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出会わないのは山だけだ

「冒険者になりたいだぁ!?」


ベイズ・ベリーズの店内に大声が響き渡る。


「無理だ!無理無理無理!!」

「そんなことないですよぅ!」

「そんなことあるっての!!そんなに簡単になれるもんじゃねーんだからな!」

「店長が大丈夫って言ったんです!だから大丈夫です!!」


猫耳をぴんと張って叫び返すドミを横目で見ながら、フェイは天を仰ぐように右手で顔を覆った。


「・・・何も、頭ごなしに否定しなくても良いんじゃないか」

「アンリ。お前だってわかるだろ?経験も何もない、ただの店員が冒険者になって大丈夫なはずないだろうが」

「でも彼女は獣人だ。身体能力で言えば普通の駆け出し冒険者よりずっと高い」


嬉しそうにドミが胸を張る。


「五感だって普通の人間よりも鋭敏だろ?ダンブランの中で活動して問題があるとは思えない。F級、E級として仕事できない理由がないよ」

「そこで止まるなら俺だって賛成するさ。でも違う・・・・・・違うはずだ。なあドミ、なんで冒険者になろうなんて思ったんだ?冒険者になって何をする気だ?」

「セルシス様に会いに行くんです!!」


花が開いたような満面の笑みでドミが言う。


「魔宮で魔神を討伐し、私たちやこの街を守ってくださったのは、本当はセルシス様だって店長から聞きました。今は南方王国でたいへんな仕事をされているとも。私はセルシス様に恩を返したいんです!ここでセルシス様のお力にならなければ獣神様に合わせる顔がありません!!」

「・・・おい、その件は内緒だって通達されたんじゃなかったのかよ」


睨みつけられた店長が若鶏の串焼きを盛りつけながらニヤリと笑う。


「出会わないのは山だけだ」

「なに?」

「人の縁というやつはな、フェイ、お前の想像の埒外にある。ましてセルシスの奴は複数の加護持ちなんだろ?英雄は戦いを呼ぶし戦いは英雄を呼ぶものだ。ここで隠したっていつかは活躍が耳に入る。いま俺がドミに教える事が問題になるとは思えんね」

