第十三話 長期休暇は大変だった ④
カーテンをすり抜けた朝の光でぼんやりと目を覚ます。
ふかふかの布団があったかい。もうちょっと寝てたいんだけど起きないといけない気がする。
朝か………。
小鳥が鳴いてる声が聞こえる………。
ちょっとだけ体を起こそうとしたら、やたら寒かったのでもう一度布団の中にもそもそと戻る。
前世から寒いの大嫌いだから、俺。
繊細な飾り彫りが施された天蓋付きのベッドに横になったまま、ぼ~とした頭で昨日の出来事と今日の段取りについて考える。
昨日の転職クエストの進捗具合については、まぁ順調だといえるだろう。
最悪熊狩りで終了の可能性もあったのに、ワトリアでやらなきゃいけない事は全部終わらせられたし。
『高級移動速度向上ポーション』様々だよ、ほんとに。
今日はできればウィザードの転職クエストは終わらせたいかな。
今日一日フルに使えば不可能な話じゃないし。
さすがにレンジャー転職クエストの最後である『ジエンの古戦場』は、隣国であるジラーデス王国との国境にあるから、ポーション使っても移動だけで半日かかる可能性が高いし、最終日にやることにしよう。
にしてもまさか一日の間に女装経験と宿屋のオーナーになるなんて………って?
そこまで、考えた俺はがばっと布団から勢いよく体を起こす。
周りを見渡すと、広々とした室内に品のいい調度品がしつらえられたよく知らない部屋がそこに。
明らかにスイートなお部屋でした。
………夢じゃなかったんだな。
がしがしと頭をかきながら昨日の出来事を思い出す。
元々情報収集を兼ねた奴隷達の就職(?)先を作るための計画で、最初に「酒場とかどうかな? まぁいい考えあれば臨機応変に頼むよ。じゃあ任せたから~。」って言ってまかせっきりにしたのが今回のあのサプライズの原因。
ただあの後話を聞いてみると、俺が希望していた酒場は酒場でもう用意が出来ていて近日開店とのことである。
シラン曰く、「ちゃんとご指示は実行していますよ?」とのこと。イヤミだな、おい。
まぁ一晩経って冷静に考えてみれば、宿泊施設という絶対必要なものが思いつかなかった俺のほうがおかしい。
まだゲーム時代の常識を引きずってしまっている証拠だな、こりゃ。
いい加減直さないと。
ということで最初の店か~。
ここまで3年くらいかかったけど何とか最初の一歩にたどり着いたな。
俺が狙っているのは、例の契約をしたうちの奴隷という名の従業員派遣による、大陸のゲートキーパーが存在する全ての都市での直営店舗の経営である。
この主なメリットは三つ。
一つは情報収集のため。
俺は『情報を制するものは世界を制す』って格言は真理だと思うんだ。
もう一つは、大量の奴隷の救済のためである。
働き口があれば人間自立出来るし。
あともう一つは、2つ目に伴う社会制度の一部変革。
具体的には、古代ローマ方式の開放奴隷制度の導入だけど、これは間違いなく一生かかる仕事だ。
今すぐどうにかなるもんじゃないし、ゆっくりと芽を育てるさ。
………まぁ所詮どこまでいってもただの自己満足なんだけど、何もやらないよりはましだ思う、たぶん。
そして話を戻すと、店は『絶対』に流行る。
流行らないわけがない。
まず料理。
これは俺が覚えている限りの料理を簡単なレシピに書き起こしたものを、実家の料理人のゼバグに5年がかりで研究してもらったものを出す予定で、今世の中に出回っている普通の料理とは一味違うものに仕上がっている。
元々は俺が前の世界で食べてた食べ物なんかを食いたくなったから、ゼバグに頼んではじめた事だったんだけど、世の中何がどこでどう役に立つか分からないといういい例だと思う。
最終チェックの場でもあった、昨日の晩餐でのチキンドリアとオニオングラタンスープのうまさは反則だったし………。
いつも冷静沈着と無愛想………もといクールなイナ先生も素晴らしい料理の出来に、早くワトリアでの出店準備にかかるべきだと言い出す始末。
受けない理由がない。
次に大事な要素であるお酒。
これも俺が7歳のときに父上に進言したラ・テオフラストゥス領でのワインとウィスキー作りの特産品化が大成功を収めており、うちの領の酒は現在エルトリン国内のみならず、諸外国でも高い評価を受けているらしい。
そのお酒を優先的に安い価格で回してもらえることが決まって「いた」。
この世界、ガラスの加工技術だけは異常にレベル高いから運送面でも問題なしだし。
この件に関しては珍しく食いついていたシランが、あのレベルのお酒が振舞われる店が流行らないわけがありませんと、太鼓判を押してくれた。
これにより俺たちの店は安定的にうまい酒を仕入れる事ができるようになり、ラ・テオフラストゥス領の生産者たちは安定的に買ってくれる大口の顧客を手に入れたことになるので、双方いいこと尽くめだ。
そのことには不満はない。
………ただ父上たちにしてやられていた事だけは悔しいが。
そして制服。
俺の記憶からイギリス・ヴィクトリア時代の古きよきメイドさんの制服を再現し、それをウェイトレスの皆の制服に採用!
