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光あれ

いつもありがとうございます。

「よくぞ、ここまで辿り着いたものだ」


玉座に座る男が言う。

黄金の鎧に身を包み、王侯の品格を風貌に宿した男だ。


「此度の戦士は随分と天に愛されていると見える。我らが主も喜ばれる事だろう」


そこは壁一面が黄金で装飾された部屋だった。

おそろしく広大な謁見の間。

騎士の一人も存在しないその場所で、玉座の前に転移してきた冒険者たちが最後の敵に刃を向ける。

表情は様々だ。

男の姿をいぶかしげに見るもの。

濃密なマナに眉をひそめるもの。

伏兵がいないか油断なくあたりに目を向けるもの。

満身創痍で戦う気力を失いつつあるもの。


「あるじ、だと?」

「htshkstshwtrmn,gnnnshtytsnszshnn,dnrrjrgnrksm」


聞き取れなかった言葉に≪三剣≫ホロゥストークはトーラとルシッダを見た。

生き残っている唯一の魔術師と神殿騎士は、どちらもわからないと言う顔で首を振る。


「お前を倒して終わりじゃないのか?面倒だから、他にもいるなら一緒に相手して欲しいもんだな」


軽快な口調だが、言葉とは裏腹にホロゥストークもすでに体力は尽きている。

疲労を気力で捻じ伏せて戦えたとしてあと一度。それが限界だとわかっているから出た言葉だ。


「急いで火に飛び込む虫もおるまい?数百年か数千年かわからぬが久方ぶりの会話だ。もう少し楽しませてくれ」


玉座の男を包むように魔力が膨れ上がる。

竜巻や稲妻を前にしたように冒険者たちが目を見開いた。

魔宮の最下層まで辿り着いた7名の冒険者のなかで、戦意を維持できたものは、ほんの2名。

≪緋蜂≫のダーナが槍を構えて一歩踏み出し≪三剣≫ホロゥストークが槍先に重ねるようにサーベルの切っ先を添えた。


「これで折れぬか、それは重畳。しかし寝床に足を向けるのは早いぞ定命の者よ。怯えず逸らず時を待て、流れを乱せば流木に止まった勝機も飛んで逃げるぞ」


矢のように飛び出しそうなダーナを制しながらホロゥストークは生き残る術が無いか必死に思考する。

これまでと雰囲気が違う部屋、濃密なマナ溜まり、間違いなくここが転移の終着点だと考えて良い。

共闘してわかったことだが≪緋蜂≫のダーナは異常な成長を遂げつつある。もはやA級と変わらぬ実力を、いや、その身体強化で早晩S級に昇りかねないほどの腕に達しつつあった。

これならば待ち受けるのがどんな上位魔神であっても倒すことができる。

その確信に間違いはない。だが待ち受けていたのは上位魔神以上の化け物だった。


魔神を統べるもの。


5年前に上位の冒険者たちの間で流行った噂話だ。

魔宮には魔神を統べるものが眠っている。それは人と変わらぬ姿で人と変わらぬ言葉を喋り、ありとあらゆる手段で人を堕落させ、滅ぼそうと画策する。

魔力でエルフに勝り、武勇で獣人に勝り、その強さはグランの三騎士を超えるといわれる、魔神の将。

決して目覚めさせてはならない魔神将を封印しているからこそ、魔神を見つけた時は総力を挙げて制圧し、マナが安定するまで徹底的に殲滅するのだ、と、古参の魔術師が言っていたのを良く覚えている。

5年前もそうだった。ダンブランの総力を挙げて魔宮を制圧し、多数の死者を出しながら魔神や魔獣を撃滅したはずだ。だが、それは地上の浅い部分だけだったのではないか?


転移の魔術で地下深くまで探索したものをホロゥストークは知らない。

この部屋に漂う濃密なマナ溜まりが五年前からあったとするならば、魔神将が復活してもおかしくはないだろう。


自分とダーナだけでは勝負にならない。

どうすれば逃げられる?ホロゥストークの思考はただ一つ、その一点に集中する。


部屋中を見渡した時に扉を見つける事はできなかったが、竜の神像は2つ存在していた。

玉座に向かって左側、すなわち自分たちの背後の壁に埋め込まれた1つ。

もう一つは向かって右側の壁。

転移できる可能性があるとすれば右か。その首にかかる宝石に触れる事ができれば・・・!


