第十八話 長期休暇は大変だった ⑨
一応性別が女だと判明したミリーさんの色々と台無しな一言から10数分、俺たちはなおも陰鬱な古戦場の風景を歩き続けた。もちろんここは狩場なので、前回と来た時と同じようにモンスターと遭遇しにくいルートで目的地を目指していたのだが、どうやらこのあたりが懐かしいらしいミリーさんが、あっちにふらふら、こっちにふらふらするせいでモンスターの索敵範囲に引っかかってしまったらしく、結構な量のモンスターたちが襲いかかってきたのだが、その全てが哀れシランが何気なく槍を一振りするだけで一掃されてしまっていた。
骨も死体もその他(犬とか大型の毒蜘蛛とか)も全部一撃。そのあまりのレベル差にアイテムも金もほとんど落ちやしねぇ。
ちなみにこのあたり、つまり『ジエンの古戦場』最奥のモンスターの平均レベルは35。今の俺なら一匹相手にするだけでも大変で、2匹以上だと真剣に命の危機である。
さすがAグレ冒険者。そしてやばいよ、サイクロングレイヴ。さすが武器攻撃力248は伊達じゃない。さらに最低でも槍エキスパートLv17と他の補正もろもろ合わせて、おそらくシランの攻撃力は軽く2000を超えてるだろうし……。今の俺なら一発かすっただけで確実にお陀仏だな。
分かりやすいように比較対象として、現在の俺の物理攻撃力の場合、ミスリルダガーの攻撃力が83、それに短剣エキスパートLv5でプラス他もろもろ補正を入れても、565。いかにレベルが重要かよく分かるって話だぜ。
……考えれば考えるほどアイツが俺の下に付いてる理由が分からなくなるな。
そしてミリーさん、あんたが上級冒険者なのはよく分かったから懐かしいからといってうろうろふらふらすんな! 俺が精神的にダメージ受けるわ! 今のあんたには遊び場でも、今の俺には命の危険のある狩場なんだよ!
何はともあれ彼女の仲間だろう二人――ごついパラディンのほうがアルドレさん、苦労人確定の人のほうがオラクルのワトキンスさんというらしい、がひたすら俺に向けてくる謝罪の視線を感じながら、ようやく到着しました目的地。
そこにいたのは切り立った崖の下に鎮座し、そびえ立つようにその威容を見せ付ける巨大な骸骨、討伐モンスター『ヒュージスケルトン』
さてと、いろいろあったがこれからが本番だ。
ここで状況を整理するついでに、いくつか追加で説明しておかないといけない事がある。討伐モンスターと戦う場合、いくつかの制約というかペナルティが存在する。
まず普通のモンスターとも共通して言える事だが、《New World》ではプレイヤーのアバターのレベルが高くなりすぎ、モンスターのレベルと10以上離れると経験値やアイテムがほとんどもらえなくなる。厳密には6以上の差がある場合は経験値もドロップも約半分に、8以上で約10分の1、10以上離れるとほぼ0に限りなく近い状態になってしまうのだ。
つまりさっきシランが骨やら死体やらを一掃していたが、あれをいくら続けてもレベルは上がらないし、金が儲かるわけじゃないということ。まぁこれも抜け道が無いではないが、普通のザコモンスターや討伐モンスターを倒すのにやるにはメリットよりデメリットが勝る代物なので、まったくもって非現実的である。そんなことをしている暇があったら適正レベルの狩場で暴れたほうがよほど実入りがいいのだから。
次にこれが問題なのだが、仮にレベルが10以上離れた討伐モンスターにプレイヤーが攻撃を仕掛けたり、適正レベルのパーティの中に一人そういうプレイヤーが混じっていた場合どうなるか?
その場合、そのプレイヤーのアバターは強制的に最寄の町に帰還させられ、さらに現実時間(《New World》ゲームプレイ中に現実の時間でという意味)で20分間の強制麻痺のペナルティを負う事になるのである。今この世界だと何分動けなくなるのかは正直分からん。
つまり長々と何が言いたかったかというと、今回俺はこの目の前のでかぶつを一人で始末する為にここに来たってことだ。
さて鬼が出るか、蛇が出るか。うまくいったらご喝采。
ちなみに俺の今のレベルは26。『ヒュージスケルトン』は35。プレイヤーのレベルが下である分には何の問題も無いぜ?
さてここで問題。適正レベルの冒険者14人がかりで倒せなかった化け物をどうやって俺はたった一人で倒すつもりでしょうか?
