一合たりとも打ち合えると思うな!!!!
スレイマンの身体から命の温かみが失われていく。
心音が止まり、瞳から光が消えた。
死んだ。
憎んだ父の死がビルブラッドの心を揺らす。
裏切られたのだと思っていた。捨てられたのだと思っていた。
エルフの森で最も強いと言われていた母を孕ませて消えた悪党。
母から真なる精霊を奪い、己の欲を満たすためだけに街へ帰った下衆。
そう、思い続けていた。
エルフたちの嘲る声が聞こえる。
「半端者め」
「精霊に逃げられた無能者」
違うのだ。
母は父を責めた事など一度も無かった。
父の名を誇らしげに呼び、精霊が無くとも戦士としての義務を果たし続け、魔神と戦い堂々と死んだ。
その手に残るエルフの秘薬を呑み込む。
濃縮されたマナが身体を内側から癒し、断たれた腱すら修復する。
このマナには覚えがあった。
いずれ迎えに来る父に渡すのだと、笑顔で秘薬を作っていた母を思い出す。
秘薬を売って金にするんだろうと言った自分に、母は、きっと父は秘薬を使わないだろうと言った。
あの人はきっと、本当に最後の最後まで使わないで持っているはずよ。もしかしたら使わないで死ぬ事もあるかもしれない。そう言う母の嬉しそうな横顔。
信じられなかった。
母から強さと地位を奪って行った父の事だ。財を得たら己の為に使うに決まっている。
今の今まで、そう思っていた。
スレイマンの身から流れ落ちる血がキラキラと金色のマナに変わっていく。
マナがビルブラッドに伝える。
父と母の出会いを。父の覚悟を。寸分違わぬ密度で彼の人生を教えていく。
「・・・そんな」
すべては間違いだった。
父は母を愛して、その一生を、妻の明日を守る為に捧げたのだ。
すべては間違いだった。
母は父を愛して、その一生を、夫の今を守る為に捧げたのだ。
母の死後、人間との混血であった自分の居場所はエルフの中に無かった。
頭の中にあったのは復讐する事だけ。
母を笑ったエルフどもを見返すため。
己と母を捨てた父を殺すためにビルブラッドは森を出た。
それからただの一度も自分を弱いと思ったことはない。
冒険者相手でも、傭兵相手でも、騎士相手でも、魔物や魔神相手でも。
戦い、勝ち、命を繋ぐことこそが、己の目的に辿り着くただ一つの道だからと信じて歩み続けてきた。
仲間が増え、傭兵団を作り、強者と争い、戦い、勝ち続けた。
だが、南方最強と呼ばれるスレイマンを殺すために磨き続けたはずの己の技は、父には遠く及ばなかった。
理由がわかった気がした。
父と己の決定的な違い。たとえ己がスレイマンと同じ強さに辿り着いたとしても、剣を打ち合えば敗れるのは自分だっただろう。彼には負けられない理由がある。
負けられない理由。
そんなものを考えた事などなかった。
勝ち、生き、目的を果たす。そう生きてきた。
だが心のどこかで空虚な自分が死を許していたような気がする。
死ぬなと仲間に言い続けながら、自分自身が死ぬことをどこかで求めていた気がする。
父を殺したところで母が帰ってくるわけではないのだ。
水牢がしゃりしゃりと床を削り取りながら、少しずつ小さくなっていく。
脚こそ治ったものの振るうべき剣は無く、水牢の中から≪慟哭≫を倒せるだけの魔術も使えず、逃げる事もできない。
きっと、ここは自分の死地なのだ。
この場所で父と共にマナへ還るのだろう。
「もう死んだか?ああ、やはり神将は凄いもんだ!こんなに簡単にグランの騎士を殺しちまった!!!この力がありゃ俺たちに負けはねえ!誰とやっても、どこでやっても絶対に勝てる!!すげえ、すげえぞ!!!ひゃははははははは!!!!!なあおいビルブラッド、お前エルフと人間のあいのこなんだろ?俺の奴隷になるなら殺さないでおいてやるよ」
父の遺体を抱きしめたままビルブラッドは唇を噛んだ。
