ここまでやって負けてたまるか
お待たせしました。
満月が天高く上るころ≪冒涜者≫リオの使い魔に先導されて俺たちは魔宮の門へとたどり着いた。
最初に使うのは看破の魔眼。探すのは周辺で生きている人間か、あるいは何かの痕跡だ。
戦ったあとだろう、焼けた草の葉や抉られた木の跡などが無数に看破されて淡く輝いていく。
その中で、積み上げられた石が目についた。
「ちょっと待って」
それはゴンベックが使っていた符丁だった。
狩人が森の中で使う符丁には様々なものがある。
木の幹に傷をつけて目印にする手法、枝を折って目印にする手法、色布を巻き付けて目印にする手法。
ゴンベックのやり方は間近で見て覚えていた。
指し示された場所を掘り返すと、現れたのは布に包まれた一本の水薬。
フェイにそれが何かと聞いてみたら魔力回復薬との返事だった。
マナの濃いグラムコスルの根で作られたもので品質は悪くないらしい。
・・・なら、一つ無茶ができるかもしれない。
「ヴェラーラ、魔宮のどこに生存者がいるかわかる?」
「わからない。マナが濃すぎる・・・・・・・・・だが、もう無理だな。おそらく魔神将がいる」
眉根を寄せて魔宮を見上げるヴェラーラ。
「時間切れだ。間に合わなかった。一度ダンブランまで戻って戦力を集めた方が良い」
俺とフェイは互いに目を見合わせて同時に頷いた。
「神様ってのは人間様の事はよくわからねえんだな」
「ほんとだね。ヴェラーラだけなのかもしれないけど」
「・・・・・・?何を言ってる、急いで戻るぞ、時間が惜しい」
「そうだね、時間が惜しいから急ごう。ただ、向きは違うけど!!」
時間は無い。
俺は看破の魔眼で魔宮の中にいる生存者を探す。
視界が歪んで空から俯瞰したように魔宮が見える。魔宮の壁を突き抜けて無数の何もかもを知覚する俺の脳が悲鳴を上げた。
刺すと焼くとを同時に味わうような痛みに耐えながら看破する場所を広げて探し続ける。
「何やってる!?」
「決まってるだろ・・・・・・仲間、探しだよ・・・」
「よせ、魔神将に見つかれば死ぬぞ」
「必要ならぶったおすまでだ」
陽気そうに、でも物騒な顔でフェイが言う。
最初にひっかかったのはマナの塊だ。
地下深くでなにかを遮るように存在するマナを超えて看破を広げていくと、そこに見えたのは冒険者たちの姿だった。
信じられないような地下深く、神々しくも禍々しい黄金の騎士と戦う幾人かの生き残り。
そして、ダーナとアンリ。
「・・・・・・見つけた・・・!!」
できるだろうか。
俺は息を吐き、ただ吸い込む時間だけ自分の事を疑う。
できるはずだ。
想像しろ。
亡くなった師匠の言葉だ。
役者の武器は想像力しかない。それだけは磨き続けなきゃだめだ。
ヒゲの師匠の姿を思い出す。
発声するのもイメージだ。声は望んだところに望んだ強さで届く。
芝居の客席には何人いる?100人の劇場なら100人に届く声でやれ。300人の劇場なら300人に届く声を想像しろ。何も想像せずに稽古するな。
視界が涙でにじむ。
看破の魔眼で見つけた2人までの最短距離。直線で、そこまでの道を切り開く。
大丈夫だ。そこまでは必ず声が届く。俺はそれだけの稽古をしてきた。
右手の指先2本を突き出して叫ぶ。
『砕けろ!!!!!!』
魔宮の門が、大地が、邪魔する何もかもが粉々に砕けて消えた。
一直線に突っ込みながら魔力が尽きるまで撃ち続ける。魔力が尽きたら回復薬を飲んででも撃ち続ける。
想像し、愚直に続けるだけだ。普段の稽古と何一つ変わらない!
