外伝・隻手は蛇の夢を見る
外伝です
「・・・・・・サンド?サンドラップか!!?」
街道沿いで小休止していた一向に声をかけてきたのは、朱色の胴鎧に身を包んだ冒険者だった。
迷宮に向かう途中なのだろう、声をかけてきた冒険者の後ろには戦士や魔術士、武装を持たないポーターやマッパーなどが見て取れる。
「・・・久しぶりだな」
ばつの悪そうな顔でサンドラップが手を挙げて答えた。休憩中とはいえ護衛を遂行中である事に変わりは無い。モズマン司祭に許可を取り、命令権を副隊長のラズンズに渡してから男に近づいていく。
「ダンブランの女に飽きたか?それとも借金取りにでも追われてるのか?」
「良い女ばっかりで搾り取られ過ぎちまってな。おかげで金欠で、高い女にゃ手も出せねえ」
軽口を叩きながらサンドラップは切り落とされた右手を見せてひらひらと振った。
手首から盛り上がった肉が、もう槍を持つことはできないと雄弁に語っている。
「・・・誰にやられた?」
「魔神の大将みたいなのにやられちまった。笑っても良いんだぜ?」
「笑わんさ・・・・・・だが、残念だな。お前を倒すのは俺だと思ってたんだが」
「≪白鬼≫ジャガルが何いってやがる。S級冒険者がA級の俺に絡むなよ」
「王都のS級なんてのは迷宮探索の功績で昇格した張子の群れって知ってるだろ。腕で言えば、俺はまだA級の最上位どまりだ」
「自分で最上位とか言うかね」
「お前も一緒だろ?・・・今じゃ俺の方が上だろうがな」
「言ってろ、よくよくみりゃ弱くなってるんじゃないか?片手の俺でも勝てちまいそうに見えるぞ」
久方ぶりであっても、かつての仲間との会話は弾む。
ましてや競い合った相手とであればなおさらだ。
「お師匠様。この無礼な方はどなたですか?」
冒険者パーティーの中にいた背の低い剣士が敵意を隠さぬ口調で言う。
長めの髪を後ろでくくった丸顔の剣士は、その眼に精一杯の険を込めてサンドラップを見た。
「首からかけたギルド証で見る限りA級冒険者のようですが、S級のお師匠様に対して少し馴れ馴れしいのではありませんか?」
「・・・なんだこのちんちくりんの可愛らしい奴は」
「俺の弟子だ。許せ」
「弟子!?≪白鬼≫ジャガルが!?なに教えんだよ?薬草と間違えて毒草食っちまった時の対処法か?飲み屋で貢いだ女に逃げられた時の自分の慰め方か!??」
ゲラゲラ笑うサンドラップにジャガルは苦笑で返す。
十数年ぶりの再会。かたや右手を失い、かたや弟子を得た。
想像するしかない積み重ねた人生の片鱗を見て、互いが互いの幸せを祈るように、ほんの少し片目をつぶる。
自分たちが仲間のままであるとわかりあえた二人の事がわからず、収まらないのは剣士の方だ。
「きさま・・・!!」
自分が笑われているのだと誤解したまま刀に手をかける。
「やめとけ坊や」
ざわっと、サンドラップを中心に何かが広がった。
我関せずを決めこんでいたマッパーがサンドラップを見た。戦士たちの身体は硬直し、ポーターの少年は荷物を手から落とし、男の魔術師は土下座しそうになった自分に驚く。
王都でも名にし負うS級冒険者、≪白鬼≫ジャガルのパーティーが瞬く間に一人の男に飲み込まれた。
「刃物は抜いたら冗談じゃなくなっちまうぞ。俺は許してやれるが、そうじゃない奴もいる。自分の命を粗末にするな、なんて冒険者に言うことじゃないがな。自分の命の値段を間違えるなよ?叩き売ったり投げ捨てたりしたら勿体ないだろ」
口調は柔らかい。だが、剣士は手をかけたまま動けなかった。
「坊や、名前はなんてんだ?」
「・・・・・・≪流星≫カテュロス」
カテュロスと名乗った剣士の首にはギルド証がかかっていなかった。
代わりに輝くのは緑色のクリスタルだ。
「こうみえて二つ名もちのA級だ。強いぜ?いまのお前じゃ勝てねえよ」
汗をぬぐう様に自分の白いざんばら髪を撫でたジャガルが言いながら、一歩足を引く。
「・・・・・・おい、どこからどこまでが冗談なんだ?」
「なに?」
