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草刈りの時間よ

いつもありがとうございます

「気がすすみませんな」


包帯と護符で素顔を隠したゴーマが神将の横でつぶやく。


「あら、どうして?」

「エルフなどと言う雑草を引き抜くのは下々のものだけで十分でしょう。なにも親征として国王陛下自ら前線に立つ必要もありますまい。アマリア様も・・・せっかくなのですから、スレイマンの死にざまを楽しめば良かったのでは?」


世界樹の森に踏み込んだ騎士とエルフは一進一退の攻防を続けている。

武勇、地の利で勝るエルフは騎士を次々に葬って行くが、倒されても倒されても騎士が減る事は無い。

三万の騎士とエルフの形勢は完全に膠着していた。しかし均衡が一か所崩れたらどちらかの敗北がそのまま決まるだろう。


「ゴーマ。あなたは私の采配に不満なの?」

「滅相もございません。『視る』権能をお持ちであるあなた様に不満など・・・ただ、少々の疑問があるだけなのです。エルフ討伐軍の主将としての働きを拒否したスレイマンが造反するのはわかっていたのでしょう?どうして留守居役として認めたのですか。無理やりにでも前線へ引き出して使い潰してしまえば老害もエルフもともに葬る事ができたでしょうに」

「無理やり連れだしても無駄よ。あの老人はわたしに抗うと決めてしまった。どこかで姿をくらまして王都に戻るだけだもの。それなら最初から希望を持たせて準備させてあげた方が親切じゃないかしら」


クスクスと嗤う神将の顔には愉悦が浮かぶ。


「ビルブラッドを助けにくると?」

「来るわ。もうあれにはそれしか希望がないのだから」

「でしたらやはり天牢でお待ちになれば良かったのでは?親子共々葬ってしまえば禍根もありますまい」

「生きていても禍根なんて無いわ。弱すぎて敵になりえないから。私に見えないのは稀人だけ、私の敵として存在できるのは稀人だけなのよ。ねえゴーマ。私と稀人が戦えばどちらが生き残ると思う?」

「それはアマリア様でしょう」

「どうして?」

「人は神には勝てませぬゆえ」

「正しい解答だわ・・・でもねゴーマ、稀人はこの世界の人間ではないのよ。神の名を僭称する塵芥が呼び出し、不相応なまでに加護を受けている稀人を私は恐れている。わかるかしら、すべてが『視える』私にとって『視えない』ということがどれだけ恐ろしいか」


神将の言葉に耳を傾けていたゴーマが驚く。


「あなた様を滅ぼせると?」

「不可能ではないわ・・・・・・稀人はどちらを選ぶかしら?エルフを守るために森で私を待ち受ける?それともビルブラッドを救出するため王都へ向かう?」

「両者を捨てて逃げるという道も」

「逃げるくらいなら神器を仲間に貸したりしないでしょう?」

「神器、ですか」


フェイの手にあるナイアエムネの小太刀。その一撃が≪炎の翼≫を敗北させる事を神将は知っている。


「そう。おそらくはエルフと共に私を待ち受けているでしょう・・・・・・ふふっ、ねえゴーマ。どうして人間は愚かなの?」

「哲学的な問いですな」

「ねえゴーマ。どうして人間は自分よりも上位のものがいると認められないの?私に視えないのは稀人だけなのよ。稀人がどこで何をしているのか、何をしてきたのか、何をしていくのか。その未来だけは私にも『視る』ことができない。彼の周りにいるものもそう。彼と近くにいて行動を共にしているものの未来は霞んでしまってよく見えない。でもねゴーマ。私にはそれ以外のすべてが『視える』の。私の権能には何人も逆らえない。彼が手にしていた神器もそう。彼が持っていたのならわたしには視えないままだったけれど、手放したのならその瞬間から私にはその神器の未来が『視える』のよ。どこで、誰が、どう使いこなすのか。ゴーマ、ねえゴーマ。どうして人間はそれで私の裏をかいたと思うの?『稀人の神器を使えば敗北する未来を覆せる』なんて。そうね、確かにその未来は一瞬だけあなた達を敗北から救ってくれるでしょう。でもね。あなたたちが勝利する未来だってわたしには『視えている』のよ。勝利のあとに敗北を刻んであげることなんて簡単だと思わないのかしら」