砕かれた壁の向こう。洞窟の入り口を思わせるような闇深い空間を見る魔神将の顔は歪み、不快な感情を露わにしていた。
「・・・・・・光あれ」
呪文を言い終えた直後、暗闇から謁見の間へ飛び込んできたのは全長5メートルの巨大な蟻だ。
黄金色の太矢が≪冒涜者≫リオの使い魔である大蟻の頭部を貫くのと、背に乗った俺たち三人が飛び降りるのは同時だった。
「「「「フェイ!!」」」」
何人もの声が重なる。
フェイはぐるりと見渡すと殊更陽気に手を上げながら言った。
「なんだよ、随分だらしねえなぁ。サンドラップとラズンズが揃ってて負けたのか?右手まで切り落とされちまってよぉ。≪三剣≫ホロゥストークだってもっとできる男だと思ってたぜ」
熊耳の獣人が抗議するようにぐるると唸り、槍使いは片目を閉じると左手に持つ槍を手首でトントンと叩く。サーベルを床に突き立てた剣士は不満そうにフェイを見た。
俺はゴンベックを探したが見当たらなかった。
眼だけで問うとアンリが無言で首を振り、ダーナは痛みに耐える様に口をきつく結ぶ。
「唾棄すべき偽神め・・・我の領域を汚すか・・・!!」
黄金の騎士・・・魔神将はヴェラーラに憎悪にも似た視線を向けていた。
「なんの真似だ、黄昏に堕ちた戦の神よ、約定を反故にするつもりか」
「反故にはしない」
「軽軽と嘘を口にするのだな、忌むべき稀人をこの場に招いた罪は重いぞ」
「俺たちはお前たちに手を出さない。だが稀人は別だ、最初からそういう決め事だろ」
「・・・悪辣な連中だ、我らが主に背いた恥知らずの大逆者どもめ。良いだろう、ならばこの手で稀人を葬り、この場に残る戦士どもを葬り、勝ちどきの声を貴様の目の前で天まで轟かせてやろうではないか」
「おい」
唐突に2人の言葉をフェイが遮った。
「誰が、誰を葬るって?」
凄まじい殺気にあてられたのだろう、太陽の神ドドラガリの聖印を首から下げた女性が小さな悲鳴を上げて意識を失う。
殺意そのものを具現化したような冷たい声でフェイが言い、サンドラップは楽しそうに唇の端を持ち上げて微笑み、ホロゥストークは苦笑いを浮かべて首を左右に振りながら神に呪いの言葉をつぶやく。
「ここは転移の試練を超えたものしか訪れる事のできぬ聖域だ。招かれざる者、嵐の乗り手にして孤独なる才子、転移なく我が領域に足を踏み入れた不作法者よ。いかに紛い物の神々に愛された己とは言え、我が主の前に立つには頭が高い。拝謁の栄に浴するのならば相応の態度を示すが良い」
魔神将が手を招くように動かすとマナが黄金色の水飴に変わった。
水飴は忌まわしく波打ちながら身体を両断されて果てた巨漢の戦士にまとわりつく。
変貌は一瞬だった。
腰の断面から触手のような肉が湧き出て身体をつなぎなおし、身長が3メートルまで伸びあがると脇の下から新たな腕が2本伸びる。
「己の武威を示さ・・・」
最後まで言葉を待たずにフェイが動いた。
「漆黒の渦、浮かび飲みこむ虚空の暗礁、暗夜を喰らい、漲れ、吼えろ」
暗黒球を作り出すと同時に、走り込みながら四本腕の魔神へ無詠唱で魔弾を撃ち込む。
フェイが抜き放った双剣と魔神の腕が交差して甲高い音を上げた。
続いて無詠唱で放ったのは明かりの魔法と対で教えられるような、闇を生むだけの初級魔術。
