第二十一話 長期休暇は大変だった⑫
(――1億、だと?)
予想を遥かに超えるその金額に、俺の警戒感が一気にMAXまで跳ね上がる。
1億G。その金額は《New World》プレイヤーにとって特別な数字である。何故なら上級プレイヤーの仲間入りの最初の一歩であるSグレード武器の平均的な相場が1億Gだからだ。さらに普通の《New World》プレイヤーが最初これを手にする為におよそ現実時間で半年以上の時間が必要になることもいっておかなければ片手落ちになるだろう。
そして今の俺からすれば、文字通り目のくらむような大金。俺がこそこそ動き始めて早5年、その間に稼いだ額がおよそ50万Gだといえば、この1億Gのインパクトの凄まじさが分かってもらえると思う。普段の俺なら盛大に大声をあげてるのは間違いない。「い~~~ち~~~~お~~~~~く~~~~~~!!!」とかな。それ程の大金。
そしてそのことが返って、これは罠だと全脳細胞がけたたましい音を立てて警告を発する理由となった。
小さくそれでいて深く深呼吸を3回繰り返す。落ち着け、そして考えろ。まず目の前のこの女に『黒色火薬樽』の製法にに1億の大金を出す価値があるのか否か。俺が逆の立場であれば、それは『ある』だ。むしろ安いと判断するかもしれない。つまり俺の考えている本来の使用法に気づいている可能性が高いという事。正しく使いさえすればレベル70への道が見えるのだから、もし彼女がアルケミストならこれ以上のチートアイテムは存在しないといっても過言ではない。
次に問題なのは『条件つき』の一言だ。何が条件なのかさっぱり分からない。売買契約に対する独占権か? それとも昨日見せた俺の《ダブルジョブ》に対する説明? それとも誰かと戦って昨日のあれがまぐれでない事を見せろ? ダメだ、思い当たる節がありすぎてまったく分からない。
俺がこちらの世界で学んだ大事な事の一つに、『交渉事をする場合、常にその場での主導権を握り続けること』というのがある。
……まるっきりそっくりそのまま完璧に相手にやられてるな。
さて、聞かなきゃ話が進まないか。ではでは罠にはまりに行くとしますかね。
「ミリーさん、その『条件』の内容を教えてもらえますか?」
桃色の悪魔は紅色の半月を弧にして哂う。まさかこんな宿屋の一室でボス戦をやる破目になるとは。まったく俺は何の因果でこんなハードな2度目の人生送ってるんだろうか。
まぁなんだかんだ言ってるけどこう見えて、結構楽しんでるんだけどな。
さぁ、鬼が出るか蛇がでるか……それ以上の何かが出るか。
俺の言葉に唇の両端を上げたままのミリーさんは先ほどと同じように右手の人差し指をピンと立てて言った。
「条件といっても何もそんなに大層なことじゃない。一つ、僕の質問に正直に答えてくれたらいいだけさ。簡単だろ?
あぁ、基本の部分を先に詰めておこうか。
1つ、僕が今回買うあの『黒色火薬樽』だけど、僕が僕の身内に使わせる以外には独断での販売しないことを誓約しよう。つまり君以外への販売は許可制というわけだ。
2つ、今後は僕が代表を務めるド・フラミンゴ商会が君の活動のバックアップをする事を約束しよう。まぁもちろん商売としてだがね。
……安くしておくよ? 例えば硫黄とか。
3つ、ここで見聞きした事は誰にも話さない。もちろん先ほどまでいたデューやガデスにも僕は何も言わない。
まぁこんなところかな?」
その言葉を最後に再び静かになった部屋の中で俺が思った事は一つ。
(……何だ、この好条件過ぎる待遇は?)