ホロゥストークが動き出そうとした刹那、目的の神像が閃光を発して三人の冒険者を玉座の前に送り届ける。


「ほれ、言った通りだろ?」


黄金の魔神将と嵐のような魔力を見て一瞬硬直するアンリ。その背中を叩きながらサンドラップが言う。

ダーナとアンリが互いの名を呼び合い、ラズンズは嬉しそうにぐるると唸りながら手斧を構え、サンドラップは挨拶するように拳を固めてホロゥストークと軽く突き合わせてから魔神将を睨んだ。


「良い面構えだ。当代の戦士に気骨以上の腕があれば良いのだが」

「時は来たと考えて構わないか?お前を倒して早く帰りたいんだ」

「腹減った。倒して帰る、賛成」

「無銘と獣神の家畜に望むのは酷と言うものだが、もう少し面白い冗談を言えないものかな。その半分でも面白い言葉がさえずれるなら今の倍は道化に向いているぞ」


ホロゥストークの剣先が動揺したかのようにぴくりと動いた。


「だが道化にするには惜しいものだ、貴様たちには価値がある・・・・・・一つ問うが、我らの軍門に降る気はないか?」

「・・・降参しろって事?」


ダーナの問いに魔神将が大仰な身振りで頷いた。


「我らは人間を愛する。武勇を愛する。脆弱な人間が死力を尽くして足掻く姿を愛する。抗い、戦い、屍山血河を踏み越え、敗れて散りゆく者の亡骸を弔い、愚かに、理知的に、緩慢に、純粋に、縋り、悲しみ、脅え、生きる人間を愛する」


陶然とした声で魔神将が続ける。


「我らが主がこの世界に戻られたなら貴様たちに生き残る道は無い。だが神々を捨て、我らが主の加護をその身に受けて仕えるならば滅びの先を垣間見る事も・・・」

「お断りします」

「・・・・・・月の女神の従者か。その髪は脱色か?随分と愛されているのも頷ける。いずれは枢機卿か教皇に昇りつめられる器だな、欲に駆られた人間がお前を手折らなければ」

「人間はお前たちの思い通りにはならない!!」

「紛い物の神に捧げた信仰もまた美しいものだ、本質を分からぬ青さも人間の業というもの。だがな、若い二日月よ。貴様と違う者もこの場にはいると知れ」


がしゃり、と戦斧を放り投げる音が響いた。


「・・・あんたに従えば助けてくれるのか」


土気色の顔でミシズが言い、光の無い眼でよろめくように玉座に歩を進める。

ミシズを止める事は誰にもできなかった。

転移で経験した無数の死線の中で彼の精神は疲弊し完全に擦り切れていた。

かさかさの皮膚に沈み込むほど落ちくぼんだ眼窩は黒々と影を作り、もはや骸骨と変わりない。

幽鬼のように数歩進むと鼻をすすり、口中の血を唾と一緒に吐き出しながらまた数歩歩く。


「無銘よ、世界を支配する偽りの神々に救われぬ魂の主よ。貴様に祝福と加護を授ける。跪いて頭を垂れよ」


言われるままミシズは玉座の前にうずくまる。

土下座するように両手をついて身体をかろうじて支え、ぼろぼろと涙を流しながら、死にたくない、助けてくれ、お願いだ、死にたくない、死にたくない、死にたくないと呪文のようにつぶやき続けた。

魔神将のかざした手の前にマナが集まり、黄金色の水飴のように固まっていく。


「・・・何か手はあるか?」

「ねえよ。加護を授けるたあ神様みたいなもんだろ?そっちこそ何かねえのか」

「酒神の盃も頭を垂れてしまえばいい。その身に新しい酒を注ぎ、新たな己に酔いしれてしまえ。所詮この世は泡沫の夢、まばたきする間に終わる人間の一生であろう?可杯で飲み干し続けねば生きられぬ世であるのなら、酒神の酒より我が主の酒の方が何倍も美味というものだ」


小声で話すホロゥストークとサンドラップの会話に魔神将が割って入った。

黄金の水飴はミシズを包み、ゆるやかにその身に沁み込んでいく。


「・・・・・・ぁぁぁ」


かぼそい声がミシズから漏れる。

マナが力を与え、加護が力を与え、ミシズの階梯を強制的に引き上げていく。


「我が主に仕えるのならば強者でなくてはならぬ。人の身でありたいなら魂の力を示せ、飢えを、渇望を、死を賭して己の価値を知らしめよ」

「ぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!?痛い!!!痛い!!!痛いいいいいいいいいイイイイイタイイタイイタイイイイイイィィィィ!!!!!」


