外伝・隻手は小鬼と戯れる(表)
申し訳ありません。
≪銀の雨≫ミスティアの名前をベリチェに変更しました!
教導の依頼でダンブランからきた、とギルドの受付で伝えたら狐耳の獣人女に酷く睨まれた。
俺が片手でA級冒険者の看板下げてる事がそんなに気に入らないんだろうか。まったく、自業自得だが嫌になる。
ラズンズが空腹で死にそうだと食事に突撃するのを尻目に、俺は上級の冒険者が使う訓練所を見てくる事にした。移動しながら露店で蛙の串焼きを買って食う。美味くは無い。
なんとなく食事はしてるが相変わらず味は無い。ただ食わないとラズンズがぐるるとうるさいから、仕方なく食べているだけだ。
訓練所らしきところで金属製のゴーレムと打ち合う冒険者パーティをいくつか見つけた、が、動きに精彩はないからきっと下級・・・いや、迷宮産のゴーレムなんてものを訓練に使ってるんだから中級冒険者だろう。C級くらいの連中か。だと思えば昔のお嬢と重なるところもある。
素通りしてしばらく歩くも何もない。
道を間違えたか?と戻っていき、訓練所を過ぎてから串焼き屋でもう一度蛙の串焼きを買った。
上級冒険者の訓練所はこっちで良いのか?と聞くと、ひとあたりの良い顔をした爺さんが目を細くして頷く。
再び訓練所を通り過ぎてしばらく歩くが、やはり何もない。
はてな?
よくわからないので作り酒屋でもう一度道を聞く。
塩を舐めながら澄き通るような升酒を三杯ほど飲んで、来た道をそのまま引き返した。
もしかすると、あの訓練所の入り口側は中級冒険者用で、入って裏側にまで行けば上級冒険者用があるのかもしれないな。
そう思いながら四度訓練所の前にくると、紫水晶の髪を持った女が目についた。
中距離から水の魔術を駆使しながら戦っている姿は美しかったが、それ以上に、連携の悪さが目についた。
戦士どもはあきらかにあの魔術師の女に中衛をやらせようとしているが水の魔術はそもそも攻撃に向いていない。魔弾で牽制ではなく、わざわざ鞭の形にして殴らせている意味も理解不能だ。
王都の冒険者は随分と無駄な事を好むらしい。
冒険者は命を賭ける職業だ。
依頼に成功するのは当たり前。失敗すれば死ぬ。そこを死なずに切り抜けられる奴がB級だのA級だのと上がっていくが、それだっていつかはコインが裏になる。
信じられるのは冒険者ランクと、そいつがどれだけの修羅場を這いつくばって来たか。それだけだ。
だから冒険してない時はどうでもいい。
24時間戦い続けるなんて人間にはできやしない。
冒険で必要な数日。あるいは数時間、数分、数秒。ただその時間に「どこまで賭けられるか」自分がわかってりゃいい。
賭けられなくなったから俺は降りる。それだけのことだ。
ずきり、と、無くなった右手が疼く。
訓練用のゴーレムがずさんな連携に負けて倒れた。
こんな訓練になんの価値があるのか、見ていてさっぱり理解できない。
殺す気のない敵、殺す気も、殺されるかもしれない感覚さえ無い味方。
魔神将と戦ったらおそらく2秒で全滅、即死だろう。
何も賭けていないこいつらのどこが冒険者なのか?
C級でこれか。B級やA級はいないのか??
