外伝・隻手は小鬼と戯れる
申し訳ありません。
≪銀の雨≫ミスティアの名前をベリチェに変更しました!
随分と野暮ったい人だな、というのが最初の印象だった。
冒険者というのは見栄を張る職業だ。
依頼に成功すればその冒険譚を面白おかしく脚色して語り、失敗したら戦った相手をことさら大きく見せかける。少しでも割の良い依頼を受けるために、そうやって自分をよりよく見せかけるのが冒険者という生き物だ。ギルド証も、迷宮水晶も指針にはなる。でも、どうせある程度以上の実力は横並びなのだ。
だから服装に気を使う。戦士であれ、魔術師であれ、自分がそうであろうと他者に思われる格好をする。
華美に着飾れというわけではなく大切なのはそう見えることだ。腕の良い戦士に、沈着冷静な魔術師に、剣士に、盾使いに、とにかく自分に使い道があるように普段から見せておく。
そうでなければ迷宮に入る臨時パーティを組む時に声がかからない。
・・・そのはずなのに。
その冒険者からは、まったく覇気を感じられなかった。
長身で片手の無い男の首からはA級冒険者とわかるギルド証が下げられている。
あの手ではろくに戦う事もできないだろう。
目端の利く斥候職だろうか?それにしては抜け目のなさを感じない。
目ざといとか、鋭いとか、そういった形容詞が似合いそうにない。
純朴そう、と言うと褒めすぎかもしれないが、端的に言って鈍感そうな男だ。
魔術師?使い古した皮鎧に身を包んだこの男が?それもないだろう。
A級冒険者とは冒険者ギルドの中で本当に上位の人間にしか与えられない称号だ。
間違っても、こんな、飲み屋の軒先で有り金取られて転がってそうな風体の男が名乗れるものではない。
その、何者なのかわからない不思議な男はさっきから何度も訓練所の前を行ったり来たりしている。
「なんだと思う?あれ」
犬獣人のサマシが私に聞く。
警戒するように耳を立てている姿がとても可愛い。
「どうみても不審者なのよね。私たちと同じA級冒険者みたいだけど・・・なんなのかしら」
訓練用のゴーレムに水鞭の魔術を一撃当てながら私が答える。
胸に表示されたライフポイントが120減り、続けて叩きこまれた剣と斧の攻撃でライフ50000に設定されていたゴーレムがようやく沈黙する。
勝利に喜ぶ仲間たちとは違い、私は訓練所を覗く男が気になって仕方が無かった。
魔術師抜きで戦闘訓練する仲間たちを置いて、私は彼に声をかけることにした。
みすぼらしい印象と違い、近くで見る彼の肉体には、しなやかさと強靭さが同居しているのがわかる。
もしかして名のある戦士なのだろうか?
「どうかされたんですか?」
「あー、訓練中わるいな。上位の冒険者が使ってる訓練所がこっちにあるって聞いたんだが、ちょっと教えてくれないか?」
ほんの少しだけ殺気を纏って話しかけてみたが、反応は無い。
中距離は私の間合いだ。無詠唱の呪文一つで彼を叩きのめすことくらい容易い。
男は風体通りの鈍さで私に間抜けな質問をする。
「その訓練所なら、ここですよ」
「おいおいおいおい、そんなダンブランなら子供でもわかるような嘘つくなっての。いくら俺が優しいおっさんでも騙されてやれねえぞ」
なぜか男は確信を持った口調でそう言った。
ダンブラン?南の城塞都市から来た冒険者だろうか。
あそこでA級を名乗っていたなら魔宮の門の一件は知っているのだろうか?もし魔神と戦っていたなら話を聞いてみたいけれど・・・でも、それはなさそう。少なくとも私たちはこの男と組みたいとは思わない。
無能と組んで怪我するのはごめんだ。
「・・・どうして嘘だと思うの?」
「だってみりゃわかるだろ。みんな昔のダーナみたいなのろい動きだからな・・・あー、ダーナって言っても知らないか?」
彼は英雄と呼ばれる女戦士の名前をこともなげに口にした。
「ダンブランのダーナ?もしかして魔宮の森から生還した≪緋蜂≫のダーナですか?A級冒険者の」
「お?知ってるのか?」
