第8話 一週間(1)
管理番号KR-06 添付文書1
41〜55枚。
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あの人が消えてから、団体は集会の準備で忙しくなりました。
私も忙しくなりました。リハーサルのせいです。あの方が入場する順番、歩く速さ、立ち止まる位置、手を上げる角度まで、全部決まっていました。床には黄色いテープでバツ印が貼ってありました。そこで止まれ、という印です。バツ印は全部で十四個。私はその十四個を、杖なしで踏まなければなりませんでした。
初日のリハーサルは、私はやりませんでした。代役がやりました。私と背格好の似た兄弟でした。白い服を着て、私の代わりにバツ印を踏んでいきました。私は舞台袖の椅子に座ってそれを見ていました。自分で自分を見ているみたいでした。その兄弟の歩き方は、とてもまっすぐでした。足が痛くない人の歩き方でした。私はその兄弟が、少し憎らしかった。
代役の兄弟は、七つ目のバツ印で転びました。階段の手前でした。司祭さまがひとり駆け寄ってきて、怒鳴りました。あの方は転ばない、と。代役の兄弟は立ち上がって膝を払いながら謝りました。自分があの方ではないから転んだのだ、と。みんなうなずきました。誰も笑いませんでした。私だけが笑いをこらえていました。
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俺は笑った。今度は声を出さなかった。上の階のラーメンに聞かれるといけないから。
向こうにも代役はいた。王の影武者だ。王が行幸するときは、そっくりな男が先に馬車に乗った。矢は影武者に飛んできた。影武者が三人死んでから、ようやく王は自分で馬車に乗った。その日、王は俺に勲章をかけてくれた。その勲章は今、管理局のどこかの引き出しに「用途不明」として眠っている。
代役は転んではいけない。あの方ではないから転んだのだと謝らなければならない。その理屈が可笑しかった。それから、あまり可笑しくなくなった。あの方だって、本当は転ぶ人間だったのだ。足が痛くて。
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二日目には、金色の円盤にLEDが取りつけられました。
屋根のてっぺんにある、あの円盤です。集会の夜に円盤を光らせるんだそうです。高所作業車が二台来ました。作業員さんたちが円盤に電飾を巻きつけました。試験点灯をしたら、円盤が虹色にぐるぐる回りながら光りました。司祭さまのひとりが作業車の下から怒鳴りました。金色だけにしろ、と。虹色はライバル団体の色なんだそうです。作業員さんたちはまた上って設定を変えました。今度は円盤が金色に点滅しました。点滅するなと言われました。三回目でやっと、金色に静かに光りました。
午後には聖歌隊のオーディションがありました。集会の日に歌う聖歌隊を新しく選ぶんだそうです。もともと聖歌隊はあったのに、外国の司祭さまたちの前で歌うには実力不足なんだとか。ソウルから音大生たちがバスで来ました。アルバイトだそうです。日当がかなり良かったそうです。
音大生たちは、聖歌の歌詞を初めて見たようでした。リハーサルのあいだずっと、歌詞カードを見ながら歌っていました。サビは「あの方の歩むたび、花が咲きこぼれる」でした。私は舞台袖でその歌を聴きながら、杖を握っていました。あの方の歩むたび、刃が突き刺さるのに。
休憩時間、音大生がふたり、私の横を通りながらひそひそ話していました。あれが教祖? いや、教祖は別にいて、あの人はモデルみたいなもんだって。ふたりは私があの方だと知りませんでした。私は、それがその日聞いた言葉の中でいちばん正確だと思いました。
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モデルみたいなもの。
向こうで勇者と呼ばれはじめた最初の年、俺はよく領主たちの宴に呼ばれた。剣を下げて、最前列に座っているだけでよかった。領主たちは俺を指して客に言った。神が遣わされたお方だ。客たちは俺に杯を掲げてみせた。誰も俺に話しかけなかった。
あのころの俺も、モデルみたいなものだった。ただ、俺の足は痛くなかった。その違いひとつで、俺は11年間、それを栄誉だと思い込んでいた。
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その夜、私の部屋の窓に円盤の光が差し込みました。カーテンを引いても入ってきました。金色の光が天井に丸い輪を描きました。私はその輪を見ながら眠って、足が痛くて目を覚まして、またその輪を見ました。
その夜から、実験を始めました。
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実験。
俺はベッドで身を起こした。その言葉がうれしかった。向こうで初めて時間を止めたとき、俺もそうした。偶然一度止まって、それからはわざとやってみた。何秒止められるのか、何に触れられるのか、止まった世界で息はできるのか。年老いた司祭が、隣で砂時計を持っていてくれた。
六番目には、砂時計を持ってくれる人がいなかった。彼はひとりでやった。
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あの人が教えてくれたことがひとつありました。本物ごとに、証明のしかたが違うということ。そして私は、あの人のフランス語がわかった。だから、私の証明はそのあたりのどこかにあるような気がしました。