目線だけで探すが、王都の冒険者はギルド証を下げていない。
淡く輝く迷宮水晶の色が何階層まで到達したかを教えてくれるだけだ。
無精ひげを撫でて考えていると、紫水晶の女魔術師が声をかけてきた。
「どうかされたんですか?」
言葉には敵意じゃなく殺意があった。
王都は片手の男には優しくないらしい。いや、そりゃ優しくされる理由はないが。
わからないのは、殺そうと思うならなぜ殺さないのかって事だ。
行動に移さないなら殺意なんて見せない方が良い。脅しに使うならわかるが・・・。
まさかC級の冒険者がA級の俺を脅すわけないだろうしなあ。よくわからん。
「あー、訓練中わるいな。上位の冒険者が使ってる訓練所がこっちにあるって聞いたんだが、ちょっと教えてくれないか?」
「その訓練所なら、ここですよ」
「おいおいおいおい、そんなダンブランなら子供でもわかるような嘘つくなっての。いくら俺が優しいおっさんでも騙されてやれねえぞ」
馬鹿げた冗談に思わず苦笑する。
こんな連中が上級冒険者だったら俺はS級で通じるだろう。
「・・・どうして嘘だと思うの?」
「だってみりゃわかるだろ。みんな昔のダーナみたいなのろい動きだからな・・・あー、ダーナって言っても知らないか?」
言ってから、自分がお嬢と口にできなかった事に気が付く。対等だと認めているのだろうか。
だとすれば自分と同じところまで上ってきたのか、それとも自分が下りてきたのか。
あるいは、その両方か。
無意識に口の中に苦いものが広がった。
「ダンブランのダーナ?もしかして魔宮の森から生還した≪緋蜂≫のダーナですか?A級冒険者の」
「お?知ってるのか?」
「王都の冒険者ならみんな知ってますよ。魔神を統べるものを打ち破った若き英雄。≪魔神殺し≫のS級冒険者ホロゥストークさまとパーティを組んでらっしゃるんでしょう?さぞ強いんでしょうね」
何から突っ込めば良いのか、頭で処理できず声が漏れた。
お嬢が若き英雄と言われている事か、ホロゥがS級でサマ呼ばわりされていることか。
いや、ここはこれを言う絶好の機会に違いない。
「強さで言えば≪誑し込み≫のフェイの方が強いだろうけどな・・・・・・ぶっははは!!」
「≪誑し込み≫??・・・・・・よくわかりませんが、彼なんてどうですか?魔神殺しの英雄である≪緋蜂≫のダーナに比べたら劣るかもですが。私にはとても良い動きに見えますけど」
涙が出るほど笑った俺が見たのは、どうにも無駄な動きの多い冒険者だった。
ぐねぐね動き、びょんびょん跳ねる。
殺意でもあればフェイントになるだろうが、ただ癖が強いだけの邪剣使い。
それでも周りが雑魚ばかりだから多少はよく見えるが・・・。
「そうだな、ここのC級じゃ一番か?だがB級の平均よりちょっと下だろ。たいした腕じゃねえよ」
どう見てもカテュロスと名乗った剣士と同等くらいの実力にしか見えない。
「・・・・・・C級じゃ一番、ですか?」
「B級でやれるとは思えんな。あんな戦い方じゃ死ぬぞ」
連携を前提にした戦い方で隙が大きすぎる。
自分より早かったり上手かったりする相手と戦えば絶対に勝てないはずだ。
「うちのパーティーリーダーを随分とけなすんですね」
「鍛えてやれば伸びるだろうがなぁ。今のままじゃ育つ前に死ぬだろ」
「・・・彼は王都でも指折りの冒険者ですよ。弱くはありません。少なくともあなたより強い」
「王都じゃそういう冗談が流行ってんのか??アレが100人いたって俺が負けるはずねえだろ」
アレが100人いても10分あれば全員倒せる。それくらいなら片手でもできるはずだ。
女の気配が変わる。
「その、上位冒険者用の訓練所を探していらっしゃるんですよね?」
なんだかわからないが女は俺に怒っているらしい。
パーティーリーダーの評価に不満でもあったのだろうか?
いや、しかしA級冒険者の俺がC級冒険者に負けるわけにはいかないだろ。片手だったとしても。
知らない女に怒られるのも馬鹿馬鹿しいから早々に引き上げるか。
「教えてくれるか?どうにも久しぶりの王都で記憶違いが多くてな」
「そこに何をしにいかれるんですか?」
「教導だよ。教導。上位冒険者サマの指導をしなきゃならんのさ。やるだけ無駄だってのに」
女の表情が消えた。美人が表情消すとおっかねえなあ。
何もしてないのに浮気を咎められてるような気分になって落ち着かない。
「やるだけ無駄ですか」
「おうとも、無駄無駄。引き受けちまった仕事だからやるけどな。でもよ、人間には向き不向きってのがあんだろ?向いてない奴が何したって意味ねえよ」
教導なんて俺に向いてない仕事、やるだけ無駄に決まってるだろ?
