18話
かん、かん。という軽い音で、ぼくは目を覚ました。
……目を、覚ました!?
おかしい。ぼくは三太にいちゃんが帰ってくるまで、寒空の下で待っていると誓ったばかりじゃないか。なのに、どうして。ぼくは小屋のなかで、眠ってしまっているんだ?
「わ、わふっ!?」
焦りと戸惑いで、変な声が出てしまった。
ぬくぬくと温かい毛布がぼくの体を包んでいる。そりゃ、これだけ心地よければ寝ちゃうに決まっているじゃないか。あー、ぼくの鋼鉄の意思はどこにいったんだ!
「わふ!」
でも、すぐにこのままじゃダメだと思った。三太兄ちゃんが帰ってくるまで、外で待つんだ。いつの間にか、体には毛布が包まっているけど。すぐに小屋の外に出ないと。
ぼくは慌てて体を起こして、前足を外へと出した。
その瞬間、冷たい風が鼻先を通り過ぎていく。
ぶるる、全身が寒さに震えた。
「……」
ぼくは、そっと出した前足を引っ込める。
そして、毛布を体にかけなおして、小屋のなかでうつ伏せになった。
……うん。外は寒いな。
当然のことを、ぼくは改めて思った。
小屋の外で吹いている冷たい風を、じっと恨めしい目で見つめる。あー、もう。こんなに寒かったら、外に出ることができないじゃないか。ごめんね、三太兄ちゃん。ぼくは小屋のなかで、兄ちゃんが帰ってくるのを待っているよ。
うつ伏せのまま、顔だけは外を向いている。
ひゅるる、ひゅるる、と風が吹く音だけが聞こえてくる。そんななかで、何か別の音が耳に入ってきた。
かん、かん。という軽い音。まるで石と石がぶつかるような音だった。
なんの音だろう?
ぼくは興味が引かれて、音がするほうへと視線を向ける。そこは榮倉家の方向だった。玄関の辺りだろうか。小さな石が空中を飛んで、そのまま地面に落ちる。その玄関にいる人を見て、ぼくは驚いて目を開いた。
……三太兄ちゃんだった。
三太兄ちゃんは玄関の前で座り込んで、ふてくされるような表情を浮かべている。暇を持て余しているのか、手近な小石をつかむと、無造作に放り投げる。さっきからしていた軽い音は、この音だったのか。
ここからだと、兄ちゃんの顔までは見えない。
でも、とても元気がないように見えた。
「くぅん」
三太兄ちゃん、大丈夫?
ぼくは兄ちゃんが帰ってきた安心感よりも、元気のない姿に心配になる。そんなに背中を丸めた兄ちゃんなんて、見たことないよ。
「なんで、わからないんだよ」
ぼそり、と三太兄ちゃんが呟いた。
ぼくは耳を立てて、その言葉を聞き漏らさないように集中する。
「母さんは、何もわかってくれない。あいつのこと、何も知らないくせに」
あいつとは、例の詩織ちゃんのことだろうか。ぼくは更に意識を集中させて、耳をぴくぴくと動かす。
「帰ってきても玄関は開いてないし。俺なんか、どうでもいいんだ。そうに決まっている」
そういって、三太兄ちゃんは立ち上がった。
不機嫌そうに地面の石を蹴る。かん、と甲高い音が遠くから聞こえた。その音が思いのほか大きく響いて、ぼくはびくっと体を震わせた。いや、音が大きいということは、三太兄ちゃんがそれだけ強く蹴ったということだ。そのことが何となく嫌な予感をさせた。
「もう、家を出ていこうかな」
三太兄ちゃんはおもむろに呟いた。
ぼくは嫌な予想が当たってしまい、おろおろと戸惑ってしまう。暗闇の中に佇む三太兄ちゃん。その姿は今にも夜の闇に消えてしまいそうだ。そうなっては、二度と会えないかもしれない。そんな考えが頭をよぎる。
「わんっ!」
気がついたら、ぼくは叫んでいた。
なんて声をかけたのか覚えていない。行かないで。ここにいてよ。そんな言葉だったと思う。とにかく、今の三太兄ちゃんを独りにしちゃけない。それだけは強く感じた。
「わんわんっ!」
再び、大声で吠える。
今度はなんて言ったかちゃんと覚えていた。
……兄ちゃん、どこにも行かないで!
「あー、タロか」
ぼくの声に、三太兄ちゃんが振り向いた。その表情は、やっぱり元気がないように見え。
「どうしたんだよ。散歩なら行かないよ」
「わん!」
「だから、そんなに吠えるなよ」
「わんわん!」
ぼくは必死だった。
三太兄ちゃんをここにいてくれるなら、何でもするつもりだった。
「わふっ」
ぼくはとうとう、小屋から飛び出した。
冷たい風が吹こうとも、夜の空気に体温が奪われようとも、ぼくはちっとも寒くなかった。四つの足で堂々と立ち、真っ直ぐ三太兄ちゃんのほうを見つめる。自慢の尻尾を立てて、耳をわずかに折りたたむ。
「わん」
ぼくは吠えた。
すると兄ちゃんの表情が柔らかいものに変わった。しょうがないな、というような呆れた笑顔だった。




