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今、私は朝食後の厨房にいる。数分前にオーブンに入れたスポンジケーキが焼き上がるのを待っているところだ。
初めてフォンダンショコラを焼いて以降、たまにこうして厨房を借りて菓子を焼いてきた。今日はスイーリのバースデーケーキに苺の乗ったショートケーキを用意しようと思ったのだ。
あのゲームは日本のゲームではなかったのだろうか?
この世界にはショートケーキが存在していない。日本でケーキと言えば必ず名前が上がるはずのそれがないのだ。
『何故なんだろうな』
「どうかなさいましたか?」
『すまないカール、独り言だ』
焼き上がったスポンジを冷ましている間に、シロップと苺の準備を済ませる。
「殿下が作られる菓子はいつも斬新で非常に勉強になります。これもアレンジが無限にできそうですね」
カールには一度試作に付き合ってもらっている。私が作るのは最もベーシックなショートケーキだ。
生クリームを泡立てながら相槌を打つ。
『カールがどのようなショートケーキを生み出すのか楽しみにしているよ』
スポンジを3枚にスライスしてシロップを打つ。クリームと苺を挟んで重ねていく。
重ね終えたらナッペだ。
残りのクリームを固めに泡立て直して絞り袋へ入れる。周囲に丁寧に絞り出して、苺をたっぷりと乗せる。最後に粉砂糖を振りかけたら完成だ。
『まあまあ、かな』
久しぶりにしては上手くできたと思う。試作はしたけどね。
厨房の入り口にロニーが立っている。
「レオ様 お迎えして参りました」
『ありがとう、ちょうど終わったところだ』
今日はロニーにスイーリを迎えに行ってもらっていたのだ。
『カール、今日も使わせてくれてありがとう』
「いつでもお越しください。またお待ちしていますよ」
ワゴンに出来上がったばかりのケーキを乗せた。
「お押し致します」
ワゴンを押すロニーと共にスイーリが待つ部屋へ向かう。
扉は開いていて、スイーリは窓辺に立ち外を見ていた。
『スイーリ』
振り返りぱっと笑顔になったスイーリ。そしてすぐさま目を丸くさせた。
「レオ様、エプロンー?!」
『ああ!そのまま来てしまった。着替えてすらいなかったな』
後ろから入ってきたロニーの押すワゴンと私を交互に見ている。
ロニーの手によりカバーが外され、テーブルの上にケーキが乗せられた。
「もしかして、このケーキは」
『誕生日おめでとうスイーリ』
「ありがとうございます??」
全身で「ど・う・し・て・?」と訴えられている気がする。やってしまった。せめてエプロンは外しておくべきだった。
「ご想像通りでございます。こちらはレオ様がお1人で作られたのですよ」
自分から言おうとしない私がじれったかったのか、ロニーが種明かしをしてしまった。
「そうなのですね!凄いです!全く知りませんでした レオ様お料理もなさるのですね」
『カールに教わったんだ』
至極無難に答えられたと思う。カールの名前はスイーリもよく知っているからな。
「嬉しいーショートケーキが食べられるなんて思ってもいなかったわ!」
スイーリはこの世界にショートケーキが存在していないことを知っているか?これがおそらくは世界初のショートケーキだってことを。他のどの令嬢だって、アンナすらこれの名前を知らないんだよ。
けれど、それを今この場で言う必要はない。
『キャンドル刺そうか。用意してあるんだ』
14本の細いピンクのキャンドルを見せる。
『それとも昼食の後にしようか?』
スイーリはじっと無言でこちらを見つめてくる。
『わかった、先に食べよう』
「嬉しいです!信じられません。レオ様の手作りケーキ!嬉しいー」
『そんなに喜んでもらえるなら、これから毎年焼かないとな』
キャンドルを立てている間に、ロニーは茶の用意を済ませてカーテンを閉じて回った。
薄暗くなった部屋の中、ケーキの上のキャンドルだけがゆらゆらと灯っている。
「消しますね」
ふー-----っ!