1メートルの立方体に切り取られた闇が魔神の頭部を覆い隠すように現れて視界を完全に遮った。
本能的に明かりを求めて下がった所に待ち受けていた暗黒球が、ガオン!と風切音を立てて魔神の頭部から胸までを飲み込んで消し飛ばす。
蹴倒すように魔神の身体を押しのけたフェイは止まらない。
魔神将の懐深くに飛び込むと右薙ぎの一撃で正確に首を刈る。
闇色の魔力で身体のみならず武器まで包むように強化した一撃は、首を守ろうとした魔神将の右腕に確かな傷を残した。
腕をはじきながら剣を抜いて左に回転したフェイが裏拳のようにねじり込んだ左薙ぎの二撃目を振るう。
魔神将の腕が再び切り裂かれた。三撃、四撃、暴風のように荒れ狂う連撃が黄金の鎧に傷をつけて行く。
「・・・貴様・・・!!」
「てめえ、俺のダチ公どもに手ぇ出して、ただで済むと思ってねえだろうな!!!」
フェイが吠えた。くすんだブラウンの髪が怒りに逆立ち、瞳は爛々と燃えている。
四本腕の魔神が分解されてキラキラとしたマナへと変わる。フェイが放った無数の闇色の魔弾が金色の光の海を泳ぐように乱舞する。
魔弾を足場に使って縦横無尽に駆けるフェイは魔神将と互角に戦っているように見えた。
でも、それは見えるだけだ。
生き残っている冒険者たちに回復魔法をかけながら俺は冷静に戦いを見続ける。
フェイの剣は何度も魔神将を傷つけるが、きっとその傷はここにいる冒険者たちがつけたものと変わらない。逆に魔神将の攻撃は一撃くらえば致命傷になる。
「ウオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!!!!!」
熊獣人のラズンズが吠えた。
魔術で傷は塞いだが血は足りていないはずだ。
それでも落ちていた大剣を拾いあげてフェイに加勢する。
「一人で行くんじゃあねえ、ラズンズ!!」
サンドラップが後を追う。
三対一、それでもまだ魔神将には余裕が見えた。
他に加勢できる者はいない。
アンリもダーナも、身体強化がおぼつかないほど魔力を使い切っている。
いや、きっと誰もがもう限界なのだろう。
ラズンズやサンドラップだって死力を尽くしたはずだ。
フェイだって短い時間でヴェラーラと戦い、≪冒涜者≫リオと戦い、魔神将との戦いが三戦目。
魔力と体力は限界に達しようとしている。
そもそもフェイは長期戦に向いてない。見ていればわかる。
隙を突いて一瞬で敵を倒す。集中力、体力、魔力を数瞬だけにつぎこんで特化した短期決着の戦闘スタイルだ。
次に均衡が崩れたら立て直す事はできないだろう。
俺は刻み込むように戦いを、一挙手一投足を注視し続ける。
拳を握っては手を開き、魔術を、剣を、ただただ無言で見続ける。
自分の剣の腕に自信など無い。自分の魔術の腕に自信など無い。
だが、これは単純な見取り稽古だ。
見取り稽古なら何千回、何万回とこなしてきた。
発声、朗読、芝居、身体訓練、ダンス、殺陣。
養成所で、稽古場で、スタジオで、あるいは駅で、コンビニで、あらゆる生活の中で。
役作りに必要な声の使い方、身体の使い方を無数に見取り続けてきた。
見取る事なら自信がある。
あとは殉じるだけで良い。
アンカネブラの加護とフェイの強さを信じて踏み出せばいい。
均衡はすぐに崩れた。
ラズンズが血の海に沈み、槍ごと脚を折られたサンドラップの身体が一回転して動かなくなる。
