第79話 勝ったものと負けたもの(3)――縫い目の月
夜の7時になると、舎棟の端にある談話室でテレビがついた。
一般収容者になってからできた日課だった。
夜の点呼と消灯の間の2時間、舎棟の者たちは談話室の長椅子に座ってテレビを見た。
チャンネルは班長が決めた。ニュースと帯ドラマ、スポーツ。宗教チャンネルはなかった。
俺と同じ房の牧師は、宗教チャンネルの視聴申請書を3回出して、3回とも差し戻された。
差し戻しの理由は、特定の宗教に偏るおそれがある、というものだった。
牧師は抗議した。自分は3つの宗教すべてに登録している。だから偏りではなく均衡だ、と。
班長は言った。均衡ならなおさらだめだ。3つのチャンネルを全部つけてやらなきゃいけなくなるから。
その日の7時のニュースの3番目の項目に、あの子供が出た。
* * *
画面には空港があった。出国ロビーの前に、白い服を着た人々がずらりと並んで立っていた。
その真ん中に子供がいた。白い司祭服。手の甲を覆う袖。
両脇には大人の司祭が2人、立っていた。
字幕が流れた。宗教団体○○会の子ども代表、海外支部の巡回へ出国。
子供は出国ロビーの扉の前で振り返った。袖をまくり上げて、手を挙げた。
手のひらを広げ、カメラのほうへ向けて振った。ゆっくりと、2回ほど。
画面の下に、子供が空港で言った言葉が字幕で出た。
記者が巡回の目的を尋ねると、子供は老人のような口調で答えたという。
「救済は、遠きより来ることもあろう」
アナウンサーは、9歳とされる代表の発言が信者の間で話題になっていると伝えた。
画面の端には、去年、リンゴ箱の上で説教していた子供の映像が小さく重なって映った。
談話室の長椅子で、牧師が身を乗り出した。
「あれを見ろ。手のひらだ」
「手を振ってるだけじゃないですか」
うなぎの刺青が言った。
「ただ振ってるんじゃない。手のひらを人々のほうへ広げて振ってるだろ。そうすりゃ、あいさつじゃなくて祝福になる。何かを送り出してやってるように見えるんだよ。俺もあれを使った。だが俺は、手の甲が見えるように振ったな。手の甲が見えたらあいさつ、手のひらが見えたら祝福だ。あの小僧はそれを分かってる。俺は業界の先輩だからな」
牧師は、あの手の動かし方は自分が使っていたものより一段上だと言った。
「俺は手のひらを開くとき、指を揃えてた。あの小僧は、指を少し開いてた。指を開くと、手のひらから何かが漏れ出してるように見えるんだよ」
うなぎの刺青が鼻を鳴らした。
「何が巡回だ。あれは修学旅行だろ」
点をひとつ多く数える男は、字幕を見て支部の数を数えはじめた。字幕が切り替わって、数えられなかった。悔しがっていた。
* * *
俺は画面を見た。子供の手のひらを。
手のひらはカメラのほうを向いていた。カメラの向こう、この談話室のほうへ。画面だった。画面の中の手のひらは、何も送り出せない。
白い部屋で聞いた言葉がある。画面で見れば、普通に見える。肉眼でなければならない。
子供が今、画面の向こうから俺を見ていようといまいと、これは画面だった。安全だった。
だが、子供の目が動いた。
カメラをまっすぐ見ていた目が、ほんの少し横へずれた。カメラの横のどこかへ。画面の外——こちらから見れば、画面の端のすぐ外側。子供はその場所を見た。
面会室のガラスの向こうで、俺の顔と、俺の肩の横を交互に見ていた目だった。その目が今、画面の端の外側を見ていた。何かを探す目だった。帳簿の二つの欄を突き合わせる目。
その目が俺を探している、と思ったわけではない。空港のカメラの横に誰かが立っていたのだろう。記者か、信者か。子供はその人を見たのだろう。
それでも、談話室の長椅子に座った俺は、子供の見ている画面の端の外側が俺の右肩の横だという考えを振り払えなかった。