「俺がこの坊やに勝てないのが冗談か?それとも坊やが二つ名持ちのA級冒険者ってとこから冗談か??どうみてもC級くらいの腕しかないだろ。素手のミノタウロスあたりとなんとか互角ってとこか?」
「おのれ・・・!!」
怒りがカテュロスの拘束を解く。
達人そのものの歩法で一足飛びに間を詰めて身体をひねり、繰り出されたのは左下段から切り上げる≪流星≫の最速抜刀・・・のはずだった。
「一の太刀、閃・・・・・・」
「遅いな」
抜く寸前、柄を蹴り込まれた刀が止まる。
「な!?」
刀を制した足がそのまま顔を蹴り、手、腹、足、と順番に打ち据えられて、たまらずカテュロスが地に転がる。
「・・・おい、サンド・・・・・・」
「無造作に踏み込みすぎだ。抜刀なんてのは得物の射程と剣線が見えないのが利点だろうに、どこから抜けるかわかる仕掛け方じゃB級から上の連中には通じないぞ。脚で止められて意識があっさり離れたな?戦うなら殺されると思え、覚悟がないから目が泳ぐ。目がそれたら意識もそれる、それで勝てないときは死ぬ時だからな?死にたくないなら今すぐ直せ。身体強化も雑だ。抜刀だからって腕の振りだけ考えるんじゃねえよ、腰を起点に足でしっかり大地を掴め。今のやり方じゃ初撃かわされたら死に体だからな。抜刀からの連撃だとか、連撃からの抜刀だとか、魔術も組み合わせたら戦い方はいくらでもあるだろうが。頭使えよ坊や・・・あ、最後のは師匠に似たんだろうからお前のせいじゃねえか」
「おいサンド!」
「まあ度胸はあるみたいだし、お前には勿体ない良い弟子なのは間違いないけどよ」
「そんなことはどうでも良い!!お前・・・!!?」
ぐるる、とラズンズが唸る。休憩が終わったようだ。
「そろそろいかねえとだ。会えてよかったよジャガル」
「・・・お前、王都に何しに行くんだ?」
「≪死神≫さまにハメられて冒険者の教導だよ。終わったら引退して飲み屋でも開くから遊びに来い」
「引退?」
「ああ、この手じゃな」
「・・・・・・・・・まだできそうじゃねえか」
「言ってろ。お前が引退したら飯炊きで雇ってやるよ!なんなら、そこの坊やも一緒にな」
ゲラゲラ笑いながら背を向けたサンドラップが思い出したように振り向く。
「そういや首にかかってるのギルド証じゃないよな?なんだそりゃ」
「これか?王都じゃ迷宮探索がさかんでな。パーティーを組む基準も依頼を受ける基準も、ランクじゃなくて迷宮の何階層まで行けたかなんだよ。これはそのしるしだ。おおざっぱだが色で何階層まで踏破したかわかるようになってる。俺たちは緑、40階層だな」
そりゃあ、つまらねえなあ。そう言いかけた言葉を飲み込んで、サンドラップはジャガル達と別れた。
「で、あるからして。ピサンティエ様の教えはことごとく日常を映し出していると言っても過言ではないのです。我々が日々の生活の中で忘れてしまいそうなこと。ともすれば生きることだけに収束してしまう日常の中で、いかに人間らしく、謙虚に、慎ましく、隣人を愛して過ごしていけばよいのか・・・経典の48ページにこんな記述があります。過ちを犯すのは人の常である、だがその罪を許すことは人にしかできない。ああ、なんという懐深いお言葉でしょうか。老若男女の差異なく、貧富の差異なく、人の性は悪であるとピサンティエ様は申しておられます。それゆえに魔が差すのだと。ありとあらゆる悪事、不貞、暴力、偽証、賭博。それらはすべて人の根幹に座しているものであり、機会さえ合致すればいかな聖人とはいえ逃れる事は難しいのです。それゆえ人は法を作りました。立法こそが人を戒め、律する規範になるのだと。我ら司祭も法が無ければ無頼の徒と変わらないということです。服を着て、髪を整え、それらしい言葉を述べるだけでは心の中の本心と向かい合う事はできないのです。大切なのは自覚する事ですよ。己の中に何が棲んでいるのかを理解すること。斜に構えず、格好つけず、ただ正面から正対して自身の醜い性と向き合う。これすなわち修行であり、これすなわち生きるということであり、これすなわち、人が人としてあらんとする・・・・・・・・・」
