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今朝はようやく雪も止み、薄陽が差している。
「陽が出ているうちに港へ行こう」
というベンヤミンの提案で、早速港へやってきた。
ノシュール領の港は主に遠方からの交易船が入港する。因みに近隣諸国の船が往来しているのは、ダールイベック領の港だ。
港には大きな交易船が一隻停泊していた。
「今年最後の交易船かな」
「そうかもしれないな」
デニスとベンヤミンが船を見ながら話している。
「交易船ってそんなに数が少ないものなのですね」
「ひと月に何隻ほど来るのですか?」
こんなに大きな船、いや船自体を見ることも初めてな私たちは、交易船に関する知識がまるでない。
「うーん、俺たちもあまり詳しくはないけれど 週に1隻は来ているんじゃないかな」
「年末年始は自分の国で過ごしたいだろうからさ、 1ヵ月間くらいは港も静かになるというわけ」
「なるほど、そういう事情だったのですね」
横で聞いていた私もすっかり納得した。ここの港は立派で相当な規模だが、何隻もの船が停泊することはそうそうないらしい。
「デニス様、ステファンマルクからの交易品はどんなものがあるのですか?」
アンナは交易に興味津々のようだ。
「そうだな、イクセル憶えているか?」
「憶えているよー!まずはチーズ!それからデニス!じゃなくてサーモン!」
「そこわざと間違うところか?」
彼らと学んでいる授業で交易のことは一通り習った。そこにも確かにサーモンは記されていたよ。
「あと忘れていけないのは宝石類だな」
そうなのだ。ステファンマルクでは良質の宝石が産出される。様々な石が採れるが、交易品として取引されるのは主にルビーとダイアモンドだ。そして我が国が受け取るのはエメラルドか真珠が多い。
「真珠はこの船に乗ってやってくるのですね」
船を見上げてそっと呟いたソフィアの真横に立ったベンヤミンが同じように船を見上げる。
「ソフィアは真珠が好きなの?」
「べ、ベンヤミン様?!」
独り言のつもりだったのか、思わぬ相槌が返ってきたことにソフィアは珍しく狼狽えていた。
「あ、ごめん驚かせた?」
「いえ失礼いたしました。はい真珠はとても好きですわ」
もうすっかり平常心ーに見えるソフィアだ。
「そうなんだ。でも残念なことにこの町には職人がいなくてさ、真珠はそのまま王都へ運ばれるんだ」
「王都で加工されるのですね」
「うん、王都には腕のいい職人が大勢いるからね」
と、それぞれがそれぞれのことを考えているところへ1台の馬車が港へ向けて進んできた。降りてきたのは2つの影。
「おーい!」
手を振りながら近づいてくるのはアレクシー、隣にいるのはスイーリだ。
「わー!もう着いたんだね!待ってたよー」
イクセルが大声で返す。
「城に着いたらデルリオ卿が皆は港だと言うから、そのまま引き返してきた」
アレクシーの言葉に返すこともなく私の視線はスイーリに固定された。
「レオ様ー」
『スイーリよく来たね。疲れただろう、休まなくて平気か?』
せっかくスイーリと会えたと言うのに、スイーリが口を開くより先にアレクシーが答えた。
「レオ、気遣いは無用だ。早く行きたいと煩くて大変だったんだ。労うのなら妹ではなく馬を労ってやってくれ」
「酷いですわ、アレクシー兄様」
目の前で可愛らしい兄妹喧嘩が繰り広げられる。
「アレクシー、スイーリ、よく来てくれた。歓迎するよ」
ここはデニスがノシュールを代表して出迎えの挨拶をする。
「デカいな。これが交易船か」
アレクシーも交易船を見るのは初めてのようだ。
「そう、今その話をしていたところなんだ。が、2人は疲れているだろう?港まで来てくれたところ悪いが戻ろうか?」
「いいのか?俺たちなら平気だぞ」
「僕たちはもう充分見たからいいよー」
『そうだな。身体も冷えてきたことだし戻ろうか』
2人は足の遅い荷馬車を1日早く出発させ、さらに途中で1度馬を替えて飛ばしてきたそうだ。あんな言い方をしていてもアレクシーは妹に甘い、いい兄だ。