そのことに返って俺の危機感が轟音となり嵐のようなビートを刻んで吹き荒れる。
一連の内容からミリーさんが『黒色火薬樽』を自分、ひいては自分の身内の為だけに使うのは確定だと考えていいだろう。懸念していた流出も無し。その上大陸でも有数であろう大商会のバックアップの約束。さらにその『聞きたいこと』とやらの内容は誰にも漏らさないときたもんだ。
ニコニコと笑みを浮かべるその顔からはその答えの欠片も窺うことは出来ない。
考えろ。思い出せ。昨日彼女と出会ってから俺は何をやった? 俺の直感が確実にこの『聞きたいこと』というのが俺の急所を突いて来る物だと告げている。ここでその『聞きたいこと』の中身が分からないと拙いのは間違いないだろう。同時にこのことが俺にとって致命傷になるようなことでないこともうっすらと感じ取れる。
つまり『聞きたいこと』とやらは俺にとって限りなくありえないことがばれるという事か。
そこで俺は背中に氷柱を貼り付けられたような戦慄を味わった。
ま、まさか転生者であることがばれてるのか? いや、さすがにそれはない。そんなことが分かるところなど見せてないはずだ。現に今まで誰にもそんな事疑われた事すらない。そしてもしそうならそれは俺にとって致命傷と言っていいだろうから直感に従えばそれはない。ないのだが。
この場にいる二人にはその『ない』と言い切れないことが恐ろしい。
昨日の戦い以上の綱渡り感が俺を掴んで離さない。
握り締めた両手がじっとりとした汗でぬめる。アナコンダに睨まれた子ネズミってこんな気持ちなのかなと感じてさえしまう。
「……そちらの条件は必ず遵守してもらえるんですね?」
故にこんな聞かなくてもいいようなことが思わず口をついてでた。
余裕を笑顔を持って俺の言葉に答えるミリーさん。
「もちろん。契約と誓約の神、ミウラに誓って、ね」
そう言うと懐から一枚の羊皮紙を取り出す。それは久々に見る『ミウラの契約書』。ミリーさんは慣れた手つきで備え付けの羽根ペンを操り、さらさらと誓約内容を書き記していく。
それが俺には俺の死刑執行書にサインしているところに見えたから不思議だ。
そしてそれを書き上げた彼女がゆっくりと顔をあげて俺に決断を迫る。
「さぁどうする? ジオ・パラケルスス。乗るか、反るか」
……進めば地獄と大金。引けば失望と安全といったところか。
いいだろう、死ぬわけじゃあるまいし! そしてこの俺にこの手の交渉を持ちかけたことを後悔しやがれ!
俺も彼女のように右手を前に差し伸べて指を立てる。違うのはその数。1本ではなく――
「3億。3億ならその条件を飲みましょう」
3本。それで取引自体をやめるというなら俺の勝ち。そしてさすがに3億は出せないは……
「いいよ、3億だね。分かった」
今なんていった? この女?
『3億G』あっさり受けやがった……。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「さてと、商談成立と。さすがシランのお気に入り、なかなか持っていかれたねぇ。ヤレヤレだよ♪」
あのあっさりとした衝撃の一言の後、呆然とした俺は促されるまま死刑執行書にサインをした。これで3億Gの大金と引き換えに俺は何か大切なものを持っていかれるのは確実だ。それが何かは分からないが、そんな事よりも俺の全身をただただ一つの『負けた』という感覚が支配していた。
ひたすら上を見上げてボーとする俺。天井から吊るされたシャンデリアは素晴らしく細かな細工の一品でこんなときでなければそれに目を奪われてしばらく過ごしていられるほどだったのだが、今の俺には目に映っているだけ。
逆に聞きたい。俺に3億も払って聞きたいことって何だよ……。
緊張感が消えた室内にミリーさんの先ほどまでの切りつけるような声ではなく。明るい軽口が響き渡る中、今までずっと無言で交渉の推移をただ見ているだけだったシランがミリーさんに声をかけた。
「……で何点かな?」
「まったく……。僕はこの子に心から同情するよ。君のような人間が部下じゃ気が休まるときなんてありはしないね
……70点ってところだろうね。対したものだよ、ホントに」
おいおい。本人目の前にして平然と点数つけてんじゃねぇよ、この超絶ドSコンビが!
そして何軽く満足そうに唇ゆがめてるのかな? シラン!