子供の口が動いた。音はしなかった。画面にはアナウンサーの声だけが流れていた。子供が何を言ったのかは、分からなかった。
牧師が隣で、子供の口の形を読もうと目を細めた。説教のとき、信者たちの口の形でアーメンを数えていたという人だった。牧師はしばらく覗き込んで、諦めた。短すぎる言葉だと言った。二文字ほど。
画面が変わった。天気だった。
牧師は、天気予報が流れている間も子供の話を続けた。声が大きくなっていった。
班長が談話室の入り口から牧師を見た。
牧師は、騒乱行為の警告が二枚あるのを思い出して口を閉じた。
代わりに唇だけが動いた。音のない解説だった。
うなぎの刺青は牧師の唇を見て、何を言っているのか当ててみせようとした。そして、諦めた。
班長は9時になると、テレビを消した。
消えた画面に、談話室の長椅子と、そこに座った14人が映っていた。俺もその中にいた。
画面の中の俺は平凡だった。
画面で見れば平凡に見える——その言葉は、まだ正しかった。
* * *
その夜、寝台に横になって、俺はあの二文字のことを考えた。二文字ほど。
面会室で子供が言った言葉も、二文字だった。偽物。
子供が画面の向こうで言ったのがその言葉だったのかは、分からない。別の二文字だったかもしれない。こんにちは、とか。信者たちにするあいさつ。
子供は海外へ行く。支部を回る。
牧師の話では、子供の団体は本物を探す団体なのだという。最初の使徒が死んだ後、次の本物を。
子供が俺を見て偽物と言ったのは、探していた本物ではない、という意味だったのだろう。
では、子供はこの国で本物を見つけられなかったから、別の国へ行くのだろうか。
子供が探している本物が何なのか、俺には分からない。
ただ、子供が偽物を見分けるのに5分もかからなかったことだけは、分かる。
偽物を見分ける人が、国を出て行った。
その事実は妙に俺の心を軽くした。同時に、引っかかった。
去った人は戻ってくる。戻ってくるとき、何を連れてくるのかは分からない。
手紙の返事は、その日まで来なかった。手紙を送ってから、2か月が経っていた。
牧師は毎朝、郵便配布の時間に配膳口の前に立っては、手ぶらで戻ってきた。
牧師の話では、2か月たっても来ない手紙は、差し戻された手紙なのだという。自分の手紙もそうだったと言っていた。
あの人が返事を書いたのか、書かなかったのか、俺には分からない。書いたのに、どこかで差し戻されたのかもしれない。
この国の書類は、差し戻されると、差し戻された人にだけ戻ってくる。
受け取る人は、差し戻されたことすら知らない。
* * *
勝ったものと負けたもの。
俺はその言葉を天井に向かって繰り返した。直近の二つの課題で、俺はこの言葉を書いた。あと一歩で勝てた野原、戻らなかった南門、空になっていく森々、最後に残った谷、封印官の条件文。
勝ったのはチラカだった。負けたのは我が国だった。
チラカは勝った側で、勝った側は文書を書くことができた。布告文。奴らはそれに、俺を売国奴と書いた。国民を死地に追いやった、最悪の売国奴。
その文書は、降伏した町ごとに貼られた。勝った側の文書は、負けた側の壁に貼られる。負けた側は、その文書を剥がせない。
ところで、負けた側は俺を何と呼んだのか。
俺の領地の民は、俺を領主様と呼んだ。避難民の子供たちは、城壁の上の魔法使い様と呼んだ。マセルンは、そなたと呼んだ。封印官は、最後まで人を守る者だと言った。
それは全部、封印官の前で署名するまでの名前だった。
その署名のあとに何があったのか、俺はまだ書ききっていない。思い出しきれてもいない。
1年半後の約束の日。初霜。城中庭。そこで俺は封印されているはずだった。
なのに、俺は今この刑務所にいる。封印された者が刑務所にいるはずがない。
だとしたら、約束の日に俺は城中庭にいなかった。
