第84話 送還命令書(2)――ほつれの月
管理番号KR-07 矯正相談記録
課題26 — 受取人
* * *
先生は、今回の課題は手紙で書けと言った。
受取人は自分で決めろ、とも言った。
出すことのない手紙だった。
刑務所の書信様式ではなく、課題ノートに書く手紙だから検閲もない、と先生は言った。
先生だけが読む手紙だった。
俺は受取人をすぐに決めた。
先生は、俺が誰を選んだかは訊かなかった。
分かっているのだろう。
この課題には、欄が一つある。
矯正プログラム評価表というものが、相談の課題ごとに付くのだそうだ。
課題履行度、上・中・下。
先生は、この2年半、俺の課題ごとにその欄を埋めてきたと言った。
ほとんどが上だったという。
今回の課題では、その欄を空けておく、と先生は言った。
* * *
受取人は彼が決めた。私は訊かなかった。
評価表の課題履行度の欄は、空けておく。
* * *
同じ房の牧師は、俺が手紙を書くと聞いて喜んだ。
自分が届けてやると言った。受取人がどこにいようと。
牧師は、教会をやっていた頃、「天国郵便箱」というものを運営していたと言った。
教会の庭に赤い郵便ポストを一つ立てておいて、信徒たちに、亡くなった家族へ書いた手紙を入れさせた。
入れるときには、感謝献金も一緒に入れた。
牧師は毎週その手紙を取り出して、祈りで天へ送ったと言う。実際には、読んでから燃やした。
手紙に書かれた事情は、次の説教に使った。
信徒たちは、牧師がなぜ自分の事情を知っているのかと不思議がった。天が教えてくれたのだと思った。
その話をしたあとで、牧師は、俺からは献金を取らずに送ってやると言った。
俺は断った。
この手紙は、天へ行く手紙ではなかった。
受取人は、天にいなかった。
ならどこにいるんだ、と牧師は訊いた。
俺は答えなかった。
牧師はしばらく俺の顔を見ていたが、「受取人が近くにいるなら、郵便ポストは要らないな」と言って、寝返りを打った。
騎士へ。
お前の名前は書かない。
俺はお前の名前を知っている。新入収容者記録票にあり、判決文にあり、この刑務所の点呼名簿にある。
この1年半、その名前が呼ばれるたびに、俺は返事をした。自分の名前だと思っていた。
その名前はお前のものだ。お前のものをお前に書くために、俺の手を使うのは嫌だ。
だから騎士と呼ぶ。お前が6年のあいだ呼ばれていた、その名で。
この手紙は謝罪ではない。
謝罪というものは、受け取る側が、受け取るかどうかを選べるときにするものだ。
お前は選べない。お前はこの手紙を読めない。
だからこの手紙にすまないと書けば、その言葉はお前へは行かず、俺へ戻ってくる。
俺が俺をなだめる言葉になる。
俺にはそれを書く資格がない。
資格のない者が書く謝罪は、慰めだ。
俺は俺を慰めない。
代わりに、お前が知らなかったことを書く。お前が知る権利のあったことを。
白い部屋で、お前は知る権利があると言った。十二枚を読んでくれと頼んだ。
俺は今、お前へ十二枚より多くのものを読んでやる。お前には聞こえないと知りながら。
* * *
お前が6年のあいだ守っていた、塀の向こうの森。
そこから下りてきたものたちは、俺のものだった。
俺が名を付け、俺が午前3時を決めてやり、俺が解き放った。
お前が松明を掲げて立っていたその時刻、俺は別の丘の上で手を挙げていた。
三日目の夜、台所の裏の塀が崩れたとき、その隙間の向こうでてらてらと光っていたものも、俺のものだった。
お前の手のひらの前で止まったもの。
お前の手は、塞ぐみたいに熱かったと、お前は書いた。
その熱が、俺のものを止めた。
お前が助けた子供たちは、四十人ほどだ。お前は正確には数えなかった。
その四十人は、俺のものたちから救い出した四十人だ。
お前が埋めた子供たちの数を、お前は数えなかった。
数えれば、別の数まで一緒に数えてしまいそうだったと、お前は書いた。
