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丸一日を過ぎてなお雪は降り続いていた。
『スイーリたちは大丈夫だろうか・・・』
今はどの辺りにいるのか。立往生などしていなければいいのだが。
今日は予定通り教会の訪問に向かう。正確に言うと付属の養護院の訪問だ。
事前に説明を受けたところによると、ノシュール領はステファンマルクでも一、二位を争うほど充実した施策が行われているという。養護院への物資援助を提案したが、衣食は賄えているから大丈夫だと返答があった。
王都よりも住みやすそうだな・・・地方からも人が集まる王都と単純に比べることはできないが、例年この時期訪問の手伝いをしている王都の養護院を思い出すと、少し歯がゆい思いになる。
衣食が足りたとしたら、次は何だろうな・・・
養護院の子供たちも成長すれば、そこを巣立っていく。社会に出て一人生きていくために必要なもの・・・
院で簡単な読み書きは教えられているはずだ。それにしよう。
私が用意したのは、紙とペン、絵本や図鑑、簡単な物語などの本、それだけではつまらないからと、カールにたくさん焼いてもらったフルーツケーキ。これらを三つ分荷馬車に積んで行くことにした。
確かにどの教会でも子供たちは明るく、こざっぱりと衣服を整え、生き生きとした表情をしていた。
養護院には十六歳になる月まで住むことができる。なので上は私と変わらない、いや年上のものから下はまだ歯の生えそろわないものまでが暮らしている。
今日最後の訪問で訪れたこの教会は、二十名ほどが在籍しているそうで、悪天候の中雪遊びをしていた少年たちが雪まみれのまま出迎えをしてくれた。
「先生ー!領主さまと王子さまが来たよー!」
「せんせいー!はやくはやくー!」
「ここの子供たちにとってノシュール家イコール領主なんだな」
デニスが少し恥ずかしそうに首の後ろを掻いている。
「俺はちょっと嬉しいな」
ベンヤミンは素直に喜んでいるようだ。
中から小さな女の子たちが飛び出してくるのに混ざって、シスターが慌てたように出てきた。
「まあ!王子殿下 ノシュールのお坊ちゃま ようこそおいでくださいました お出迎えもせずご無礼申し訳ございません」
『昨晩この地に着いてね 少しの間お邪魔しても構わないかな』
「もちろんでございます ああこのようなところにまでお越しいただきなんとお礼申し上げればよいか」
まだまだ遊び足りないのか、元気な少年らは周囲を跳び回っている。
「よし!君たちは僕と雪遊びの続きをしようか」
イクセルが声をかけると、子供たちは大喜びで答える。
「わー!お兄ちゃんも一緒に作ろうー!大きな雪だるまを作ろうって話してたところなんだよ」
再びシスターが慌てだす。
「あなたたち 今日はもう中にお入りなさい」
「僕なら構わないよー昨日まで座りっぱなしでうんざりしちゃってたところだしね
そうだ ベンヤミンもおいでよー」
「よし!俺も大きな雪玉を作るか!」
イクセルとベンヤミンは雪だるまつくりに参加することになったようだ。
「ありがとうございます 中を温かくしておりますのでどうか冷え切る前にお入りくださいませ」
「シスター 二人に任せておけば大丈夫だよ 我々は荷物を運ばせてもらっていいかな」
デニスが従者へ指示を出しに行く。
院の中は掃除も行き届き、清潔に整えられていた。隙間風が入り込むこともなく、しっかりと手入れがされているらしい。
「このような場所で申し訳ございませんが お掛けくださいませ お茶の準備をして参ります」
シスターが台所へ消えたのを合図に少女たちが一斉に話し出す。
「わぁー!おひめさまがさんにんもいるー!」
「きえいー!おひえしゃま こえみてーわたちのたかあもの!」
ヘルミたち令嬢三人は幼い子たちに大人気だ。
「私から皆にプレゼントがあるのよ 好きなものを選んでね」
アンナが用意してきたのはリボンだ。赤やピンクや黄色、チェックに花柄・・・沢山のリボンが入った箱を開ける。
「「「わぁー!!!」」」
大歓声だ。皆夢中になってリボンを触っている。
「好きなものが決まったら 結んであげましょうか」
宝物のぬいぐるみを見せてくれた少女は、まだ髪が短く結うことができないようだ。空色のリボンを握りしめたまま下を向いている。
「あら 素敵なリボンを選んだのね あなたのくまちゃんにとってもお似合いよ」
そう言ってソフィアはぬいぐるみの首にリボンを巻いてあげた。
「あいがとうーきえい うえしいー」
抱きついて喜ぶ少女にソフィアも笑顔を返す。
「どういたしまして」
がらんとしていた本棚には運び込まれた本が次々と埋められていく。髪を結ってもらった少女たちは、次はそちらが気になってたまらないようだ。
「これ 見てもいいの?」
本を並べている騎士に恐る恐る近づいている。
「もちろんですよ これは全てこの教会のご本ですから」
「「「わあー!!!」」
再びの歓声だ。早速絵本や図鑑を引っ張り出してきて床で広げだした。
その様子を微笑ましく眺めていたら、ふいに上着の裾を引っ張られたような気がして下を向いた。
ぬいぐるみを大事そうに抱えた少女が、紙を一枚持って立っている。
「おうじしゃま おえあいおなまえかいて」
『よし!ではペンを持ってこようか』
積まれた箱の中から筆記具の入っているものを探し出し、中からペンとインクを取り出した。
椅子に戻り、少し考えて少女を膝の上に乗せる。
『これで見えるかな?』
「うん!みえる!」
『ではあなたの名前をおしえてくれるかい?』
「よはんな!」
『ヨハンナか 可愛らしい名前だね』
紙に大きな字で名前を書く。
その下にぬいぐるみを抱えているヨハンナの絵を描いてみた。
「あー!こえ よはんなとれお!」
隣に座っていたデニスがブッと吹き出す。笑うな!
『そうか この仔の名前はレオと言うんだね』
「うん!れおはわたちのおともらち たかあものなの!おりぼんもきえーでちょ」
『素敵なリボンだね レオも喜んでいるかな』
「うん!きえーなおりぼんうえしいーって!」
『綺麗にしてもらって よかったね』
間の悪いことに、お茶を淹れてきたシスターが全てを聞いていたらしい。
「も も も も 申し訳ございません!お許しくださいませ!」
青い顔をして震えている。ガタガタ震えて今にもポットをひっくり返しそうだ。
『シスター 私は怒ってなどいないから落ち着いて』
「せんせえ どちたの?」
『そうだな 先生はヨハンナの大事なレオが私と同じ名前だって知って驚いたのかな』
「おうじしゃまのおなまえもれおなの?」
『そうだよ 私の名前もレオと言うんだ 私もヨハンナの友達になれるかな』
「おうじしゃまおともらちー!れおのおなまえもかいて!」
『よし!レオはこう書くんだ』
ぬいぐるみのレオの横に'レオ'と書き加える。
「れお?」
『そうだ これはレオと読むんだよ』
「わー!れおー!」
何事かと他の少女たちも集まってきた。
「みてこえー!よはんなとれお!」
「わたしもかいてー!」
「わたちもー!」
それから暫く皆で絵を描いて遊んだ。