S級冒険者は一軍に勝る。
≪慟哭≫の強さは本物だ。今の自分では勝つことなどできはしない。
「おまえは・・・生き・・・ろ・・・・・・」
お前は生きろと父は言った。
膝を折って慈悲を乞えば命を残すことはできるのかもしれない。
「ほらどうした?俺の気が変わる前に頭を床に擦り付けろよ・・・命乞いをしろよ、絶望しろよ、悔しさに涙を流して死にたくないと暴れろよ!下等なエルフと無能な英雄の子にはお似合いだろうが!?・・・なんだその眼は?気に入らん。気に入らんなぁ」
拳を握る。
その言葉だけは看過できない。母の生きざまを、父の後悔を知らないお前に言わせない。
水牢から放たれた高圧力の魔弾がビルブラッドの太腿を撃ち抜いた。
片膝をつきながら父の最後を思い出す。走馬灯のように浮かぶ父の祈り。
神々に願う。自分を選んだグランに願う。祖霊に、精霊に、大いなる始祖に、世界樹に、マナに、ありとあらゆるものに乞い願う。
ただただ、愛する妻と、まだ見ぬ自分と妻の子が胸を張って生きられる世界を夢見た父。
その父の思いだけを背中に乗せてビルブラッドが胸を張る。
≪慟哭≫が笑った。勝利に奢る下卑た笑みだ。
負けたくない。負けられない。ここで自分が負けて死ねば父の歩んだ道が無駄になる。
キラキラと、抱きしめた父の身体がマナになっていく。
溶け込むように世界に消えていく父の身体から感じたのは、むせかえるような世界樹の森の香り。
精霊の気配を色濃く感じる。
母が父に託した真なる精霊。もし、その精霊が、母の死後も約束を守り続けているのだとすれば・・・!!
ビルブラッドの持つエルフの眼が消えゆく精霊の姿をとらえる。
それは時間にしてほんの数秒の出来事だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「物欲しそうな顔をするな、ハーフエルフ」
「・・・口の悪い精霊だ」
「何十年も森から離れて人の身に棲くえば、これくらいはな」
その声には枯れ木のような諦観があった。
「このまま消えるのがお前の望みか」
「無論だ。ルルミカも無く、スレイマンも無く、もはやこの身に願いは無い」
「力を貸せ」
「断る」
精霊の断固たる声。
「お前はスレイマンに遠く及ばない」
「俺はルルミカの子だ」
「ルルミカは精霊を愛し、精霊に愛されたものだ。お前とは違う」
「ならばスレイマンとて違う」
「スレイマンは精霊の未来すら守ろうとした稀有な男だ。お前が並ぶことは生涯ない」
精霊の眼がどこか遠くを見ている。
父と母を思い出しているのだろうか。
「・・・だが、俺は二人の子だ」
「そうだな。確かに血は匂う。だがそれだけではお前が私と契約するには足りない」
「何がいる」
「・・・何もいらない。お前はふさわしくない。お前は・・・」
「黙れ!!」
精霊を罵倒するエルフなど存在しない。
しかし、怒りにその身を焦がす自分を止める事はできなかった。
「俺はルルミカの子だ!!母がなすべきことはすべて俺が継ぐ。精霊が俺を愛さなくとも、俺はルルミカと同じだけ精霊を愛し、精霊を信じると誓う!!」
「ハーフエルフの分際でエルフの誓いを真似るのか」
「そして、俺はスレイマンの子だ」
ビルブラッドの眼が輝く。
スレイマンと同じ白い肌に、かつてのスレイマンと同じ灯火が燃える。
生涯を懸けて戦い続けた戦士と同じ光を宿す娘を、精霊が驚きを持って見つめる。
血の流れが繋がる。消えゆくスレイマンのマナがビルブラッドと繋っていく。
グランの血と技が、スレイマンの残した過去が、ビルブラッドに重なっていく。
「父がなそうとした事はすべて俺が継ぐ。守ろうとした未来を、父が得ようとした明日を、この一生を賭して追うと誓う」
「・・・人間が誓うのではないぞ。エルフほどの長さではないが、何百年の生を・・・」