そして数年がかりでの完璧な接客とサービスの訓練により、うちの従業員さんたちはすでにただの従業員ではなくスーパー従業員と化している!
スマイル0円!
しかも諸経費がプラスマイナス0であればいいので、値段も格安!
これで流行らなかったら俺は泣く!
失礼、ちょっと興奮してしまった。
とまぁそんな訳で驚かされてしまったが、計画は順調のようで何よりだ。
まぁシランのやる事にいちいち怒ったり驚いてたりしたらきりが無いからな。
それでもよく驚かされるけど。
あんなのしょっちゅうだしな~、もう慣れた。
それにしても13歳の誕生日の前に、宿屋のオーナーになるなんてことがあるとは………転生はしてみるもんだねぇ………。
さて起きるか。
それにしても何かを忘れてる気が………。
なんだろ………。
何か大変な事を忘れている気がする………。
あ、大失敗。テンプレネタやりそこねた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
まぁ二日の朝、朝食というにはかなり豪華な食事をいただいた俺は、再びイナ先生を伴って転職クエストの続きに出かけた。
そして今俺のポーチにはなんと弁当と水で薄く割ったワインが入ってる。
何か『止まり木亭のランチボックス』っていうものらしいだけど、元冒険者の父上や先生たちと料理人が相談し、力を合わせて作り上げた自慢の一品らしい。
すごく中身が気になったので覗いたら、小麦の風味溢れる柔らかめのパンにはさんだ干し肉と玉ねぎの酢漬けとハーブのサンドや鶏肉を揚げたから揚げのようなものがかなりの量はいっており、おまけにデザートにりんごが丸ごと一個というサービスぶりだった。
聞くところによるとこんなサービスまでしてる冒険者宿屋は存在しないらしく、シランはおもいっきり儲けるつもり満々のようだった。
………うん、悔しいけど大当たりすると思うわ、このサービス。
あらためてシランの能力の高さを思い知らされた。
なんていうか視野が広くて、目が細かいところまで行くのがすごい。
あとこれであのドSでさえなければ………。無理だな、あきらめよう。
ということでクエスト進行のために早朝からエルトリンシティ戦士ギルド『猛き剣集う館』にやってきた。
まぁ、担当のウィテムさんなんだが、初対面の人にいつもされる反応されたんで悪いけど略す。
気持ちは痛いぐらいにわかるんだけど、あまりにも代わり映えがしなさすぎるから、いい加減他のパターンが欲しい今日この頃。
テンプレ乙。
ということでウィテムさんと話して、クエストアイテム『アスナイの推薦状』を渡し、代わりにクエストアイテム『ウィテムの依頼書』を入手した俺は、手のひらで転がせる位の大きさの小瓶に入った『高級移動速度向上ポーション』をぐい飲みして次の目的地、南のカイゼラ湿原目指して朝のエルトリンシティの街を走り出したのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
木枯らしが吹く乾季である冬の葦の群生地。
エルトリン国内最大の水源地にして、カイゼラリザードマンの本拠地、カイゼラ湿原。
水面にできた細波の広がりが、吹きぬける風の確かな存在を教えてくれる。
太陽は真上、つまり今およそ正午だと言う事だ。
最短距離で走り抜ければもう少し早く来れなくもなかったんだけど、ちょっと通り道にあるいくつかの狩場に寄っていたらこんな時間になったと言うわけである。
これで今日寄った狩場には、今後ゲートキーパーで飛べる。
まぁ、後々のことを考えるとプラスだし、昨日稼いだアドバンテージは生かさないとな。
にしても《New World》時代は、常に青々とした一面の葦しか見たことがなかったが………、今俺の目の前に広がるのは、冬枯れした茶色の葦。
これぞリアルだね、まさに。
ちなみに俺の生まれ育ったエルトリンの国は、基本ワトリアを含む大部分が地中海(?)性気候らしく、雨季と乾季が存在するけど比較的過ごしやすい気候の国である。