そう口に出して抗議したいのはやまやまだったんだが、あの昨日の今日でしかも先ほどの3億Gショックによる精神的ダメージはでかくまだ全然立ち直っていない為、スルーするしかなかった。
……仮に万全の状態でもつっこんだとしても間違いなくKOされただろうけどな。
そう思いながらあれこれ好き勝手話している二人を眺めていたんだが、やがてミリーさんがソファにしっかりと座りなおしてから、軽く身を乗り出すような格好で俺の目を見据えてこういった。
そしてこの長期休暇最大の爆弾は投下された。
「さて、では聞かせてもらおうか? 君の知っている大変革――僕の読みどおりなら『大侵攻』ははたしていつ頃起こるのかな?」
◇◆◇◆◇◆◇◆
空気が凍った。
そうとしかいいようがない。
絶対にばれるはずのない「俺が『前世知識』(チート)を持っていること」が何故ばれている? 3億もの大金を惜しげもなくつっこんできたことから何かつかまれているかもとは思っていたが、さすがにコレはありえない。
現に今まで最も身近にいた父上や母上、戦士職としての師匠であるイナ先生にだってそういう風な事をわずかでも感じさせる言葉さえ言われたことなどなかったのだから。
しかし、今確かにミリーさんは「俺が知っている『大侵攻』の時期を教えろ」と言われた。
おかしい、もう一度考えろ。何かきっかけがあるはずだ。火薬樽、ソロでの討伐モンスター狩り、ダブルスキル……、いや、おかしい。それらの要素からでは予測すら出来ないはずなのに。
分からない、分からない……。
呆然となすすべなく奈落に叩き込まれた俺にミリーさんは丁寧に種明かしをしてくれた。
「随分ビックリしているようだね。何故僕がそんな事を聞いたのか分からないんだね? ……まぁ無理もないね。あの場にいた人間でその可能性に気づいていたのは、僕とシラン以外はいなかったからね。君自身も含めて、ね。
じゃあまずひとつずついこうか。
まず1つ。君のような『複数の職業の特性を持つ人間』、つまり『英雄』(レジェンド)の資質を持つ人間というのは例外なくモンスターの『大侵攻』の前に世界に登場するのは、まぁ御伽噺を真面目に読み解いていけば誰にでも分かること。まず君が『複数職業持ち』という時点でそれが近いということは分かった。
2つ。君は僕たちに手の内を見せすぎたね。あの『黒色火薬樽』、何故5個用意したんだい?」
『黒色火薬樽』の数? そんなことに何の関係がある?
「あの『黒色火薬樽』の威力は素晴らしいものだった。一個あたりがおおよそ僕の《爆発》(エクスプロージョン)の1.5倍の威力くらい、か。おそらく『爆炎』殿の《爆発》(エクスプロージョン)を基準に火薬の量を決めたんだろう? まったくたいした代物だよ、アレは。誰でも簡単に上級の破壊力を再現できるなんてまったく嫌になってしまうね」
……たった一回見ただけでそこまで分かるのかよ。しかもこの女Aグレードの《アルケミスト》か!
「……まだ分からないようだね。混乱してるのかな? うん、かわいげがあってよろしい。
問題は『何故君が『黒色火薬樽』5個で『ヒュージスケルトン』を倒せる、もしくは瀕死に追い込める事を知っていたのか』だよ。
当然それを割り出すためには、一発あたりの威力と……おおよそでも奴の生命力が《爆発》(エクスプロージョン)換算で何発分か知らないと出来ない。
……そんなことは誰も知らない。現在大陸で活動する現役の《アルケミスト》最高位である僕ですら知らない。さぁ何故君は誰も知っているはずのないことを知っているのかな?」
あ……なるほど。合点がいったよ。彼女のそのあまりに明快な説明に逆に心が落ち着いてしまった。我ながらとんだ大ポカをやらかしたもんだ。簡単な数学の問題だ。
(A×B=X)という計算式があるとする。この解を求めるにはAかBかX、そのうち2つに入る数字が分からなければこの計算式の答えは分からない。
今回の件の場合、Aは1個あたりの黒色火薬樽の与えるダメージ。Bは必要な個数、そしてXは『ヒュージスケルトン』のHPだ。
Aはいい。実験データを元に割り出した数値があるから。
では、『ヒュージスケルトン』のHPは? ――少なくても俺がそれを知ったのはこの世界でない。
しかしこの女、正気か? そんなあやふやな理由を根拠に俺が『大侵攻』の時期を知っていると判断して3億もの大金を賭けやがったのか?
