長い夜
レオン視点です。
ガイウス様の部屋へと向かった。
言われる事は大体予想がつくが、自分の責任だ。甘んじて受け入れよう。
コンコン
「どうぞ。」
中から声がかかる。ガイウス様は、今日は兄と同室のはずだった。
中に入ると、彼は一人。
「お帰り。彼は手配書通りリンデルからの逃亡者だった?」
「はい。警らの者に引き渡して来ました。護送の手配は向こうに任せました。こちらの身分は明かしていませんが、良かったでしょうか?」
「うん、それでいい。ご苦労だった。
本当はヴォルフにも報告したかったけど、彼はアリィちゃんの件で動揺しまくっていたからね。まだ、戻って来てもいない。」
やはりそうか。義兄はアリィの事となると、いつも冷静ではいられない。
「アリィにも『お前は妹ではない』と、宣言したとか。」
「ああ。非常に激しい調子でね。アリィちゃんは、拒絶されたと勘違いして落ち込んでいただろうね。」
「ええ。相変わらず兄の真意は伝わっていないようです。」
ガイウス様は口に手を当てクスクス笑うと、
「だろうね。絶対勘違いしてると思ってた。」
と、面白そうにおっしゃった。
兄の本当の気持ちを代弁するならば、
『もうずっと、義妹だとは思っていない。女性としてしか見ていない。』
が正解だろう。
本当の事をどこまでアリィに伝えるべきか。
「ところで、わかっているとは思うけど、君の任務についてだけど…。」
「申し訳ありませんっ。」
俺はすぐさま頭を下げた。
「いや、俺に謝られても…。ただ、アリィちゃんの護衛の任は解くよ。当分他の者と交代してもらう。といっても、俺かヴォルフしかいないけどね。」
「わかりました。従います。ただ…。」
「ただ?」
「今回の事は、目を離してしまった俺の責任です。危ない目に合わせたのも、怖い目に合わせたのも。だから、アリィは責めないであげて欲しいんです。ただでさえ怖い思いをしたと思うから。」
「それを決めるのは俺では無いよ。でも、レイモンド様も相当ご自分に腹を立てていらしたからね。アリィちゃんを直接責める事は無いとは思うけど。でも、ま、当分状況は変わらないだろうね。後は、ヴォルフ次第かな?」
義兄の事を考えると気が重い。
これからどう出るのかも、気になる。
「あの、義兄は…。」
「多分その辺で頭を冷やしているんじゃないかな?こう田舎だと、遊んで発散することもできないし。」
それが良いのか悪いのか。
義兄の感情が、アリィに直接向かわない事だけを祈ろう。
「ああ、それから。これからは用心した方が良いから、アリィちゃんの髪も染めてあげて。染料は俺のがあるから渡しておいてね。」
「わかりました。戻ります。」
「うん。ご苦労。ヴォルフの事は、心配しなくていいよ。」
本当にそうだろうか。
話を聞く限り、義兄がこのままおとなしくなるとはとても思えない。
でも、長年行動を共にしているガイウス様がおっしゃるのだから、これ以上異論は挟めない。
一礼して退室すると、アリィに割り当てられた部屋へと向かった。
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「ゴメン。遅くなった。」
ノックの後、ドアを開けてもらい直ぐに中に入った。開く前にもう少し警戒するように言っておかねば。
「レオン、大丈夫だった?ガイウス様は何て。」
他人の心配をしている場合では無いと思う。
アリィはすでに入浴を済ませて部屋着に着替えているから、良い匂いがする。
「ガイウス様から染料をもらってきた。髪を染めてあげるから、椅子に座って。」
するべき事をしてサッサと帰らないと、ヴォルフの二の舞になりそうだ。
「姉だと思ったことはない!!」
と俺が宣言したら、アリィはどんな顔をするだろうか?
義兄の時と同じで、勘違いして落ち込むんだろうな、たぶん。
水差しの水を容器に入れ、瓶の中の茶色の染料を少しずつ練ってのばしながら、アリィの金色の髪に擦り付けていく。植物由来のこの染料は非常に高価な為、仕事以外では滅多に使われない。
しばらく経ってから、
「できた!見てみて?」
そう言ったのに、反応が無い。
見れば座ったまま、アリィは居眠りしてしまったようだ。何気ないように振舞っているけれど、今日のことが余程こたえて疲れているようだ。
アリィは旅の間ずっと、自分の事や自分に出来ることを率先して引き受けてくれていた。が、元々が公爵令嬢だ。小さな頃から働かされていた俺とは違って、無理をした分疲労も蓄積されていたのだろう。
朝まで一緒に居て、俺が癒してあげられればいいのに……。
思いを断ち切るように、わしゃわしゃとわざと乱暴に髪をかき乱す。
「うわっっ!ハッ、私、もしかして寝てた?」
「ああ。ヨダレ垂らして気持ち良さそうに。」
「うそ、ヨダレ?」
慌てて口もとを拭おうとするアリィも可愛い。
「染め終わったから、最後は流さないと。浴室まで歩くぞ。」
「お風呂入ったばっかりだったのにぃ〜。」
結局、染めてみればそれは、昔よく見た茶色い髪のアリィの姿だった。
「地味だ」とボヤいていたあの頃の彼女に戻ったようで、俺は嬉しい。
急に成長して大人びた、憂いを帯びたアリィはもうとても子供には見えないけれど。
「ふふふ、もう一度この色に戻れるなんてね。」
アリィはどうやら満足しているようだ。
今日は怖い思いをしたはずなのに、笑おうとするなんて。無理をしているのが痛々しいほどわかる。
もしも俺たちが義理の姉弟ではなく、本物の恋人同士だとしたら、こんな時は腕の中で十分甘えさせてあげられるのに…。
「レオン?」
いけない。自分の想いに浸ってしまっていた。次は、顔や手の傷の手当をしないと。白い肌に、細かな傷の赤い線がいくつも残っている。
「消毒用の薬を取ってくるから、待ってて。」
途端に心細そうな顔をしてこちらを見つめるアリィ。「すぐ戻るから。」と言い置いて、部屋を出る。
廊下を出てすぐ、そばに立っていたのは義兄のヴォルフだった。