下がったフェイに魔神将は手のひらを向けた。
「光あれ」
双剣を十字に交差させて黄金色の一撃を受け止め、かろうじて上に弾き飛ばす。
だが衝撃に硬直した身体はもう動かない。続けざまに放たれた2発目は正確にフェイの頭部を貫くだろう。
ためらわず、俺は前に出た。
螺旋なす時の神レプロンの加護★★★
・望む一歩を踏み出すことができる。歩みが世界を作ると知れ。
半瞬でも遅れたら間に合わなかっただろう刹那の間で割って入り、グランディスタで初めて抜き放つ小太刀で黄金の光弾を弾き飛ばす。
「おいダチ公、なんのつも・・・」
「おいダチ公」
フェイの言葉を真似ながら二本の小太刀を抜いて構える。
それぞれの小太刀に結ばれた、短い赤と青の房飾りが揺れた。
冥府の双神ナイアエムネの加護★
・その刃はマナを放つ。封じるは赤の房飾り。
冥府の双神ネイアエスナの加護★
・その刃はマナを奪う。封じるは青の房飾り。
俺の構えがフェイを鏡でうつしたかのように重なる。
ゴブリンの時も、魔神の時も、ヴェラーラの時も、リオの時も、そして今も。
フェイの剣は全部見てきた。フェイの剣は全部覚えた。
二刀で魔神将に届かないなら、倍の四刀で届かせて見せる。
背中合わせにお互いの鼓動を感じながら俺が言う。
「勝って帰るぞ。そしたら奢れ」
「・・・死にたくなるほど飲ませてやるよ」
フェイが左足から、俺が右足から同時に走り出す。
同じ速さ、同じ呼吸、同じ間で繰り出す左右からの双撃。
二刀が魔神将の両手で阻まれ、フェイの刃が鎧の上を叩き、俺の刃が鎧を割って肉を裂く。
呼び出された闇色の魔弾を足場にして、フェイが前なら俺が後ろ、フェイが後ろなら俺が前から、上下左右、まるで無重力の中を行くように自由自在に四刀が舞う。
初めて魔神将の顔に焦りが見えた。
前に向かい続けていた圧力が拮抗し、少しずつ、少しずつ魔神将を壁際へと追い込んでいく。
『放て!』
不要になったいくつかの足場を青の小太刀で吸収し、至近距離で斬りつけた赤の小太刀からかわせぬ魔弾を叩き込む。
「おのれっ!!」
幾つもの傷を身に受けながら魔神将の手刀が俺を襲った。
赤の小太刀が火花を散らして押しのけられる。咄嗟に横に飛ぶのと同時にフェイが無数のキューブを生み出した。
四本腕の目くらましに使ったものより遥かに小さい50センチ四方の闇が、立てたチェス盤のように展開して魔神将を囲む。
「稀人め!!」
ひるむことなく黄金の魔神将がチェス盤の壁へと踏み込んだ。
フェイクの中に1つだけ仕込まれた闇色の枷が反応し、冷えた樹脂のように固く右肩を封じこめて空間に魔神将を固定する。
「・・・・・・貴様・・・!!」
「漆黒の渦、連鎖の魔弾、朧に纏う影の牙!集い来たりて夜天を駆けろ!!」
矢のように引き絞られた闇色の魔弾が放たれた。
それは信管だった。チェス盤のように浮いていたキューブは爆薬だ。
浮遊するキューブが射抜かれると爆裂して数十発の魔弾に変化し、動けない魔神将を襲う。
ほんの一瞬ですべてのキューブが魔弾に変わり数百発の魔弾が魔神将を飲み込んでいく。
「「漆黒の渦、浮かび飲みこむ虚空の暗礁、暗夜を喰らい、漲れ、吼えろ」」
コンマ1秒のズレも無い同時詠唱。フェイならこのタイミングだとわかっていたから。
ガオンッ!!