◇◆◇◆◇◆◇◆
じゃあ、解答だ。
「シラン、それからアルドレさん。町で渡した『アレ』を出してく……ださい」
危ない、シランだけなら普通だが、アルドレさんは初対面の年上の人だった。そう軽い反省をしながら彼らに預けた『アレ』が姿を現すのを待つ。そうしているとまったく表情を変えないシランと対照的に緊張した面持ちのアンドレさんが、それぞれの魔法のポーチから一抱え以上もある大きな樽を合わせて5つ取り出した。俺はレベルなどの都合で一個がまともに動ける限界なのだが、さすが全員Bグレード以上の冒険者でさらに戦士系職、アルドレさんは2つ、シランに至っては3つ楽々とポーチに収めて平気な顔をしていたのだから、つくづくレベルの差というのは埋めがたいと思う。
レベルの関係というのは基本ポーチでの重量制限の一つの基準がHPだからである。まぁ他にもポーチ自体の性能が違う事もある。ポーチのランクアップクエストはレベル50以降にしか受けられないし、父上のものを借りて試してみたけどグレード制限食らったから無理だったしな。
そうやって今俺の目の前にあるのが、例の『アレ』。見た目にはどこの酒場でも置いてあるような何の変哲もない大きな酒樽である。
それを俺は慎重に一個ずつ『ヒュージスケルトン』を中心に正確に五芒星になるように配置していく。
念のため全ての樽の蓋を開け、中身の状態を確認する。俺の手からさらさらと零れ落ちるのは、独特のにおいがする真っ黒な粉。
そうしている間にも自分の周りをうろちょろする俺の動きを、奴はゆっくりと見てくるが、見てくるだけで特に何もしてこない。
そう、以前にも少し話したとおりモンスターには、普通のモンスターのような近寄るだけで攻撃を仕掛けてくるアクティヴ型と、大多数の討伐モンスターのように、こちらが攻撃するまで一切何のアクションも起こさない非アクティヴ型が存在する。この前こいつを討伐にきたパーティが、こいつの目の前で強化魔法などの準備をしていても襲ってきたりしなかった事がその証拠である。
……但し見てくるだけで正直ションベンちびりそうに怖いが。
そして俺はおもむろに奴から50歩ほどの距離を取ってから愛用のミスリルダガーではなく、もうひとつの俺の装備であるエルダーウッドワンドを取り出して装備する。さらにポーチから各種能力強化ポーションを取り出そうとしたところで、不意に先ほどのまでの多弁が嘘のように静かだったミリーさんから声がかかった。
「少年、せっかくオラクルがいるんだ。それはさすがにもったいないと思うよ。デュー、彼に《エンチャント》してあげて」
その言葉を聞いたワトキンスさんが一歩前に進み出て、俺に対して様々な魔法を唱え始める。
物理攻撃力を上げる《ブレスオブパワー》。
物理防御力を上げる《ブレスオブシールド》。
魔法攻撃力を高める《ブレスオブマナ》と魔法詠唱速度を高める《クイックスペル》。
さらに現在彼が唱えられるであろう全ての強化魔法が次々に《エンチャント》されていき、俺は今までに感じたことの無いほどの体から湧き上がってくる力に思わず拳を握り締める。
オラクルはヒューマンの2次魔法職であり、1次魔法職であるクレリックから派生する強化魔法に特化した補助魔法のスペシャリストである。その真価は特定の誰か、多くの場合には自分や自分のパーティメンバーに対する一定時間の魔法による強化、つまり《エンチャント》にある。《エンチャント》にどれほどの力があるかは、《New World》に限らずMMORPGを実際にプレイしたことのある人間にとってはいわずもがなの事であるが、具体的に分かりやすくいうなら、おそらく今のこの状態の俺なら、レベル26でしかない今の俺が、レベル46のレンジャーであるイナ先生とほぼ互角に戦えるはず、というほど。
それほど《エンチャント》というのは重要な要素であり、《New World》、ひいてはこの世界がいかに一人では何も出来ないかという事を教える好例といえるだろう。
俺は深々とミリーさんとワトキンスさんにお礼のお辞儀をする。
さてと、ようやくここまで来たか。思えばこの3年、長かったような短かったような……。じっとりとワンドを持つ手が汗でにじむ。口の中もカラカラに乾いて、魔法の詠唱ができないと感じてしまうほど。どうやらガラにもなく緊張していたらしい。ポーチから水の入ったガラス製の水筒を取り出し一息にあおる。渇いたのどに冷えた水の冷たさが心地よい。そのまま残った水を頭からぶっかける。
おし、準備は万端。後は結果をご覧じろ!
