知的で判断力にも優れ常に公正かつ冷静。なのに情熱的なところもおありになって、存在しているだけで世界に感謝したくなるほど素晴らしいお方です」
『うん、今のは何?』
ごめん。しっかりと聞いていたつもりだけれどさっぱりわからなかった。
「私が知っているレオ様のお姿です」
そうなんだ。想像していた答えとはかなり違うな。というか何もわからないままだな。外見についての情報は何もなかったな?
『もしかして、スイーリはそのレオが気に入っていたのか?』
「はい!私はレオ様だけが推しでした!」
『推しー』
質問の仕方を変えた方がよさそうだ。
『背はどのくらいだった?』
「181cmです!」
『(即答だったな)そ、そうか。あと10cmは伸びるんだな、それは嬉しいな』
『髪型は?』
「はい、今のレオ様の髪型と同じです!」
『あ、もしかして誕生日も知っていた?』
「もちろんです!7月28日は私にとって永遠に祝日です」
-本当にスイーリか?なんだか別人のようだな。
『あと何を知っている?聞かせて?』
「趣味は剣の稽古で学園の剣術大会では優勝なさいました 。ヴァイオリンもお得意です。好きな食べ物はオムレツ、好きな色は白です」
『そうなんだ』
不思議なものだな。全くの別人の話を聞いているような気持ちだ。それが私なのか?
いや別人、だよな。少なくとも今のレオとは完全に別人格だ。
「レオ様?」
『ああ、すまない。少し混乱しているかもしれない』
いろんな意味で。自分のこともだが、スイーリの豹変ぶりにも相当驚いている。
「すみません私、つい夢中で話すぎてしまいました」
『いいんだよ、私が聞いたのだからね。話してくれてありがとう』
僅かばかりの情報は得ることができた。だが、知るほどに不快感がこみ上げてくる。
『それにしても、スイーリと私のことが物語になって読まれていたのだろう? 少し複雑な気分になるな』
「えっ」
人のことをあれこれと。
あることないこと書かれていたのか。何故というよりも、この時はただ不愉快でたまらなかった。
『ほかには誰が出てきたんだ?あ、いやこれは聞かないでおく。妬いてしまうだろうから』
「それは」
スイーリが何か言いたそうにしているのを敢えて遮った。心の狭い人間だと思われても仕方がない。聞きたくないんだよ。知ってるやつの名前だったら、と思うと余計に聞けなかった。
『私から聞いておいて済まないが、名前は出さないでくれないか。恋愛を楽しむゲームなのだろう?いくらゲームとは思っても、スイーリがほかの男と恋愛している姿を想像したくないからな』
「レオ様、それはー」
呆れたか?自分でもくだらないことだとは思ってる。遠い別の世界のことだと、頭ではわかっているんだ。




