第十二話 長期休暇は大変だった ③
「では、これが『魔術媒体目録』だ。幸運を祈るよ、ジオ君」
「どうもありがとうございます、エンデルさん」
今俺にクエストアイテム『魔術媒体目録』を渡してくれたいかにも学者といった風貌の青年が、エルトリンシティ魔法ギルドのギルド員エンデルさんである。
「………それにしても、まったく君はとんでもない少年だね。
12歳の子供が転職の試練を受けるなんて話は、少なくても私は聞いたことがないよ。
ひょっとしたらこういうことがあるかも知れないと、前々からギルドマスターに伺ってなかったらさすがに追い返していたよ?」
乾いた笑いとともに驚き半分、呆れ半分でそう俺に言ってくるエンデルさん。
いやいやその反応が普通というか、俺みたいな規格外のチートを見せ付けられた後でまともに話せてるあなたがすごいですよ、エンデルさん。
「ホントはもう少し先に来るつもりだったんですが………なかなか人生ままなりませんね。では、また今日中にもう一回は来ますから。それじゃ」
そう言って彼に背を向けた俺は、そそくさとエルトリンシティ魔法ギルドを後にした。
「そんな人生ままならないとかいう台詞は、子供の口から出るべき言葉じゃないよ、ジオ君………」
さてと、一度ワトリアに帰らないと………。
つうことは………、また女装しないとダメなのね………。
ん?エンデルさんの完全に呆れた感じのつぶやき?
もちろん聞こえてたけどあっさりスルー。
◇◆◇◆◇◆◇◆
というわけでワトリアに戻った俺は、昼を回りピークを過ぎた路上市の人ごみをすり抜けて、全力疾走でワトリア市街をイナ先生と二人西門へ向かって走りぬける。
ピークを過ぎたとはいえまだまだ多い買い物客たちや、既に商いを終わらせて片づけを始めている人たちなどでごった返すワトリアのメインストリートを、人にぶつからないように走り抜けるのはかなり難しい。
先生曰く、これも訓練らしい。はた迷惑な訓練だなオイ。
5分ほど走った後ようやく西門にたどり着いた俺たちは、そのまま西門を抜けひたすらこれから太陽が落ちてゆく方向に向かって走り続けた。
それにしてもイナ先生、何故こんなに速い………。
俺なんて既に本日二本目の『高級移動速度向上ポーション』を飲んで移動力強化してるのになんで俺よりも前走ってるんですか………。
そして人ごみの中でのあの動き。
あれってもしかして回避率補正かかってるとか?
なんにせよさすがはCグレード軽装備職ってことか。
ファイターとは基本性能が違うわ、いやはやおみそれいたしました。
そんなことを思いながら、左右に果ての無いように広がる畑の間にあるあぜ道を走る先生の背中を見ていたら、顔だけ俺のほうに向けて先生が声をかけてきた。
「あ~え~あの~、先程はすまん」
「え? 何のことですか?」
先生の突然の謝罪にビックリする俺。
「あ~さっき笑うなと言っていたのに笑ってしまっただろう? 悪かったと思ってな」
あ~、さっきの件ね。さすがに最初は少し怒ったけど、まぁ『アレ』は俺も仕方ないと思う。
インパクトが強力すぎるからな、いきなり女になって出てくるとか。
「だからな、すまなかった」
珍しい事もあるもんだ、人に謝るイナ先生なんて。
こりゃ明日は槍でも降るんじゃねぇかな。
「………どうやら私が真面目に謝罪しているにも関わらず、貴様は何か非常に失礼な事を考えているようだな、ジオ」
先生の眼が鋭いものがあらわれ、その体から殺気が漂いはじめる。
イイエ、ソンナコトハゴザイマセンノコトヨ………、やばい俺終わったかもしれん。
「よし、屋敷に帰ったら覚悟しておけ。転職祝いにきっちりと遊んでやる」
………ぶっとい死亡フラグ立ちました!
転職後の地獄を思い浮かべながら、それから逃れるようにひたすら『マイサの森』目指して全力疾走を続ける俺なのであった。
後日、きっちりレンジャーとしての心得を肉体言語で叩き込まれました。
教訓 口以外も災いの元。
◇◆◇◆◇◆◇◆
そうして何とか冬の気の早い太陽が山の陰に隠れる前に、俺たちは『マイサの森』に到着。
ワトリア西部に広がる広大な広葉樹の森で、主にレベル15~20くらいまでのソロプレイヤーに人気のあった狩場だ。
ここまで移動速度をめいっぱい上げた状態でおよそ2時間か。
仮に時速20キロで走っていたとして、距離にして40キロ。
結構距離あったな。この分じゃほんとにギリギリになるか?