すべてを破砕する2つの暗黒球が魔神将を飲み込み魔神将の右肩から先を消しとばす。
だがまだ終わりじゃない。魔神将はこんなもんじゃ終わらない。
交差して互いの位置を変えた俺たちは闇色の魔弾を足場にして上下にわかれた。
地を這うように身体を沈めたフェイの双剣が魔神将の胴の半ばまで埋まる。
魔神将はかわそうともしなかった。
防御を放棄した魔神将が魔弾を蹴って頭上に飛びあがろうとした俺の足首を握りしめる。
「しまっ・・・」
地鳴りがして大地が跳ねた。
上から下に叩きつけられた俺の身体が地面を割って陥没させる。
瞬間的に身体強化の密度を上げて臓器を守らなかったら即死していただろう。
叩きつけられる前に足首から千切れて小枝の様に飛ばされていてもおかしくない一撃だった。
息ができない。
揺れた視界のなかでフェイが何か言っている。
双剣をその身に刺したまま魔神将が俺を振り回す。
風切音がして全身を貫く衝撃が再び襲ってきた。
棍棒か戦鎚でも扱う様に振り回された俺の身体が側壁に叩きつけられ、あろうことかそのまま石壁を削り取って行く。
身体強化越しに骨を砕かれたのがわかった。
「連鎖する火種、糊口を満たせ三匹の蛇・・・」
息を吸う暇はない。そんな事をしていたら殺される。
細い炎が三本生まれて俺の脚から魔神将の腕に這い上がって行く。
肺に残った息を絞り出すように呪文を唱えた。
「咎人よ、焼けつき、焦が・・・」
不意に自由になった身体が宙を舞って地面に落ちた。
手を放した魔神将が俺を見て言う。
「稀人よ、貴様の罪過は目に余る。我が主の光で裁きを受けよ」
光あれ。
生み出された黄金の太矢は五本。
肺の中の空気はもう空っぽなのに息を吸う余裕がない。それは俺の切り札が使えないという事だ。
かわそうと立ち上がる。
それだけの動作しかしていないのに放たれた五本の太矢はもう目の前まで来ていた。
かわせない。
左腕で持っていた青の小太刀で打ち消せたのは二本。
右肩、右胸、腹と貫かれた俺の身体が大きく吹き飛び、壁に標本のように縫いとめられる。
「がはっ・・・!」
内臓を突き破った血が逆流して口から溢れた。
どぼどぼと落ちていく血液が他人の物のように見える。
落ちそうになる意識を繋ぎとめるように唇が切れるまで噛みしめた。
ここで気絶したら絶対死ぬ。冗談じゃない。
『くだ・・・・・・け・・・ろ・・・』
震えるような声で自分に突き刺さった黄金の太矢を砕くと、支えを失った身体が壁によりかかるように滑った。力を失った膝が曲がってそのままへたりこむ。
荒い息のまま回復魔法で自分の身体を治す。痛みも熱さも感じない。ただ冷たく身体の芯が冷えていた。
人間は血液を失ったら死ぬ。二割だったか、三割だったか?ぶちまけられた俺の血は献血の比じゃない。
呼吸が浅くなり、腕にも脚にも力が入らなかった。
「セルシス!」
アンリがダーナに肩をかすようにして、フェイが俺の落とした赤の小太刀を持って走り寄ってきた。
見れば、どんな魔法を使ったのか、それとも力を温存していたのか。
≪三剣≫のホロゥストークが魔神将に密着するような距離で互角に斬りつけ合っている。
蒼白な顔で浅く呼吸を繰り返す俺を見て、フェイはヴェラーラに言った。
「よう神様・・・ダチ公を連れて逃げられるか?アンリとダーナと、セルシスの三人だ」
「できる。両手で一人ずつ、背中に一人で三人だ」
「フェイ!?」
「ちょっとあんた・・・!!」
「なら頼んだ。時間は俺が稼ぐ」
