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今私は慌しい厨房の中にいる。
ピークは過ぎているものの、昼食調理の時間と重なっているため大変活気に溢れていた。
製菓用の調理台はその中で一番静かだ。昼食時に菓子を供することはほぼないためで、通常だとこの時間は下ごしらえなどに費やしているらしい。
カールに全て任せたほうが間違いがなく、私は立ち入らない方がよいだろうと思っていたのだが、カールの方から「この時間に来てほしい」と声をかけてくれたのだ。
王族の気まぐれ道楽と片付けることもなく、『自分で作った菓子を食べてもらいたい』という私の希望を組んでくれたことに改めて感謝する。
既に計量を済ませた材料が並べられている。恐らく何度も試作を重ねて導き出した完璧な配合だ。
一流パティシエの助手になったようで少し緊張する。こんな経験が出来るのも王子になったからだよなー、少なくても前世では一生体験することはなかったに違いない。
『私にできることはあるかな?』
「中に入れるチョコレートは既に冷やしてあります 生地つくりから始めましょう」
チョコレートを刻み始める。ちゃんと私の役割を残してくれているところが優しい。
それにしてもすごい量・・・何個分なのかな、試作のときの三倍は軽くありそうだ。
卵を割り、ホイッパーを使って混ぜていく。砂糖を加えてさらに混ぜて―ボウルにホイッパーが当たるリズミカルなこの音が好きだった。楽しいな・・・近頃思い出すことも減ってきた前世の記憶が音と共に蘇る。
カールが溶け切ったチョコレートを少しずつ加えていく。焦げ茶色の線が消えて混ざり合うまで混ぜ続ける。
粉を篩って、丁寧に混ぜ合わせたら生地は完成だ。
バターを塗った型に流してガナッシュを埋め込み、残りの生地を流し入れる。
「あとはお任せください」
『うん よろしくね それと・・・』
『私の名前は出さないでほしいんだ』
「どうしてでございますか!皆様お喜びにな・・・はい!承知いたしました」
途中ではっ!と何かに気がついたような表情をしたカール。なんだろう?多分私の考えていることとは違うのだろうけれど、結果が同じなら問題ないかな。
借りていたエプロンを外して厨房を出る。そこにはロニーが待っていた。そして開口一番
「殿下甘いです!」
『え?』
「殿下がチョコレートになったかのようですよ 急ぎ湯浴みの準備をいたしましょう!」
『あ 甘いってそういう・・・』
「はい!甘いです」
『・・・うん わかった するね 湯浴み』
慌しく湯浴みを済ませると、ロニーがハーブティーを用意していた。隣には小さなサンドイッチの入ったバスケットもある。
「ご昼食の時間がありませんでしたから 少しでもお召し上がりください」
『ありがとう 助かるよ』
髪が乾くまでの間一息入れることができそうだ。
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「レオ様 ご無沙汰しております」
『久しぶりだね ソフィア』
『堅苦しい挨拶はなし!さあ皆座って』
「あー!ふわふわチーズがこんなにたくさん!」
「ソフィア 半年振りの王都はどう?」
「早速ショッピングに行きましたわ 昨日は妹たちとクリスマスの飾りを探しに行きましたの」
『アレクシーなんだか大きくなった?!』
「それ僕も思ったー一回り大きくなった感じするよね」
思い思いに話が弾む。
「スイーリ様 今日のお帽子もとっても可愛らしいわ」
「ありがとうヘルミ様 昨日届いたばかりなの 褒めていただけて嬉しいわ」
「レースが雪の結晶みたいで とっても素敵!本当にスイーリ様はお帽子がお好きなのね」
そうなのだ。知り合って四年にもなるというのに、スイーリが帽子を外した姿を見たことがない。いつも目新しい帽子を披露してくれるので、皆楽しみにしている部分もあるのだが、一度髪を下ろした姿も見てみたいというのが私の本音だ。
話が弾んでいるところへ、例の皿が運ばれてきた。
細長い長方形の白いプレートの右側に置かれたケーキの上には粉砂糖で六花が描かれている。その横にカシスのソルベ。反対側にはホイップクリームが添えられていてベリーのソースがかけられていた。そしてフレッシュのベリー類にアーモンドチュイル。
全員に行き渡ったところでロニーが説明をする。
「温かいケーキですので 冷めないうちにお召し上がりくださいませ」
「なになにーカールさんの新作?」
「素敵!もう少し眺めていたいわ あっソルベが溶けて・・・」
皆気に入ってくれるだろうか、カールが自信を持って仕上げてくれたことだしその心配はないかな。
「まぁ!フォンダンショコラだわ!嬉しいー私大好きですの」
「へぇー ふぉんだんしょこら?って名前なんだね 初めて聞いたよ 美味しいねー」
「私も初めてですわ カリッとしているのに中がトロリとしているなんて不思議ですね」
「どうして中からとろけだすのかな 不思議だ!気になる!」
(どうして・・・・・?)
その後も様々な話をしたはずなのだが、ほとんど何も憶えていない。
 