「王都の冒険者ならみんな知ってますよ。魔神を統べるものを打ち破った若き英雄。≪魔神殺し≫のS級冒険者ホロゥストークさまとパーティを組んでらっしゃるんでしょう?さぞ強いんでしょうね」
私の言葉を聞いた彼があからさまに失笑した。
しまった。少し幼く思われてしまっただろうか?侮られるのは得策ではない。
「強さで言えば≪誑し込み≫のフェイの方が強いだろうけどな・・・・・・ぶっははは!!」
眉根を寄せて私が反論しようとしたところで、こらえきれなくなったように破顔した彼が言った。
やってやった、とでも言うように笑い続ける彼と違い、私にはフェイと言う名に覚えがない。西方で二つ名つきの高位冒険者ならだいたい把握しているはずなのだけれど。
「≪誑し込み≫??・・・・・・よくわかりませんが、彼なんてどうですか?魔神殺しの英雄である≪緋蜂≫のダーナに比べたら劣るかもですが。私にはとても良い動きに見えますけど」
そう言いながら指を向けた先にいるのは、私たちのパーティーでリーダーを務める剣士だ。
≪流星≫カテュロスと並び称される王都の俊英、≪螺旋花月≫キリー。
跳ねるような独特の剣閃にはS級冒険者の≪白鬼≫ジャガルでさえ一目置くと言われている。
その剣を眠たそうに見据えながら男は言った。
「そうだな、ここのC級じゃ一番か?だがB級の平均よりちょっと下だろ。たいした腕じゃねえよ」
侮蔑や嘲笑であるなら私は彼をこの場で叩きのめしていただろう。
だが違った。彼の言葉からはなぜか確信を感じる。
この男は本心から言っているのだ。
本心から、A級冒険者の≪螺旋花月≫キリーをB級の平均より下だと断じている。
理解できなかった。雲か木石とでも話しているかのような齟齬がある。
私が見ているものとこの男が見ているものは果たして同じなのだろうか。
いや、それよりも。
この男は、何者なのだろうか。
「・・・・・・C級じゃ一番、ですか?」
「B級でやれるとは思えんな。あんな戦い方じゃ死ぬぞ」
「うちのパーティーリーダーを随分とけなすんですね」
「鍛えてやれば伸びるだろうがなぁ。今のままじゃ育つ前に死ぬだろ」
「・・・彼は王都でも指折りの冒険者ですよ。弱くはありません。少なくともあなたより強い」
「王都じゃそういう冗談が流行ってんのか??あれが100人いたって俺が負けるはずねえだろ」
これも本気の言葉だ。私にはわかる。
この男は本心から、キリー100人相手に勝つつもりでいる。
鳥肌が立った。
事実だとすれば彼は訓練用のゴーレムなど相手にならないほど強い事になる。
迷宮の守護者とですらパーティーを組むことなく戦えるだろう。
そんなものは存在しない・・・・・・少なくとも、A級以下の冒険者には。
S級ならできるだろうか?≪白鬼≫ジャガルは強い。王都でもおそらく五本の指に入る強者だ。
そのジャガルでも、キリーを三人同時に相手にしたらおそらく死を覚悟しなければならないだろう。五人なら相討ち覚悟、十人なら?待っているのは確実な死のはずだ。
だとすれば、この男は≪白鬼≫ジャガルよりも強いことになる。
そんな馬鹿な事あるはずがない。
「その、上位冒険者用の訓練所を探していらっしゃるんですよね?」
私は務めて平静を装って聞いた。
私の纏う空気の変化に気付いたサマシがチラリとこちらを見て、耳をピクリと動かす。
「教えてくれるか?どうにも久しぶりの王都で記憶違いが多くてな」
「そこに何をしにいかれるんですか?」
「教導だよ。教導。上位冒険者様の指導をしなきゃならんのさ。やるだけ無駄だってのに」
これも本心だ。本心だからこそ、私は腹が立った。
私たちはこの男に馬鹿にされている、いや、舐められているのだ。
隠しきれない怒気と殺気が私からこぼれた。
サマシが足を止め、異変に気付いた仲間たちが訓練を中止してこっちを見る。
「やるだけ無駄ですか」
表情の無い声で私が聞く。