もちろん冬の今は雨季なんだけど、ここ数日は天気にも恵まれて正直助かっている。
どうも俺は晴れ男らしく、何かやる時に雨が降っていたことがない。
入学式とか遠足とか運動会とかな。
まぁそんな事はおいてといてこのカイゼラ湿原、レベル20~40までのウィザードやエルフィンウィザードといった魔法攻撃職の聖地である。
理由は単体行動のモンスターしかいないこと、モンスターが密集していないので連鎖的に集まって次々に襲われる(これをリンクという)ことがほとんどないこと、リザードマンは物理攻撃に強く魔法攻撃に弱いという特性などの為に、ここで2次転職までのレベル上げをする魔法職は多い。
実際俺も昔はここに篭もってたし。
40までお世話になってたし。
そんなある意味懐かしの狩場で感慨に浸っていたら視線の先に何か動く奴発見。
緑の、トカゲが、槍もって、歩いてる。
第一『カイゼラリザードマン』発見。
距離は十分、相手は俺に気づいていない。
ということで『エルダーウッドワンド』を装備して、試しに『ファイヤーボール』をくらわせてみる事に。
昔はサッカーボールくらいの炎だったけれども、今ではサーカスの玉乗りくらいの大きさになった炎の玉を遠慮なくぶち込む。
炎上。
ちっ、さすがに一発でしとめられんないようでこっちに向かってきた。
だが、甘い!
初級魔法である『ファイヤーボール』はスキル再使用(これをリキャストの時間という)までの時間が早いので、トカゲが俺に近づく前にもう一度『ファイヤーボール』を作り出し、もう一発お見舞いする。
よし、倒せた。
そして、ドロップアイテムとお金を拾う。いつまでたってもやめられんなこれだけは!
まぁそんなこんなで冬枯れの湿原で暴れまわった俺は、おなかが空いたと思った頃には目的のクエストアイテム『魔術師の心臓』を手に入れてエルトリンシティに帰還した。
………弁当どうしよ、町で食べるか。
◇◆◇◆◇◆◇◆
帰還したエルトリンシティの中央広場で階段に腰掛けてお弁当を堪能した俺は、イナ先生と二人、まっ昼間の神殿前で地味に感動していた。
「うまい………」
いや、まじで厳選した素材と料理人の手間がこのランチボックスには結実している!って感じで、これが毎日食えるなら俺たちの宿は絶対流行るとあらためて確信した俺たちだった。
うん、宿屋も他の町に作ろう。儲かるもん、絶対。
そんな弁当で英気を養った俺たちは、再びエンデルさんにクエストアイテムを押し付けて、今度は東に向かって走り出した。
目指すは、エルトリンシティ東の『アイエオーク駐屯地』。
別名『パーティー道場』へ。
今日5本目のポーションを飲み終えたところで『アイエオーク駐屯地』に到着した。
さすがに冬は日が落ちるのが早い。もう世界を包む色は昼の陽の白い光から夕日のオレンジに変わっている。
そして遠くに見える昼間見たリザードマンとは異なる緑の亜人。
醜い顔、太い手足。そして腰みの。オークである。
オーク族は、ゴブリン族以上に存在するレベル帯が広く、ゴブリンが10~50くらいのレベルなのに対して、オーク族は最弱のアイエオークの20から、俺が知る限り最強だったメリエアスオークの78まで、まさにいつまでもいろんな場所に存在する敵対種族。
オーク族の共通点は肌の色が緑。だからオークの通称は緑。
そしてこの『アイエオーク駐屯地』が『パーティー道場』と呼ばれるのにはわけがある。
この狩場経験値、収入ともにかなりおいしいのだが非常にリンクしやすく、そして敵が強い。
Dグレード最強装備といえど、普通のプレイヤーでは適正レベルではとてもではないがソロ狩りは出来ない。
つまりパーティ入門のために設定されたといえる狩場なのである。
さすがの俺も今の実力で、ここでのソロは少し無謀。
入り口くらいなら何とでもなるが、それ以上は普通に死ねる。
まぁ何でこんな話をしてるかというと………。
「ぐあぁああああ!リンク引っ掛けた!」
絶賛逃走中だからです!囲まれたらマジで死ぬ!イナ先生笑ってないで助けて!