「・・・まあ、一理ある、かな?」

「アンリ!おまえどっちの味方だ!?」


文句を言いながら置かれた串焼きにかぶりつくフェイ。

甘ダレに漬けられた肉の旨味が口の中いっぱいに広がる。


「おかわり!酒もくれ!!」

「はいはい」


くっく、と笑い声をこらえながら串焼きをもう一皿盛り、少し強めの酒を注ぐ。

追加で出したのは生ハムとアスパラガスのキッシュだ。


「ふぁいふぁい、へるひふのひからになるなら・・・・・・んぐっ。冒険者以外の道もあるんじゃないのか?」

「セルシス様は戦士です!御側に仕えるには強くなくてはいけません!!・・・・・・そして、お役にたってセルシス様に頭を撫でて貰うんです!」


えへへ。と可愛く笑うドミを見ながらフェイは嘆息した。


「ダチ公の役に立つ、ねぇ。冒険者で言えばS級まで昇らなきゃ無理なんじゃねえか?」

「少なくともA級くらいの腕は必要かな。それでも、守られる対象になりかねないけど」

「にゅにゃ!!?えすきゅう!?ええきゅう!?」

「ドミならA級までは問題なく上がれるだろう」

「にゃにゃにゃにゃ!!!?」

「どわっ!?」


驚いたドミが床にぶちまけそうになった豆と肉の煮込みをかろうじてフェイが受け止める。


「あちちちちち、あちぃ!!」

「A級に問題なく、ですか?ダーナだってこの間までC級だったんですよ?」

「≪緋蜂≫は自分ひとりで背負いすぎたからな。サンドラップあたりに師事していたらA級まで立ち止まることはなかったはずだ」

「サンドラップが教えたら、だろ?くだらねえ」


じんじんする熱さと痛みを飛ばすように手のひらを振りながらフェイが言った。

謝罪と礼を述べながらドミは煮込みを別のテーブルの客へと運んで行く。


「そんなに信じられないか?ホロゥストークがS級になれる時代なんだ。獣神の加護持ちのドミがA級になれない理由なんてないさ」

「・・・加護持ちなんですか?」

「俺の見立てではな。だが、まあ間違いあるまい」

「どうして言い切れる」

「獣人が人間に助けられたんだ。その恩人に借りを返す為に強くなろうとする者を、獣神が見逃すとは思えんね」

「加護は神の愛。望む生き方を選んだ者への祝福・・・そう考えれば、確かに頷ける話しです」

「だからってA級に簡単になれると思うのはおかしいだろうが!!B級で止まってる連中がどれだけいると思ってんだよ」


冒険者ギルドのランク制度で言えば、S級は完全に別格、規格外の位置にあるランクである。

一つの国、街を脅かすような者と戦えるもの、戦場であればただ一人で一軍と互角に渡り合える者。そういった尋常ではないものだけがS級の座に昇る事ができると言っても過言ではない。


S級とは突きぬけてしまったイレギュラーを差す階級であり、本質的にはA級こそが冒険者ギルドの最高位なのだ。

B級であっても、冒険者としては一流。

A級冒険者は、そのさらに上。頂点に立つ超一流の腕前を持つ者を差している。


ダンブランで最も名が売れている獣人の冒険者は熊獣人のラズンズだが、獣神の加護、熊獣人の膂力、体力を持ってしてもA級止まりであり、S級の壁を破るには足りていない。


「A級に上がれずB級で足踏みしてる獣人の冒険者だって山ほどいる。そいつらを超えさせるのか?無理させたら強くなる前に死んじまうぞ」

「獣人は俺たち人間より才能があるからな。魔術も技も研鑽せずに、自分が生まれ持った肉体でたいていの事は片付けられる。B級で燻ってる連中はな、初めて壁にぶつかった子供と一緒だ。子供は素直に大人に聞ける。だが、獣人は弱い自分を認めて強者に教えを請う事ができない。一度、なぜ教わらないのかと訊ねたら戦士のメンツだと言われたよ。馬鹿馬鹿しい」


まだ動揺しているのか、空いた皿を下げながら戻ってきたドミの足元はどうにもふわふわとしていた。


「ええきゅう、えすきゅう・・・・・・」

「・・・やっぱり、ちょっと難しいんじゃないですか?」

「大丈夫だと言ってるだろうが。そんなに心配か?俺が教えるのは」


「「!?」」


「ちょ、なんだと!?」

「ハーヴィーさん!?」

「ダンブランの冒険者も随分減ったみたいだからな。俺みたいな時代遅れにできることはしれてるが、条件付きで手伝ってやるとレスターには言ってある。店を閉めるのはごめんだがドミに戦い方を教えるくらいはできるさ。料理や接客を教えるのと変わらん」

「本気で言ってるなら冒険者集めて金を取ろうぜ、サンドラップの指導教官どころの話しじゃねえぞ」

「この店を手伝う気がある奴なら考えてやる。ドミにもっと時間を作ってやりたいしな」

「・・・・・・・・・・・・大司教様に上申します。ひとまず半日頂ければ私の判断で10人までは連れてこれますので・・・」

「おい!汚ねえぞ!?冒険者の枠は残しとけ!!」

「なんでもいいが、ドミに手を出すような奴だったら叩きだすからそのつもりでいろよ?」


笑顔を浮かべたハーヴィーが物騒な事を言う。


「ドミに手を出して良いのはセルシスだけだ。な、ドミ」

「はいっ!・・・にゃ!?」


思わず反射的に返事をしたドミが真っ赤になって抗議する。

ハーヴィーは優しい笑顔でそれに応えながら新しい煮込みとワインのボトル、冷やしたトマトとチーズの盛り合わせを渡した。

両手を使って器用に全部受け取ったドミが頬を膨らませながら再びカウンターから離れ、客の待つテーブルへと消えていく。


「フェイ、俺からも頼みがあるんだが、ドミを入れてくれる冒険者パーティーはないか?なるべく安全に経験を積める冒険者パーティーだ」

「・・・ハーヴィーさんが教えるのが一番安全なんじゃないですか?」

「戦い方は教えてやれるが、実際の冒険に俺がついて行くわけにもいかん。だいたい時代が変わればやり方も変わるだろ?現場で働いてる冒険者に同行していろいろと吸収するのが一番良い」

