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ホールでは金属のぶつかり合う音が鳴り響いていた。
午後の剣の稽古である。早朝の鍛錬とは別に、週に1度、3年前からは週に2度こうして汗を流している。
7年の間私たちに稽古をつけてくれているのはランドルッツ卿、第一騎士団長を勤め上げた豪のもので、現役時代は新人の自主練習にまで顔を出す熱心すぎる指導で、大変恐れられていたと聞く。
が、私たちの知るランドルッツ卿は、いかにも好々爺然とした笑みを絶やさぬ穏やかな御仁だ。1番上の孫が今年8歳になるらしい。きっと私たちのことも孫のように見えているのだろう。
「「「『ありがとうございました』」」」
鍛錬を終え、卿も交えて談話室へと移動する。そこではロニーが飲み物を用意して待っていた。よく冷えたりんごジュースが渇いた喉に心地よい。
ステファンマルクのりんごは小粒で酸味が強く、そのまま食べるのもいいが加工に特に適している。りんごジュースはその代表だ。
「いやはや、殿下の成長振りには目を瞠るものがありますな」
切り出しは毎回ランドルッツ卿のこれだ。今ではただそれを受け入れるようにしている。
「俺もデニス兄と毎日鍛錬しているのに、どんどんレオに離されていくよ」
私には鍛錬相手になる兄弟のいるベンヤミンが羨ましいけれどね。
『ありがとう。ランドルッツ卿とヴィルホの指導のおかげだよ』
ヴィルホとの鍛錬は欠かしていない。体力も技術もからきしだった頃から今日まで、よくぞ相手にしてくれたものだと感謝している。
「殿下の太刀筋はダールイベックそのものですぞ。無駄がなく大変美しい」
『初めて言われたよ、嬉しいな』
騎士団の模擬戦を何度か見学したことがあるが、素人の私から見ても確かにヴィルホの剣戟は美しいと感じる。激しく斬り結んでいる瞬間ですらどこか優雅なのだ。なるほどそれがダールイベック。勿論私のそれは遠く及ばないが、僅かなりにも似た空気を纏うことができているのなら、これほど嬉しいことはない。
「ダールイベックと言えば、アレクシーはその後どうですか?元気にやっておりますかな?」
学園に入り、一足先にここを卒業したアレクシーとランドルッツ卿は今は接点がないらしい。
「うん忙しく頑張っているみたいだよー。昨日の朝手紙を届けに行ったらとっくに邸を出てたってー」
茶会の手紙を出したであろうイクセルが言うように、アレクシーは毎朝早い時間に登校しているようだ。
『騎士科の朝稽古に参加しているみたいだね』
「ほう、それはアレクシーの成長も楽しみですな」
長年第一線で活躍してきた卿から見れば私たちなど遊戯の相手をするようなものだろうに、それでも孫の成長を見守るかのような温かい目を向けてくれる。団長時代「こんなに鍛錬に顔を出す団長は初めてだ」と言われていたと聞いたことがあるが、きっと教えることが心の底から好きなのだろう。
鍛錬のあった日は、たいてい解散が早い。今日もジュースを飲み干すと誰からともなく立ち上がる。
「では殿下、私はこれで」
最初に出ていくのは決まってランドルッツ卿だ。私たちはそれを全員で見送った。
「レオー、また明日ー」「また明日な」
談話室の外で皆と別れ、一度自室へ戻る。
扉を開けると既に灯りは灯され、暖かく整えられている。浴室の扉を開けたロニーがすぐに戻ってきて湯の準備ができていることを伝えてくれた。
手早く服を脱ぎ浴槽に浸かる。
『ふぅーーーーーーっ!』
ほどよく疲れていた身体にじんわりと浸み渡っていくみたいだ。頭まで潜ってから顔を上げ勢いよく伸びをする。
サウナが好きというものも多いけれど、私は断然湯船派だな。
サウナ好きと言ったらなんと言っても騎士団の連中だ。騎士の宿舎にはサウナがいくつか設置されていて、冬場は全てのサウナが1日中使えるようになっているらしい。サウナで汗も疲れも流し切り、そのまま外へ飛び出して雪合戦ーなんてことも日常だ。そして再びサウナへ戻り温まる。
私も成長してそれなりに体力にも自信がつき始めているところだが、騎士たちの体力は全く底が見えない。感心を通り越して恐ろしいよ。例え成人してもあれほどの体力はつけられそうにない。
風呂を出て着替えると食堂へ向かった。今夜は母上もいるはずだ。
『母上!』
途中の廊下で母上に追いつく。
「レオ、ちょうどよいタイミングだったわね」
母上に歩幅を合わせゆっくりと歩く。
「あなたまた背が伸びたのではなくて?」
『そうですか?伸びていたらいいなぁ』
毎年確実に成長が続いているのがわかる。1年前に着ていた服がことごとく着れなくなっているから。
「もうー、にょきにょきとあっという間に大きくなってしまって」
『お嫌、でしたか?』
言葉では不満の声を漏らしているものの、母上の口調は限りなく柔らかい。