「おうとも、無駄無駄。引き受けちまった仕事だからやるけどな。でもよ、人間には向き不向きってのがあんだろ?向いてない奴が何したって意味ねえよ」
「自信があるんですね」
「あん?あー、まあ、何ができるかわからねえと冒険者はすぐ死んじまうからな。こういう感覚は養っておくもんだろ・・・それともまさかお前ら、自分に何ができるかすらわかってなかったりするのか?」
ここまでコケにされたのは初めてだ。
A級冒険者をなんだと思っているのだろう。自分だってA級冒険者の癖に、自分と同格の相手をそこまで下に見る事がどうしてできるのだろう。
そんなに、私たちが無能だと言いたいんですか。
「・・・でしたら、一つ訓練に付き合ってくださいませんか?」
「なに?」
「私たちを教導してください。あなたの思ったやり方で構いません。本番前の手習いとして勉強になるんじゃないですか?」
男はほんの少し考えてから頷く。
「・・・・・・・・・やって損はないか。よし、ゴブリンごっこで一勝負しよう」
「私たちがゴブリンですね?五人パーティーですから役割は・・・」
「違う違う」
男は笑う。
「五人じゃ十秒と持たないだろ?訓練所の全員で来るよう伝えてくれ」
話しを聞いたキリーが激怒した。
当然だろう。名を売る冒険者が侮られた事を看過できるはずもない。
≪螺旋花月≫の言葉に従うように参加者は増えていき、最終的にゴブリンの群れは三十人以上に膨らんでいた。
「この倍くらい欲しいんだがな」
私たちを見回した彼が本心からつぶやき、それを耳にした何人かの冒険者が口汚い罵りの言葉を放つ。
「おー、ゴブリンらしくていいじゃないか。罵倒で相手を殺せると思ってるなら好きなだけ罵倒してくれて構わんぞ。あ、威勢がいい男ほどベッドじゃ縮んで役に立たないから女どもはよく覚えとけよ?」
何人かが卑猥な冗談に笑い、笑われた冒険者の戦意が増す。
「ゴブリンごっこは知ってるな?持てる武器は一つだけ、剣と盾だとか、双剣なんて使い方は無しだ。弓矢なんかの飛び道具を使う奴は矢玉に制限は無いが、予備の弓は認めない。投げナイフの複数所持もダメだ。魔術にも制限は無いが、あくまで訓練だという事を忘れるな。味方に誤射した奴はギルド証を返上してE級からやり直せ。以上だ」
男の言葉に私たちは目を丸くした。
「・・・他に、制限は無いのか?」
キリーが問う。それはそうだろう。この条件では私たちは彼を殺してしまうかもしれない。
「ん?なんか他に決める事あったか?」
「勝利条件や敗北条件を明確に設定してくれ」
「ああ!確かにそりゃ必要だ。この中で回復魔術を使えるやつはいるか?斬られた傷を治せるやつだ・・・・・・三人だけかよ?切り落とされた腕を繋げられる奴は?」
そんな上位の回復魔術の使い手が冒険者ギルドにいるはずないのに、彼は当たりまえのように聞く。
「ならこうしよう、お前たちは仲間を巻き込まないようにしながら俺を殺すつもりで来い。俺はお前たちの手足を落とさないように手加減して相手してやる。回復魔術での治療は戦闘終了後しか認めないから、心が折れた奴は立ち上がらないで終わるまで寝てろ」
「・・・・・・あんた、死にたいんだな」
「すまんが王都の冗談は俺にはよくわからなくてな。俺を殺せる奴がどの辺にいるんだ?」
「ここだよ!!」
キリーの身体が跳ねた。見惚れるような身体強化から放たれる剣は男の首を落とすに足る一撃だ。
脱力する様に男が膝を曲げただけでキリーの剣が空振りする。
勢いを殺すことなく身体をねじり込んで連撃・・・に、男の足が割り込んでキリーの軸足を払った。
咄嗟に回転を縦に変えて着地したものの、剣を持つ右手を踏みつけられ、男の左拳が顔面を打つ。
流れるように長剣を奪った男が柄頭をキリーの顔に叩きつけた。
指と鼻の骨を折られて転げまわるキリーを残念そうに見つめながら彼が言う。
「三十人いるんだ。せめて三人くらいは同時に仕掛けてこい。俺に呼吸させてるうちはお前らに勝ち目があると思うなよ」
