変態の付き添いで地獄行きさ
宿屋の前で別れたあと、路地を何度か曲がってフェイは同じ宿屋の裏手へ戻っていた。
少し離れてセルシスの部屋を見張ることができる絶好の場所・・・商人ギルド管轄になってる樽屋の4階に入ると、先客が一人で酒を飲んでいる。
「アンバー、仕事中に飲むな」
「こんな糞仕事、飲まなきゃやってらんないね」
ボロを着た安い娼婦のように見える女は、そう言うと樽からエールを注いでグビグビと飲む。
「なんで樽屋の樽に酒が入ってんだよ!?」
「ここを借りる時に、ちょいとね。頭良いだろ?ギルド長の金で好きなだけ酒が飲めるってんだからさ」
「俺は頭が痛てぇよ」
「なら寝るかい?隣りに毛布も引いてあるんだ。肌寂しいなら一緒に寝てあげても良いよ」
「仕事が終わったらな」
「なら今すぐあの男を殺しちゃおうよ。そしたら朝まで一緒にできるじゃないか」
あたりまえのような顔でアンバーが言う。それは殺すことになんの躊躇もない、ただの道具の声だ。
「アンバー、どんな意味でもセルシスには手を出すな」
「怖いねぇ、手を出したらどうするんだい?フェイが腕によりをかけてあたしを殺してくれるのかい?」
次の瞬間、女の左手にいつのまにか握られていたダガーがフェイの首筋を横薙ぎに切り裂くように閃いた。
フェイは一歩踏み込むと刃を振るう左腕の内側に自身の右腕を差し込んで動きを止める。
そのまま左手で髪をつかみ、抵抗する女を力ずくで抱きすくめてから唇を奪った。
「・・・・・・・・・んっ・・・!!」
息ができなくなるほど激しく唇を合わせたあと、蕩けた顔の女の耳元でフェイが言う。
「手を出すな。それが守れたら抱いてやる」
女の返事を待たずにその右手からカップを奪うと、こぼれずに残ったエールを飲み干した。
黒みがかった度の強いエールだった。酸味が口の中に広がる。
「・・・死ぬほど抱いてくれるのかい?」
「生まれてきたことを後悔するくらい抱いてやるよ。表は誰が見てる?クライブか??」
「あいつは≪冒涜者≫の荷物持ちで魔宮行きらしいよ。変態の付き添いで地獄行きさ、嫌だねぇ」
潤んだ瞳でアンバーがフェイにすり寄る。
「その点あたしは運が良いよ。フェイと組めたんだもの・・・ねえ、少しだけご褒美の前渡ししておくれよ」
「なら表は誰だ?オヤジは腕の立つ奴を選んでるはずだぞ」
アンバーはフェイの手を掴んで強引に胸元へと引き込む。
フェイは無言で息を吐き、手を抜くと、代わりに自分の持っていた空のカップをアンバーの胸に挟み込んだ。
「・・・・・・トーキーとギゼリだよ」
「なら安心だ。俺は寝るから見張りを頼む。何かあったら起こしてくれ」
「なにさ!!少しくらいやったって平気だろ!ケチ!!!」
返事をしないで隣の部屋に行き、施錠はせずに扉を閉めて毛布に転がる。
久しぶりに一緒に組んだが、アンバーは相変わらず面倒な女だった。
それなりの年齢だが細身の美人で頭の回転も悪くない、綺麗な格好をすれば今からでも貴族か商人の愛妾におさまれるだけの器量はあるはずだが、彼女の生業は冒険者だ。
しかも、冒険者ギルドでも知る人間が少ない裏側に所属し、殺しに特化した掃除屋である。
歪んだ快楽殺人者に近い彼女は色欲も歪んでいて、隙を見れば自分より強い男に殺されたい、自分より強い男に蹂躙されたい、とわがままを言う。
ダガーで襲ってきたのも彼女にとっては試しの一撃でしかない。挨拶みたいなものだ。
本当に殺す気なら隠して突くべきダガーを、わざわざ見せて振り回す。
自分を制する事ができる相手と寝たいからだ。それが原因で本当に殺されたらどうする?なんて事は考えていない。もちろん相手が本当に死んでしまった時のことなどもっと考えていない。
アンバーは弱い男を試したりしない。彼女が試す相手は、自分を制する実力を持っていると確信している相手なのだ。