幸せそうな笑顔。最高だ。『おめでとう』と言いながら拍手を送る。後ろでロニーも拍手をしている。
「ありがとうございます」
カーテンを開けて戻ってきたロニーが「ご準備いたします」と一度ケーキを下げる。
「レオ様、他にも何かお作りになったことあるのですか?」
案の定話題はそれになった。うん、スイーリには話すよ。
『ある。スイーリも何度か食べているよ』
「え?」
『茶会にね、出したことがある』
フォンダンショコラに始まって、その後も何度か厨房を借りたことがあった。
剣を握る時とは別の開放感っていうのかな、発散できるんだよ。無心になれるところは鍛錬と少し似ているかもしれないな。
「そうだったのですか?全然わからなかったわ」
『次に出すことがあれば 、スイーリにだけ伝えるよ』
スイーリが見抜けなかったのも無理はないんだ。いつも仕上げて運んでくるのがカールだからさ。カールの手にかかれば素朴なものも、上等な王宮菓子に生まれ変わるからな。
「わぁ、楽しみです」
「お待たせいたしました」
三角にカットされたショートケーキがスイーリの前に置かれた。
「とっても綺麗」
『どうぞ召し上がって。口に合うといいのだけれど』
「いただきます」
平気な顔をしているが、内心はドキドキだ。茶会の時はいつもこっそりと出してきたので、自分で焼いたと言って食べてもらうのは初めてのことなのだ。
「美味しいー
クリームがとても美味しいです。こんなに濃いクリーム食べたことがないわ。スポンジもふわふわで、美味しいー」
生クリームには練乳が入っているのだ。煮詰めるのは骨が折れるが、どうしても使いたくて昨日じっくりと煮詰めて用意した。きっとこれからカールが作るクリームにも練乳が入ることだろう。
「嬉しいです。ありがとうございますレオ様」
『こちらこそ。喜んで食べてもらえて私も嬉しい』
作ってよかった。自分の焼いたものを喜んで食べてもらうと格別に満たされるんだ。
『着替えるつもりでいたから、部屋にプレゼントを置いてあるんだ。これを食べ終えたら一度私の部屋まで来てくれないか?』
「いいのですか?お部屋までお邪魔しても」
『構わないよ。その後ここで昼食にしよう。テラスがいい?』
ここは泉が見える特別なテラスのある部屋だ。9人で初めて茶会をした想い出の場所でもある。
「泉が、見えますね」
決まりだね。
『ロニー』
「はい 、テラスにご用意いたします」
『うん、頼んだ』
『どうぞ、入って』
「おじゃまいたします」
城仕えのものを除くと自室に人を入れるのは初めてだった。
「レオ様のお部屋-」
『ん、適当に掛けていて。上着を取ってくる』
ドレスルームに入り、軽く服を整える。ウエストコートを着て、上着は手に持って部屋に戻った。
スイーリは物珍しいのか、キョロキョロと忙しくしている。
「レオ様、いつもこのお部屋でベンヤミン様たちと学ばれているのですか?」
『いや、ここは完全に私の私室。入ったのはスイーリが初めてだよ』
両手で顔を抑えて赤くなっている。こんな姿を見るのは久しぶりかもしれないな。
机の上に置いていた箱を取り、長椅子に座っているスイーリの隣に座った。
『改めて、おめでとうスイーリ』
プレゼントを渡す。
「ありがとうございます、レオ様。開けてみてもいいですか?」
『もちろん』
今年のプレゼントもクーレンミッキで頼んだ。ホワイトパールとダイヤモンドがブーケのようにデザインされたブローチだ。
「綺麗ー」
『気に入ってもらえた?』
「ええもちろん!ありがとうございます、レオ様」
『よかった。今日のドレスにも似合いそうだね』
今日のスイーリは白いドレスを着ている。胸元にはレースが重ねられていてキラキラと石が輝いている。柔らかなラインを描くスカートは裾の方にいくに従いピンク色の花がたくさん飾られていて白からピンクへのグラデーションのようだ。
「大切にします 。ありがとうございます」
『どういたしまして
ところで天気も良いし、午後から森へ行かないか?連れていきたい場所があるんだ』
「はい、行きたいです」
『ドレスの上から羽織れるものを用意しようか。ロニー頼めるか?』
開いた扉の外で待機しているだろう従者に向かって問う。
「お食事が終わるまでにご用意いたします」
『うん ありがとう
では食事にしようか、行こうスイーリ』




