向こう三年は飲むたびに語り継げよ!
うずたかく積み上げた魔獣の死骸の上に腰をおろし、サンドラップは干し肉を噛む。
「おい、生きてるかラズンズ」
返事は無い。
不自然に明るい部屋の中で、くちゃくちゃと干し肉を噛む音だけが響く。
「おい・・・ラズンズ・・・・・・・・・ラズンズ!!!」
「腹減った」
「ちゃんと返事しろよ馬鹿野郎!」
サンドラップの背後を守るようにして、積み上げられた魔獣の山に背をあずけていた熊獣人のラズンズがぐるると唸る。同時にその腹も一緒にぎゅるると鳴った。
「喋ると腹が減る。静かにする。我慢できる」
返り血で染まったラズンズの手には小ぶりで幅広の手斧。
故郷から持ってきた愛用の戦斧はすでになく、武器は腰に下げた手斧が3本残るのみだ。
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魔宮で最初に死んだのはゴンベックだった。
彼はA級が認める腕を持ち、斥候として魔宮の探索でもその能力を遺憾なく発揮した。
かつて、フェイやダーナと魔宮の森で調査をした時は魔神に不意を打たれ、土の魔弾で足を折られた。
本来なら死んでいたはずの彼はセルシスに助けられて命を拾い、死線を越えた事で大きく成長していた。
冒険者として昇格しただけではなく自分の限界を破って上の階梯に昇った実感があった。
五感はかつてないほどに研ぎ澄まされ、足跡、息遣い、心臓の鼓動すら気配として捕らえられるほどに。
それが錯覚でない事は先遣隊での戦果が証明してくれている。
次は魔神の気配でさえも掴んで見せる。それは自信から生まれた思いだ。
決して過信でも慢心でもないその心は斥候としての彼の命運を絶つものであった。
魔神アトトフラブスは気配を持たない。
気配があったならば絶対に気付くことができただろう。あるいは、せめて屋内ではなく屋外であったならばゴンベックにもチャンスがあったのかもしれない。
「気をつけて」
そう言ったのはトーラだった。
「よくわからないけど、少し前から通路そのものにかすかな魔力を感じる・・・あと、その柱からも」
左右に均等に支柱が並び、奥へ奥へと列をなす長い大廊下。
ここまでの道にはただ一つの罠も無く、探索した部屋の中にも魔獣や魔神の姿は見当たらなかった。
不気味な静けさに後押しされるように、あと少し、もう少しだけ、と、進み続けた十数人の一団の足が止まる。
「ここまでだな、5年前とは雰囲気が違いすぎる。これ以上は俺たちだけで進むべきじゃない・・・門まで戻って・・・」
サンドラップが言いかけた時、大廊下の支柱が青白く発光した。
ランタンを持つB級冒険者が戸惑いながらも武器を構え、ゴンベックは壁を背にしようと動き、壁ではない何かに衝突する。それが何かを判断すること無く咄嗟に大きく距離を取って振り返るが、そこはまだ間合いの中。ゴンベックが魔神を視認するのと、薙ぎ払う様に振るわれた魔神の大剣が彼の鼻から上を削ぎ落すのは同時だった。
ダーナとアンリの反射は見事だった。
無詠唱で放たれた閃光が魔神の視界を焼き、ダーナの槍が胸に3つの穴を穿つ。
ミシズは棒立ちで、トーラが遅れて呪文の詠唱を始めた頃には支柱から魔獣たちが召喚されつつあった。
サンドラップが、ラズンズが、この場の全員が死力を尽くして立ち向かっていると、後ろから追い立てられるようにして待機していたはずの冒険者たちが現れる。
助けが来た!状況のわからないB級冒険者の一部がそう叫んで喜び、そしてすぐに絶望した。
≪三剣≫ホロゥストークに率いられた待機組のA級冒険者たちは全員が傷だらけで、その背後には無数の魔神と魔獣の姿があったからだ。
「サンド!」
「ホロゥ!」
走り込んできたホロゥストークが背中合わせにサンドラップと並び立つ。
ホロゥストークは護拳の付いたサーベルを突き立てて魔獣を倒し、続けざまに魔術を放った。
「護手の剣、七つの羽と十二の嘴、花々降りやまぬ至高の大輪!裂き誇れ百花!!!」
生み出された数十本の光の剣が冒険者たちを守るように回転して敵を切り刻んでいく。
「挟撃をうけた、お前の失態だぞサンド!」
「面目ねえや」
会話を続けながらサーベルと槍が閃き、一体、また一体と敵を確実に減らしていく。
「長くは持たない。お前とラズンズを先頭に脱出する、俺は生き残りの引率だ」
「わざわざ助けに来てくれたのに俺とラズンズが先鋒かよ?」
「当然だろ?先遣隊の隊長より活躍して憎まれたくないからな。生き残ったら、向こう三年は飲むたびに語り継げよ!サンドラップとラズンズは≪三剣≫ホロゥストーク様に命を助けられましたってな!!!」
背中合わせの2人が反発する磁石のように逆方向へ飛び出す。