瘤のように膨れ上がった筋肉が隆起して蠕動する。

破裂した皮膚からは血が噴き出し、その血を吸いつくすように筋肉がミシズだったものを覆い、喰らい、また膨れ上がっていく。


「ガアアアアアアァァァァァァア!!!」


ミシズだったものが吠えた。青銅色の皮膚にうろこを生やし、腹から生えた三本目の腕で魔神将に掴みかかる。

つまらない物を見る目で魔神将はその腕を掴み返し、べきり、と無造作に折り曲げた。

人の声帯を失ったミシズが絶叫する。


「光あれ」


放たれたのは弩の矢を思わせる、太くて短い金色の魔弾。

その一撃に顔面を砕かれたミシズの身体が足先からマナに分解されて崩れ去っていく。


「この場に立つものの中で最も弱いとはいえ上位魔神にすら届かぬか。これなら5年前に見た者どもの方がよほど強者であった」

「・・・俺も5年前にはいた口だがね、お前みたいな化け物を見た記憶はないぜ」


ホロゥストークが半歩さがり、同時にサンドラップが槍を構えたまま一歩踏み込む。


「マナが足りずに動くことはできなかったが、ここから上の様子は見ていたのだ。上位魔神と戦った戦士の中には格別優秀な者もいたのだぞ。特に優れた者は、死した魂がマナとなってグランディスタに溶ける前にここへ転移させたくらいだ。我の食事として丁度良かったからな」

「・・・なんだと」


サンドラップの口の中が乾いていた。恐怖ではなく怒りで手が震えつつある。

死したものは弔われ、正しく浄化されたマナはグランディスタのマナと混ざり合い、再び形を得て生まれ変わる。それがこの世界の摂理だ。だが、世界に還元されずに喰われたものはどうなるのか。