「ひでぇ酒癖だな、このおっさん」
赤ら顔のモズマン司祭に絡まれているサンドラップが小声で言うと、熊獣人のラズンズがぐるると唸り声を上げて同意した。
警護依頼を引き受けて北へ出発した彼らの道程は順調で、このまま行けば、あと2日で王都クブロフに辿り着ける。
「これまでの旅の疲れを癒すためにも、今日はささやかながら酒席を設けましょう」
一行のリーダーであるモズマン司祭の言葉に反論するものなどいない。
冒険者たちはただ酒、ただ飯を得られる機会を断るはずもなく、同行の聖職者たちも目的地に近づいて緊張が緩んでいた自覚があったため、ここで意識的に緩めて気持ちを締めなおそう、というモズマン司祭の言葉には心から同意していた。
支払いの良い客にこれでもか、と宿の主人は良い酒、良い飯を提供し、護衛の冒険者たちが噛み砕くのも惜しいとガツガツ腹におさめていく。
同行の従者たちは緊張した顔で飲みなれぬ酒に口をつけ、その味に舌鼓を打つと、強張った顔に朱が差し、段々と饒舌になり、自然と盃を重ね始める。
モズマン司祭と若手の神殿騎士、従者を含めた一行は護衛も含めて20数名に及ぶ。
護衛の隊長はサンドラップ、副隊長にラズンズ、それから3人のB級、2人のC級冒険者が護衛についていた。誰もに酔いが回ってきた宴席の中で、サンドラップは酔えない酒をちびちびと飲む。
酔いに任せて説教だか説法だかわからないモノを説いているモズマン司祭を尻目に、ラズンズは美味そうに丸焼きの肉を齧った。
骨まで噛み砕き、豪快に食べ、甘く濁った米酒を大盃でグビグビと飲み干す。
「・・・しっかし、美味そうに食うな、お前は」
「食べる。寝る。強くなる」
「おぅおぅ強くなれ。俺の分も食っていいぞ」
小麦の香り豊かな白パン、小皿に取り分けられたサラダや揚げた魚、肉と茸の炒め物などは、下級の冒険者がサンドラップに気を利かせて持ってきてくれたものだ。
それらに一切手をつけぬまま、サンドラップはラズンズの方に皿を押しやる。
「サンド、食べない。良くない」
「食っても仕方ねえだろが」
「仕方なくない。食べない・・・即死」
「そんなすぐ死ぬか!?」
魔宮で目が覚めた時はまだよかった。念願だった女神の一人と会う事もできたし、生き残った事も含めて僥倖だったのだろう。
だが、ダンブランに帰ってからは塗炭の苦しみがサンドラップを襲っていた。
眼をつぶれば魔神将と戦う自分の姿が見える。
ダーナを助けて右手を切り落とされ、もてる槍技の全てを奮うが相手を止めることすらできない。
フォトビーの身体が二つに分断された。
あの男とは何度も組んで依頼をこなした事がある。
まだ若く、戦い方こそ荒っぽいが、繊細で良く気が付く男だった。
自分がもっと強かったのならば、フォトビーは死ななかったのかもしれない。
奮戦むなしくダーナの腕が斬り飛ばされた。
ラズンズも倒れ、そして、自分の槍が折れ、砕かれ。
枕元の女が「痛い!」と言う声で目を覚ます。
残された左手が無意識に女の腕を掴んでいた。
よくわからない焦燥感と汗をぬぐいながら、適当に誤魔化して女をもう一度抱く。
澱のような何かが、一段積み重なる。
女の肌が柔らかい事。その匂いがかぐわしい事。それだけはわかる。だが、それだけだ。
まったく満たされない身体を沈める為に娼館に居座り続けた。
有り金を使い続け、毎日毎夜、女を次々と変えては抱く。
十日が過ぎ、二十日が過ぎるころ、女の問題じゃない事に気が付いた。
どれも良い女だと思う。だが、身体は重なっても何かが足りない。
焦燥感と喪失感が増え、サンドラップは女と閨を共にしなくなった。
毎日見る夢は一緒だ。
眼をつぶれば魔神将と戦う自分の姿が見える。
ダーナを助けて右手を切り落とされ、もてる槍技の全てを奮うが相手を止めることすらできない。
フォトビーの身体が二つに分断された。
あの男とは何度も組んで依頼をこなした事がある。