俺の表情の変化に気づいたのだろう、唇をゆがめて哂う魔女。
「僕はね、自分の読みと勘は何があっても信じることにしているんだ。それが信じられなくなったときに商人としての僕は死んでしまうからね。さて、やさしいお姉さんの謎解きの時間はここまで。
さぁ、教えてくれるかな?」
まったく恐ろしい女だよ。まさに『魔女』の名にふさわしい。
……但し今回に限ってはあんたの読みは『厳密には』ハズレ。
だから。
――俺の逃げ切り勝ちだ。
「知りません」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「…知らないだって?」
「ええ、知りません」
そう、俺は『大侵攻』がいつ始まるかなど知らない。俺が知っているのはおよそ2年後、アサイオンの大神官マルフィアの神託によって『もうすぐ大侵攻が始まる』ということであって、俺がプレイしていた間に行われた《New World》の5回のアップデートでも『大侵攻』の予兆が次々と世界に暗い影を投げかけていくだけで『大侵攻』そのものは始まってなどいなかったからだ。
言葉遊びのようだが嘘は言っていない、否、嘘はつけない。何故なら彼女の質問に一度だけ正直に答えると『ミウラの契約書』にサインをしているから。
それはあちらも分かっているはずだ。
氷のような目で俺を見るミリーさん。俺も最後の力を振り絞って彼女の視線を真正面から受け止める。
そう長くはなかったとは思うが、俺にとってはとんでもなく長く感じたにらめっこのあと、大声とともにミリーさんは椅子にもたれかかると同時に天井を仰いだ。
「あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~、やられた~~~~! シラン、さっきの取り消し! かわいくない! 0点だね! 0点! ホント主従揃ってかわいくないね! 最悪だよ、最悪!
それで何が悪かったの? おそらく聞き方だと思うけど」
凍りついていた部屋の空気が一気に溶けていく。
それにしても俺だって無傷じゃない。いや、無傷じゃないどころが大怪我だ。少なくてもこの人には父上たちのように『俺だから』なんてあいまいな理由は通用しない。そして間違いなく今回俺の秘密の一端を握られた。
昨日初めて会った人間に、しかもたかだかあれだけの情報量で俺の一番の急所にまでたどり着かれるとは思ってもみなかった。
さらに自分の予想が外れているなどとは微塵も思っていない、恐るべき自信。マジで半端じゃねぇ。……実際目の付け所自体は当たりも当たり、大当たりだったしな。
まったく世界は広い、世の中に出ていくのが嫌になる。こんな化け物ばっかりじゃ俺の胃が休まる暇もないじゃないか。
そう思いながらもミリーさんの質問に苦笑しながら答える。
「教えませんよ、それこそ100億Gもってきてください」
キ~~~~という叫び声とともに悔しがる。
「あ~~~腹が立つ! ホント似たもの主従だね! 同じこというんだもの!」
その言葉に冗談じゃないと思いながら、シランを見ると多分俺はその時浮かべていたと思う困ったような顔をしてやがった。
シラン! お前にそんな顔をする権利はねぇ! 1人だけ高みの見物決め込みやがって! しばらく口きいてやんないからな!
◇◆◇◆◇◆◇◆
「さてと、じゃあこれが約束の3億G」
そういってテーブルの上に置かれていったのは1本100万Gを示す黄金のインゴットが出るわ出るわ300個。
ゲームでは腐るほど見てきた代物だけど現物で見たのはさすがにはじめてだった。
《New World》では100万G以上のGはコインではなくインゴットに変わるのだ。
ちなみにGに仕様上重さはない。たぶん魔法がかかっているんだと思うだけど、そこはゲームだから仕方ないとしか言いようがない。じゃないと重すぎて運べない。ご都合主義万歳。
「……壮観ですね」
その文字通り目もくらむような光景に思ったことを口から出てしまった。
そんな俺の声も目の前であ~くやしい、またシランにしてやられた、あ~くやしいといい続ける桃色の髪の女性には聞こえていなかったようだった。
金の事はどうでもいいのかよ。
一応前世換算で300億円なんですけどねぇ……。Sグレード一式揃えてもまだお釣りがくるわ。
シランも当たり前みたいな顔をしてミリーさんの腰のポーチから次々出てくるインゴット
を眺めてやがる。
くそ、こいつらマジで普通じゃねぇ。