転生の輪から外れた魂は、消えてもう戻ってこない。


「特に槍の使い手と魔術師の女が素晴らしかった。あの魂は死んだ後も我に抵抗し、何年も喰われる事を拒んでここに残り続けたものだ。驚嘆に値するとは思わないかね」


ぎしり、と、握りしめられた槍がきしむ。

こらえたサンドラップと違い、激情に駆られたダーナは魔神将に飛びかかっていた。


「お前が!!!!!!!!!!!!!!」


目にも止まらぬ速さで突き込まれた槍を魔神将は首の動きだけでかわし、続けざまに放たれる連撃を手先で容易くさばいていく。

楽しむように玉座から立ち上がると微笑みながら言った。


「良い身体強化だ。これほど精密な使い手は見たことがない。だが、技は未熟だな」


槍先を払われたダーナの身体が死に間に硬直する。

サンドラップの目に、ダーナと、5年前に救えなかった女の姿が重なった。


それは思慕の情だった。想いを伝えたことさえ無かったが、サンドラップが唯一心から愛した女だ。

炎のような赤い髪が、その面影がダーナと寸分違わず重なる。

アンリが走り出すのと同時にサンドラップが動いた。


魔神将が手刀を打ち下ろす。それは素手であっても人を両断する剣と変わらぬ一撃。

ダーナを見殺しにすれば魔神将に槍を突き立てる事ができるかもしれない。

サンドラップは迷わず渾身の力で右手を伸ばす。


鮮血が舞った。


突き飛ばされて命を拾ったダーナが目にしたのは、己の代わりに斬り飛ばされたサンドラップの右手首。

立ち位置の違いだけで一歩分遅れたアンリがダーナの前に立ち、魔神将に剣を向ける。


「サンド!!」


ホロゥストークが叫び、冒険者たちと魔神将の最後の戦いが始まった。



太陽の神ドドラガリの神殿騎士ルシッダが、全員の武器と防具に聖なる守りの力を付与する。

魔力の大半を使い切ったルシッダは輝くメイスと盾を構えて魔神将との斬り合いに加わった。


アンリの剣とホロゥストークのサーベルを両の手で受け止めた所へダーナが槍を突きいれたものの、魔神将は腕をくるりと回してアンリの剣ではじいてみせる。


「光あれ」


投擲されたラズンズの手斧と背後から投げ込まれたオウルトの投げナイフを魔弾で砕き、フォトビーの大剣をかわしたところでルシッダのメイスが指先をかすめた。

太陽の神の力を付与されたメイスが魔神将の爪の先を小さく傷つける。


「痛みか。これもまた心地よい」


一気呵成に斬りつける冒険者たちの手札に余裕はない。

全員がここを先途と出し惜しみなく剣を振るう。


サンドラップは駆け寄ってきたトーラに、自分に構わず仲間を支えろと目配せしてから背負い袋に手を入れる。痛みに震える手で取りだしたのは再生の秘薬。

かつて冒険の報酬で得たものを売らずにとっておいたものだ。

それ一本で家が買えるような値段の水薬をもどかしい手つきで開封し、ためらうことなく右手の傷口にかける。

悠長に止血している時間も無ければ回復に魔力を使わせる事すら惜しい。


再生の秘薬は万能にはほど遠く、どれだけ深い傷であっても即座に塞いでくれるだけの効果しかもたない。

その上、この薬を使えば傷は無かった事になってしまうため、上級の回復魔法で失われた部位を蘇らせることすらできなくなる。


煙のように薄くきらめくマナの光の中で、まるで手首から先など最初から無かったかのように盛り上がる右手の肉を見てサンドラップは獣のような笑みを浮かべた。


ダーナの父親に習った槍術には片手での戦い方も無数に存在する。

あれから5年、誰に言われるでもなく繰り返し反復してきた技が、サンドラップの身体を突き破って芽を出し、花を咲かせようとしていた。


左手で愛用の槍を持ち半身に構えて脇をしめる。

視界に収めるのはダーナの使う身体強化。脳裏に浮かぶのは在りし日の師が使う槍術だ。

模倣するように丁寧に身体強化を重ねていく。

技はすでに身体の芯まで染み込んでいた。

両手で振るっていた頃は力に頼っていた槍筋が、力で振り回すことができなくなった身体に合わせるように研ぎ澄まされていくのがわかる。


この瞬間、サンドラップはかつての師を超えた。

それはやがてグランディスタ全土に知らぬ者がないほど名を馳せるS級冒険者≪隻手≫のサンドラップが生まれた瞬間だ。



ここからの四半刻、魔宮に挑んだ冒険者たちは最後の希望に向かって手を伸ばし続ける。

見えなくなりそうな細い糸に手を伸ばし続けた冒険者の中で最初に膝を折ったのは巨漢の戦士フォトビーと、回復に力を注ぎ続けた錬金魔術師のトーラだった。


「光あれ」


戦いを楽しむ魔神将が放った魔弾をフォトビーがかわしそこねた。

肩を砕かれたフォトビーの傍にトーラがかけよった時、アンリはルシッダとオウルトに癒しの魔法をかけていて動くことができず、ダーナとホロゥストークは吹き飛ばされ、ラズンズは手斧をすべて失いミシズの戦斧を取りに向かっていた。

1対1の状況に置かれたサンドラップの槍は確かな傷をつけるが、無数の傷を負いながら前に出る魔神将を止め切れるものではない。


「光輝燦爛、暗黒舞踏、踊り集いて敵を断て!!照らし、飲みこみ、縛り、切り裂け!!!」


ホロゥストークが最後の魔力で生み出した光と闇の剣が互いを追い越すように速度を増して魔神将の身体を貫いた。

それでも止まらぬ手刀がフォトビーの腰骨を叩き壊して上下に分断し、隣に立つトーラの腹に突き刺さる。

彼女の身体がフォトビーと同じ様に2つに切り裂かれなかったのは、サンドラップとダーナの槍がその腕を穂先で貫いていたからに他ならない。

魔神将が楽しそうに手を引き抜いて2本の槍と切り結ぶ。


トーラが口から血の泡をこぼしながら倒れた。

ルシッダとオウルト、ラズンズも戦線に復帰したがフォトビーはすでに絶命している。

アンリはトーラを助けようとしたが、一度崩れた均衡は加速度的に動いていた。


「ラズンズ!!!」


サンドラップが悲鳴のような声を上げる。ミシズの戦斧を両断した魔神将の腕が熊獣人の胴に深い穴を穿った。

ルシッダの腕が盾ごと、肋骨が鎧ごと砕かれ、オウルトは馬車に跳ね飛ばされたような勢いで壁まで転がり動かなくなる。


ホロゥストークはサーベルを杖のようにして立ち上がるが足は一歩も動かない。

かろうじて戦う事が出来ているダーナの右腕が肩口からばっさりと切り飛ばされた。


「ダーナ!!!!!!!!」

「任せろ!」


サンドラップがダーナを守るようにして再び魔神将と1対1で打ち合う。好敵手との削り合いに快感を得ている魔神将とは裏腹に、サンドラップは悲壮な決意を持ってその身に傷をつけていく。