その別の数は、俺が地図に記した日付の数と同じになるだろう。
はしごの下で数を数えていた子。
あの夜、森の端でその子が数えようとしていたのは、俺のものたちだった。
* * *
このくだりに「すまない」の一言もない。彼は、謝らないと先に書いた。
* * *
5年目の春から、ラバを引いてあの村へ通っていたのは俺だった。
お前が顔を覚えていない巡回騎士。お前の隣に立って、森がどこまで続くのかを眺めていた者。
お前は俺の肩当てを受け取らなかった。「子供たちが入れてくれた藁があるから」と。
俺はそれが嬉しかった。
お前の手は最後まで、俺のものを受け取らなかった。
いちばん小さな子は、俺を見るたびにお前の兜を二度叩いた。
お前はあの合図を知らなかっただろう。二度は、下ろしてくれという意味だとお前は書いた。
あの子は下りてこなかった。
あの子が何を下ろしてほしかったのか、俺は知っている。俺だ。
お前のそばから俺を下ろしてくれ、という意味だった。
あの子は気づいていた。お前は気づかなかった。
俺は、あの子が気づいたことを知りながらも、2か月に一度、あの村へ通った。
お前が司祭様と呼んでいた人。
季節ごとに山を越えて来て、お前の額に手を置いた人。左の眉の端に傷跡があり、笑うと右の眉だけが上がる人。
初霜の日の朝、その人の手首をつかんだのは俺だった。
その人の魂を扉枠から引きはがしたのも、俺だった。
お前が背中で聞いた悲鳴は、その人のものだった。
その人は、次の季節にあの孤児院へ行き、子供たちの額に手を当てて、お前の別れを代わりに伝えてやると言った。
その人は行けなかった。
帰還命令書に書かれたお前の名前を、司祭が指で指してくれた、とお前は書いた。
お前は向こうの文字を読めなかった。俺には読める。
あの命令書を俺が見ていたなら、お前の名前を声に出して読んでやれた。井戸のほとりで、司祭と交わしたあの言葉で。
お前は最後までその文字を読めないまま帰ってきた。
お前の叙任証書も、院長の櫃の中、一行も読まれないまま残った。
お前の別れは、誰にも伝わらなかった。
子供たちは、お前がなぜ日が昇る前に消えたのかを知らない。
食堂の椅子に残された、頭のない鎧と、飾りのついた外套だけを見たのだろう。
* * *
4か月目に入った日の朝、移送車両の中。
お前は俺を見つけた。そして俺を押し出した。お前の身体から。崩れた壁の前で、隙間を塞いでいたときのように。
お前は正しかった。俺にはあの身体にいる資格がなかった。
俺は踏ん張った。行くところがなくて。
そのあいだに、その人の首があった。教えられたことより先に、手が出る人。手の甲に小さな傷跡がある人。
お前もその傷跡を見たはずだ。向かいの座席で、その人が親指でそこをこすっていたのを。
お前はあのとき、その人が緊張していたことに気づいたはずだ。子供たちが緊張すれば、すぐ気づくお前だったから。
その人の息が、俺たちの手の中で止まったとき、お前は消えた。
お前が消えて残ったものを、俺は着た。お前の記憶と、お前の正義を。
俺はこの2年半、お前の正義で自分を弁護してきた。狂気という言葉で。6年のあいだ子供たちを守った人が、正気のまま人を殺したはずがない、という言葉で。
その言葉は、お前が言える言葉だった。俺はそれを盗んで使った。
今、その正義が俺を裁く。お前が残したものが俺を裁く。善悪を問いただす癖。自分について書かれたものを、知らないままにしておかない癖。
その癖がなければ、俺はノートの後ろの縦書きの文字を最後まで読まなかっただろう。城砦の井戸も、丘の上の風も、手袋をはめた手も、疲れから出てきた言葉として埋めていただろう。
お前はこの身体から消えながら、俺に知る権利を残した。俺はその権利で、自分を知った。
* * *
その人の首が「俺たちの手の中で」止まった、と書いた。
課題25と同じだ。
* * *
