第十九話 長期休暇は大変だった ⑩
未だ濛々(もうもう)と黒い煙をあげる戦場で、黄金の髪を持つ少年が地面にへたり込みながら勝利の凱歌をあげていたその後方。
そこには呆れ顔でその姿を見つめる並んで立つある男女の姿があった。
漆黒のブラッククリスタルメタルアーマーに身を包んだ男の名は、シラン・モーフィング。かつて『黒く荒れ狂う嵐』、もしくは『黒鎧の軍師』と呼ばれた凄腕のバーサーカー。
もう一方の真紅のスカーレットジュエルローブを纏った特徴的な桃色の髪の女が、ミリアルド・ジョバンニ・フラミンゴ。
ギーレン連合共和国内だけでなく、大陸全土に強い影響力を有するギーレン市商業連合の最高意思決定機関『十二人委員会』の一員でありながら、大陸有数の規模と力を持つ冒険者ギルド『ゴータニア商会』ギルドマスターをも兼ねる才媛。そして自身の冒険者としての実力も大陸屈指のアルケミストという規格外の怪物であり、人は彼女のことを『ギーレンの魔女』と呼ぶ。
その二人をして今自分達の目の前で起こった奇跡には、ただただ驚きの声しかなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……勝っちゃったねぇ」
「そうだな」
「シラン。もしものときに介入する為だったんでしょ? 《ハウリング》あたりで動きを止める気だったのかな?」
「そちらこそいつでも介入できるように、小声で術式を展開していただろう」
「……ばれてたのか」
「当然だ。誰だと思っている?」
しばし二人の間に沈黙が落ちる。
そしてまたミリーがおもむろに口を開いた。
「……でも無駄だったねぇ」
「無駄だったな」
「さすがの僕もホントに一人で勝つとは思わなかったよ」
「……まぁ、それが普通だな。ただお前の口からそういうまともな言葉を聞くと、なぜだか逆に落ち着かない気持ちになるのだが」
「……相変わらず減らず口が減らないみたいだね、まったく。まぁ、おかげでその懐かしい君の姿も無駄になっちゃったわけだ。
僕はうれしかったけどね。なんだか昔に戻ったみたいで」
「……ふん、お前を喜ばせても1Gの利益にもならん。
それはともかくとしてこちらは手札の切り損だ。この姿を見せる事でジオ様を驚かせるのには、もっと相応しい場面は他にもあったはずなのに……。我ながらまったく……」
情けないとばかりに額に手をやって小さく頭を振るシラン。
そんなシランを見て、大げさな仕草でおどけるように両手を広げながら話を続けるミリー。
「あらら、その一言であの子が苦労してるのが手に取るように想像できるよ。
……ご愁傷様という他ないね。
それにしてもあの少年、君に読み違いをさせるほどなのか……。
ねぇ、シラン。真面目な話、あの子を僕に譲ってくれない?」
その言葉を聞いたシランは、おもむろにミリーに向けて右手の人差し指を1本立てた。
「ん? 1本? ってことは100万(G)かな?」
「馬鹿なことを言うな。もし本気なら最低でも100億(G)持って来い」
「……さすがにぼったくりすぎでしょ、それ。ちぇ、ケチンボ」
「それにしても……」
「うん、そうだね……」
そう言ってから大陸中探しても現在20人ほどしかいないといわれるAグレード冒険者二人は、揃って口元に凄絶と形容するしかない笑みを浮かべながら異口同音に同じ言葉をつぶやいた。
「おもしろい」
その場に居合わせた熟練ではあるが、至極普通の常識と感性を持った冒険者であるミリアルドの護衛二人は、ある酒の席で自分達の上位者のその態度を評してこういったらしい。
「あの場に居合わせ、あの奇跡を目の当たりにして、そのあげくあんなことが言えるあの人たちこそ、あの場で奇跡を起こしたジオ少年をも遥かに上回る真の異常者だ。
――そしてあの二人に目をつけられてしまったあの黄金の髪の少年に心の底から同情する」と。
ちなみに後にその物語を仲間達に語る二人。終始自分の見ている光景が信じられずその後もかなりの長い間生きた石像と化していたままだった。
一方、そんなやり取りになど目もくれず彼の師であるイナ・サラシスは、普段の彼からは考えられない事だが、自分の愛弟子が成し遂げた快挙に思わず歓声をあげて彼の元へ走り寄っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「痛い、痛いです! 先生! 大丈夫ですから! もうポーション飲みましたから!」
聞いたこともない大声をあげて近づいてきたイナ先生に、猛烈な勢いで頭をなでまわされながら、ひとしきり達成感を満喫した俺は自分の現状の確認に入る。
さてとまずレベルは……30だと? どういうことだ? 最低でも32までは上がらないとおかしいんだけど……。レベル26でレベル35の討伐モンスターを一人で討伐となると、最低6や7のレベルアップは普通である。前世散々似たことをやったから間違いない。じゃあ何故俺のレベルは4しか上がっていないのか……。そこであることに気づいてしまった。
今のこの現象。凄まじく懐かしく、そして馴染みがあり過ぎ、かつ嫌過ぎるほどに覚えがある。
背中を流れ落ちる冷や汗。ようやく落ち着いたばかりだった心臓の鼓動がやけにうるさい。
だが何度考えても出る答えは一つ。
――アルケミストをはじめとする特殊職の経験値倍化ペナルティ。
つまり俺は《ダブルジョブ》というチートと引き換えに、懐かしの経験値倍化ペナルティをいただいたわけか! 1+1は2ですね! 小学生でも分かるわ! 道理でレベルが上がるのがやたら遅いわけだ! むしろ今の今まで気づかなかった自分のアホさ加減に我ながら呆れるわ!
そこまで考えた俺はまたその先にある真実に気づいた。
気づいてしまった。
絶望的なそれに。
そのあまりの救いの無さに、冷水をぶっ掛けられたような感覚と、先ほどまで以上に荒々しくランダムな心臓の鼓動。
だが、行き着いてしまった答えからは逃げられない。
――じゃあ、片方が特殊職たるアルケミストになったらどうなるの?
つまり、
――さぁ算数の時間だ。1+1は2.じゃあ1+2は3。どう考えてもアルケミスト転職後は、レベルを上げるためには最低でも普通の冒険者の3倍必要。
問題は『最低』でも『3倍』だということ。
前代未聞のダブルスキル故に、その必要経験値の計算がどうなるかなど、『《New World》の歩くうぃ○様』とまで呼ばれたさすがの俺にもわからない。
要するに。
最低でもアレよりさらにマゾいの? それどんな無理ゲー? え? 現実ですか、そうですか。……って!
「そう簡単に納得できるかぁぁぁ!」
結果からいうと何とか3倍で済みました。あと耳元で急に大声で叫んだからイナ先生に怒られちゃいました。
まぁなにはともあれ、ということで実験&討伐成功! そして仇はとったぜ? あの時見ていることしかできなかった俺!
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