「愛情表現なんだろうな」
ぼそりとつぶやく。
じゃれてる感覚で刃物を振るうんだから業が深いと言わざるを得ない。
しばらく横になっていたが、どうも疲れているくせに眠れそうになかった。
不安感のようなものが胃に残っていて気持ちが悪い。
手は打った。アンリは約束を守る奴だ。ゴンベックだってB級で通用する腕はあるし、そもそもダーナは強い。大丈夫だろう。大丈夫のはずだ。
だが、気持ち悪い。胃の不快感が消えない。
自分の手の届かないところで何かが決まってしまうような感覚がある。
魔宮の森に行ってしまいたい。だが、ギルド長の指示には逆らえない。
こみあげる何かを飲み込むように寝返りをうつと、フェイはセルシスの事を考え始める。
悪い奴じゃない。むしろ逆だ。加護まで使って獣人を助けようなんてお人好しにもほどがある。
ただ、どうにも強すぎる。それだけがひっかかる。
無能な奴は誰も助けられない、言葉だけのお人良しは結果を出さないし、運よく結果を出せてもそういう奴は自分の無能さを知らずにお人好しを続けるから、結果的にどこかで運が切れて死ぬ。
セルシスが何者なのかを考える。
呼吸するように当たり前に獣人を助けた。善人ならありえるだろうか?いや、善人でもダンブランを知る人間ならあの店でそんな事はしないだろう。
ベイズ・ベリーズで暴れるのはダンブランを知らないよそ者だけだから、わざわざ止めに入ったあいつがダンブランについて無知な事は疑いようがない。
無知なお人好し?5歳のガキじゃあるまいし、俺と変わらない年齢でそんな奴がいるか?
貴族の出身か、神殿生まれの神殿育ちか。いや、貴族は無い。貴族なら絶対に獣人は助けない。
神殿生まれの神殿育ち?どの神殿にも登録してない奴がか??それもありえないだろう。
魔術師ギルド所属の魔法使いって可能性はどうだ?ダーナより動ける奴が魔法使い?そりゃありえねえ。
「わっかんねえなぁ」
弱いなら納得できる。だが、セルシスは強い。
傭兵に勝った。ダーナに勝った。ゴブリンの群れを魔法で蹴散らして魔神の魔剣を加護で木端微塵にしやがった。
強くて有能な、お人好しが存在しないとは言わない。S級やA級の中には自分の腕に自負があるお人好しもいないことはない。
だが、それだけ強けりゃ戦いを生業にして当たり前だ、なのにセルシスは嬉々として街中の雑用をこなす。
戦神ヴェラーラ、鍛冶の神オルトヴァ、どちらかの加護を★4か、おそらく★5の神話級で所持する奴が戦いを嫌う?そんな馬鹿な事あるわけがない。
だいたい、もし戦いを嫌っているならそんな加護を得られるはずがないんだ。
加護は神の愛だ。神が望んだ姿、望んだ人間に与える祝福だ。
戦いの神の加護は、戦いを望まない者には絶対に与えられない。
能力は自信につながる。腕力がある奴は腕力の無い奴より喧嘩の時に落ち着いていられるし、頭が良い奴は頭の悪い奴よりも判断が速い。
あれだけ強いなら自信があるはずだ。神話級の加護持ちだろ?なきゃおかしい。
何かが噛み合わない。
ゴブリン相手に使った光の魔弾を、どうして傭兵とやりあった時に使わなかった?
ダチ公の性格から言って拳で叩き伏せるより早くて安全な手段があるなら絶対に使う。それこそ不意打ちで魔弾を使って3人を気絶させた後、なにもなかったかのように飯を食い始めるんじゃないか?
なにか使えない理由があったんだ、間違いない。
使えない理由。使ってはならないと思っていた?使えないと思っていた?
・・・使えるかわからなかった?あるいは、使えなかった?
「んな馬鹿な」
呟くと口の中が苦くなった。
エールのせいだ、そう言い聞かせる。
いつも読んで頂きありがとうございます。今週の更新は明日までになります、宜しくお願い致します。