「それで死んだら意味ないだろうが」

「だから、なるべく安全なパーティーだって言ってるだろうが。まあ、神将と一対一で互角に戦うだとか勝って帰ってくるような変態と同格に押し上げてやることはできんが、魔宮に同行して生きて帰ってこれるくらいには引っぱり上げてやれるさ」

「いや、それ・・・くらいって程度じゃないですよ。十分に凄いことですよ?」

「誰が変態だって?」

「変態だろうが。戦の神ヴェラーラともやりあって生きてるだとか、あげく加護を貰って帰ってくるなんて叙事詩の英雄と変わらんだろ」

「やりあったのは向こうが馬鹿だったからで、加護も向こうが勝手に渡してきたんだっつーの!」

「なるほどな、それが≪誑し込み≫のフェイの常套句か。引っかかった女が馬鹿で、贈り物も向こうが勝手に渡してきただけだと言うんだな」

「ちょ、てめ・・・サンドラップの奴か!」


機嫌良く笑うハーヴィーと正反対に、不機嫌さを隠そうともせず椅子から立ち上がったフェイをアンリが抑えて座らせる。

そこへドミが空いた皿を片付けながら戻ってきて、ぽろりと言った。


「そういえばフェイさん二つ名がついたんですよね?サンドラップさんが言ってまし・・・」

「離せアンリ!!あの野郎、本気で俺に二つ名をつける気でいやがる!!」

「離したら大変な事になるのが目に見えてるだろ!?サンドラップさんには王都までの護衛も頼んであるんだから・・・」

「王都なんて行かせられるか!?このままじゃ俺は昼間街中を歩けなくなっちまうじゃねえか!!」

「逆に考えるんだフェイ!サンドラップさんが王都に行けばダンブランでその二つ名が広まる事はないよ」

「大丈夫です!サンドラップさんに頼まれましたから私が広めます!!」

「うん、君はちょっと黙っててくれる?」

「野郎、裸にひん剥いてオークの巣穴に叩きこんでやる!!!」


暴れて騒ぐフェイに店内の客の目線が向き始めると、静かな笑みを浮かべながらハーヴィーがコツンとフェイの顎先を叩いて黙らせる。

糸の切れた人形のように脱力したフェイがカウンターに首から上を乗せてつっぷし、半目でハーヴィーを見ながら言った。


「・・・ばけものめ」

「サンドラップは王都に行くのか?最後に店に来たのは半月前くらいだったが、少しはやる気が戻ったか」


フェイの言葉をどこ吹く風と聞き流しながらハーヴィーが訪ねる。


「冒険者辞めたいんだと」

「ほう、そりゃまたなんで」

「自分が弱いからだと」

「・・・・・・・・・頭でも打ったのか?このあいだ見た時は、こっち側に足を踏み入れてきたように見えたが」

「やっぱそう思うよなー。あいつ、明らかにS級になってるよな」

「お前さんの勝てない相手がまた一人増えたか?」

「わかんねー、戻ってから槍持ってるとこ見てねーし・・・ホロゥストーク相手なら100回やって100回勝つ自信あるけどなー」

「あれの強さはそういう部分じゃなかろう」

「・・・なあアンリ、王都ってお前が行くのか?」


問われたアンリは困ったように頭を掻くと、少し身を乗り出して声を潜めて言った。


「最初はその予定だったんだけど、モズマン司祭に変わってもらえないか交渉してるんだ」

「なんでだ?・・・あ、ダーナと離れたくないとかか?」

「違うよ、いや、それも少しは理由になるけど・・・・・・」


アンリが目線だけで何かを伝えると、ハーヴィーは二人から距離を取った。

何も聞かない。その姿勢を明確にするため、ハーヴィーは簡単な指示を出してドミもフロアでの仕事に集中させた。



「・・・南方王国の戦争が終わらないだろ?」

「ビルブラッド傭兵団が優勢だったはずなんだが、最近じゃエルフ族の反撃にあってるらしいな」

「使者を向かわせようって話しがあるんだ。表向きは表敬訪問だけど、実際には外交に長けた大臣を送り込んで、停戦協議に入るなり、どちらかに加勢するそぶりなりを見せて戦争を止めようって話しらしい」