城へ戻り、全員で展望室へ向かう。薄雲の間から差す光が美しい。
「海辺の町っていいものだな」
アレクシーはこの部屋からの景色が気に入ったらしい。
「そうか、ダールイベックの本邸は港から離れているんだっけ」
「うん。領のほぼ中心にあるからてっぺんまで登ったとしても海は見えないな」
そうなんだ。
地図でしか知らないダールイベック領は確かに広い。中央にぽっかりと穴があいたように湖があって、そこに本邸があるそうなのだが、確かにあの距離では海を見ることは無理そうだ。
「今度は夏に来るといいよ。青い海がどこまでも見渡せてとても綺麗なんだ」
「一度来てみたいな、いやそれもいいが次はうちの領にも来いよ」
夏のノシュールも見てみたいし、ダールイベックも一度は訪れてみたい。初めて王都を出たことでその欲が一気に膨らみ始めたみたいだ。
「いいねー!賛成!」
そのまま展望室で昼食を取ることになった。サンドイッチやパイ、サラダなどが次々と運ばれてくる。
「聞いてよーアレクシー スイーリちゃん。僕たちが着いた日にはね、サーモンを丸ごと包んだパイが出てきたんだよ」
イクセルはあのパイが余程衝撃だったのか、身振り手振りで説明をしている。
今日のパイはミートパイのようだ。切り分けた箇所から熱い湯気が立ち上り、チーズが糸を引いている。
「今日のパイもとても美味しそうですわ。私にも一切れいただけます?」
「あ、僕もお願いー!」
熱々のパイは大人気だ。
「レオもどう?」
『後でいただくよ』
もちろん本気で食うつもりでいた。けれど今、皿の上にあるものを平らげてからの方がいいだろう?そう思って答えただけだったのに。
「僕、何日かレオと一緒に食事していて気が付いたのだけれど、レオって少食なんだね」
『そんなことないと思うぞ』
今まで食が細いと言われたことはない。出されたものも基本残さないしな。が、そこでふと思い当たることがあった。
『えーと、多分運動が足りてないだけだと思う』
単純に腹が減っていないのだ。
「えー?!一緒に行動してる僕はどんどんお腹が減るのに不公平じゃない?」
その言葉にはプッと吹き出してしまった。
『不公平ってー。あ!イクセルは成長期なんじゃないのか?』
イクセルとは半年程度しか歳が変わらない。が身長は私のほうがかなり高いからな。
「そうなのかな!じゃー沢山食べてレオを追い越さなくちゃね」
『いや私だってここで止まるつもりはないぞ』
「それでだ、レオ」
突然アレクシーが真面目な声を出した。
「ここに滞在している間、俺と朝の鍛錬をやらないか?稽古用の剣も持ってきた」
大真面目な顔で何を言い出すのかと構えたら、予想を突き抜ける素晴らしい提案が返ってきた。私は2つ返事で頷いた。
『アレクシーから誘われるとは嬉しいな。喜んで、いやこちらからもぜひ頼むよ』
「よし決まり!レオと打ち合うのも久しぶりだな。俺強くなったから楽しみにしてて」
そうだよな、学園に通い専科である騎士科の稽古にも参加しているんだ。私たちと鍛錬していた頃とは見違えるほど成長しているに違いない。
『うん、お手柔らかに』
「この後訓練場を案内するよ。んーせっかくだし久々皆で鍛錬するか?」
「いいね、最近身体鈍っちゃってるもんな。今日はもう予定入れてなかったしやろうよ」
デニスとベンヤミンにも伝播したようで、すっかり鍛錬の流れになりつつある。私は早くもウズウズし始めていた。
「あっ、でもー」
イクセルの声に皆はたと気が付く。全員の目線の先は置いてけぼりになった令嬢たちが。
「ふふふ、私たちは構いませんわ」
「いつも皆さまが集まるとこんなご様子なのですね」
「スイーリ様とゆっくりお話しもしたいですし、私たちはお茶をいただいておりますわ」
ヘルミもソフィアも、アンナも。口々に温かく送り出してくれ、ーたと思う。ここは遠慮なく発散させてもらうとするか。
『「「「「ありがとう!」」」」』
「じゃあ午後は別行動ってことだね」




