俺は迂回しろと言ったぞ
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魔宮の森は静まり返っていた。
低く上り始めた満月は高い木々に隠されてほとんど見えない。
足元もわからないような星明かりの下、まるで昼日中に平野を走るがごとくヴェラーラが疾走する。
身体強化を使ったフェイがそれに続き、フェイを追う様に俺が続いた。
あの後、フェイは後処理をアンバーという女に頼んでいた。
泣きぼくろの女は妙に濡れた眼で俺を見て、目が合うと、恥ずかしがってますといわんばかりにフェイの後ろに隠れた。なんだろうか、好きなアイドルに会った女子中学生みたいだ。いや、年齢はもっと上だろうけども。けども。
とても俺の首筋にダガーを刺したり耳をしゃぶったりしていた女性と同一人物には思えない。
声をかけたら悲鳴を上げて跪く・・・・・・いやごめん、悲鳴だよね?なんか嬌声みたいに聞こえたけど悲鳴だよね?ね?
フェイには別の世界から召喚された事を隠さずに話した。神々から加護を貰って多少は戦えることも。
ヴェラーラに俺が魔宮に行く意味があるのかと尋ねると、彼女は相変わらず生意気そうな顔で「お前がこなければダンブランの人間の7割が死ぬ。知っている人間で言えばレスターとゼラ以外の全員だ」と言った。
俺が行けば何か変わるのかと聞くと、酷く冷たい目で「お前が変われば、あるいはな」と返してきた。
彼女の言葉はダンブランで聞いた誰の言葉よりも冷たく俺に刺さる。
「・・・・・・どうなってんだ?」
魔宮に向かった冒険者が危ないという事を聞いたフェイは、当然のように「俺も行く」と言ってきた。
そのフェイの呟きが深閑とした森の中で大きく響く。
鳥や虫の立てる自然の音がぴたりと止んだその世界は、まるで絵画の中に閉じ込められたかのような、異常なまでの無音の世界だ。
馬を飛ばすのと変わらぬ速さで走り続けてどのくらい時間が立っただろうか。
まだまだ魔宮には遠いと思える場所でヴェラーラは足を止める。
「選べ」
俺を睨んだヴェラーラが言う。
「このまま行くと冒険者たちが作った中継拠点に着く。そのまま走るか、迂回して魔宮まで向かうか、どっちが良い」
「そのまま行っちゃいけねえのかよ?」
「お前には聞いていない」
にべもない返事に、フェイがうへぇ、とよくわからない声を出す。
ヴェラーラは「選べ」と俺に言った。
きっとこれも分岐なんだろう、庭でレプロンと会話した時と同様に、何かがきっと変わるんだ。
「ヴェラーラのおすすめは?」
「迂回しろ」
俺は目をつぶって考える。
この世界の神様は俺に優しい。たとえどんなにヴェラーラの言葉や態度がきつくても、それでも、彼女が言う「迂回しろ」という言葉は俺の為になる選択なのだろう。その言葉には、アンカネブラやレプロンが心を砕いて指し示してくれた未来と同じだけの重さがある。
ざわりと肌が粟立ち、恐怖感に襲われた。死地に向かうのだから当然か。思考を寸断するような恐ろしさに押しつぶされそうになるが同時にそれを食い破るような闘志が胸の奥から溢れ出てくる。なんだかよくわからない、温かい力のような物が波紋のように心の中に広がり・・・。
「ソン、邪魔するな」
その言葉で、ぴたりと消えた。静寂の中で自分の吐く息の音だけが大きく聞こえる。
冷静になった頭で3秒だけ考えて、俺は目を開く。
「・・・まっすぐ行こう」
「俺は迂回しろと言ったぞ」
「ああ、そして、俺が選んだ」
ヴェラーラは急げとしか言わず、何度聞いても情報をほとんど教えてはくれなかった。
中継拠点がどうなっているか見ておきたい。冒険者たちが無事なら協力して魔神と戦う事だってできるだろうし、ダーナたちが拠点にいる可能性もゼロじゃないはずだ。
そのまま少し走ると、足元に何かがゴツゴツと当たるようになった。土の塊、石のかけら、そういったものが散らばっているような感じだ。
中継拠点に向かっているはずなのに、やはり音は何一つ聞こえない。
それどころか、だんだんと嫌な臭いが近づいてくる。
唐突に、開拓したかのような広い空間が森の中に現れた。
ヴェラーラとフェイが足を止める。遅れて近づく俺の足が、ぐにっと何か大きな物を踏んだ。
酷い匂いが強くなる。
それがなんだかわかった瞬間、胃液が全力で逆流してきた。
砦と呼ばれるような大きさの建物はどこにも見えない。
絶句する俺の目の前に見えるのは、闇の中でもはっきりわかるばらまかれた死体と瓦礫の山だけだ。
「・・・大丈夫かよ」
倒れ込みそうな俺を心配してフェイが言う。
「だい・・・じょうぶだ」
吐いてる暇はない。覚悟はしてきた。こんな事もあるだろうと予想はしてきた。
神様が俺に逃げろと言ったんだ、俺が耐えられないような地獄絵図があって当然だろう。
それでもここに来た。なんでだ?やりたい事があるからだ。
看破の魔眼を使う。
目の前の死の世界で、まだ生きている人間を見つけるために。
暗がりの中で、夥しい遺体の中で、ほんの少しだけ淡く光る場所があった。
まだ生きている人間がいる!!
うめくような声で俺は生存者の事をフェイに伝える。
折り重なった遺体の真ん中、倒木の下、地中に半ば埋まるもの、顔を焼かれもの、腕を失ったもの、とにかく目に見える限りの生存者をフェイと手分けして助け出していく。
かろうじて息のある十数人をなんとか一か所に集めた頃には、俺の両手はぶるぶると痙攣するかのように震え始めていた。
「少し休んでろ」
「・・・・・・いま、動くから、ちょっと待って」
「無理しないで休んでろって」
「回復魔法、俺しか使えないから・・・ちょっと待ってて。いま、治しに行く」
「・・・・・・・・・・・・いい、俺がやる」
「フェイ?」
「言ってなかったけどな。初級の魔法は全部使えるんだわ、おれ」
「・・・そっか。じゃあ、頼んで良いか?少しだけ、休みたい」
「ああ。任しとけ」
吐き気はどこかに吹っ飛んでいたが、座り込むと震えが一段強くなった。
握力のない指先を使って水筒の口をどうにか開けて中の水を飲む。
腰でも抜けたみたいに下半身に力が入らない。近くの木に背中をもたせかけ、息を吐く。
ヴェラーラがすぐ横まできて、何もいわずに俺の事を見下ろした。
「・・・・・・・・・・・・・・・ヴェラーラは、何かしないの?」
「しない」
「・・・あんた神様なんだろ?なんとかできないのかよ」
八つ当たりのような声が出た。感情のコントロールが上手くできない。
「俺を責めても意味はないぞ」
「・・・・・・でも、なにかできたんじゃないのか」
「なにかできたとすればお前の方だ。お前が最初から魔宮の森に入っていればこいつらは死なずにすんだ」
その言葉に、頭がまっしろになった。
「戦えるだけの力を持ちながらお前は戦いから逃げた。結果として弱い奴が死んだ。それだけの事だ」
いつもありがとうございます。
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