第十五話 長期休暇は大変だった ⑥
新しい年の最初の日に家族3人で食べた朝食はとてもおいしかった。
新しい年を無事迎えられた事を神々に感謝する新年最初の食事は、この世界の慣習で質素な黒パンと具のないスープと決まっており、食事中最初の祈りの文言以外は話してはならないというものであり、いつもの食卓よりも数段質素かつ静かなものであったが今までに食べた事がないほどその朝食はおいしかった。
父上も笑顔だったし、母上も涙交じりの笑顔だった。俺も泣きながら笑っていたと思う。
3人とも慣習に従い無言で食べた。でもお互いの目と目とで話していたから言葉を使うよりも多くの話をしたかもしれないほどだ。
俺なんてほとんど何を食べていたか認識もせずに口に運んでいたが、それでもおいしかった。その場に言葉がなかろうがなんだろうが、ただおいしかった。
食後、あの様子では昨夜一晩中寝ていなかったに違いない両親に寝てくださいと頼んだら、逆に父上に母上と一緒に寝て上げなさいと言われ、幼い頃のように母上に手を引かれて両親の寝室へ向かった。もうこちらでの年齢だけでも13歳、昔(前世)なら中学1年生だった歳ではあるのだが、恥ずかしさよりも満ち足りたものを感じながら、俺は母上に抱かれて再びの眠りについた。
父上はそんな俺たちを眺めながら寝室に俺が生まれたときからある安楽椅子に腰掛けて、俺たちが眠りについたのを見届けてから自分も夢の世界へと旅立ったようだ。
そうして俺の新しい年の最初の日であり、13歳の誕生日の午前の時間はこの上もなく幸せで穏やかに過ぎていったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ワトリアの街の大鐘楼の鐘が鳴り響く頃、穏やかな眠りから目を覚ましていた俺は、じぃの「ご昼食のご用意が整いました」という声をきっかけに両親を起こして食堂へと向かった。
さてここからがラ・テオフラストゥス家の新年の祝いが普通ではないところである。
いつもは家族のみで食事をする為だけに使われるだだっ広い印象のある食事の間だが、長大なテーブルとその前に整然と並んで座る屋敷に仕える全てのものにあたる15人の使用人たちの存在感で、その印象を一変させていたのである。
テーブルには当然マリエルもテトもアリアもエリアもリューネもシルウィもいた。イナ先生もアニーもいた。
俺の姿を見て小さく頭を下げたマリエルと少し話したいとも思ったが、今はそういう時ではないから後にする事に。
そのマリエルの左右に2人づつ並ぶ俺の幼い従者や、この場に始めて参加するアニーなどは緊張した顔つきでカチコチになっている。
テーブルの上には、俺たちが朝食で食べたものと同じような質素な黒パンと具無しのスープとグラスが人数分並んでいた。
テーブルの一番上座に当たる入り口から最奥の席へと歩く俺と両親。扉を閉め後に続くじぃ。母上と俺、そしてじぃが席に座った事を確認してからおもむろに父上が自分のグラスを掲げる。
入っているのはただの水。
父上はそれを持ったままよく通る声で話し始める。
「今年も新しい年の訪れを神々に感謝し祝うこの席に、誰一人欠けることなく迎えられた事を、このフィリップ大変うれしく思う。
神々のご加護と日頃の皆の献身的な働きに感謝を。皆グラスを持て」
父上の声で全員がグラスを手に持って自分の目線の位置へと運ぶ、そして。
「乾杯!」
父上のその声で俺を含めた全員が水を飲み干し、目の前のパンとスープに手を伸ばす。
さてこの光景のどこが普通ではないのだろうか?
18人の人間がただひたすら静かに食事をしている所?
外から見れば大変シュールなものだったであろうが、新年の感謝と祝いの食事はひたすら神々への感謝を込めながら無言で食べると決まっているのだから仕方ないし、これはこの世界では常識。
まぁ俺がわざわざ言わなくても分かるとは思うが、使用人とこのように重大な宗教的儀式でもある新年の感謝と祝いの食事をする貴族は明らかに普通ではない。おそらくこの大陸のどこを探しても存在しないだろう。
これは俺が9歳のときに父上と相談して決めた。
家中のものに日頃の感謝を示す為に、使用人たちも家族の一員として新年の感謝と祝いの場を共有すれば屋敷の使用人全てに今まで以上の団結が生まれるはずで効果的ではないかと父上たちに話したところ、それから毎年こういう形で新年最初の昼食を皆で食べることになっているのだ。
………新年の祝いをマリエルたちと一緒にやりたいと思ったからというのは内緒。以前はマリエルと従者達5人でそれを行っていたので、俺が仲間はずれな気分だったからというのは誰にも知られていないはずだ。
俺の屋敷ではこれをまず朝に各自の家庭で。マリエルたちは独身の使用人たち全員と一緒に。その後昼食は屋敷のもの全員と。さらに俺はこの後泉のほとりで待ってくれている俺に仕えてくれている人たちと同じことをする事になっている。
これももう毎年の事だ。一回の量はそれほどでもないので全然苦にはならない。むしろ足りない。
そう思いながら本日2度目の食事を楽しむ俺であった。
これのどこが下手をすれば屋敷が危なくなるほどのイベント? と思うだろ。
やばいのはこの後なんだよ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
新しい年最初の日の夕暮れ。ラ・テオフラストゥス家屋敷前の庭は戦場と化す。
丸一頭回転しながら焼かれている牛1頭に豚2頭。料理人たちが総出で汗を流している。
玄関近くの開けたところには、先ほど食事の間を占領していた机が3つ並ぶ。
その脇に並ぶ無数の酒ダル。
屋敷の中から運ばれる様々な食べ物がテーブルを埋め尽くすように並んでいく。
その場を取り囲むように組まれた無数の松明。
俺に従ってくれる人々も、汗を流しながら準備を手伝ってくれている。しだいに集まる40人ほどの人間たち。
その準備の様を見ながら、俺は4人の従者達やアニーと一緒に二人の赤ん坊の世話をしている。アニーもどうやら俺がいなかった間にアリアたちと仲良くなったようで全員の顔が笑顔だったのが俺にはうれしかった。
まぁ、アリアたちが俺にじゃれてくるのはいつもの事だからその辺はスルーだ。
そうこうしているうちに準備が整ったようで、テトが俺たちを呼びにきた。
さぁ今年もパーティの始まりだ。
「え~、今年もこの場で皆と顔を合わせることが出来た事を感謝する。
では楽しんで欲しい!乾杯!」
父上の音頭で始まるラ・テオフラストゥス家新年恒例大宴会。
皆で食べ、皆で飲み、皆で語る。これこそが人間のあるべき姿の一つだと俺は思うんだよな。
さぁ俺も楽しむか!
………ここでこの後何が起こったかは割愛させてくれ。とてもじゃないが説明したくない。
毎年の事とはいえ、何故こうも死屍累々たる状態になるんですかね? 皆さん………。
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