さすがに夜間に移動は避けたいんだが。
のどに渇きを覚えた俺は、ポーチからガラス製の水筒を取り出して、半分ほどを飲む。
冷たい水がのどに染み渡る。このポーチに入れると基本入れた状態を維持してくれるので大助かりなのだ。
少しづつパンと干し肉を切り取り、口に運ぶ。
口中に広がるパンの小麦と干し肉の味のハーモニー。やはりこれだけ走るとお腹は空くもので、ぺろりと半分ほど胃の中に消えてしまった。
ふ~、うまかった。外で食べるとやっぱり少し味が違う気がするのは何でだろう?
まぁお腹も少し膨れたし、ちょっと落ち着いた気分だ。
頭に先ほどまで考えていた懸案事項が思い浮かんだが排除。
まぁ明日からの事は今はいいや。後でゆっくり考えるとしよう。
ということで早速装備をポーチから取り出した『レンジャー試練の弓』に変更する。
これで倒さないとクエストアイテムが出現しないから、その辺がめんどくさいところだな。
厳密には、『レンジャー試練の弓』で『止めを刺さない』と『クエストアイテム』は出ない、だが。
久しぶりの弓矢だが、扱い方はちゃんと覚えていた。
『レンジャー試練の弓』は種別としては短弓。
前にも少し言ったかもしれないが、弓には長弓と短弓の2種類がある。
それぞれ一長一短で、短弓のいいところは長弓に比べ攻撃速度がかなり速い事、悪いところは比較した場合の攻撃力の低さと射程の短さである。
軽く引絞ってみると、手に程よい抵抗がかかる。
よし、いけそうだ。
準備を終えた俺は、先生に目配せをした。
無言で頷く先生の姿を背に、ひっそりとした足取りで森に入って行く。
シンと静まった森の中。
風が広葉樹の葉とこすれあう音と、わずかに生き物たち立てる小さな音だけが俺の耳に届く。
カリカリ。
その物音でふと見あげてみると、樹の大振りな枝の上でリスが俺のほうを見ながら木の実をかじっている姿があった。
うん、小動物かわいいよね。癒される。
そうしながらも大型の獣の足跡などを探して、慎重に目的の『ブラウンベアー』を探す。
この『ブラウンベアー』だが、『マイサの森』エリア最強のモンスターなのだが、元々出現エリアが狭く、さらに同時出現数も少ないモンスターなのでなかなか発見しづらいのだ。
過去の知識としてGKポイントから北西方向のエリアにそれなりに出現するポイントがあったはずなんだが、さすがに目の前の森とゲームの中の森とでは視点もリアリティも違う為どこかまではよく分からない。
実際今回自分の体でやってみて思った。
この試練、レンジャーの転職クエストとしてバッチリかも。
とてもじゃないけど、獲物を追う狩人としての訓練をしていないとこの広い森の中で獲物を探すのは難しいだろう。
まぁ《New World》がゲームの時は、転職クエストとかただめんどくさかっただけだけど、ちゃんと内容まで考えて作ってたのかもしれないなぁ………運営様。
そんな事を考えながらも今まで先生から実地で叩き込まれた知識と経験を使い、丹念に大型の獣の足跡を追うと、森の少し開けたところにのそのそと歩く体長2mはあろうかという大型の獣の姿が。
その名の通り茶色の熊、『ブラウンベアー』である。
とりあえずでかい。こっちに来て見たモンスターの中ででかさだけなら最大。
よし、まだこちらには気づいていない。
さてレンジャーに限らず、弓職の基本は『やられる前に殺る』、コレである。
大きな樫の樹の陰に隠れて狙いを定めて、スキル『パワースナイプ』を発動する。
全力で引きしぼった弓から放たれた光を纏った矢が、木立の間を縫うように飛び、そしてブラウンベアーに突き刺さる。
ちっ、一撃ではさすがにしとめられんか。
結構なダメージを受けているだろうに、ものともせずにこちらに向かって駆け出してくる熊公。
うわっ、怖ぇえ。
今まで戦ってきた中で最大の大きさを持つモンスターの接近に内心少しあせりながらも弓を再び引き絞り、そして放つ。
再度突き立った矢の一撃に崩れ落ちる『ブラウンベアー』。
そしていつもモンスターを倒した時のようにいつの間にかその巨体は消え、後にはクエストアイテム『茶熊の毛皮』と少しのGが。
よし、まず一匹倒した。
これからも油断せずに行こう。
不意打ち上等、一撃必殺最高、それこそが軽戦士職の生きる道!