俺を砂煙を立てながら追いかけてくるのは6体のアイエオークども。くそ、来んな!緑め!
………この後30分ほど命がけの追いかけっこをさせられ涙目になりながらも、何とか各個撃破に成功した俺は、ウィザードのクエストアイテム『壊れた魔術師のワンド』5つを手にいれた俺は、先ほどの反省を込めてクエストモンスター『アイエオークスカウトリーダー』に慎重に忍び寄り、背後から丁寧に丸焼きにして、クエストアイテム『奪われた伝令書』を無事に入手。
終わったころ、空には既に満点の星。
一瞬だけ見とれたけど、感動しているだけの精神的余裕はゼロだったので、即効スクロールを使って帰還。
安全な町に戻ってきたことを確認した瞬間緊張が解け、ひさびさにその場に座り込んでしまった。
俺の傍らではイナ先生が、まだまだだなと言った顔で見ていたがちょっと待ってくれ。
俺まだ12歳なんだけどね!
とにもかくにも、これでウィザードクエストは事実上終了。あとは明日エンデルさんと話してクエストアイテム『壊れた魔術師のワンド』と、クエストアイテム『魔術媒体目録』を渡して、代わりにクエストアイテム『魔術師の証』を入手したら全部終わり。
後はワトリアに帰ってから父上にウィザードにしてもらおう。
5分ほど街の建物の間から見える星をぼけ~と眺めたあと、引きずるような足取りで宿へ。
皆が笑顔で出迎えてくれたのが、実家みたいでかなりうれしかった。
昨日給仕をしてくれたお姉さんが「お風呂が沸いておりますので」というので、一もニもなく早速お風呂に。
エルトリン特産のオレンジの香りがするお湯が最高だった。
うん、死にかけた後のお風呂っていいよね。マジで生き返ったよ。
風呂は命の洗濯場ってホントだな、オイ。
ゆっくりと長風呂を堪能した俺を待っていたのはもちろん夕食。
今日の夕食は焼きたてのパンと宿自慢のとろっとろのビーフシチュー、とフレッシュハーブのサラダ。
特においしかったのが野菜の形がなくなるまで煮込まれたシチュー。
溶け込んだ野菜の味と、口に入れるととろけてしまうほど柔らかな肉の味が何ともいえない一品で、思わず5杯もお代わりをしてしまった。
げっぷ。俺は満足です。
満腹になった俺は、自分のスイートなお部屋に早々に入って寝ました。
このシーツ、太陽のにおいがする………といったあたりでその日の俺の記憶は途切れた。
後で聞いた話だとイナ先生は平気な顔で、シランと遅くまで酒飲んでたらしいけどな。
スパルタ人め!
あんたのギリギリはほんとにギリギリですから、もう少し前で助けてください!
トラウマが増えそうだったよ!