「アマリアさま・・・?」

「ねえゴーマ。天牢にいるS級冒険者にはあなたの友達もいたでしょう。強いのかしら?」

「≪炎の翼≫は同輩ですからな。彼女の技量はS級冒険者としても屈指のものです、並のS級冒険者が相手なら完封して勝利できる程度に腕は立つかと」

「でも彼女は死ぬわ。私がつたえた未来と違って敗北してしまったから。だから、その先の仕掛けで死んでしまうの。残念ね」

「それは・・・運がありませんでしたな」


ゴーマの言葉にはなんの感情もこめられていなかった。


「それだけ?わたしを恨んだりしてもいいのよ?」

「丁重にお断りさせて頂きます。同輩の死に憐れみを覚える事はありますが、復讐心など塔の魔術師に最も遠い感情ですので」

「・・・兵士たちはエルフに苦戦しているようね。せっかく南方王が騎士を率いてやってきたのだというのに、弱卒ばかりで見るに堪えないわ」

「雑草は根が深いものもありますからな。命じて頂けるのでしたら一働きしてまいりますが」

「少し草刈りでも・・・・・・」


そこまで言いかけたところで神将の美貌を裂くような皺が一筋眉間に刻まれる。


「・・・・・・そう。稀人は私との戦いを避けたのね。ならば出し惜しみする必要もない・・・ゴーマ。草刈りの時間よ。雑草を根絶やしにしてきなさい」

「御意」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「はあっ、はあっ、はあっ」


無理やり身体を動かして影から染み出てくる魔神を打ち倒す。

冷たい汗でへばりつく銀髪をかきあげながら、ヒリエラは眼前に溢れかえる死の群れと戦っていた。


精霊との契約ですでに魔力の大半を失っており、≪慟哭≫を倒した段階で意識を失っておかしくないだけの疲労が全身を満たしている。

倒れてしまえば楽になるだろう。だがそれはできない。


天牢の壁を背にして戦いながら、ヒリエラは助けが来ることだけを信じて剣を振る。


スレイマン・グランダルトが単身で自分を助けに来るとは思っていない。

『賢老』スレイマンが神将と一人で戦うはずがないのだ。

騎士か、傭兵か、獣人たちか、冒険者か、稀人か、どこの誰かはわからないが、必ず協力している仲間がいるはずだ・・・仲間が死に絶えてさえいなければ助けは必ずくる。


ハゲタカのような姿をした魔神の翼を叩き伏せ、倒れた魔神の首筋にレイピアを突き立てる。

崩れ落ちそうになる自分を支えるように突き立てた剣に身を預け、ヒリエラは喘ぐように息を吐いた。

眼をつぶれば楽になれる。だがそれはできない。

次から次へと現れる魔神を相手にするのはもう限界だ。

だが、こんなところでまだ死ぬわけにはいかない。


猛獣の唸り声とともに鉄格子を砕いて四足の魔獣が現れた。

額から伸びた三本の角は自身を七度殺して余りあるだろう。


「・・・まだだ!」


エルフの戦士は不屈。

暗竜に従い、邪悪な黄金と戦うと決めた戦士の一族の血がヒリエラから絶望の二文字を奪う。

たとえ敗れて屍を晒すのだとしても、それはここではない。


死を背中に貼り付けたヒリエラの眼前で闇が躍った。

薄明かりの下で魔神の巨体が闇色に輝く双剣に切り裂かれる。


「爺さん!無事か!!!?」


風が吹いたような気がした。

それは窮地の中で感じた錯覚、幻覚なのだろう。

油断なく戦士を見据える。

茶色の髪をした戦士の剣は闇色の魔力で包まれており、その後ろにはさらに二人の仲間がいるようだった。