そう思った途端、体が冷えた。
午前3時の声が言ったという、あの言葉。
「約束した日が過ぎた」
あれは確認する声だった、と牧師は言った。帳簿を閉じる者のように。
何を確認したのか。約束の日が過ぎたこと。俺がその日、そこにいなかったこと。
負けた側は、あの日以降、俺を何と呼んだのか。
俺の領地の民は。城中庭で遊んでいた子供たちは。領主が約束の日に立っていなければならない場所にいなかったとき、その場所に代わりに立たされた者たちは。
条件文を思い出した。俺の家門と、俺の領地のすべての民は、安全を保障される。その代わり、俺は封印される。
その条件文は二つの欄でできていた。奴らが与えるものと、俺が与えるもの。
俺が与えるものの欄が空けば、奴らが与えるものの欄はどうなるのか。条件文に、その欄はなかった。
封印官は、そんな欄を書く必要はないと思ったのだろう。俺は最後まで人を守る者だったから。
* * *
俺は起き上がって座った。午前3時まではまだ遠かった。牧師は眠っていた。声のない讃美歌を歌いながら眠り込んだ、そんな顔だった。唇がまだ少し開いていた。
廊下の灯りの光が配膳口の隙間から入ってきて、天井に細い線を引いた。俺はノートを開いた。何も書かなかった。書けば、あの手が答えるような気がした。
あの日、城中庭に誰が立っていたのか。
俺はまだ、その答えを受け取る準備ができていなかった。課題12の質問欄のように、この問いは欄の外に置いておきたかった。
翌日の午後の相談で、俺は相談員にテレビの話をした。子供の手のひらと、画面の端の外を見ていた目。
相談員は質問するときだけ俺を見た。半分こルールはそのままだった。窓枠の中の鉢二つと、窓の外の鉢一つもそのままだった。窓の外の鉢は雨に一度当たって、土の色が濃くなっていた。枯れた葉はそのままだった。
「画面だから、安全だったでしょうね」
相談員が言った。
「画面だから安全でした」
「ただ」
「ただ、あの子供は画面でもガラスでも関係なく、見ているようです。何を見ているのかは分かりません」
相談員はその言葉を記録紙に書き写した。そして窓の外の鉢を一度見た。俺もつられて見た。ガラス一枚越しの枯れた鉢。書類の上では、まだ相談室に所属している鉢。ガラス一枚が何を遮ってくれるのか、その日の相談室で、俺たちは二人とも確信できなかった。
翌朝、配膳口が開いた。あいさつだった。
「こんにちは」
俺は答えた。この刑務所で俺を呼ぶ言葉は三つあった。番号、聖騎士、そしてあいさつの「こんにちは」。表彰状の「他の模範」を入れれば四つ。勝った側でも負けた側でもない人たちが付けた名前だった。
この人たちは、俺が誰にとって何だったのかを知らない。だから俺をどう呼んでもよかった。俺はその、どうでもよさが、ありがたかった。
あいさつは配膳口の蓋を閉める前に、少し止まった。俺はあいさつの手を見た。手の甲に皺の多い手だった。
その手は、誕生日に飯の中に餅を隠した。その手は、明け方の見回りで懐中電灯を俺の寝台の前に長く当てた。その手の持ち主は、俺が誰なのか知らないまま、毎朝同じ言葉を言った。
勝った側の布告文よりも、負けた側が俺を何と呼んだのか分からない名前よりも、その一言が、今の俺にとって一番確かな名前だった。
その夜、居間のテレビに子供はまた出なかった。牧師は、海外ニュースは三日に一度しか出ないと言った。
俺はその三日を待たなかった。代わりに天井に向かって、その言葉を言った。声に出して。
「勝った側は売国奴と呼んだ。負けた側は、何と呼んだのか」
* * *
その日、居間のテレビの前には十四人が座っていた。子供の手のひらを祝福と見た者は、牧師一人だけだった。
子供は出国ロビーの扉を通る前に、手のひらを引っ込めた。その手が何を送ったのかは、その手だけが知っていた。