B級冒険者3人を庇うように戦っていたアンリの所へ走り込むと、サンドラップは槍を一閃させて群がる魔獣を突き伏せる。
ホロゥストークは大剣に抑え込まれるようにして動けなくなっているダーナの横をすり抜け、サーベルで魔神の首を斬り落とす。
逆襲に転じようとする2人の前で支柱は発光を増し、やがて大廊下一面が光りだした。
「召喚陣じゃありません!転移です!!みんな、あつまって・・・・・・!!」
トーラの言葉に反応できたのはほんの数名。目の眩むような明かりが視界を埋め尽くし・・・。
一瞬の後、大廊下には誰一人、動く者は残っていなかった。
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そこは広い礼拝堂のような場所だった。
30メートル以上はあるだろう高い天井は十六角形に刻まれ、それぞれの面に読む事のできない文字と、様々な絵が装飾されている。
椅子やテーブルのようなものは無く、大理石の床には見た事も無い神の聖印が刻まれ、いまはその上に、無数の魔獣の亡骸と、ほんの少しの冒険者たちの遺体が重なるように横たわっていた。
サンドラップが無言のまま、死んだ冒険者のギルドカードを重ねて自分の荷物に収める。
ラズンズはしきりに空腹を訴えていたが熊獣人が持つ無尽蔵の体力を持ってしても限界が近いのは明らかだ。
アンリは白い顔で座り込んで水も飲めずにいる。
魔力を使い果たして回復薬を飲んでいたが、それも使い果たし、次に魔力が無くなったらおしまいだ。
生き残りはこの三人だけだった。
自分と一緒に転移してきた冒険者はほぼ全滅したと言って間違いない。
救援は期待できそうになかった。
本隊が魔宮に来たとして、自分たちと同様に転移魔法陣で飛ばされるとは限らない。
体感的には魔宮の地上部分ではなく地下部分にいる気がするが、そもそもここがどこなのか、どうやって戻ればいいのかすらわからない。
食料をなんとかすれば息を潜めて数日耐える事はできるかもしれないが、この魔宮を攻略するのは≪冒涜者≫リオだ。攻略するときに自分たちの事を気にかけてくれるとは思えなかった。むしろ一緒に殺しにかかるくらいは普通にするだろう。
つまるところ、生き残っている連中だけで攻略するしか道はない。
小さく首を横に振り、サンドラップはアンリの隣りに腰かけた。
「おまえ、お嬢とはもう寝たのか」
「寝・・・・・・・・・ま!?まだですよ!!」
意識が無かったのだろう、随分と間をあけてからアンリは叫んだ。
「だよなぁ、お嬢と寝たらアバラへし折られちまうよな」
「・・・アバラで済むならいいですけど」
「あっちの方が折られちまうってか?・・・なんだよお前、結構話せるじゃねえか」
「フェイの幼馴染ですからね」
はにかむように笑うその顔は神殿騎士の顔ではなく、市井の、一人の青年としての顔だった。
白い顔に少しだけ命の灯がともる。
「あー、そうか、そりゃそうだわな。なら・・・商売女とは寝たか?」
「寝てません!神殿騎士ですから」
「・・・・・・おまえ、人生の丸々全部、完全に、完膚なきまでに損してるな」
「そんなにですか!?普通は半分とか、何割とか言いませんか?」
「その顔で女も抱かない人生なんて考えられねえぞ」
「いや、でもですよ。初めては・・・・・・その、ダーナと、したいじゃないですか」
「乙女かお前!?」
ゲラゲラと笑うサンドラップの声が礼拝堂に響き、いびきをかくようにラズンズがぐるると唸る。
「いいかアンリ良く聞けよ。お互いが初めてだとな・・・・・・まあ、うまくいかねえぞ」
「・・・・・・フェイもそう言ってましたけど、本当にそうなんですか?」
「そうよ。しかもお嬢はああ見えてそっち方面は特別に奥手だからな。お前が自分から頑張って色々やらねえと絶対に始まらねえ。雰囲気だけ良くしてあとは流れで、みたいに考えてるならだめだ、賭けても良いが絶対に失敗する」
「それならまた次の機会に・・・」
「バカか!こういうのはな、最初に一度気まずくなったら半年はお預けだぞ!!しかも失敗が頭に残ってるうちは嫌でも意識して緊張するからな。上手くいくものもいかなくなる」
「・・・どうすればいいんでしょうか」
「練習だ。それしかない」
「・・・練習」
「というわけだから、ダンブランに戻ったら一緒に色街に行こうぜ。手取り足取り教えてくれる良い女を紹介してやる」
「そんな・・・」
ゲラゲラ笑いながらサンドラップが立ちあがる。
「ま、生きて帰ったらな」
「・・・・・・・・・・・・そうですね、生きて帰ったら」
ニヤリと笑ったサンドラップは自分の背負い袋から干し肉を取り出した。