「・・・・・・あんた一人か?」

「俺はヒリエラ・ビルブラッド。亡き父の名を継いだヒリエラ・グランダルトでもある」


戦士の後ろにいた長身の男が驚きに目を見開いた。


「グランを継いだだと・・・」

「俺はフェイ・・・・・・爺さん、死んじまったのか」

「父の仲間か?・・・できれば生きてここから出るまで共闘して貰えると助かる」

「そりゃ俺も望むところだけどよ」


背後を伺う様に見れば、螺旋階段を無数の魔神が下りてくるところだった。


「ちょいと上も数が多くてね!あんた、どうにかできる切り札の一枚や二枚持ってねえか?」

「S級冒険者を倒すのにその切り札を使ったところだ。正直なところ魔力も無い」


フェイが頭を掻きむしりながら仲間を見た。


「二体までなら引き受けられるがそれ以上は無理だ・・・拳が使えない俺に期待するな」

「あたしも無理さね。誰かさんが炎の翼を術式ごと壊しちまったんだもの」

「他にやりようなかっただろうが!?」


そこからの戦いは熾烈なものだった。

魔術師を中心に三人が互いに背を任せて目の前の魔神と切り結ぶ。

強弱、大小取り混ぜて何十体の魔神を倒しただろう。

軽口を叩いていたフェイも押し黙り、支援の魔術も目に見えて威力が落ちてきた。


「がっ!?」


異様に太い右腕を持つ魔神の一撃がヒリエラの身体に叩きこまれる。

空いた隙間に入って来たのは棘を重ねて槍のようにした腕を持つ細身の魔神だ。

戦士たちには目もくれず、細身の魔神は魔術師の命を奪いに走る。


≪炎の翼≫の顔が恐怖に歪んだ。

死を覚悟した回避できない一撃。それを受け止めたのはハーヴィーの右腕だった。

掴み止めたその手は骨が砕けただけでなく、棘槍でズタズタに裂けてしまっている。


「漆黒の渦、浮かび飲みこむ虚空の暗礁、暗夜を喰らい、漲れ!吼えろ!」


フェイの生み出した暗黒球が槍の魔神を消し飛ばすと、四人は塔の壁際まで後退する。

様々な表情で魔神を見ている四人の中で最初に腰を落としたのはフェイだった。


「・・・フェイ?」

「いや、ほんと。よくやったと思うわ俺。魔力なんて全然残ってねえし、一回前借りしてるからぶっちゃけ目を開けてるのもしんどいんだぜ?」


ハーヴィーの問いかけに困ったような笑顔で返すのと、『砕けろ!』と声が響いて天牢の壁に大穴が空いたのはほとんど同時だった。


「みなさん大丈夫ですか!?」


飛び込んできたドミにハーヴィーが驚く。

騎乗用の大蟻に乗って現れた≪冒涜者≫リオとセルシスを見てフェイが呆れた顔で言った。


「魔宮の時と一緒じゃねえか」

「魔宮より楽だったね、あれより全然浅いから」

「・・・疲れたから任せたぜ、ダチ公」

「終わったら起こすよ、ダチ公」


拳を打ち交わす二人の姿を横目にヒリエラは肌に触れる確かな風を感じていた。

それは優しくそよぐ風。

南方に重くたちこめる雲を払う風になる事を祈りながら、ヒリエラの意識は闇へと落ちて行った。

第二部は今月中(遅くとも来月中)に終わりを迎えます。

第三部は緩めのシティアドベンチャーかダンジョンハックになると思いますがどちらが良いとかありますでしょうか?(まて)

希望に添えるとは限りませんが、ご意見などありましたら感想やメールにて頂けると嬉しいです。

ではまた!!

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