そうして俺はさらに熊公の姿を求めて、森の深いところへと分け入って行った。
その後、何とか日が隠れきる前に『茶熊の毛皮』を5枚手に入れた俺は先生と合流、『帰還のスクロール』の力でワトリアに戻った。
第一段階終了だな。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ワトリアに戻った俺たちだが、休憩などしている暇はない。
急いでゲートキーパーのお姉さんのところへ行き、今度はデフ盆地入り口に飛ぶ。
お姉さんから放たれた青白い光に包まれて俺の体が光に変わり空間を超える。
次の瞬間目の前に広がったのは、石畳のワトリアの町の広場ではなく、すり鉢上に底まで見渡す事ができる『デフ盆地入り口』であった。
さてと、ここで狩らないといけないのはまず入り口付近に出現する『パイソン』を5匹。
ポーチから『レンジャー試練の短剣』を取り出し装備を持ちかえる。
いつも使っているミスリルダガーに比べ、やや小ぶりな為どうも頼りないのだが攻撃力は十分なはずだしいけるだろう。
先ほどの『ブラウンベアー』と違い、『パイソン』を探すのは簡単。
入り口付近から外周部に出て藪に近づけば………ほら出てきた。しかも2匹。
『パイソン』。一言で言うと1mくらいのでかい蛇。
索敵範囲が広いモンスターで、不用意に外周部の藪に近づくと次々とロックオンして襲ってくるやっかいな蛇なのだが、一匹づつの強さはそうでもない。
ということで。
襲い掛かってきたパイソンを迎え撃つ形で、《ソリッドスタブ》を叩き込むと一撃で消える
パイソン。
さらに襲い掛かってくるもう一匹に軽く一撃もらったが、まったく問題なし。
伊達にDグレード最強軽装備は身につけてませんから。
蛇の追撃をかわしながら短剣を3度振るうと、もう一匹も光になった。
南無っと心の中で小さく思いながらクエストアイテム『パイソンの蛇皮』2枚を拾い上げてポーチの中へ。
そしてまたパイソンを探して歩き出したんだが、少し歩き回っただけで藪から出てくる蛇。
新しいことわざ出来ました。藪からつつかなくても蛇。
そんな事を思いながらさらに3体倒し、クエストアイテム『パイソンの蛇皮』5枚を確保。
さてと………。
実はさ、最近イロイロと溜まってたんだよね。
『レンジャー試練の短剣』をポーチに戻し、手にミスリルダガーを、腰のベルト部分ににエルダーウッドワンドを差し込み準備完了。
さてとゴブリンたち、俺のストレス解消の相手をしてもらおうかなぁ………ウフフフ。
本日最後5本目の『高級移動速度向上ポーション』をぐい飲み。さらに『攻撃速度向上ポーション』もプラス!
さてと、暴れるか。
その後、『デフ盆地入り口』に真正面から侵入した俺は、群がるすべてのゴブリンどもを蹴散らしながら『デフ盆地中層』まで移動し、さらにイアナゴブリンチーフ一家を次々に襲撃。
ゴブリンたちにとっては阿鼻叫喚の地獄だろう光景を作り上げて、さくっとクエストアイテム『魔術師の頭骨』を5つ手に入れたのだが、まだまだ止まりませんよぉ!
その後も「そぉい!」てな感じで、どんどん最奥方面に向かって殲滅を繰り返していたのだが、10家族目くらいで久々のレベルアップ。
まぁまだ少し物足りないけどクエストアイテムもとっくに集まってるし、キリもいいからということで帰還することにした俺。
………あ~、ちょっとはすっきりしたかな。
その後まずワトリア戦士ギルドに寄って、アスナイさんにまさか1日どころか半日で終わらせてくるとはね、と呆れられながらも、クエストアイテムなどと引き換えにクエストアイテム『アスナイの推薦状』を入手。
そして宣言どおり今日中にもう一回訪ねたことで、あごが外れそうな顔をしたエンデルさんに『魔術師の頭骨』5つ押し付けて、本日の予定めでたく終了でございます。
◇◆◇◆◇◆◇◆
エンデルさんにクエストアイテムを押し付けて、エルトリンシティ魔法ギルドを出てみるとすっかり夜になっていた。
さすがに少し疲れているようだ。
まだいつもの俺の感覚では寝るにはかなり早い時間なのだが、既にまぶたが重い。
まぁ久々に無茶やったしな~。
どっちかというと急に酷使した体に残る肉体的疲労感よりも、すり減らした神経的な意味での疲労感のほうが大きいんだけど。そろそろ限界。
常に死を意識せざるえない戦闘は、実力差がいくらあってもしんどいから。
ん? ストレス解消のために無双してたじゃないかって? それはそれ。甘いものは別腹。
あと意図せぬ女装(?)初体験とか長距離マラソンとかなど、慣れないことばかりしたから気疲れしちゃった。
ああ見えて、一日中気を張ってたんですよ?
