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「レオ様、ヒロインは私ではありません」
『えっ』
スイーリの発した言葉の意味を理解するのに、やや時間が必要だった。
ヒロインと言うのは主人公という意味だよな?知っている単語の意味が突然わからなくなる。
そんな私の混乱を読んだように、スイーリは静かに続けた。
「ヒロイン、主人公は別の令嬢です」
『それは』
すぐに続きが出なかったのは、怒りがこみ上げてきたからだ。
私のことを好き勝手に書くのはまだ許せた。不快ではあるけどな。だがヒロインだのとなると話は別だ。
『スイーリ。これは聞かせてほしい。スイーリがいるにも関わらず、私はほかの令嬢と恋に落ちるということか?』
俯いて小さく、ほんの僅かだけスイーリが頷いた。
くそ。
今、隣にスイーリがいてよかった。この場で1人だったら怒鳴り声をあげていたかもしれない。
『酷い話だな。馬鹿にしているのか』
スイーリは何も答えてはくれないけれど、いいんだ。それどころか、そんなくだらないものを読まされたのに私に好意を持ってくれたことを感謝するよ。
『参考までに聞くが、それは私が知っている令嬢か?』
聞いたところでどうする気だ。別の世界のゲームの話だぞ。自制する心と、怒りがごちゃ混ぜだった。
「いいえ。レオ様が3年生になる年に入学してくる平民の女の子です」
よかった、少なくともスイーリを裏切って彼女の友人を選ぶような最低な男ではなかったんだ。
『なるほど、そうかなるほど』
少し冷静になれた。そうなると色々なものが見えてくる気がする。
『王子と公女が恋に落ちるより、平民の少女との恋の方が盛り上がると思ったのだろう。そういうことか』
ありがちな話だ。そこら中に転がっていそうな話じゃないか。残念ながらステファンマルクには転がっていないけどな。
『名前は言わなくていいが、ほかに出てくる男も貴族、高位貴族だったのではないか?』
「はい」
『はぁーふざけたことをしてくれる』
一度治まりかけた怒りが再び腹の底から湧いてきた。私は今何に対して腹を立てているんだ?
『あ、スイーリ?もしかしたらそのことを心配していた?』
「はい」
『その少女と私が出会ったら、心変わりすると?』
「はい」
スイーリに見られないよう、少し顔を横に向けた。
傷ついたんだ。いや、そんな甘えたことを言ってる時じゃないな。失望したんだよ、自分に。
「レオ様」
「レオ様?」
眉を寄せたスイーリが不安そうに呼んでいる。
『あ、ああ。少し傷ついた、のではなくて反省してる』
言い間違えたのはわざとじゃない。うっかり滑ってしまったんだ。途端スイーリが慌てだした。
「え、何をですか?」
知ってて言わせるのかスイーリ。うん言うよ。言葉で納得してくれるならなんだって言う。
『私はまだまだスイーリに信頼してもらえていなかったんだな。名前も顔も知らない少女のことでずっと悩ませていたと思うと不甲斐なくなった。スイーリに信じてもらえるよう努力する』
「違います!ごめんなさい、そうではありません」
スイーリは両手をぶんぶん振って否定する。
「ただ、今はゲームが始まってもいない時期で、その時が来たら。その時までレオ様のお側にいるのが私の役割なのかと思って、それで」
そんなことはない。万が一にもない。
断言する自信はある。でもきっとそれではスイーリの不安を埋めるには足りない。
『私が3年に上がるときだと言ったね』
「ええ」
『あと2年か。それまでスイーリを不安なままにしておきたくない
そうだ、変えてしまうか』
我ながらいい案だと思った。
「何を、ですか?」
『変えられるものは全てさ。さっきスイーリはレオの好きな食べ物はオムレツで色は白だと言ったね。それはどちらも私の好きなものとは違う』
「そうなのですか?」
『ああ、嫌いではないが別段好きなわけでもないよ』
それどころかたった今、嫌いなものの上位に上がったくらいさ。
『あとはーそうだな、身長はどうすることもできないが、それ以外どうとでも変えられる』
ゲームの中の男とは違い、私は生きている。だからこそ変えることは難しくないが。
『でも、1つだけおしえて』
「はい、なんでしょう?」
返事を聞くのが少し不安だ。けれど、聞かないままはもっと不安だと思う。
『スイーリは、その、白が好きだというレオのことが好きだったんだろう?私にその男のままでいてほしいのではないか?多分私とそのレオは全くの別物だ』
「レオ様」
両手でスカートをぎゅっと握りしめている。頬は紅潮し、伏せていた目が不意に上げられ私の視線と重なった。
「レオ様とあの温室で出会うまでの5年間、私は記憶の中に残るレオ様のことを想い続けていました。兄様たちから聞くレオ様のお噂も、全て記憶の中のレオ様に重ねておりました」
スイーリの話に私は黙って頷き返す。
「でも、8歳の私が9歳のレオ様と出会い、新しく私の恋が始まったのだと思います。今、私がお慕いしているのは、目の前にいらっしゃるレオ様だけです」
たまらずスイーリを抱きしめた。柔らかい髪が鼻先をくすぐる。
『はぁーーーっよかった。自分に嫉妬するところだった。そいつには勝てそうにないからな』
「レオ様ー」
満足した。聞きたかった言葉は全て聞けたよスイーリ。
『もう少しこのままでいさせて、まだ離せない』
「はい」
艶やかな髪を何度も撫でる。そして離れ際にそっと口づけた。
『今はありきたりな言葉しか言えないが、どうか私を信じてほしい。スイーリが心の底から安心したと言えるようになるまで努力するよ』
「ありがとうございます。大丈夫です、レオ様を信じています」
心の中ばかりはどうにもならないからな。大丈夫と言う言葉の儚さも知っているつもりだ。今日の私にできること。
『そうだな、手始めに私の好きなものをおしえようか。知りたいものがあれば何でも答えるよ』
「いいのですか?」
スイーリの顔がぱぁーと明るくなった。大好きな笑顔だ。
『ああ、何を聞いても構わない』
「ありがとうございます。嬉しいです」
『好きな色は黒、それと紫だ』
最初に大事なことから言っておこうと思い、聞かれる前に言ってみた。ついでに言うと今日から私の嫌いな色は白だ。
途端にスイーリの頬が染まる。
「それって」
『どちらもいい色だろう?』
思い付きで言ってるんじゃないよ、どちらも大切なひとを思わせる大事な色なんだ。
「はい、ではお好きな食べ物は?」
『そうだなー幼いころから好きだったのは、きのこのタルトかな。リゾットも好きだ』
「お飲み物はリンゴンベリーのシロップが入ったアイスティー!」
『よく憶えていたね。甘酸っぱいものは大抵好きだよ』
スイーリが初めての茶会で出した茶を憶えていたことが嬉しい。スイーリは記憶力がいいよな。
「得意なことはなんですか?」
『走ること。特に長距離が得意だ』
『スイーリのことも聞きたいな。おしえてくれるか?』
「はい、なんでもお聞きくださいね」
陽が暮れるまで語り合った。スイーリとこんなにたくさんの言葉を交わしたのは初めてのことだ。
ゲームについてもいくつか教えてもらった。つくづく腹が立つゲームだ。ゲームが原作だか知らないが、今オリジナルなのは私だ。私の人生を好き勝手決めさせるわけにはいかない。
『決めるのは私だ、スイーリを手放すわけがないだろう』