ということでそんなこんなで転職クエスト2日目終了。
ウィザードクエスト事実上終了。
タイムリミットはあと1日。
◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日。ワトリアを出て2日目。予定では転職クエスト最終日。
ふわふわのホテルで出るようなスクランブルエッグと焼きたてのパンに、様々な野菜を煮込んだ野菜のやさしい味がするスープというその日の朝食をおいしく堪能した俺は、足取りも軽く朝一でエルトリンシティ魔法ギルドに。
昨日終わらせたウィザード転職クエストの仕上げに、クエスト達成の証であるクエストアイテム『魔術師の証』を手に入れるために。
「とことんとんでもない子供だね、君は………。まさかたった2日でこのウィザードの試練を終わらせてくるなんて………そこまでいくとすごいを通り越してもはや非常識だよ………。
この10年で1、2を争う天才と学院で呼ばれていた僕ですら、友人達と3人がかりで試練開始から1月以上かかったというのに………。
………いったい君はどんな魔法をつかったというんだい?」
「えと、《ファイヤーボール》ですけど?」
その俺の言葉にがくんと肩を落とすエンデルさん。
「アハハハハ。あぁ………、今まで自分が積み上げてきたものはなんだったんだろうか? 天才? まったく滑稽だ、昔の自分を殴ってやりたい………、目の前の真の天才と比べたら僕なんて………。
………ダメだ、ギルドマスターにもこの子に普通の常識を当てはめようとすると頭がおかしくなるからやってはいけない、とあんなにも言われていたんだった………
忘れよう、忘れるのがいいんだ………」
哀れにも軽くぶっ壊れながら俺の目の前で自分の世界に入り込む目の前の26歳、将来有望な若手ソーサラーレベル41。
やっばい。顔色とか青通り越して白いし、手が所在無く動いてるし、ぶつぶつ言うの止まらないし。
そして、いやいやいや。何気にかなり酷い事言ってくれてるけど、全部周到な準備の賜物だよ?
それに冒険者になってからここまで6年以上かかってるんだよ?
むしろ俺は遅い部類だと思うんだけどな!
それに俺は天才とかじゃなくて、ズル(チート)だから。人に自慢は出来ないけど。
そして学院卒だったんですね。どうも今まで軽いタメ口ですいませんでした、先輩!
な~んて事はこの空気の中言えるはずもなく、あいまいなうすら笑いを浮かべるしかない俺。
たっぷり3分ほど経ってからようやく自分を取り戻したエンデルさんは、全てを諦めたような笑顔で俺を祝福してくれた。
「あぁいけない、仕事はしないとね………。これが『魔術師の証』だよ。よく頑張ったね。お疲れ様」
渡されたのは魔力を秘めた小さな金のブローチ、クエストアイテム『魔術師の証』。
思っていたよりもずっしりとしたその重みに純金かと驚きながら、エンデルさんに
「ありがとうございました。あとお願いなんですが………」
と言おうとすると、蒼白な顔のエンデルさんは全て心得ているといった表情で手を振りながら、
「分かってるよ、君の事は誰にも言わない。うちのギルドマスターからもワトリアのギルドマスターからも、『くれぐれも』秘密にって言われてるし、僕も学院の後輩の情報をぺらペら話すほど迂闊じゃないよ。
………それにこんな荒唐無稽な話を誰も信じたりしないって………」
と言ってくれた。
ありがとうございます、先輩。最後の一言、説得力ありすぎです。
そんな煤けた感じのエンデル先輩にもう一度お礼を言って、俺は魔法ギルドを後にした。
次は、隣にお手紙届けなきゃ。
あと俺がダブルスキル持ってるって知ったら、エンデルさんどうなるんだろ? 何か怖いから言わないけどさ、真っ白な灰になりそうで。
あと振り返ったりしないよ?
だって俺が背中向けた瞬間からまたず~とぶつぶつ言いだしたんだもん!怖いよ!