フェイは赤の小太刀を逆手に構えて歩き出す。
「お前は死ぬぞ」
時間が止まったような気がした。
ホロゥストークの剣戟の音だけがゆっくりと、遠く聞こえる。
脚を止めたフェイ、何も言わないアンリ、何も言えないダーナ。
俺が口を開こうとしたとき、フェイは見た事もない優しい顔で振り向いた。
「死なねえよ。知ってるか?良い冒険者は死なないんだぜ」
そう言ってフェイが笑う。
穏やかに、決意を持って、戦士の顔で。
「・・・サンダラプタに怒られそうだ」
ぼそりと言ったヴェラーラがフェイに近づいた。
隙を突くような無拍子で誰も反応できない中、一瞬だけフェイと唇を重ねる。
「・・・・・・なんだ?神様からの餞別か?死者の国へ自慢話を持ってくのは嫌だぜ、縁起が悪い」
「意志は尊く、まなざしは高く、血と骨と鋼鉄で剣の雨に挑む戦士を俺は愛する。我が名は戦の神ヴェラーラ。フェイ、貴殿の武勇に一握りの加護を」
それは戦神の加護。フェイの身体に活力が宿る。
だがそれは己の命数を削って火中にくべる諸刃の剣だ。未来を切り捨てた力を自分の身体に注ぎ込む、ただ一戦で己を絞りつくす事にもなりかねない炎の加護。
フェイがいつものように笑って魔神将にむかい走り出す。
アンリは拳を握りしめ、ダーナが悔しさを言葉にできず槍の柄で地を叩く。
ヴェラーラはじっと俺をみつめた。まるで「選べ」とでも言うように。
俺は息を吸った。
血は足りない、でも頭は冴えてきた。
「・・・・・・・・・ここまでやって負けてたまるか」
息を吐き、もう一度吸う。魔力回復薬を飲んだ俺もそろそろ厳しい。
リソースが足りないのは明らかだ、少なくとも魔力と体力が回復できないと話にならない。
左手に握りしめた青の小太刀を見る。
ダーナの槍を、アンリの鎧を。輝くピサンティエの聖印を見る。
眼をつぶって三秒考える。
思いついた事はある。手札は足りている、あとはできるかどうか。
俺は看破の魔眼を使った。
看破の魔眼で部屋の中の全てを見る。
探すものは一つだ。
今の俺が、ここで戦うために最も必要なもの。
視界の中で無造作に投げ捨てられた一つの背負い袋が淡く輝いた。
正確には、その中身が。
戦線に復帰したフェイとは対照的に≪三剣≫ホロゥストークの動きは精彩を欠いていた。
先端を折られたサーベルで必死に場を繋いでいたがそれも限界に近づき、とうとう剣を手放し倒れてしまう。
「どこかで見たか・・・?」
文字通り命を削りながら戦うフェイを見て魔神将が言う。
「覚えがないね!!口説くんじゃねえよ気色悪ぃ!!!」
「・・・・・・やはり覚えがある。その眼。次元の狭間で覗き見た眼だ。だが妙だな。だとすれば我が主の加護をその身に受けているはずだ。なぜそうも自在に動ける?」
「知らねえって言ってんだろうが!!」
「いや、貴様は確かに見たはずだ。そしてこういった」
「寝言ほざいてんじゃねえっ!」
「shnnnnnsht,htksrtkmntk,nnryndnsskntkd」
その言葉はどこかで聞いた響きだった。
意味のわからない音の羅列。だが、確かに聞いた事のある言葉。
一瞬だけ考えてしまった。反応が思考の分だけ遅れる。
フェイを切り裂く魔神将の左腕、その致命の一撃に合わせるように俺が叫ぶ。
『砕けろ!』
踏み込んだ魔神将の足元が砕けて体勢が崩れる。手刀が空を切った。
その内側を抉るように炎を纏った槍が突き込まれて魔神将の身体に新たな傷をつける。
「ダーナ!?」
「ぼんやりしてんじゃないわよ!」