「自信があるんですね」
「あん?あー、まあ、何ができるかわからねえと冒険者はすぐ死んじまうからな。こういう感覚は養っておくもんだろ・・・それともまさかお前ら、自分に何ができるかすらわかってなかったりするのか?」
さっきの連携を見てると少し不安になるところだ。
C級じゃ仕方ないかもしれないが・・・いや、ダンブランでもまともなC級ならわかってる事か。
女の眼がギラリと輝く。
紫水晶の髪によく合う、強い瞳。
怒って無かったら口説きたいくらいには好みだ。
「・・・でしたら、一つ訓練に付き合ってくださいませんか?」
「なに?」
「私たちを教導してください。あなたの思ったやり方で構いません。本番前の手習いとして勉強になるんじゃないですか?」
突飛な話しだが、冒険者の質を見るには良い機会かもしれない。
絶対に勝てない相手と戦う時にこのC級たちがどうするか。
折れない奴、計算できる奴、生き汚い奴、勘が良い奴。窮地に立たないとわからないものもある。
王都の基準を見るにはC級の線引きがちょうどいいだろう。
「・・・・・・・・・やって損はないか。よし、ゴブリンごっこで一勝負しよう」
「私たちがゴブリンですね?五人パーティーですから役割は・・・」
「違う違う」
俺は笑う。
「五人じゃ十秒と持たないだろ?訓練所の全員で来るよう伝えてくれ」
集まった冒険者はざっと三十人少々。
雰囲気のある奴も中にはいるので、C級もピンキリなのはダンブランも王都も一緒みたいだ。
それでもまだまだ。
「この倍くらい欲しいんだがな」
「何様だてめえ!」
「大口叩いた事後悔させてやるよ」
「殺されても文句言うなよ!!」
おうおう、俺に殺されたら文句言いそうな奴がよく言う。
殺す度胸があるかも怪しいんだから殺される覚悟なんて絶対持ってないだろうに。
「おー、ゴブリンらしくていいじゃないか。罵倒で相手を殺せると思ってるなら好きなだけ罵倒してくれて構わんぞ。あ、威勢がいい男ほどベッドじゃ縮んで役に立たないから女どもはよく覚えとけよ?」
反応してゲラゲラと笑う奴はだいたい雑魚だ。
苦笑するくらいの奴が一番手ごわい。生死を賭けるなら冷静さは強さと直結する。
見た限りじゃ、気にした方が良いのは四人くらいか。
「ゴブリンごっこは知ってるな?持てる武器は一つだけ、剣と盾だとか、双剣なんて使い方は無しだ。弓矢なんかの飛び道具を使う奴は矢玉に制限は無いが、予備の弓は認めない。投げナイフの複数所持もダメだ。魔術にも制限は無いが、あくまで訓練だという事を忘れるな。味方に誤射した奴はギルド証を返上してE級からやり直せ。以上だ」
俺が告げると、冒険者たちが妙に静かになった。
はてな?
「・・・他に、制限は無いのか?」
「ん?なんか他に決める事あったか?」
「勝利条件や敗北条件を明確に設定してくれ」
「ああ!確かにそりゃ必要だ。この中で回復魔術を使えるやつはいるか?斬られた傷を治せるやつだ・・・・・・三人だけかよ?切り落とされた腕を繋げられる奴は?」
誰も手をあげない。
「ならこうしよう、お前たちは仲間を巻き込まないようにしながら俺を殺すつもりで来い。俺はお前たちの手足を落とさないように手加減して相手してやる。回復魔術での治療は戦闘終了後しか認めないから、心が折れた奴は立ち上がらないで終わるまで寝てろ」
「・・・・・・あんた、死にたいんだな」
目の前にいるぐねびょん君が明確な殺気を放つ。
あー、無駄だな、恐ろしく無駄だ。誰かこいつに剣を教えてやれば良いのにな。
「すまんが王都の冗談は俺にはよくわからなくてな。俺を殺せる奴がどの辺にいるんだ?」
「ここだよ!!」
叫びながら跳ねた。無駄の多い、それでもC級にしては上出来な身体強化を使いながら振るう一撃をかがんでかわす。急所を狙った大振りの一撃が格上に当たると思ってるならE級からやりなおさなきゃだな。
勢いを殺すことなく身体をねじり込んで連撃・・・に、俺の足が割り込んで無防備な軸足を払った。
咄嗟に回転を縦に変えて着地したものの隙しかない。それなら素直に倒れて転がる方がずっと良い。
距離を取って半秒でも時間を稼げば仲間の助けが間に合う可能性だってあるのに、それがわかってない。
剣を持つ右手を踏みつけ、俺の左拳が顔面を打つ。
痛みと衝撃から簡単に愛剣を手放すぐねびょんに俺は苦笑する。
手を放すなら素手で組み付け、死ぬ気で俺の指一本でも折れれば三十人の勝率が上がるはずなのに、先陣を切っておきながら自分を削って戦うことすらできない。
そのまま長剣を奪い、柄頭を顔面に叩きつける。
豚のような悲鳴を上げて転げまわるぐねびょんは、殺す気ならあと1秒で十分足りる。
死んでないなら痛みに反応する時間を惜しめ。あーあー、この程度か。
「三十人いるんだ。せめて三人くらいは同時に仕掛けてこい。俺に呼吸させてるうちはお前らに勝ち目があると思うなよ」
その言葉に弾かれるように、ほんの少しだけ動きが変わった。
不慣れな中でも連携しようとするのは正しい。勝率を上げるために何ができるか、瞬間瞬間で模索し続ける事が上級冒険者になる絶対条件だ。
俺が気にしていた男の一人が別の剣士と二人がかりで斬りつけてくる。
相方を攻め手にして、自分は隙を埋めるように払い、突き、的確に俺を削る戦法だ。
悪くない。だがそれだけじゃ勝機に欠けるぞ?