◇◆◇◆◇◆◇◆
お隣に手紙を届けた俺は予定通り『ジエンの古戦場』に行くように言われたので、じゃあといった感じでギルドの外に出ると、ゲートキーパーの前の広場にざっと見たところ12,3人の冒険者らしき一団がたむろしていた。
構成はほとんどヒューマンばかりだが、ちらほら他種族の姿も見える。
装備から判断するに全員Dグレード冒険者以上。
内訳は戦士系が10、魔法系が3と言ったところだろうか。
その光景を見てようやくこの集まりが何なのかに気づいた。
なるほど、討伐モンスターか。
討伐モンスター、一言で言うと《New World》における小ボス。
定期的に一定の場所に出現する大きくて強力なモンスターで、普通複数のパーティで協力しないととても手には負えない怪物たちである。
他の特徴としては基本普通のモンスターがこちらが近づいたら攻撃してくるアクティブ型なのに対して、大型モンスターはごく一部の例外を除き、攻撃するまで何もしてこない非アクティブ型のモンスターだという事。
あと高い経験値を持ち、何らかの現物を高い確率でドロップする冒険者にとってハイリスクハイリターンな存在。
ということで各冒険者たちを細かく観察していく。
装備を見れば大方どういう職業か分かるし、討伐の成功の有無は編成の段階で90%決まると言っても過言じゃないからだ。
そう思いながらふと隣を見ると先生も俺と同じように彼らを観察していた。
どうやら同じことを考えていたらしい。
この世界で初めての討伐モンスター狩りのパーティに興味が沸いたので、詳しい事を聞きたくなり外套で装備を隠し、かわいい子供の振りをして聞いてみることに。
いや、子供なんだけどさ。
「あの~、冒険者のひとですよね? どこに何を倒しに行くんですか?」
話しかけたのは、Dグレード中盤くらいの防御力を持つアイアンアーマーセットに身を包み、左手にナイトシールドを持った騎士風のヒューマンの男。
年のころは30歳くらい、堂々とした体躯の持ち主でなかなかの実力者に見える。
………レベルはおおよそ30台前半、見た感じこの一団のリーダーだろう。
「うん? 坊や。どこの子だい? 私たちは今からモンスターを退治しに行くんだよ」
うん、それは分かってる。だから『どこ』に『何』を倒しに行くのか俺は知りたいんだよ!
目の前の男はどうも血の巡りが悪いのか、それとも俺が子供だから言う必要はないとでも思っているのか、あっさりと教えてはくれない。
久々に幼女スペシャルの出番か? と思っていると後ろから声が飛んだ。
「すまない。この子は私の弟子でな。来年『戦神の鍛錬場』に放り込むつもりなのだが、先輩である君達を見てどこに行くのか知りたくなったようだ。ぶしつけではあるが、もし差し支えがないようなら、この子の後学の為に教えてやってくれないだろうか?」
俺の肩越しに騎士風の男に向けられた先生の言葉の巧みさに内心感心しながら、とっさに自分に振られた役割は忘れずに、俺は立派な先輩にあこがれる冒険者見習いの少年の瞳で目の前の男を見上げた。
………こうかはばつぐんだ!
その俺の視線に答えるようにとたんに饒舌になり、話し出す男。
「そうか、君はこれから冒険者になるのか!よろしい、かわいい未来の後輩のために教えてあげよう。私たちは今から『ジエンの古戦場』にいる討伐モンスター『ヒュージスケルトン』の討伐に向かうところなんだ。
奴は強敵だが、我々なら必ず奴を倒せると私は確信している!」
なるほど、『ヒュージスケルトン』か。
レベル35の討伐モンスターで、強力極まりない文字通り巨大な骸骨である。
レベル30台最強と名高かった怪物に、どうやらこの人たちは挑む気らしい。
ちょうどいい、行き先は同じだ。後でじっくり見させてもらうよ。
そう思いながら、冒険者『見習い』の俺はお礼とともに返事をする。
「へ~、すごいんですね~。頑張ってください!応援します!」
………現地でね。
もう一度深々とお辞儀をしてから、彼らのところから去る俺と先生。
並んで歩き出した俺たちは、彼らから見えないところまで移動すると、一瞬先生と目を合わせる。
そして俺は一気に速度を上げ『ジエンの古戦場』へと向かって全速力で走り出した。
彼らはおそらくゲートキーパーで移動するはず。
急がなくちゃ間に合わないからな。
これは得がたい機会だ。自分の知識と現実をすり合わせる為の。
逃すわけにはいかない。
◇◆◇◆◇◆◇◆
時間にしておよそ7時間ほどだろうか? 全速力で走りに走りとおしてようやく目的地『ジエンの古戦場』に到着した。