やがて、300個のインゴットが俺の前に壁となって積み上がりましたよ。
「どうぞお納めください♪」
ヤケクソ気味にそういうミリーさんだが、そう機嫌が悪くないように見えるのは何故なのか……。俺なら3億G持っていかれたら腸煮えくり返って何するか分からんのだが。
とりあえず目の前を埋め尽くすインゴットを自分のポーチにしまうことにする。
次々消えていく金の延べ棒の群れ。
それがなくなってようやく落ち着くことができた。
テンションのアップダウンが激しすぎてもう限界です。ということで話を切り上げる方向に持っていくことにした。
「ミリーさん、『黒色火薬樽』の作り方の件なんですがどうします?」
「ん? あぁ硝石の安定確保の方法と君のところで取ったであろう実験結果、そしてうちの人間を何人か送り込むから実際にそれを作ってるところでしばらく研修させてくれたらそれでいいよ。その辺の実務レベルの詳しい話はまた後日でこちらから使いを出すからそっちもシランに任せればいいさ。さすがに君も疲れただろう?」
はい、おっしゃるとおり疲れ果てました。限界なんてとっくに超えてますから。
俺の表情で察したのだろう、ミリーさんは軽やかに立ち上がりながらこう言った。
「じゃあね、少年。ギーレンに来たらいつでも遊びにおいで。いつでも大歓迎だよ。
……筆おろしは僕に任せておきたまえ」
「お断りします」
「つれないなぁ……。まぁいいや。少年またね」
そういって颯爽と部屋から去っていこうとするミリーさんにどうしても聞きたいことがあって俺は彼女を呼び止めてしまった。
「あの! ミリーさん!」
「ん? なんだい少年?」
「何故『大侵攻』の時期だったんですか?」
そう、あそこまで至っていたのなら俺の息の根を止めるような質問の仕方を考え付く事など目の前の彼女のにとっては朝飯前以下の簡単なことだっただろうに何故?
その質問に彼女はこう答えた。
「簡単な事さ。『大侵攻』の時期が分かれば、市場をうまく操作して一儲けできるから、だね。それに僕はいい商人だから末永くお付き合いしたい良いお客様にはちゃんと遠慮もするんだよ? ただそれだけのことさ」
そう言ったミリーさんは素晴らしい笑顔だった。俺とは違う自分の力だけで生きる本物の商人で冒険者の気高い顔に、思わず見とれてしまった。
今のままじゃどうにも気持ちが悪い、負けるのは嫌いだが反則勝ちみたいなのも好きじゃないんだよな。これがその時の俺の正直な気持ち。
――だから。
「およそ2年後です。2年後には大陸中大騒ぎになりますよ」
そう言ってしまっていた。現実的に考えれば悪手も悪手。だが俺は上っ面の勝利より、深い部分での引き分けのほうを選んだだけ。商売人には向かない考え方だな。
そう俺が告げると、ミリーさんは一瞬驚いた顔をしてから出会ってから初めて見せる顔でこう言った。
「……そうか。シラン、君は本当にいい主を見つけたな。少年、いやジオ・パラケルスス殿。何かあったらこれで僕に連絡しなさい。僕にできる範囲でなら力になろう」
その言葉とともに渡されたのは俺も良く知る小さな石、『念話石』だった。
それを受け取った瞬間、俺はこの規格外の魔女に認められたんだと分かった。多分それはこの人との騙しあいに勝つことよりも、戦って勝つことよりも難しいことなのかもしれない。
「じゃあ今度こそ。またね二人とも」
彼女はそういってドアを開ける。
そこで今まで忘れていたことを急に思い出した。この長期休暇でやらないといけない最後の1つを。
「ミリーさん、早速で申し訳ないんですが、眼鏡を探していただけませんか?」
彼女はその俺の声を背中に受けてながら後ろ手に右手を振って了解の意を示しながら去っていった。
1人分も広くなった部屋で大きく息を吐く。
ふ~まるで台風のような人だったぜ。
さて、じゃあ総評を聞かないとな。
「で、シラン。あれでよかったのか?」
そして今回の事を企画してくれやがった腹黒の顔を見ると、俺も見たこともないくらいの満面の笑みでこう言いきりやがった。
「はい、大変満足でございます。ただ欲を言えばあと2億は引き出せたかと。その辺りはまだまだこれからでございますね、ジオ様」
俺はまだまだ甘い、世の中には上には上がいる。それが今回学んだこと。
そしてもう一つ学んだ事。
自分の腹心の部下が世界で1番の腹黒野郎だということ。
誰か何とかして……。
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