両脇から追い越すようにアンリとダーナが飛びかかる。
フェイが愕然として俺を見た。
見せびらかすように俺は空の水薬を振り、飲んだ真似をする。
それは背負い袋の中に残されていた魔力回復薬。
ぼろ布にくるまれた水薬を俺たちは三人で分けた。だから全快にはほど遠い、それでも、いま必要なものだったのは間違いない。
「魔神将!!お前の力はそんなもんだ、たかが稀人一人、人間一人殺せない!!」
俺が叫ぶ。魔力を込めた声を叩きつける。
魔神将の手刀がダーナをとらえた。アンリが割って入り白銀の鎧が手刀をはじく。
鎧ごと、アンリごと両断しかねない一撃に耐えたのは月光の守りの力だ。
ダーナを守る誓約の鎧はその誓いを果たし、ピサンティエの聖印が光を失った。
「あんな小さな光じゃ俺を殺せやしない、手加減したのか?それともあれが全力か!?」
俺は叫び続ける。この言葉じゃ足りない、もっと大きな言葉が必要だ。魔神将がこだわるような言葉が。
この場所に来てからの言動を思い出す。ほんの少しだが、あいつが何度も使う言葉があった。
「お前みたいな無能を使う主だ」
ぴくり、と魔神将が硬直する。
アンリとダーナが打ち合わせ通りに一歩下がり、フェイが俺に合わせて動く。
「主もさぞ無能なんだろうな」
「黙れ稀人!!!!!!!!!!!!!」
魔神将が激昂する。
聞き取れないような言語で呪文を唱え、放ったのは竜のような姿に見える巨大な閃光だ。
それは上級の攻撃魔法。俺が望む一撃。
まばゆく輝く黄金竜はダンブランの街区一つを消し飛ばして余りある。
俺は身体強化を全力で使って金色の竜の中へ飛び込んだ。
魔力を防御に全振りしながら青の小太刀で限界まで竜の魔力を吸収する。
『砕けろ!!』
魔眼で耐えられる限界を看破し、ぎりぎりの所で切り札を使って生還。
そのままの勢いで走り込むとダーナの槍を掴んで魔神将に突きかかる。
ダーナの槍も、サンドラップの槍も見て覚えた!!
2人に比べると遥かに低く、しかし、それでも素人とはかけ離れた鋭さで槍が伸びる。
「愚か者」
魔神将が俺の槍を容易くはじいた。
当然だ、この程度の覚え方で戦える相手じゃないのはよく知ってる。
俺の身体がゆっくりと流れていく。
スローモーションで世界が動く。
背後から迫るフェイの刃が魔神将に突き刺さった。
だがそんな事で手を止める魔神将ではない。
笑みさえ浮かべた魔神将の手刀が俺の胸に穴を空け・・・貫通するどころか皮一枚破る事もできずにそこでぴたりと止まった。
≪冒涜者≫リオの切り札。一回限りの絶対物理防御。
俺が使った最後の手札に魔神将の顔が歪んだ。
魔神将は俺を見ていた。
魔力を急速に失った俺の意識がこらえきれずに闇へと落ちていく。
あと一言。大丈夫だ、意識はなくても口は動く。状況を想像して刻んだ台詞は舞台の上で何があっても絶対に言える。俺はそういう稽古を積んできた!!
フェイが逆手に使っていたのは赤の小太刀。
今は魔神将の背中に突き刺さっている小太刀の赤い房飾りが揺れる。
倒れながら俺がつぶやいた。
『放て』
青の小太刀に吸収された黄金竜が、絶望的な破壊の魔力が赤の小太刀から放たれて黄金の魔神将を消し飛ばす。
俺の意識は、放てと言う前に消えていた。
「見事だ」
そんな言葉が、聞こえたような気がした。
いつもありがとうございます。今週中に第一部のエピローグまで書いた後は作者覚書も兼ねた作中の設定まとめをアップする予定です。少しでもお楽み頂けたら幸いです。




