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ニューワールド  作者: 池宮樹
ある男の回想 エルトリン学院時代編
29/46

第十四話 長期休暇は大変だった ⑤

俺はその時悪夢を見ていた。


何かすごく嫌なことがあった後、部屋に閉じこもった時の夜はいつもそうだ。


何かに追われる夢、誰かから責められる夢、永遠に続く責め苦の夢、自分のふがいなさを嘆く夢。


そんな悪夢をいくつも渡り歩きいつも最後にたどり着くのが、思い出したくもないあの『死』の場面。


よく分からないまま腹に刃物をつきたてられる自分の姿。


流れ出る血と体温。


狂ったように笑う女。


暗い闇に沈むように消えていく『自分』という存在。


それを永遠に繰り返すかのような無限円環。



でもそんな最悪な夢はいつも唐突に終わる。



つらくて痛いその悪夢の環から俺を外へと連れ出してくれる、温かくてやさしい手によって。



その手に導かれて俺は終わらない悪夢とさよならする。



そうして深い闇の底から俺が目を覚ますと、そこにはいつもにっこり笑って俺の手をやさしく包むマリエルがいるんだ。



そして今回もまた―――。



「目を覚まされましたね、13歳おめでとうございます。若様」



そこには月の光を背にやさしく微笑む俺の女神様がいた。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「………ル」