腕を斬り落とされたダーナは魔力を使い切ったとみて間違いない。身体強化が使えなくなるほど疲弊したダーナが自分の隣りで槍を振るう事はもうないだろう。

これが最後の戦いになりそうだ。

ラズンズが隣にいない事に一抹の寂しさを感じながら、サンドラップが残った力を振り絞る。


アンリは腕を拾ってダーナへと駆け寄った、上級の回復魔法であればこの腕を元通り繋ぐ事ができるはずだ。

それを使えば自分の魔力も尽きるだろうが使わない理由は何一つない。

強張る顔で腕を持ってきたアンリとは対照的に、ダーナは何か得心したように自分の腕を見つめている。ぞっとするような笑顔でダーナがアンリに言った。


「アンリ、私ね。フェイが好きよ」


その言葉を聞いたアンリの心臓が信じられないくらい大きく跳ねた。

機械の様に呪文を唱えてダーナの腕を繋ぎながら思考は完全に停止する。


「でもね。アンリの事はもっと好き・・・・・・大好きよ」


はにかむように微笑んだダーナの言葉は腕を斬り落とされているとは思えないほど静かだ。

失神してもおかしくない出血の中で彼女の顔は紅潮しているようにすら見える。


「だから私は諦めない。一緒に生きて帰るの!!」


絶望に染まる冒険者たちの中で少女は毅然と声を発した。

炎のような赤い髪の少女は、炎のような魂で槍を持つ手を離さない。

すでに体力も魔力も切れて立ち上がる事さえできない彼女の腕を繋いだあとで、アンリはダーナを庇う様に背を向けた。


アンリの剣は刃こぼれが酷く今にも折れそうだった。

白銀の鎧は傷つき、血に塗れ、無数に穿たれた穴はその下のアンリ自身にも消えない傷をつけている。

淡く輝くピサンティエを象徴する印だけが、己の誓いがまだそこにある事を、女神が己を見守っている事を示していた。


ダーナの声に背中を押されたルシッダは荒れた呼吸のまま這うようにトーラの元へ移動し、最後の最後に残った微かな魔力で癒しの魔術を使った。

上がらぬ腕に固定してある盾を外し、メイスも捨てて両手を自由にすると、トーラのローブに縫い付けられた無数の霊薬の中から回復薬に思えるものをいくつか抜き取って、意識の無いトーラの傷口にふりかける。

それから両手を組んで信仰する太陽の神ドドラガリへ祈りを捧げた。

もはや足手まといでしかない自分に出来るのは、祈る事だけだからだ。


重傷を負ったラズンズがぐるると唸り、ホロゥストークはサーベルに身体を預けたまま思案する。


魔神将の一撃がサンドラップを捕らえた。

たたらを踏むように押された身体は自重を支える事すらできずに無様に倒れる。

身体強化のおかげで切り落とされることだけは無かったが、左腕は折られ、もう立ち上がる力も残っていない。




「座興にしては楽しめたな」


魔神将は動きを止めた冒険者たちをぐるりと見回すと、なぜか壁の一点を見て動きを止める。

その音に最初に気が付いたのはホロゥストークだった。


「・・・ろ」


この中でただ一人、全神経を集中させて逃げるべき道を探していた彼の耳に何かの音が小さく聞こえる。

よほど遠いのだろう、聞いたホロゥストークでさえも自身の錯覚を疑うような音だった。


「・・・けろ」


それは錯覚ではなく、遠くから響く人の声だとホロゥストークは感じた。

その瞬間、ぴしり。と、側壁に薄いが大きな亀裂が走る。

魔神将が睨みつけるように見つめる壁の一面に現れた亀裂は、黄金の装飾に蜘蛛の巣のようなひびを作りながら広がっていく。


「・・・だけろ」


亀裂が深く、大きくなる。

聞こえたのは人の声だ。十五を超える転移の果て、魔宮の地の底でありながら聞こえてくる誰かの言葉。

だれもが驚愕の表情でその壁を見た。


震えるダーナの瞳から一筋の涙がほほを伝う。

ダーナは知っていた。そのひびがどうなるのか。

同じようにひびが入った、かつて自分の命を絶つはずだった魔神の大剣がどんな最後を迎えたか。




『砕けろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』




誰しもに聞こえるような声が響くと同時に魔宮の壁が粉々に砕けて消失する。

アンリの目には満月のように、ルシッダの目には太陽のように、丸く円形に開いた壁の向こうにあったのは暗黒の闇。


黄金を砕いた闇の中から一陣の風が吹く。それは澱んだ空気を切り裂く新しき風。



神代の古語は、新しき風の事をセルシスと呼んだ。

今月の投稿はこれで最後になります。GW中の更新は未定ですが遅くとも9日の月曜日には更新する予定です(可能であれば第一部の最後まで書き上げて投稿したいと考えています)

第二部もすぐに書いていけると思いますので、これからもお付き合い頂ければ幸いです。

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