「いいえちっとも。陛下みたいでとても素敵よ」
で、また惚気られた。
食堂では母の侍女たちが食卓を整えて待っていた。その中にはオリヴィアもいる。
席に着き、レモン水を頼んだ。
「『乾杯』」
グラスを交わす。母上が飲んでいるのはミモザだ。シャンパンにオレンジジュースを合わせたこのカクテルを母上は好んで飲まれる。温暖な国で生まれ育った母上は、幼い頃からオレンジが大好物だったそうだ。
今日の出来事などを報告していると、スープが運ばれてくる。サーモンのスープだ。これが登場するようになると冬が来たなと実感する。ジャガイモとサーモンのシンプルなスープなのだが、寒さの厳しい真冬にはたまらない品だ。クリーム仕立てのものもあるけれど、私はあっさりとしたこの琥珀色のスープが特に好みだ。そしてどちらにもディルが欠かせない。
「もう冬ね」
同じことを思ったのか、母上が呟く。
『もうじき雪が積もりそうですね』
「ふふ、なんだかワクワクしてしまうわね」
母上はとにかく前向きな方だ。いくら雪の降らない国の生まれだからと言って、この国に嫁いできてから15年近くになるのだ。1年の約半分が雪に覆われる国に暮らしていたらうんざりすることもあるだろうに、毎年まるで初めて雪を見るかのように冬の訪れを待ちわびている。母上のそんなところをとても尊敬している、本人は無意識なのだろうけれど。
鶏肉の骨をナイフで外しながら雪の話を続ける。美味しいこれ
パンをちぎってソースを絡め取る。ピーナッツの味がする初めてのソースだ。
「美味しいわね 。懐かしい味がするわ」
母上の故郷の味なのだろうか?
食事が終わり、暖炉の前へ移動すると温かいハーブティーが運ばれてきた。
そこへワゴンを自ら押して来たのはカール。
「本日は特別なデザートをご用意いたしました」
大きな白いプレートの中央にあるのは小さな丸いチョコレートケーキ。周囲のベリーやハーブ、アーモンドチュイルなどが彩りを添えている。金属の容器を取り出し、スプーンをさっと滑らせたかと思うと美しく形を整えられたソルベが現れた。それがケーキの横に添えられる。先日頼んだカシスのソルベだ。
「お待たせいたしました」
2枚のプレートが運ばれてきた。
「お熱いうちにお召し上がりくださいませ」
カールが皿を2人の前に置く。さっと私の顔を見て、ニカッと笑ったのは見逃さなかった。私も素早く笑みを返す。
「まぁ!焼きたてを用意してくれたのね!」
母上は珍しい温かなデザートに興味を持ったようだ。そしてナイフを入れた瞬間、期待通りの反応に嬉しくなる。
「あら?ーまぁ!素敵!中からソースが出てきたわ」
そしてひと口。
「ああ素敵!とても美味しいわ。こんなチョコレートケーキは初めてね、カール」
カシスともとても合うのね、素晴らしいわ!
レオ?あなたも早く食べてみて。きっと驚くわ! あら、なぁに?」
カールと目を合わせて小さく笑っていたところを見つかってしまった。
「王妃殿下、本日のデザートは王子殿下が考案されたものなのです」
「まあ! まあ!まあ!そうなの?そうなのレオ!あらいつの間に?すごいわレオ!」
母上は両方の掌を口の横に当てて驚いている。
『先日の夜厨房を借りて、カールとロニーと共に試作したのですよ』
そこでもすかさずカールが続けた。
「いいえ、私は見ているだけでございました。殿下の手際のよさと言ったら、今すぐにでもスカウトしたいほどでございましたよ」
結構手伝ってくれたけど。それにハラハラ心配そうに見ていたし。
「いつの間に料理を覚えたの?驚いたわ!」
母上はまだ驚きが冷めないご様子で、信じられないことが起きたかのように興奮気味だ。見ている私は少し恥ずかしくなってきた。
『次の茶会に出したいと思いまして』
「ええ素晴らしいと思うわ!新しくて珍しくて美味しいもの。皆大絶賛に違いないわ」
合格点はいただけたようだ。皆も気に入ってくれるといいけれど。
『カールのおかげです』
私が焼いたものは素朴な家庭の手作り菓子そのものだったはずだ。が、今目の前にあるプレートはとても洗練されていて、王宮で供されるにふさわしい一皿となっている。僅か2日の間にここまで練磨させるとは流石カールと言ったところだろう。
「素敵な趣味ね、とても素敵!今度は陛下とも一緒にいただきたいわね」
『はい、父上と母上に召し上がっていただけると嬉しいです』
作るのも楽しいが、こうして喜んでくれる相手がいてこそ作り甲斐があるというもの。
家族に手料理を食べさせる機会が再び持てるとは思っていなかった。
「王子殿下、私はいつでも厨房でお待ち申し上げておりますので」
ワゴンを押してカールが退出していく。
またお菓子作りができるなんて。次は何を作ろうかな。この国のレシピ本も1度読んでみたい。今度図書館へ行ったときに探してみようか。