「俺は!!俺の名は!ヒリエラ・グランダルト!!偉大なるホワイトモアに連なりしビルブラッドの末裔にして、グランの三騎士!!父母の残した物はすべて俺が正当に継承する。俺に従え!!」
精霊の眼がヒリエラを見た。
ヒリエラと、その身に重なるスレイマンと、ルルミカの姿を。
「・・・・・・お前では器が足りぬ」
魔力に優れたエルフですら真なる精霊と契約できるものはほとんど存在しない。
ルルミカから借り受けたスレイマンと違い、エルフの血を半分しか持たないヒリエラでは契約する事さえ難しい。
「何がいる」
「・・・血を貰おう。それで足りねば、また違う何かを貰う」
契約が成立する。風がヒリエラの銀髪を撫で、長い耳をくすぐる。
「我が名は・・・・・・・・・正しく父の御業を継ぐのなら、お前が名づけるがよかろう。我に名とふさわしい姿を与え、我を伴え」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
≪慟哭≫は初めて疑問を持った。
おかしい。聞いていた未来と違うのだ。
この会話の終わりに≪炎の翼≫が地下牢へと来るはずだ。
現れた≪炎の翼≫が放つ熱閃がビルブラッドの胸を貫き、それで終わる。
・・・だが、待っていても来る気配が無い。
≪慟哭≫の迷いは時間にしてほんの数秒。
だがその数秒は、≪慟哭≫の知る未来を変えるに足る数秒であった。
「くそったれが・・・!」
水牢から伸びた水刃がヒリエラを襲った。
しかしその刃は風で阻まれ、水流は渦を描くように流されていく。
「お前の精霊か?無駄だねぇ!エルフの戦士は何人も殺した、精霊の力なんざたかが知れてる!!」
「お前は知らない、真なる精霊の力を・・・父の、本当の剣を、本当の強さを!」
「スレイマンなんて終わっちまった英雄だろうが!何が南方最強だ、剣舞祭の覇者だ!?俺に手も足もでなかった雑魚が笑わせるな!!!」
≪慟哭≫が両手を広げて呪文を唱える。
それは攻城用の上位魔術。放たれる激流は小さな砦なら瓦礫に変えるほどの一撃。
自身を飲み干すような大魔術を前に、ヒリエラは腕をかざして声高に叫んだ。
それは母が託し、父が振るった精霊の真名。
聞くものすべてが震えあがった南方最強の称号。
いまだ塗り替えられぬ記録を持つ剣舞祭の覇者。
グランの三騎士であった、若かりしときの父の二つ名。
「来い!≪剣狼!!!!!!!!≫」
精霊が具現化する。
エルフの秘薬で満たされたマナが精霊に流れ込む。
青くゆらめく真なる風の精霊は、それでは足りぬとヒリエラの血を求めた。
混ざり合う血とマナの中で精霊は変質し、血風渦巻く荒々しき暴風へと変わる。
魔術の激流は風の流れに乗ってヒリエラを中心にした渦潮となり、水牢さえも呑み込んだ渦潮はそのまま巨大な水竜巻へと変わった。
驚きに身をすくませる≪慟哭≫を前にヒリエラが拳を握ると、生まれたのは一本の鋭いレイピアだ。
それはヒリエラの最も得意とする武器であり、S級冒険者である≪慟哭≫の水魔術すら吸収し尽くす暴風の精霊剣。
「舐めるんじゃねえ!S級冒険者にお前みたいな半端者が勝てると思うのかよ!!!」
己を鼓舞するように叫んだ≪慟哭≫が手甲から二条の水刃を伸ばして飛びかかる。
ヒリエラはレイピアの切っ先を突きつけた。
「お前のような外道が、一合たりとも打ち合えると思うな!!!!」
レイピアが風を纏う。
幾重にも連なり吹き荒れる竜巻が≪慟哭≫の水刃を、腕を、足を、折り砕きながら呑み込んでいく。
「こっ!こんな馬鹿な!神将はこんなこたあああああああああ!!!!!!!」
いつもありがとうございます。
本編も書きたいんですが声優総選挙の件で一つエッセイを書くかもしれません(笑)
どちらにせよ数日中に再度更新致しますので、よろしくお願いいたします!