ここはその昔エルトリンとジラーデスの大軍が激突したその名のとおりの古戦場で、その時に死んだおびただしい死者の無念によってアンデッドたちが徘徊する恐ろしい場所である、と《New World》内のNPCは昔話してくれた。
つまりゾンビやスケルトンのうごめくアンデッドだらけの荒廃した場所。
実際のところこの狩場は、主に鈍器を持った戦士系と各種族のヒーラーたちの2次転職までの狩場であるといえる。
威力の高い攻撃魔法を持たないヒーラー職だが、数少ない攻撃魔法である《ホーリーライト》の魔法が通じるアンデッドなら経験値が稼ぎやすいからだ。
鈍器を持った戦士系が有利な理由は、ここのモンスターの多くが鈍器弱点持ちだから。
というわけで初めて見ましたアンデッド。
………まじでグロい………、その光景はまさにリアルバイOハザード………。
スケルトンもきついが、ゾンビ系はその比じゃない。近づきたくないし、短剣が汚れるから近接戦闘自体絶対にしたくない。
そう思いながら気づかれないように、目標の位置までこそこそ移動する俺とイナ先生。
狩場を大幅に迂回してくずれた砦跡の上に到着した俺たちは、眼下の目的のモンスターとそれを取り囲む準備中の冒険者達に目をやった。
巨大かつ禍々しいスケルトン、討伐モンスター『ヒュージスケルトン』。
過去の大戦のおり『ジエンの古戦場』に散ったエルトリン、ジラーデス両国の戦士たちの怨念をある邪悪な魔法使いが寄り集め、そして産み出された巨大なスケルトン。
周りを囲む冒険者たちとの比較から考えるに2階建ての一戸建てと同じくらい、およそ5m以上の超特大モンスターであることが推測できる。
ていうかでかすぎだろ、あれ。巨人族の骸骨とかじゃないと説明がつかなくないか? と思わず心の中で突っ込みを入れてしまうほどの巨大さだ。
そんな常識では考えられないスケルトンに勇敢に立ち向かおうとする14人の冒険者。
その様子を気づかれないように、上から詳細に観察した俺は外れてくれと思いながらも秘かに確信する。
彼らの『失敗』を。
イナ先生を見ると、小さく頷いてから小声で話しかけてきた。
「どう見た?」
「おそらくですが失敗するかと」
「理由は?」
「火力は足りているでしょうが、見たところ《ヒーラー》が多くて3人。足りないと思います」
そう、俺が無理だと判断した理由。それは後衛である《ヒーラー》の不足の為だ。
しかもDグレードの場合、強化魔法も回復魔法も職業分化前のため全て《ヒーラー》がこなさなければならない。
人数自体は最大パーティ構成数である7人×2パーティで適正だが、『ヒュージスケルトン』の攻撃に耐える為のタンクPTにクレリックと思われるヒューマンの魔法職が2人、もう一つのパーティにもう一人という構成なのだが、こいつ相手にそれでは無理だ。
正解は盾2枚、できれば3枚にヒーラーが最低3枚。
もう片方のパーティにもヒーラーが2枚で、あとはダメージディーラーという構成なら討伐は可能だっただろう。
できれば弱点である鈍器持ちの戦士職と炎系魔法を得意とするウィザードでダメージディーラーを構成できるとなお良い。
但し彼らの名誉の為にいっておくと、今の構成も決して悪い構成ではない。
普通の討伐モンスターなら十分安定してしとめられるメンバーだと思うが、今回は相手が悪い。
相手は2次転職直前のメンバーだけで組まれたパーティですら、編成しだいで簡単に全滅するレベル30台最強の討伐モンスターなのだから。
そんな思いを込めて先生に無理だといったのだが、その言葉に先生はほんの少しだけ満足そうな笑みを口の端に浮かべただけ。
そこまで分かっているのにまったくあわてる事なく、そして助けようともしない事に怒りを感じつつ、何とか止めようと立ち上がろうとした俺を引きとめる先生の手。
感情が高ぶり、声を潜めるのも一苦労である。
「何故ですか?負けるのが分かっているなら止めたほうが」
「子供に何を言われたからといって彼らは止まらんし、仮に今止められたところで近い将来また同じミスを犯すだろう。
冒険者なら誰もが一度は通る道だ。放っておけ」
「ですが!」
「ジオ。私が考えるお前の最大の才能は何だと思う?」
何だ? 唐突に。何か関係あるのか? 煮立った頭を何とか静め、先生の質問の意味を考えるが、まったく分からないので素直に答える。
「戦士系と魔法系の力を両方持っていることですか?」
「違うな」
違う? チート能力以上の才能なんて俺にはないんだけど?