ということでギルド入り口でひっそりと佇んでいたイナ先生に今日はここまでだと告げること。
「先生、シランに宿を手配してもらってますので今日はそこに」
少し怪訝そうな顔をした先生が聞いてくる。
「ワトリアの屋敷に戻らないのか?」
「いや、もちろん戻ってもいいんですが、戻ると朝の出発が遅れてしまいそうで。そうなると予定をとてもじゃないけど消化できそうにありませんから」
苦笑交じりの俺の言葉に、なるほどと言った感じで頷いて了解の意を示してくれる先生。
まぁ家に帰ってしまうと、朝から出発とか不可能だし。
そこに思いいたったのだろう、先生も苦笑いしてる。
この苦笑いの理由を取り違えた俺はこの10数分後、本日2度目の絶叫をさせられることとなる。
まぁとにかくそれを横目で確認した俺は念話石を取り出し、いつものように腹黒に思念をつなごうとしたのだが………。
「お待ちしておりました、ジオ様」
その突然の声に振り向いた俺の視線の先には、仕立てのいいベージュのチュニックを着てうやうやしく頭を下げたシラン。
おいおい、いつの間にか後ろにいやがった、この腹黒ドS!
―――俺の名前はジオ・パラケルスス。24時間で事件を解決する男じゃないが、今日は寝れそうにない。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「こちらでございます」
夜のエルトリンシティをシランに案内されて歩いてきた俺の目に飛び込んできたのは、市内中心部から少し外れたところにある新築らしい大きな宿屋だった。
煌々と入り口には松明がたかれ、その松明の赤とオレンジの中ほどの色の光に照らされた白い大理石の石壁がなんともいえない美しさだ。
そういえば、例の件ずいぶん前から報告受けてないな。
いい機会だし今日全ての計画の進展具合を確認しておく事にしよう。
それにしてもさっきからシランとイナ先生のニヤニヤ笑いが止まらない。
また悪い大人が何かたくらんでいるのだろうか?
そうこうしている間に、宿の立派なドアの前に到着した。
振り返って俺に声をかけてくるシラン。
「いや、こちらへのお越しが突然のことで驚きましたが、今考えるとちょうどよろしゅうございました」
ん? 昨日のうちには伝えておいたはずだし、宿屋ってもっと前から予約しないとまずいもんなのだろうか。まだまだこちらの常識には疎いところがあるからその辺が今の俺の最大の弱点だよな。
………そんな甘いことを考えていたこの時の自分を殴りたい。
シランが両開きのドアに手をかけながら俺に声をかけてくる。にんまりと笑いながら。
「それではジオ様、どうぞ」
そういって開かれる扉。
ん? 嫌な予感がする………すごく。
中に入った俺を出迎えたのは、仕立てのいい制服に身を包んだ20人ほどの男女。
「ようこそおいでくださいました! ご主人様!」
宿の人たちからかけられた突然のご主人様宣言。
どういうこと? まったく意味がわからん。
しばし呆然とする俺に後ろから悪魔の声。
「ようこそおいでくださいました、オーナー様。こちらが今夜お泊りいただく『あなた様』の宿、『冒険者の止まり木亭』でございます」
へ? どういうこと?
隣を見てみるとイナ先生が笑いをこらえている。
「え~とシラン。もう一度言ってくれ。『誰』が『何』の宿だって?」
「はい、『ジオ様』が『オーナーであらせられ』ます宿でございます」
さらっと何かすげぇこと言いやがった、この野郎。
え~とちょっと待て。つまり何か? この宿俺のもの? どういうこと?