思っていると背後から的確に殺すつもりの矢が飛んできた。
身体強化を少し強くして一瞬だけ加速しながらかわす。
矢を撃ったのは俺が気にしていた女狩人だ。
よほど自信があったのか、かわした俺を唖然とした顔で見ている。まだまだ甘いな。
勝つための作戦がそれだけならこれで終わりだ。
蹴散らし、なぎ倒し、なれない長剣を振る俺に冒険者たちが次々と倒されていく。
あっと言う間に、残ったのは紫水晶の女魔術師だけになった。
懸命に距離を保ち、何か大きな魔術を使うための準備を続けているのがわかる。
「・・・良い眼だな。お前だけが、最初から俺を殺すつもりで挑んでた。魔術師一人になったのにまだ諦めてないんだろ?」
「どうかしら。強さじゃ勝てないくらい、力の差があるみたいですけど」
魔杖を構えた女が言う。
構え方を見てピンときた。それは剣を気にした構えじゃない、もっと距離が近い、俺の素手を警戒した構え。
間違いない。この女だけは俺が長剣を牽制にしか使ってないと気付いている。
短い時間だからバレないと思ってたんだが、よく見てるな。
その上で勝機があると思っている。強さじゃ勝てないとわかっていながら?
これだけの力の差を感じていて・・・。
「だが心は折れてない。何か切り札があるな・・・・・・ははぁ、加護か」
女の顔が紅潮した。当たりだな。
俺の動きと身体強化を見ているわけだから素手の距離で殴られるのは織り込み済みのはずだ。
そこから仕掛けるなら相討ち覚悟の範囲魔術か、固定、封印あたりだろう。
加護で言えばいばらの賢神カムナエナ、嵐、あるいは水、風の神あたりか?まさか冥府の神ナイアネイアってことはないだろ。
なんにしても、C級の魔術師の一撃が怖くて逃げるなんて真似は、したくない。
「俺には酒と薬の神バーナベーダの加護がある。昔は下戸だったが、おかげでいまじゃ酒が飲み放題だ。たいした役には立たねえな」
なぜか俺は自分の加護を話していた。
そうしなければならない気がしたからだ。
「・・・・・・他の加護は?」
「ない。欲しいとも思わん」
ああ、そうだ。俺は加護が嫌いだ。
戦の神の加護ですら、欲しくない。
「俺の命、俺の人生だ。俺が生きて俺が死ぬなら、加護なんてのは邪魔だろ。生きる指針だとか導きなんて貰って生きるくらいならどっかで負けて笑って死ぬさ」
濁りたくない。神を俺が愛するなら結構だが、神に愛されて強くなるなんて御免だ。
「もちろんタダじゃやられないぜ?殺す気で来いよ加護持ち。お前が100人いたって俺が勝ってみせるから安心しろ」
「・・・私は≪銀の雨≫ベリチェ。名前を教えてくれるかしら?」
「サンドラップだ。二つ名は無い」
≪銀の雨≫それがこの女の二つ名だと言うなら、おそらく仕掛けは・・・!!!
「逆巻く水牢、霙刀に霧雨の剣。数多に落ちよ、地に満ち溢れ・・・」
詠唱を遮らない理由はない。
瞬く間に踏み込んだ俺の拳が腹を打ち抜き、女の身体がくの字に曲がる。
案の定、拳に違和感。
≪冒涜者≫リオほどの障壁じゃないが、水の防御障壁の手ごたえだ。
倒れ込むように俺に身を預けながら、左手を掴んだ女が叫ぶ。
「天地を裂いて降りそそげ!!」
それはまさしく銀の雨。
鋼鉄のような雨が俺と彼女を包み込むように降り注ぐ。
とっさに身体強化を最大まで防御に使う。
神将の一撃には耐えられないだろうが、この程度の魔術なら止め切れるはずだ。
それにしても・・・・・・たいしたもんだ、と、笑みが漏れた。
「しかし、王都に来たのも久しぶりだが、随分変わったもんだな」
「・・・・・・・・・そう、ですか?」
「ああ、昔はお前みたいな良い女はいなかった」
呆けるように俺を見る女魔術師は、やっぱり美人だ。
「機転が利いて度胸と覚悟を持ち合わせた魔術師なんて最高じゃねえか。嫁にするならお前みたいな女がいいな」
まったくたいした女だ。B級で十分やれると思うが組んでる仲間が良くないんだろうな。
女は何かをもごもごと口にするが、俺を迎えにきたラズンズがぐるると呼ぶ声にかき消されてよく聞こえかった。
サンドラップが彼らをA級冒険者だと知るのは、このすぐ後のことである。
いつもありがとうございます。
そろそろセルシスに戻ります!!