俺は覚えたばかりの魔法スキル《サークルフレイム》を発動。エルダーウッドワンドの先端に《ファイヤーボール》とは違う渦巻くような炎の玉が生まれる。
それを万感の思いを込めて『ヒュージスケルトン』に向けて解き放つ!
澱んだ空気と、周りで見つめるみんなの視線を切り裂いて飛び炸裂する炎の一撃。着弾と同時にその炎を物ともせず、俺を敵とみなして攻撃を開始しようとする『ヒュージスケルトン』。
――だが甘い! 食らうがいい! 1.5t分の黒色火薬で作り出した擬似《爆発》(エクスプロージョン)の威力を!
奴を中心に展開した炎のサークルによって着火した5個の樽の中に満載された黒色火薬が一斉に火を噴き、視界全てをふさぐ黒煙とともに凄まじい爆音が『ジエンの古戦場』全体に響き渡ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
濛々と立ち込める黒煙を前に、俺はすばやく《ヒール》を使って轟音で破けた鼓膜を癒す。さらにポーチから《スケルトン》族にほとんど効果のないミスリルダガーの代わりに、念のために用意してきておいたDグレード最強両手鈍器ウォーハンマーを取り出す。その無骨な姿は見た目に違わずずっしりと重く、その秘めた攻撃力を確信させてくれる。さらにレンジャースキル《ミラージュステップ》を発動し回避率を極限まで高めたその瞬間、黒煙を切り裂くように振り下ろされる巨大な象牙色の鉄槌ならぬ骨槌!
いまだ上がり続ける黒煙を割って現れたのは、アンデッドモンスターが蔓延る『ジエンの古戦場』の王と呼ぶにふさわしいその威容。討伐モンスター『ヒュージスケルトン』。
さすがだわ。アレを喰らってさえ一撃で死なないか。『初心者殺し』(ルーキーキラー)の名は伊達じゃないか。
――前世、《New World》初心者時代の俺が3回連続で討伐失敗したのは俺の黒歴史の一つだし。
遥か頭上からの死神の一撃をスキルによって跳ね上がった回避率を持ってかわしたのだが、その一撃によってくぼんだ地面を見て、俺は呆れるのを通り越して感心してしまう。
今回用意した『アレ』、つまり黒色火薬入りの樽は一樽あたり300kg。つまり5樽合わせて1.5t用意したにも関わらず、一撃死しないでやんの。
――まぁ、それはともかくとしてあの幼女な女神様は俺の願いを誠実に叶えてくれた。
俺が彼女? に頼んだチート能力の一つは、ゲームには本来存在しない新しいアイテムや概念を俺が考え出して作ることができる能力。
それを使い本来《New World》に存在しないこのメイドイン俺なチートアイテム『黒色火薬樽』を作るとき、俺は父上の全面的な協力の下行われた数え切れない実験の末に、およそ150kgで父上の、つまり《爆発》(エクスプロージョン)Lv7に相当する威力だと割り出した。
つまり目の前のこのどでかい骨は、《爆発》(エクスプロージョン)Lv7、10発分の威力をまともに喰らって生き延びやがったという事だ。
ちなみに実験の生け贄になってくれたのは、父上の召喚した各種ゴーレムたち。君たちの尊い犠牲は忘れない! ……いや、何回でも召喚できるけど。
まぁ、あと願いが叶っていたのは7歳で初めてレベルアップできたときから分かってたけどね。
それにしてもおっかしいな~、前世、ギルドの仲間と何発当てたら強制転移+麻痺する前に一撃死させられるかっていうネタイベントをやって1万ダメージで即死だったはずだから、計算上は一撃死だったはずなのに……。
だが間違いなく瀕死。ただし、計算をどこかで間違えたせいでタイマンガチバトルをやる破目になったというわけだ。
まぁ、現実は厳しい! チート(ズル)ばっかじゃダメでたまには体を張りなさいってことかね!
勝負は、《ミラージュステップ》の効果が切れるまでわずかな時間。たかだかレベル26の軽装備職じゃもってせいぜい2発。3発喰らえば確実にアウトだろう。
つまり俺の卑怯技で瀕死の『ヒュージスケルトン』がぶっ倒れるのが先か、《ミラージュステップ》切れで俺がいいのもらって神殿に行くのが先か。
さぁ、はじめようか!