それをがしがしと噛みながら死んだ冒険者の背負い袋に手をかけ、水筒を取り出すとアンリに向かって投げる。自分も手持ちの水筒に口をつけて流し込むように喉を潤した。
酒でも飲むように水を飲みながら、干し肉をもう一枚取り出して再び噛み始める。
「・・・よく食べられますね」
「冒険者ってのはな、メシと女は食える時に食っとくんだよ」
「そういうもんですか」
「そういうもんさ。糞みたいな場所で糞みたいな死に方する糞みたいな仕事だからよ、糞みたいな干し肉食っときゃあ、街に帰った時に天国みたいに見えるじゃねえか。何食ってもどんな女抱いても幸せになれるって寸法よ」
「なるほど節制ということですね」
「・・・・・・頭が良い奴は・・・・・・いや、まあいいや。神殿騎士様の言う通り、冒険者流の節制ってやつだな」
「・・・良かったら、一つ頂けませんか?」
「あ?不味いぞ」
「節制の行をこなしてみようかと」
「物好きだな」
サンドラップが渡した干し肉を齧ったアンリの顔が真っ赤に染まった。
3秒と立たずに吹き出して水筒の水を飲む。
「ちょ・・・・・・!!サンドラップさん!?味が無いとか塩辛いならともかく、苦いってなんですか!?なんで干し肉が苦いんです!?」
「な?不味いだろ?特製だからな。わざわざ作って貰ってんだ」
嬉しそうにサンドラップが答えた。
それとは対照的に、泣きそうな顔になったアンリがぽつりと漏らす。
「こんな・・・・・・こんなの食べて・・・死ぬのは嫌ですよ」
「ああ、だから食うのさ」
干し肉を噛む音だけが礼拝堂に響く。
アンリはサンドラップが渡した干し肉をためつすがめつ見て、それから意を決したように口の中にもう一度放り込むと涙目になりながら噛み始める。
「・・・・・・・・・・・・僕の人生で最も嫌いな食べものが変わりました。この干し肉が今までで最高に不味いです、もう二度と食べたくありません」
「おう、そうだろうそうだろう。神殿騎士様の口には合わないよな」
「こんな物が最後の食事だなんて死んでも嫌です・・・帰ったら食事をご馳走させてください。サンドラップさんの人生で、一番好きな食べものを変えて上げます」
「・・・・・・おお、そいつは楽しみだ」
勝ち負けに機微があるのなら、サンドラップはその機微を掴む術に長けていた。
これから挑むのは限りなく勝機の薄い戦い。
尽きた体力を気力で補い、糸のように細い運を掴んで手繰り寄せるしかない。
眼に光の戻ったアンリを見て小さく頷き、大きく身体を伸ばして眠っているラズンズを起こす。
少なくとも挑戦権くらいは手に入れたはずだ。
あとは蓋を開けてみるしかない。
側壁に埋め込まれるように作られた精巧な竜の神像。
その正面に三人が立つ。
「なあ、次で何回目の転移だ?」
「片手までは数えた。腹減ったから、数えるのやめた」
「俺も両手までは数えたんだけどな」
「ここで十六回目です」
天井を見てサンドラップが笑う。
「なら、そろそろ終わりだろうな・・・転移の魔法陣も、こんな洒落た礼拝堂も5年前には無かった。確か、転移の魔法陣てのは竜族に伝わる神代の秘術じゃなかったか?」
「失われた術だとは聞いています。アンカネブラやカムナエナの神殿には口伝の形で残ってるなんて噂もありますが」
「ピサンティエ神殿にもあったりしないのか?転移とか、さもなきゃ魔神を倒せる魔法とか、そういう都合の良いやつ」
「月光さえ届くなら結界とか封印の術式はないこともないですけどね・・・残念ながら、転移の度に地下に向かって降りてますから・・・」
「よくわかるな。加護か?」
「神殿騎士の嗜みですよ」
剣を構え、アンリが瞑想するように一呼吸置く。
「ありがとうございます。サンドラップさん」
「礼なら生きて帰ってからにしろ・・・ダーナの近くにはホロゥがいた。奴は殺したって死なねえ、こと生き残る事にかけちゃ俺より卑しくて意地汚い稀有な男だ」
「サンド、それ褒めてない」
「そして俺よりちょっと劣るが男前だからな。女を先に死なせて胸を張る奴じゃない。奴は死なないし、奴が生きてる限りお嬢も生きてる。外で俺に啖呵きったこと、忘れちゃいないだろうな?」
「何があろうと僕はダーナと生きて帰ります」
「上出来だ。腹を据えていくぞ」
ぐるるとラズンズが唸る。
サンドラップは竜の首にかかる宝石に触れた。
閃光が室内を満たし、三人が転移する。
それは、三人にとって魔宮での最後の転移。
誰もいない礼拝堂を満たした青い光はその強さを増し、魔獣の亡骸が崩れてキラキラとしたマナに分解されていく。
ぐるり、ぐるりとマナが螺旋を描いて空気に溶けた。
ぐるり、ぐるり。
ぐるり、ぐるり。
助けは、まだ来ない。