翌日、外国の司祭さまたちがリハーサルを見に来ました。集会の三日前から先に来ていた人たちです。十人くらいいました。それぞれ違う国から来た人たちなので、それぞれ違う言葉を話していました。私は舞台袖の椅子に座って、その人たちの話を聞きました。聞こうとしなくても、聞こえてきました。
「あれがあの方か? 思ったより普通だな」
「うちの支部の献金ノルマ、また上がったよ」
「ホテルの朝食がいまいちだった」
「集会が終わったら、ソウルの免税店に寄ろう」
全部聞こえました。スペイン語なのかポルトガル語なのか、何語なのかはわかりません。でも、全部わかりました。
ただ、おかしなことがありました。口の動きが合わないんです。
ひとりが「ホテルの朝食がいまいちだった」と言いました。私にはそう聞こえました。なのに、その人の口はとても短く動いただけでした。ふた言くらい。あとで、その人の隣にいた韓国人の司祭さまに訊いてみました。あの方はさっき何とおっしゃったんですか、と。韓国人の司祭さまは携帯のアプリにかけてみて、言いました。「パンが硬かった」だそうです。
パンが硬かった。私には、ホテルの朝食がいまいちだったと聞こえました。
私は、言葉を聞いていたんじゃありませんでした。意味を聞いていたんです。
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意味を聞く。
俺はその一文の下に指を当てたまま、しばらく動けなかった。
向こうに落ちた最初の日、年老いた司祭が俺に最初にかけた言葉は「大丈夫か」だった。俺にはそう聞こえた。何年か経って向こうの言葉をそれなりに覚えたころ、あの司祭に、最初の日にどんな単語を使ったのか訊いてみた。司祭は笑って答えた。あのとき自分が言ったのは「生きているか」だった、と。
俺はその違いを、当時は気にも留めなかった。大丈夫か、と、生きているか。似たような言葉だから。
今は、気になる。
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次に、逆をやってみました。
聞くことができるなら、送ることもできるんじゃないか。あの人が私の韓国語を理解していたみたいに。
ドアの前の見張りの兄弟で試しました。その日は兄弟がひとり、椅子に座って居眠りをしていました。私はベッドに横になって、心の中で思いました。口は開けずに。
水、ください。
何も起こりませんでした。兄弟は居眠りを続けていました。
もう一度思いました。今度は、もう少し強く。足が痛いときみたいに、歯を食いしばって。
水、ください。
兄弟がはじかれたように立ち上がりました。きょろきょろとあたりを見回しました。それから廊下の端のウォーターサーバーまで歩いていって、紙コップに水をくんできました。ドアを開けて入ってきて、私のベッドの横のテーブルに水を置きました。
「どうして?」
私は訊きました。本当に不思議だったので。
兄弟は自分の手を見下ろしました。水を置いてきた、空っぽの手を。そして首をかしげました。
「わかりません。あの方が、喉が渇いていらっしゃる気がしたので」
兄弟は出ていきました。私はその水を飲めませんでした。テーブルの上で水がすっかりぬるくなるまで、ただ見ていました。
怖かったんです。
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彼女は五日前、俺が注いだ水で薬を飲んだ。ありがとうと言った。水なしで飲むのはつらいから、と。
あれは、許しを得て注いだ水じゃなかった。彼女が望んでいるかどうか、訊かなかった。それでも彼女は飲んだ。
六番目の水と、俺の水は、何が違うのだろう。彼は念じ、兄弟は水をくんできた。俺は手を使い、彼女は水を飲んだ。彼女があの水を飲んだのは、彼女の意思だったのか。
違うと、思いたかった。
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母に使ってみたかった。
母が面会に来たら、心の中で言ってみたかった。お母さん、足が痛いよ。ここから出たい。母はその言葉を聞いたら、私を連れ出してくれるでしょうか。それとも兄弟みたいに、どうしてなのかもわからないまま、私を連れ出すでしょうか。
その二つが同じことなら、私はその言葉を言ってはいけない気がしました。母が母の意思じゃないもので私を連れ出したら、それは私が母を連れ出すことになるから。それは、団体が私にしていることと同じだから。
だから、母には使いませんでした。
代わりに金色の円盤を見ながら、一晩じゅう練習しました。誰にも届かないように、うんと小さく。ひとりごとみたいに。天井の丸い光に向かって。
足が痛いよ。
天井は答えませんでした。よかった。
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集会の三日前の朝でした。
起きてベッドから降りたら、足が痛くありませんでした。
最初は気づきませんでした。いつもの癖で杖を探していて、杖なしでもう立っていることに気づいたんです。足の裏を床にぐっと押しつけてみました。なんともありませんでした。刃がなかった。何年ぶりだったのか、わかりません。
半日のあいだです。その半日、私は部屋の中を百回くらい歩きました。昼ごはんを食べたら、また痛くなりました。
その半日が、私の人生でいちばん怖い半日でした。
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足が痛まなかったその半日、彼ではない側のページで、何かが動いた。
我々はその二つのページを並べて広げていた。そして、針を取らなかった。