お前は、子供たちがみんな大きくなったら家に帰る、と言った。塀の上で、冬の夜に。
みんな笑った。
子供たちはみんな、大きくなったわけではなかった。お前はその前に来た。
この国のどこかにお前の家があるはずだ。俺はその家を知らない。
お前の記憶の中でも、その家はぼやけていた。
孤児院の塀があまりにもくっきりしていたから、ほかのものはみんなぼやけていた。
お前は家に来たのに、家には行けなかった。
白い部屋へ、移送車両へ、拘置所へ、この刑務所へ。
お前の家の代わりに、俺がお前をこの檻に連れてきた。
この刑務所には、猫がいない。
お前は魚油の匂いのせいで、猫たちに人気があった。
猫まで騎士に数えていた子がいた。
ここでは、お前の身体は2年半のあいだ、猫を一匹も見られなかった。
それも書き留めておく。
お前が失ったものの一つとして。
白い部屋のベッドの下の二文字。「見るな」。
その文字は今、別の人が見ている。八番目と呼ばれている人。
あの部屋を、俺たちの次に使った人。
俺はこの前の春、その人に手紙を書いた。もう見てもいい、という手紙だった。
その手紙を書きながら、俺はお前の字を消した。ボールペンで何度も線を引いて。
お前が俺に言った言葉を、俺が消したのだ。
今、俺は俺を見る。
お前が見るなと言ったものを。
お前の身体は返せない。返す方法を知らない。
俺は、呼ぶ方法は知っていた。だが、戻す方法を知らなかった。
お前をもう一度呼ぶ方法も、知らない。
お前の身体で、俺はショッピングバッグを折り、チュックをし、書芸班で「永」の字を書く。
お前の身体の誕生日に、「あいさつ」が飯の中に餅を隠してくれた。
その餅は、お前の分だった。俺が食った。
「あいさつ」は、この2年半、お前の顔に向かって「こんにちは」と言い続けてきた。
「あいさつ」は、その顔の後ろに誰がいるのか、知らない。
俺は、その「こんにちは」を受け取った。
お前の分だったのに。
この手紙の末尾には、署名欄がある。
刑務所の便箋に署名欄はない。だが、俺は手紙の最後に線を一本引いて、欄を作った。
この国で覚えた癖だ。
ところが、その欄に書く名前がない。
お前の名前はお前のものだから、書けない。
俺の名前は、白いものの中で散った。戻ってこなかった。
だから、欄は空けておく。
* * *
次の日、相談室で先生はこの手紙を読んだ。
全部読み終えてから、ノートからそのページを丁寧に切り取った。
そして、相談記録の書類綴じではなく、引き出しから出した白い封筒に入れた。
封筒には何も書かなかった。受け取る人も、送る人も。
先生はその封筒を引き出しにしまいながら言った。
「これは記録じゃないの。手紙だから、書類綴じに入れてはいけないの」
* * *
手紙を書き終えたあと、班長が房の前を通りかかって、ノートを見た。
手紙の形式だと気づいて、言った。
「送るなら、書信発送台帳に載せろ」
「送りません」と俺は言った。
班長は言った。発送しない書信には、台帳に欄がない。
欄がなければ、それは書信ではない、と。
じゃあこれは何なのかと訊くと、班長は少し考えて、課題だ、と言った。
課題は相談室の管轄だった。
班長はそう言って、安心した顔で行ってしまった。
欄のある場所へ渡したからだ。
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署名欄が空いている。
彼が線を一本引いて作った欄だ。
この課題は採点しない。
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その夜、牧師は俺のノートを読まなかった。
代わりに、赤い郵便ポストがあった教会の庭の話を、独り言のように話した。
あのポストに入った手紙のうち、受け取る人のところへ届いたものは一通もなかった、と。
署名欄の下線は、まっすぐだった。欄に合わせて書く癖は、欄に何も書かないときにも残っていた。