「何じゃこらああああああああああああああああああああああ!!!」
まさか一日にこの台詞を2回も叫ぶことになるとは思いもよらなかったぜ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
今俺は宿のエントランスにあった素晴らしい出来の木製の長いすに腰掛けながら、これも見事な机を隔てて前に座っているシランと向かい合っている。
「きっちり俺にわかるように説明しろ、シラン」
かなり本気の殺気とともに言葉を叩きつけたはずなんだが、微笑を浮かべたまま小揺るぎもしないシラン。
マジで何もんだ、この野郎。
「はい。この宿は以前よりジオ様から命じられておりました、情報収集の拠点作りの為の宿でございます。」
ちょっと待て、俺がシランに依頼したのは………。
「おかしなことを言うな、シラン。俺は情報収集のためにまず冒険者が集まるような料理屋兼酒場を作れとはいったが、宿屋なんて作れと言った覚えはないぞ」
そう、以前から俺はシランにいくつかの指令を出していた。
そのうちの一つが、『情報収集の場をつくる』ことだった。
具体的には、まず奴隷達を訓練させて食堂の従業員にし、そこにあつまる様々な情報を整理してこれからの俺の活動に活かそうと言うものだった。
うまいものと酒が入れば、人間の口は緩むものだからな。
あとはあまり褒められたものではないが、高級娼館を作る計画もある。
これも当然情報収集のためであるが、こっちは俺は乗り気ではなく、シラン主導でほとんど任せっきりである。
ただ、こちらも無理強いや人間を使い捨てるようなやり方だけはしないようにと厳命してあるが。
シランは普段からよく俺をいじめて喜ぶどうしようもない腹黒ドSではあるが、その辺の価値観は一致しているので無体な真似はしないと思う。
能力とそこだけは俺はこの男を一切疑っていない。
ただし、その一連の話の中で宿屋を作るなんて話は今まで一言も聞いていない。
「もう一度聞く。何で宿屋なんだ?」
それでは、と前置きしたシランが話しはじめる。
ヤバイ、これは俺がいつも凹まされていいくるめられる時の流れだ
「まずこの宿を作りましたのは、端的に申し上げれば人が余ったからでございます。
以前より進めておりましたこの町の食堂兼酒場でございますが、近日中に店を開ける段階までこぎつけております。
ですが、まだまだエルトリン以外の国の町での営業権の獲得などは進んでいない状況ですので、訓練した人間達が手持ち無沙汰になってはいけないと思いまして、このような形に。
それに宿屋であれば、情報収集はもとより、一時的に仕事がないものの預かり先やちょっとした職業訓練。そして何よりいろんなものからの隠れ蓑には最適でございましょう?
なおこの件に関しましては、ジオ様のお父上様からの全面的ご協力をいただいております」
再び驚きを隠せずにポカンと口を開けてしまう俺。
何とか建てなおしシランに詰め寄る。
「何? いったいどういうことだ? いつの間に父上と接触した?」
しかし返事は意外なところから飛んできた。
「つなぎをつけたのは俺と執事殿だ。シラン殿を責めるのは筋違いだな。
ジオ、いくらお前が優れた人間であろうともまだ子供だ。
報告する必要のあるものを私たちが親であるフィリップ殿に黙っているわけがあるまい?
フィリップ殿がシラン殿に最初に会ったのは、あの後すぐ。
最初にエルトリンシティに来たとき、お前が寝込んでいる間だ。
つまりその後も全てお前のやる事は筒抜けだったと言うわけだ。
まだまだ視野が狭いな、ジオ」
先生の突然の暴露に呆然とする俺。
そんな俺を尻目に珍しく多弁な先生が続ける。
「それにお前の酒場という考えも悪くはないが、情報収集のためなら宿が一番効果的だ。
大手のギルド所属のものならともかく、基本フリーや中小のギルドの人間はギルドハウスなど手が出るものではないからな。
そういった者達の為に、良質なサービスを提供する宿があれば、そこは必ず繁盛する。
これは私が一人の元冒険者として保証する。
繁盛すればそこに必ず情報は集まるというわけだ。あと自分の寝床ほど人間が口が軽くなるところは存在せんよ。
ジオ、お前の発想はどうもどこか偏ったところがある。そのあたりは今後要修正といったところだな。
まぁお前もまだまだという事だ」
そういって俺の頭をなでてくる先生。
そして俺は先生の話を聞き終えた後、思わず椅子の背もたれに上半身の全てを預け天井を仰いだ。
あ、知らない天井だ………。
人生なにがあるか分からないな、まさか宿屋のオーナーになることになるとは思いもよらなかったぜ。
ど~~~~やら俺は大人たちの手のひらの上で転がされていたらしい。
シランはバツの悪そうな顔で、肩をすくめてやがる。
お前はウィットなジョークに富んだアメリカ人か。
あ~~~~~もう!完敗ですヨ、こんちきしょう!
その後俺はぐったりしながらも自分がオーナーとなったこの宿を色々見せてもらい、料理人たちが腕によりをかけた料理に舌鼓を打って寝た。
宿の部屋はシンプルかつ機能的で、料理も非常にうまかった。
そして働く皆は生き生きしておりサービスも満点。
あと男前もかわいい子も多かったし。
流行らない訳がないなぁ………と思いながら夢の世界へ。
これにて転職クエスト1日目終了。
タイムリミットまで残りあと2日。
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