そこから先は男が支配する時間だった。
二つ名持ちの冒険者たちがパーティーの垣根を越えて組んでいるにも関わらず、男は苦しい顔ひとつ見せない。
剣士二人を同時に相手しながら背後から飛来する矢をかわし、斬り合っていた相手を魔弾の盾に使ったかと思えばほんの数歩で後衛の魔術師まで接敵して一撃で昏倒させる。
1分か、2分か。私の護衛についていたサマシが叩きのめされ、あっという間にゴブリン側は私一人になっていた。
信じられない力の差を感じながら私は勝つための魔術を練り続ける。
距離を保ち、倒れた味方が見守る中、少しずつ彼を目的の場所へ誘導する。
「・・・良い眼だな。お前だけが、最初から俺を殺すつもりで挑んでた。魔術師一人になったのにまだ諦めてないんだろ?」
「どうかしら。強さじゃ勝てないくらい、力の差があるみたいですけど」
魔杖を構え、研ぎ澄ませる。
彼は私を殺せない。だったら勝機はあるはずだ。
「だが心は折れてない。何か切り札があるな・・・・・・ははぁ、加護か」
どくん、と心臓の鼓動が響く。
どうして言い当てられたのだろう。彼にも何か加護があるのだろうか。
よく考えれば当たり前の話しだ。この異常な強さは加護による強化に違いない。
太陽の神ドドラガリ、月の女神ピサンティエ、いばらの賢神カムナエナ、あるいは冥府の神ナイア、もしかしたら、戦の神ヴェラーラの加護さえあるのかもしれない。だとすれば私の勝機は完全に無い。
その疑問はすぐに氷塊する。
「俺には酒と薬の神バーナベーダの加護がある。昔は下戸だったが、おかげでいまじゃ酒が飲み放題だ。たいした役には立たねえな」
「・・・・・・他の加護は?」
「ない。欲しいとも思わん」
それも本心。どうして、この人はこんなに・・・・・・。
「俺の命、俺の人生だ。俺が生きて俺が死ぬなら、加護なんてのは邪魔だろ。生きる指針だとか導きなんて貰って生きるくらいならどっかで負けて笑って死ぬさ」
本心。
「もちろんタダじゃやられないぜ?殺す気で来いよ加護持ち。お前が100人いたって俺が勝ってみせるから安心しろ」
「・・・私は≪銀の雨≫ベリチェ。名前を教えてくれるかしら?」
「サンドラップだ。二つ名は無い」
心地よいほど本心だけが聞こえてくる。
私は息を吸い込んだ。
「逆巻く水牢、霙刀に霧雨の剣。数多に落ちよ、地に満ち溢れ・・・」
詠唱を遮らない理由はない。
瞬く間に踏み込んだサンドラップの拳が腹を打ち抜き、私の身体がくの字に曲がる。
倒れ込むように身を預けながらその手を掴んで私は叫んだ。
「天地を裂いて降りそそげ!!」
無詠唱で身体に纏わせていた水障壁は瞬時に鋼の硬さになって私を守る・・・にも関わらず、殴られた時は息が詰まった。サンドラップは骨の数本折るつもりで殴ってきたのだろう。
水の魔弾が私ごと彼を貫いた。
彼に防ぐ手段はないはずだ。私は加護のおかげで水属性の魔術によって怪我する事は無い。
半径5メートルを押しつぶす銀の雨の中で・・・私は、不敵に笑う彼と目があった。
どうして平気なのだろう。
魔術の雨はやまない。一撃でも致命傷になる魔術の嵐の中で、どうして彼は笑っていられるのだろう。
「しかし、王都に来たのも久しぶりだが、随分変わったもんだな」
「・・・・・・・・・そう、ですか?」
世間話をするような落ち着いた声音に、私は呆けながら返事をする。
「ああ、昔はお前みたいな良い女はいなかった」
これも、本心だ。私にはわかる。わかってしまう。
「機転が利いて度胸と覚悟を持ち合わせた魔術師なんて最高じゃねえか。嫁にするならお前みたいな女がいいな」
不覚にも、私はときめいた。
そういって破顔する彼の顔は凛々しく、頼もしく見えた。
いつもありがとうございます。遅筆なのに減らないブックマークにドキドキしております!!
外伝をあと少しだけ書いて本編に戻りますので、セルシス待ちの方はいましばらくお待ちください(笑)




