第二十二話 長期休暇の終わり
「ん~」
カーテンの隙間を潜り抜けた冬のするどい朝の光りに目が覚める。
自慢でもなんでもないが俺は朝が弱い。これだけは前世からまったく変わらない。
逆に徹夜は得意中の得意なんだがなぁ。5徹、6徹当たり前だったし。MMOのレベリング(レベル上げ)は場所取りがすごく大事なのです。
そんな寝起きでうすぼんやりした頭のまま体を起こしたのだが、そこで何か違うような、いや逆に何か正しいような感じがして戸惑う俺。
違和感の正体を確かめるべく部屋の中を見渡すと、そこには見慣れた机や家具一式。
徐々に覚醒する意識とともにようやく違和感の理由が分かった。
俺が寝ていたのは一週間滞在しつづけたエルトリンシティの宿の部屋のベッドではなく、長らく留守にした久々の我が家の我が寝床。目に映るのは寝台脇の鏡に映る黄金の髪をした寝ぼけ眼の自分の姿。
すぐに分からなかったのは、ようやくゆっくりと自分の部屋で寝れたことで気が抜けすぎたのかねぇ?
……それにしても濃い一週間だったこと。レンジャーとウィザードの2職同時転職に始まって、実家での一休みを挟んで、新年早々自作のチートアイテム『黒色火薬樽』を用いての『ヒュージスケルトン』のソロ討伐、そして『魔女』ミルアルド・ジョバンニ・フラミンゴとの出会いと最後に待っていた思い出すだけで寒気のする商談という名の戦場。
とてもじゃないけど1週間とは思えない。まるで“4ヶ月”ほどかかった気分だ。
……何かすごくメタなことを考えてしまった気がするのは気のせいだろうか?
そんな考えを振り払いながら、ベッドから立ち上がろうと体に掛かっていた布団を捲り上げると――そこには、俺の左右にきれいに2人ずつ当年9歳になる少女が4人仲良く眠っていた。
おいおい、いつの間に……。
俺の小さな小さな従者たち。彼女達を『買った』時から3年、随分大きくなったと思う。このところまったく構ってやれていないからさぞかし拗ねている事だろう。俺は彼女達への責任を果たせているだろうか? その答えはどこまでいってもでないのだが、少なくても4人のこの幸せそうな寝顔を見ていると最低限のそれは果たせているようだと思える。
そんな事を考えながら見ているとアリアがううん、とちいさく身じろぎをする。額に掛かった赤い髪を後ろに流してやってから寒くないように4人に布団をかける。
その光景に怒ろうとする気持ちよりも呆れると同時に何とも言葉では表現できない気持ちに、これがお兄ちゃんになるってことなのかね……と小さく独り言をつぶやいてからかわいい眠れるお姫様たちを起こさないように、まるでコソ泥のような足取りで部屋を出て行くことにした。
ベッドに勝手に忍び込んでたことを怒るのはマリエルに任せよう。お兄ちゃんとお姉ちゃん、仕事はちゃんと分担しなきゃな。
◇◆◇◆◇◆◇◆
冬の肌寒い石畳の廊下を1人考え事をしながら歩く。とりあえず昨日一日かけて問題点の整理はできたので、それの裏づけを父上かイナ先生に聞かなきゃならないからな。後は金の使い道だな~などと考えながら、すれ違う使用人たちと挨拶を交わし、朝食を食べる為に食堂へと向かっていたら「若様!」と突然後ろから声をかけられた。
誰かと思えば休暇に家に誘ったのはいいが、完全にほったらかしにしていた同級生であるアニー・ロビルス・メアンが何故だか分からないがテオフラトゥス家のメイド服を着て立っていた。
それにしてもまぁなんていったらいいのか……この破壊力は。この世界の13、4歳の平均から考えてもかなり小柄なその体と規格外のお宝をメイド服で隠しているのだが、当然胸元はぱっつんぱっつん、胸元のリボンが浮き上がっちゃってあなたホントに俺と同い年ですかって感じだよ! おまけに三つ編みで垂れ目……すげぇよまじで。
いや~朝からいいもの拝ませていただきました。ありがたや、ありがたや。
「あの~若様? どうかなさいました?」
おぉう……危ない。変態一歩手前じゃねえか。乳神様のあまりの神々しさに思わず一瞬我を忘れてしまったぜ。
「いやなんでもないよ。悪かったね、一週間も放っておいて。どうだった? うちの者と仲良くやれていたかな?」
「はい! 皆様大変良くしてくださって! 私感激いたしました!」
内心の焦りを隠しながら話をふると、とびきりの笑顔で答えてくる。そこであることを思い出す。
「アニー、あと何日かしたらみんなで王都に行くんだけど、君もおいでよ。人数は多いほうが楽しいだろうしね」
そういってアニーを誘う。
「そんな……、よろしいのですか?」
誘われたことには喜びを見せつつも領民の子という自分の立場から遠慮しているのだろう、子犬のような目で俺を見てくるアニー。色々と反則だ、君。
「いまさらだからね。と言うことで決定、異論は認めない」
「は…はい! ありがとうございます」