「はい、若様」


その呼びかけに応えたいのに、彼女の名前を呼ぼうとする声がかすれる。


声が出ないのだ。


何年も声を出したことがないかのように。のどに砂が詰まったかのように。


嫌だ、嫌だ、嫌だ。


搾り出すように、彼女の名前を叫ぶ。


じゃないと彼女が消えてしまう。


そう思いながら。


「………リエル」


「はい、若様」


「………マリエル。マリエル。マリエル。マリエル。マリエル」


何度も呼ぶ。求めるように、すがるように、なくさないように。


一度声が途切れたらもう帰ってこれなくなるんじゃないかという不安で。


呼び続けないと彼女が夢に変わってしまうのではないかという恐怖で。


だから何度も何度も。


「はい、若様。マリエルはここにおりますよ」


やさしく俺の手を包み込んだ彼女の手の温かさで、やっと俺は俺が生きている事を、悪夢が終わった事を理解した。


息を吸い、吐く。


それができる自分に何故かびっくりしてしまう。


まるで奇跡のようだと。


うっすらと目に映る美しい人がまた俺に魔法をかけてくれたのだと、あやふやなままの俺の頭はそう理解した。



長い時間をかけて呼吸を整え、ようやく俺の唇は意味のある言葉を紡ぐ。



「………マリエル。怖い………怖い夢を見たよ」



俺のその言葉にマリエルは笑いながら包み込むようにしている手に少し力を込める。


今はその少しの強さが何よりもうれしかった。


「大丈夫です若様、もう怖い夢はおしまいです。ずっと私がお傍についております。

若様がもしまた怖い夢をご覧になりそうになったら、夢の中に入っていって私がお助けいたしますから」


安心してお眠りください、という言葉と彼女の手のぬくもりによって俺はようやく安心して目を閉じた。


彼女が来てくれるなら、もう大丈夫だと。


それは確信。


そしてもう一度俺は眠りに落ちた。




悪夢はもう見なかった。




次に目覚めた時、俺の手を握ったままベッドの脇で跪くように眠るマリエルがそこにいた。



何度あの声に救われただろう。



何度この手に救われただろう。



何度あの笑顔に救われただろう。



そんな俺の眠れる女神様に言えるのは、いつもこの一言だけ。



「………ありがとう。マリエル」



◇◆◇◆◇◆◇◆



起こさないようにそっとマリエルを抱きかかえて自分のベッドに横たえてから、俺はこっそり自分の部屋を後にした。


廊下の窓から見える外の景色はまだまだ薄暗く、陽はまだ昇りきってはいないようだ。



「13歳か………」



新しい年。それは俺が13歳になったという事であり、前の世界(前世)を旅立ってから13年もの時が過ぎたということだ。



今回の事を冷静に振り返ってみる。


冒険者になるっていうことは、つまりあれを日常にするって事だ。


あの死んでいった彼らの運命はいつ自分にふりかかるやもしれない。


血まみれの富と栄光の世界だ。



正直、今のまま普通の貴族の子供として穏やかに過ごす人生もあると思う。


今までの全てをドブに投げ捨てたとしても、誰に文句を言われる筋合いはない。


ないのだが。


そういう道も考えてみたが、やはりそれは無理のようだ。


我ながら呆れてしまう、自分の愚かさに。



俺は力が欲しい、誰にも何も傷つけられないくらいに。


俺には力が必要だ、諦めるつもりはないのだから。


俺は強欲だ、あらためて自覚する。


新しい年、生まれた日。決意を新たにするにはちょうどいい。



………ただあの子達を連れて行くのはやめにしないとな。



自分の我儘の極みに、我ながら苦笑する。


どこまで他人の運命を弄べば気が済むのかと。


いや、だがしかし。


俺はやはりそういう人間のようだ。


行く先は地獄しかないだろうな、しかたない。



俺は覚悟を決めたよ。



大きく息を吸い、そして吐く。


体は俺の意思のままに動く。


マリエルのおかげだ。


俺はもうどこにでも行ける。



―――ならば俺は前に進もう。心のままに。



そう決めたらアレが見たくなった俺は、石作りの廊下を走り階段を駆け下りてそのまま外へと飛び出す。


冬の身を切るような朝の空気が気持ちいい。


そのまま太陽の昇る方向を見据えた俺はその視線の先に、空に浮かぶ小さな黒い点のようなものを見つけた。


そのままはるか遠くにあるその黒いものを睨みつける。


アレだ。


とりあえずはアレが目標。


何故ならアレは俺がなくしたものの象徴だから。


だから、取り戻す。


そんなことを考えていると自然と言葉がこぼれ落ちた。



「待ってろよ、俺はもう一度お前の主になってみせる!」







「このような早朝に突然大きな声を出されてどうなさいました? 何の主になられるのですか? ジオ様」



………唐突に背後からかかる聞き慣れた幼い声。



ゆっくりと振り向くと、そこにいたのはこざっぱりとした身なりの黒い髪の少年だった。


「………テト、おはよう。いつからそこにいた?」


「おはようございます、ジオ様。新しい年を迎えることが出来た感謝を神々に。そしてお誕生日おめでとうございます!えと、いつからと申されましてもジオ様がこちらにいらした時からです」



しまった。興奮していたせいでまったく気配に気づかなかった………。



そうこの少年がテト。あの時買った俺の運命を決めた少年。


初めて会ったときから変わらない、キラキラ輝く綺麗な目で俺を見下ろしてくる。


………そう変わったのは互いの目の位置。


俺を見上げていたあの日の小さかった少年は、4年の歳月を経て今では俺が見上げるほどの長身へと成長していた。


おそらく既に160センチは楽に超えているだろう、まだ12歳なのに。


ちなみに俺の身長は140センチ前半といったところ。


俺のほうが1歳年上なのに………。


言わずもがな、目下俺の最大のコンプレックスは身長である。


それをこいつは強烈に刺激する、無自覚に!



「………ありがとう、テト。そして俺が今叫んだことは忘れてくれ」


そしてあまり近寄るな。


新年早々イライラしたくないんだよ、自分の小ささで!身長と器の面、両方でな!



そう俺が言うとう~んと小首をかしげた後、いつもの大きな声で


「分かりました!忘れます!」


と叫んだので近くの木から小鳥達が驚いて飛び立ってしまった。



いっきに力が抜けた俺は、そのままよく刈り込まれた朝露付きの芝生に倒れこんだ。




まぁ、何にせよ………新年最初の日、13歳になった最初の朝。


あらためて人生を決める重大な決意をしたすぐ後にも関わらず。



決まらねぇ………。


こんな恥ずかしい子ですいません………。



あとテト。お前は少し空気を読め!執事には必要なスキルだろ!



◇◆◇◆◇◆◇◆



3日ぶりの我が家を少しうろうろして時間をつぶし、日が昇り始めたところで父上たちの寝室へ向かう。


俺が生まれた部屋でもあるここは、まさに今の俺の原点と言っても過言ではない。


大きく息を吐いてからドアをノックする。


「誰だ?」


父上の声。もう起きていたのか。


「おはようございます、ジオです。入ってもよろしいですか?」


と言ってドアを開こうとした瞬間、突然内側からドアが開きそのまま母上に抱きしめられた。


「ジオちゃんもういいのよ、無理はしなくて。普通でいいの。私は貴方が幸せならなんでもいいの。つらいのなら冒険者になんてならなくていいの」


そう言いながらきゃしゃな母上が俺を力いっぱい抱きしめていた。


胸が熱くなる。


そうだ、何も俺の女神様はマリエル一人ではなかった。


隙間から母上の顔をうかがうと明らかに寝ていない憔悴しきった顔。


それを見た瞬間、自然と俺の目から涙がこぼれ落ちる。


愛されている。


なんて幸せな男なんだろうと。


母の抱擁に身を任せたまま、新しい年と二人に対する感謝の挨拶をする。


「父上、母上。昨日は申し訳ありませんでした。色々あって取り乱しておりましたもので。


新しい年を迎えることが出来た感謝を神々に。そして私を生んでくれたお二人に感謝を。


母上、ありがとうございます。このように心配してもらって私は幸せ者です」


父上は声を出さず何度も頷いていた。目を潤ませながら。


母上は体を震わせて泣いていた。その背中を優しくなでる。



「父上、母上。朝食に参りましょう!ジオはお腹が減りました!」


そう言って笑った俺は二人に両手を差し出す。


そして俺たち親子3人は、神々へと感謝を捧げる今年最初の朝食へ手をつないで歩いていったのだった。

お読みいただきましてありがとうございます。

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