――奴の追撃と、俺が振り下ろすハンマーの一撃が交差し、ここにまさに命がけのチキンレースの幕が開けた。
え? 何で奴が死んでないと確信してたのかって? 爆破してすぐレベルが上がらなかったからに決まってるじゃん。
◇◆◇◆◇◆◇◆
一方その黄金の髪を持つ少年が、巨大というしかない骸骨との戦闘を開始しようとしていたその時。
それを見守る5人の大人たちの表情は、見事に3つに分かれていた。
呆然とその光景を見ているものと。
何か耐えるような真剣な表情でそれを見つめているものと。
――これ以上無く面白いものを見ている顔とである。
ミリーの護衛たるアルドレとワトキンスはただただあごが外れそうなほど口を大きくかけてめまぐるしく変わりいく状況を見つめているのみであった。
一方、ジオの戦士としての師であるイナからも普段のような余裕のある雰囲気はどこかに消えてしまっている。焦燥感漂う表情で綱渡りを続ける愛弟子の奮戦を見ているのみであった。
そしてうっすらと笑みを浮かべて目の前の光景を見ていたシランとミリーだが、この二人の『人でなし』の表情にはわずかではあるが差があった。シランのそれは驚きと再確認の満足の笑みであったが、ミリーのそれは怜悧な観察者としての目を備えつつ、どこか観劇に静かに熱狂するオーディエンスのような顔つきだったのだ。
やがて弧を描くような笑みを浮かべていたミリーが口を開く。
「……ひどいじゃないか、シラン。これほど面白い見世物だとあらかじめ教えてくれていたら極上の葡萄酒を用意してきたのに」
「笑えん。相変わらず本気か冗談か分からんな、お前の言うことは」
「本気も本気に決まってるじゃないか。
……そう、血のように赤い葡萄酒ならさぞや最高だっただろうね。ところでやっと思い出したよ。あなたはイナ・サラシスだね。どこかで昔見た顔だと思っていたんだ。ということは『戦終える鐘』繋がりであの子のお守りを、『爆炎』殿に頼まれたわけか」
横目で自分を見つめるミリーの視線を感じながらも、死闘を繰り広げる愛弟子からいささかも目をそらさず自分への呼びかけに応えるイナ。
「……そのあたりの話は後でゆっくりうかがうことにさせてくれ、『ギーレンの魔女』殿。今貴方と話している余裕はない」
「あら……素敵な殿方に振られてしまった。
まぁくだらないおしゃべりはやめて、今はこの最高のショーを見ていることにしようかな」
そういって意識の全てを再び前方で繰り広げられる戦闘劇に向けるミリー。
終幕が近づいていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
《ミラージュステップ》の効果時間はわずか1分ほど。しかし俺にはその1分がまるで1時間にも一日にも思えていた。そんな無限とも思えるような時間の中でかすっただけでも致命傷は避け得ない攻撃をかわし続けながら、何度も何度もウォーハンマーを叩きつける。
……まだか、まだか。俺の中のレンジャーとしての感覚が砂時計の砂が落ちるかのようにタイムリミットが近づいているのを告げてくる。
あと10秒。さらにもう一発ハンマーで奴の巨体をぶっ叩く。手に返ってくる慣れない鈍い痺れと残り7秒という感覚の声を無視しながらさらにハンマーを振りかぶったところに不意の横殴りの一撃!
わずかにかすっただけのその一撃によって俺のHPの約半分を持っていきやがった! この野郎。あまりのその一撃の痛みに膝からくずれそうになるが、歯を食いしばって耐える。
ポーションを飲むその刹那の瞬間がもったいない。
残り2秒、最後の賭けに出る俺。鈍器系攻撃スキル《ハンマーアタック》Lv3を発動!
――こいつで倒せたら俺の勝ち! ダメならてめぇの勝ちだ! この野郎!
残り一秒! 巨骸の繰り出す振り下ろしの一撃を滑り込むようにもぐりこんでかわした俺は、渾身の力を振り絞り地を砕く勢いで全体重ごとハンマーを叩きつけた!
再び手に返ってくる鈍い痺れ。どうなった? ダメか?
そして砂時計の砂が無くなった感覚とともに《ミラージュステップ》の効果時間が終わり、急激に自らの足捌きが緩慢なものに変わる。そのスキルの恩恵の終わりをも無視して悪あがきともいえる次なる攻撃のためにハンマーを振りかぶろうとした俺の体を神々しい光りが包み込む!
そのレベルアップの祝福の光りと自分の体に満ちる新しい大きな力に自分があの巨骸との戦いを制した事を文字通り体で感じながら、思わず地面にへたり込んでしまう俺。
大きく息を吸い、そして吐く。そしてもう一度吸って、その吸い込んだ空気を俺は勝利の雄叫びへと変えた。
「勝ったぁああああああああああああああああああ!!」
例えようもない充実感が俺の心身を埋め尽くす! これがあるから冒険者はやめられない!
……こんなギリギリの勝負、二度とゴメンだけどな!
お読みいただきましてありがとうございます。
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