まだ若く、戦い方こそ荒っぽいが、繊細で良く気が付く男だった。
自分がもっと強かったのならば、フォトビーは死ななかったのかもしれない。
奮戦むなしくダーナの腕が斬り飛ばされた。
ラズンズも倒れ、そして、自分の槍が折れ、砕かれ。
黄金色の鎧に身を包む魔神将と目があった。
今日は女の声が己を起こすことは無い。
「光あれ」
無様に這いつくばって逃げる自分の横を光弾が通り過ぎ、大地に深い傷跡をつける。
勝てるはずがない。心のどこかで悲鳴が上がる。
あれは魔神将だ。魔神を統べるもの。
師を飲み込み、敬愛する女を飲み込み、自身の技の何もかもが効かない本物の化け物。
心を満たす恐怖。
その先に・・・。
「あああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
何かを感じて耐えられず自分の声で目を覚ます。
この日から、サンドラップは何を食べても味を感じられなくなった。
それでも数日娼館に留まった。
一人でいたくなかったからだ。
昼間は女を抱き、味がしない美味いはずの飯を腹に収め、夜は酒を水代わりに飲んで目をつぶる。
見る夢は変わらない。
魔神将と目が合う。
逃げ出す自分。恐怖が己を塗りつぶす。
数日かけて、サンドラップは叫ばぬように歯を食いしばれるようになった。
続きが見たかったのだ。この恐怖の先にある、澱の正体が見たかった。
何を感じたのだろうか。どうして自分が叫んでいるのか。
恐怖では叫ばない。そんなものじゃ自分の心は震えない。
死ぬことでさえ受け入れている自分が、恐怖の先に何を感じているのだろう。
まどろむように、夢を見る。
振り下ろされる手刀を遮ったのは、フェイの双剣。
ダーナが、アンリが、セルシスが。
自身が絶望して逃げる事しかできなかった魔神将に躍り掛かっていく。
澱は塊、形を持って沸騰する。
恐怖はどこかに消えていた。残されたのは怒りだ。
自身に対する失望感と、自分より若い、自分よりも弱いと思っていた連中への怒り。
妬み、嫉み、僻み、そして、殺してやりたいと思うほどの怒り。
なぜ自分はああじゃないのか。
なぜ自分はあいつらじゃないのか。
自分の何があいつらに劣るのか。あいつらの何が自分に勝るのか。
年齢?才能?加護?くだらない。そんなものじゃない。
その程度のものならこんなに腹が煮えるはずがない。
サンドラップが娼館を引き払い、ダンブランを出て冒険者を辞めるつもりだとラズンズに言ったのは、その翌日の事だった。
「・・・自分の醜さと向き合ったら、逃げる事しかできねえ奴だっているんだよ」
「なら、お逃げなさい」
サンドラップのつぶやきにモズマン司祭が答える。
「・・・は?」
「逃げる事しかできないならお逃げなさい。と言いました」
「逃げたら向き合う事にならないんじゃないのか」
「人は向き合うまでに恐怖を覚えます。誰もが深淵を覗きこめない。勇気を持って覗き込んだ事をピサンティエ様は讃える事こそあれ、咎めることなどありえません。もちろん理想はその醜さと向き合い、戦う事でしょう。ですが、小熊が大人の獅子に叶うはずもない。成熟し、経験し、大人の熊になった時こそ、心に潜む獅子を討つ時なのです。逃げる事もまた戦う事。逃げる事を選んだのであれば、逃げない事を選ぶ時が必ずあなたに訪れます。その時に後悔しないよう、日々を過ごしなさい」
モズマン司祭はそこまで言うと天井を見上げるようにして失神する。
両手に抱えた酒瓶とパンがごろりと転がった。
「・・・・・・・・・・・・ご高説と酒癖が合わねえなあ」
サンドラップは苦笑しながらころがったパンを拾う。
無意識に、そのパンを一口齧った。相変わらず小麦の味すらわからない塊をもぐもぐと咀嚼する。
ぐるる、と、ラズンズが嬉しそうに唸った。
いつもありがとうございます。毎週更新できず、どうしても不定期更新しかできそうにないので9月は最低でも4回更新を目指します!!これからもよろしくお願いいたします。