「じゃあまた後でね。ゆっくりその時には話を聞かせて」
そういって彼女に背を向けて歩き出す。今日は今日とて忙しいのですよ。
3億手に入れて貧乏じゃないのに暇じゃないとはこれ如何に。あればあったで大変だという事か。
そう思いながら俺はぐぅとなる腹をおさえて食堂へ。今日の朝食がスープだといいな。まだ胃に昨日までの後遺症ががっちり残ってるから。
◇◆◇◆◇◆◇◆
――その夜。
俺は再びエルトリンシティにいた。昨日までと違うのはその場所。今俺がいるのはシランたちと初めて出会った奴隷の館のあの一室である。
金属がこすれる音と木と木がこすれあう音。そしてかすかな足音とともに奴が現れた。
シラン・モーフィング。
大嘘つきの腹黒大王様である。
「わざわざのお越し、いかがなさいましたか? ジオ様」
「いいからとっとと座れ。15日以降は母上とこちらに来る約束をしているからな、面倒な事は全て今日で終わらせて、せめて2、3日は実家でゆっくりぐうたらしたいんだよ」
そうやって顔にいつもの笑みを浮かべながら目の前に座るシラン。おそらく今日俺がここに来るのも計算済み。直前にそっちに行くっていってもまるで驚いてもいなかったし。そして数年来の隠し事が俺にばれるのも、いやこいつが自分からばらしたようなものか。俺はただ出された問題に答えただけであって、自慢にもなんにもなりはしない。
腹の探りあいはもう飽き飽きだ。特に昨日げっぷが出るまでやった後だ。さっさと終わらせるか。
腰のポーチから一億G分のインゴットを取り出す。
「シラン、余計な会話はもう昨日まででお腹一杯だから回りくどいのはやめてくれ。で? 1億でここは買えるのか? オーナーさん。いや、元冒険者ギルド『三叉の矛≪トライデント≫』副ギルドマスターにして現『影に潜む刃≪ヒドゥンエッジ≫』ギルドマスター、シラン・モーフィング!」
そう眼前の男こそが父たちの現役時代大陸最強の一角と呼ばれた冒険者ギルド『三叉の矛≪トライデント≫』の一員にして、この奴隷の館の真の主。エルトリンシティの闇の帝王って訳だ。
シランの笑みがいつもにもまして深くなる。にゃろう……、目で言ってやがる「大変よくできました」と。
それからおもむろに立ち上がり深々と頭を下げる。
「……申し訳ございませんでした」
「何がだ?」
「お怒りではないので?」
「何に怒ればいい?」
そこまで俺が言うとシランの顔には昨日見せたそれと同じ、いやそれ以上の――満足した笑みを浮かべていた。
そう、今の俺には分かっている。俺はこの3年間こいつの試験を受けていたのだ。まったく3年も気づかなかったとは、我ながら間抜け。こいつは3年間、俺のかなり無茶な指示を完璧にこなしてみせた。そんなことが一介の下働きにできるわけがないのに。にも関わらず気づかない俺が馬鹿だったのだ。
「……ちなみにどこでお気づきになりました?」
「昨日家に帰ってから今回のことを整理しなおした。一番引っかかったのはミリーさんの『昔なじみ』の一言だな。商売人にしても冒険者にしても超一流の彼女と一介の奴隷屋の人間、不釣合いにも程がある。あとホントに隠したいのならあんな装備見せびらかすもんじゃない。ばらしたかったんだろ? そろそろ」
「……さすがですな」
「『人を見ているときは自分もまた見られてる』ってな。さてと、そんな話はどうでもいいんだ。俺はお前がどこの誰だろうが今後も俺の期待にさえ応えてくれればそれでいい。
――お前もそうだろ?」
言外に必要以上に俺について気づいたことに触れるなと警告する。その声が聞き取れないほどこいつの耳は悪くはない。
「で、合格か」
「はい、合格も合格。大合格でございます」
「そりゃあよかった」
顔を見合わせたままそこまで言い切ったら無性におかしくなってきた。腹の底から登ってくる笑いが止まらない。
見るとシランもそうらしい。初めて見たかも、こいつが声を出して笑っているのを。
ひとしきり互いに大笑いした後、この時の俺はもう一度『アレ』をやり直すことにした。
……かなり変なテンションになっていたことを認める。思い出すのも恥ずかしい。
「んじゃまぁ、『あなたの人生と引き換えに、俺はあなたにあなたが退屈しない人生を差し上げる努力をしますよ』」
そう俺が芝居がかった声で言うと、顔にいつもの笑みを浮かべたシランが俺の足元に跪き
――
「『契約成立です。私の全てはジオ様の望みとともに――』」
そんな恥ずかしい会話と金の使い道を話し合ってから、俺はワトリアの実家にこっそり戻った。レンジャーっていいよな。
こっそり動くのが簡単になったし。
まぁとにもかくにもこれにて長期休暇の冒険はおしまい。あとの母上たちとのエルトリンシティへのたびの話はまた今度ということで。
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