「王都にはそこまで余裕があんのか?迷宮で潤ってるって話しは聞いてるけどよ」

「経済的には潤ってるらしいけどね。ダンブランでは魔神の出現、東方では帝国崩壊、周囲が騒がしくなってきたから手を打てるところからやっておこうって事じゃないかな」

「で?それとお前がダンブランに残るのと、どう繋がるんだ」


いたずらをする子供のような眼でフェイを見たアンリが楽しそうに言う。


「騎士か冒険者かわからないけど、それなりの護衛をつけた使節団が王都から派遣されるだろう。南方に向かうならダンブランは必ず通るはずだ。戦地に向かうなら、腕のいい冒険者や神殿騎士を増やしてもおかしなことじゃない」

「・・・まさかお前・・・!!」

「使節団と一緒なら合法的に南方王国に入れる。ダンブランから神殿騎士を出すなら魔宮から生還した僕が第一候補だ。もちろん推薦する冒険者がいるよ?魔宮から生還した≪緋蜂≫や・・・・・・≪誑し込み≫」


アンリに飛びついて頭を抱え込むようにしながらフェイが小声で続ける。


「いつから企んでやがった!?」

「街に戻ったその日のうちに。合法的に南方へ行く手段は4つ思いついたんだけど、一番安全で確実な手段がこれだった。王都の兄さんにも協力してもらってる。近いうちに間違いなく使節団が動くから、ダンブランに残っていたいんだ」

「やりやがったなこのやろう!!」


それから二人はゲラゲラ笑いながら『ベイズ・ベリーズ』の閉店まで飲み続けた。

ヴェラーラとの戦いをフェイが語ればアンリは転移の迷宮での死闘を語る。

南方への道中に誰を誘うかで二人の意見は大きく分かれて口論になり、誰を誘わないかで二人の意見は合致して声を上げて笑った。

大いに飲み、大いに食べ、大いに笑い、大いに話す。

自分の武勇を、仲間の武勇を語り、強大な敵を認め、生きている事を謳歌する。

それはハーヴィーが知る冒険者の正しい姿だった。

自分が現役の頃、まだ若いレスターや、仲間たちと共に駆け抜けた時と、同じ色の世界が目の前にある。

会計に立つ二人を見ながら懐かしさにハーヴィーは目を細めた。


酔い潰れたアンリに肩を貸しながらフェイが言う。


「安全に経験を積める冒険者パーティーってやつな。考えてみたんだが、今ならオウルトの所なら他よりは安全かもしれねえ」

「・・・A級冒険者のオウルトか。最近街中で見かけないが何やってるんだ?」

「魔宮の森で採取依頼をこなしてるって話しだぜ。神殿騎士のルシッダと錬金魔術師のトーラが入って三人パーティーを組んだからその慣らしだろうな。バランスが良いってのもあるが、ドミが冒険者やるなら中衛の斥候職だろ?オウルトから習っておけば間違いないんじゃねえか」

「が、頑張ります!!」


むふー、と鼻息荒くドミが言う。


「当然、橋渡しはしてくれるんだろうな?」

「当然、今日の飲み代は奢りになるんだろうな?」


ニヤリと笑ったフェイにハーヴィーは片目をつぶって答える。


「≪誑し込み≫のフェイに誑し込まれて飲み代を奢らされたって俺が吹聴して良いなら構わんぞ」

「わかった、払うからやめてくれ」

「もちろん割引はしてやるとも。お前さんには、金を払ってでも店員になりたいという奇特な連中を連れてきて貰わなきゃならんしな!」

「ごつくて強面のオッサンを山ほど連れてきてやるよ」

「髪と髭を整えてピンクのエプロンを着せてやればたいていの奴はどうにかなる。必要経費は後でギルドに請求しておくからな」


うへぇ、と、やり込められたフェイが言った。


猫耳の下級冒険者をパーティーに加えたオウルトが、ルシッダに足を踏まれ、トーラに脇腹をつねられ、ダンブランの冒険者たちに嫉妬から石を投げられはじめるのは、このすぐ後のことである。

声優業とは別件で、舞台台本の潤色、簡単な演出、音響のプランニングと音源の編集、照明案などをやっています。なう。


ギブミー時間!!!(苦笑)

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