そう言うと先生は腕に力を込め、俺を元の体勢に戻した後手を離す。
隣で座る先生は、目線は厳しく準備中の眼下の光景を見据えたまま俺に答えを教えてくれた。
「私が見る限り、お前の一番の才能は『臆病さ』だな。
臆病であるが故に、執拗な努力と周到な準備を常に怠る事はない。
数々の突飛な発想も、その臆病さ故に生まれたものが大半ではないか?
それに比べれば、お前の神から授かったであろう才能など物の数ではないよ。
大体、普通のものでも職次第においては遠近両戦をこなす事は可能だ。
確かに戦士系と魔法系の力を両方持っているという事は凶悪な才能ではあるが、それを活かす努力が出来ぬものには宝の持ち腐れにしかならん才能だ。
おかげで私はお前には冒険者として一番大事な事を教える必要がない。
楽をさせてもらっているよ」
むぅ………。褒められているんだろうが、どう反応を返したらいいか分からない………。
「次点で分析力とお前の中にある異常な知識。その次が発想力と言ったところだな。
………む、ジオ。始まるぞ、下を見ろ。彼らは今からここでお前がする必要のない勉強をする事になる。
最も教えるのが困難な事をな」
そう言われて下を見ると、準備を終えた冒険者達の中からおもむろに進み出る先ほどの騎士風の男。
彼の右手に持ったDグレード片手鈍器『モーニングスター』が『ヒュージスケルトン』に振り下ろされ、討伐モンスターと彼ら14人の冒険者たちとの死闘の幕は開かれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
現実とは理不尽なものである。
実力どおりに勝利し、そして実力どおりに敗北する。
そこにはくだらない精神論の介在する余地はない。
それをあらためて俺にまざまざと見せつけてくれた戦いだった。
14人の冒険者たちと『ヒュージスケルトン』の戦いは、予想通りの展開で始まり、予想通りの結果で幕を閉じた。
開戦およそ30分にて冒険者全滅。
おそらく『ヒュージスケルトン』の残りHPは3分の1前後といったあたりだろう。
戦闘開始20分くらいまでは何とか善戦していた彼らだったが、その時点で《ヒーラー》のMPが枯渇。
あとは『ヒュージスケルトン』の猛攻に耐え切れなくなった騎士風の男の死亡とともに戦線が崩壊。
あとは無残な蹂躙により全員が死亡。今頃神殿で反省会といったところか………ゲームだったら、なら。
今の俺はそんな風に冷静に考える事で、必死に目の前で起こった惨劇を乗り越えようとしている。
さすがに目の前で誰かが殺されるところを見るの初めてだったから。
大きく息を吸い、そして吐く。
彼らが復活するとはいえ、俺が見殺しにしたのは確かである。
やはり心に澱のような物が溜まった感じがする。
しかしそのおかげで心が定まった。
………最初の獲物はお前だと。
先生は全てが終わったあと、たった一言「通過儀礼だな」と言っただけだった。
………どうやら俺は甘ちゃんで、先生は人でなしらしい。
俺はまだそんな風に割り切れはしない。
ここはもうゲーム(お遊び)ではないんだから。
その後必死に折れそうな心を支えながら、入り口近くまで戻った俺はそのへんにうろついていたクエストモンスター『ジエンバンディッドスカウト』を速攻で倒して、クエストアイテム『奪われた荷物』を入手後スクロールでエルトリンシティに帰還。
休むことなく戦士ギルドに向かい、クエストアイテム『ウィテムの推薦書』を手に入れた。
これでレンジャーの転職クエストも終わり。
担当のウィテムさんの驚愕した顔など今の俺にはどうでもいいことだった。
戦士ギルドを後にした俺は、ゲートキーパーを使って2日ぶりのワトリアへ。
夕日に染まる街の景色も目もくれず我が家に帰り着くと、母上やみんなへの挨拶もせずそのまま部屋に閉じこもる。
装備を机の上に置いて着替えだけは済ませてから、ベッドに横たわって見慣れた天井を睨みつけながら今まで準備してきた計画をやつ用に練り直すべく頭を高速で働かせる。
………こんな精神状態では、今年の誕生日は楽しめそうもない。
そう思いながら思考の海を経由して深い眠りへと沈んでいく12歳最後の日の俺であった。
転職クエスト最終日終了。
レンジャー・ウィザードともに目標達成。
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