第78話 勝ったものと負けたもの(2)――縫い目の月
管理番号KR-07 矯正相談記録
課題22 — 残された土地
* * *
俺は今週、表彰状を受け取った。
矯正の日の行事で、いちばん最後の順番だった。
講堂で、模範収容者12人が名前ではなく番号で呼ばれて前に出た。俺もその一人だった。
700日以上、懲罰なし。作業の不良率は低く、書芸展覧会には作品が掛かり、チュック大会では準優勝チームだった。表彰状の理由欄には「他の模範」と書いてあった。
同室のご老人は客席で、唇だけで拍手をした。音のない拍手だった。
その夜、ご老人は俺の表彰状を眺めながら、自分も30年のあいだ、信者たちに表彰状を配ってきたと言った。信仰の勇士賞、献身賞、皆勤賞。
表彰状を一枚刷るのにいくらもかからないのに、もらった者たちはその値の100倍を献金したのだと言った。
表彰状は配る側が得なのだと言った。刑務所もそれが分かっているのだと言った。
表彰状には特典が付いてきた。ひと月に電話が2回、多く使えた。
俺には、電話をかける相手がいなかった。
ご老人は、その電話を自分に貸してほしいと言った。信者たちに安否の電話をかけたいのだと言った。
班長の答えは短かった。
「表彰の特典は譲渡不可です」
ご老人は、では電話をかけるのはそちらでいい、受話器だけ自分に回してもらえばいいではないかと言った。
班長の答えも、短かった。
「受話器も、譲渡不可です」
ご老人は、この国は受話器にまで区画を分けるのか、と舌打ちした。
俺は表彰状を折り畳んで、ノートの後ろに挟んだ。ノートの後ろの、縦書きの文字の隣に。
他の模範。
俺はその四文字を長いこと眺めた。
今回の課題を書くには、その四文字の隣に別の四文字を並べなければならなかった。
あっちの布告文に書かれていた言葉。
それを書く前に、俺は表彰状を折った。
* * *
模範収容者の表彰。理由は、他の模範。
彼は表彰状を、ノートのいちばん後ろ、縦書きの文字がある後ろの頁の隣に挟んだと言った。
* * *
南門が壊れてから、エスベルはさらに二年耐えた。それ以上は耐えられなかった。
彼らは務めの時が終わると退がり、また下りてきた。季節ごとに。
下りてくるたびに、森が一つ空になった。
俺が丸を付けた四つのうち、三つがその二年の間に空になった。
残ったのは、東の端の森が一つだけだった。塀のある村の向こうの森。
彼らはその森までは来なかった。遠すぎたし、その森の向こうに、奴らが欲しがるものは何もなかった。
小さな村が一つと、塀が一つだけだった。
その二年目の冬に、エスベルが落ちた。
俺は城砦を捨てて退がった。三つの井戸は、そこに置いてきた。
避難民の子どもたちを連れて、南へ下りた。
城壁の上の魔法使い様、と俺を呼んでいた子どもたちは、そのとき半分が残っていた。
俺は残った子どもたちを数えなかった。
その年の冬が終わる前に、首都が降伏した。
王はチラカへ使者を送った。
使者が持っていった文書には、我が国の土地が升目ごとに記されていたと聞いた。
升ごとに、チラカの名が新しく書き込まれた。最後の升が、一つだけ空いていた。
俺の土地だった。
* * *
俺の土地は、南の山脈の下の谷にあった。
俺の一族が代々治めてきた土地だった。
城は古びていて、民は多くなかった。
俺が学堂にいる間、年寄りたちと子どもたちがその土地を守っていた。
その土地には、森がなかった。
だから俺は、その土地にあれらを呼んだことがなかった。
俺の土地だけは、俺のものたちが触れていない土地だった。
その谷の子どもたちは、夜になっても戸に閂をかけなかった。
午前3時に起こされることもなかった。
森から何が下りてくるのか、知らなかった。
我が国で、それを知らない子どもたちは、その谷にだけ残っていた。
俺はその土地へ戻った。
残った兵たちと、避難民の子どもたちを連れて行った。
城門を閉じた。
我が国で、チラカの名が記されていない土地は、その谷だけだった。
俺はその谷の城壁の上に立った。
手を挙げる先の森が、なかった。
残った森は一つだけ、遠すぎた。
俺は初めて、城壁の上で手を挙げずに立っていた。
チラカは布告文を貼った。
降伏した我が国の、町ごとに。
俺の名とともに。
布告文は、俺をこう呼んだという。
国民を死地へ追いやった、最悪の売国奴。
* * *
「売国奴」。
初めて出てくる。
彼は、この語を使い、表彰状の話を冒頭に書いた理由が分かった、と言った。
* * *
布告文を初めて見たのは、俺の土地へ逃げてきた者が持ってきた一枚だった。
紙は雨に濡れていた。
濡れた紙はよく燃えない。
カネン川の下流の陣営で招請事由書を拾ったときと同じだ。
俺はその布告文を広げて読んだ。
あれらの文書は、今回も様式があった。
一番上に文書の名前があり、その下に罪状があった。
罪状の欄には、俺の名前。
その隣に、あの言葉。
「国民を死地へ追いやった」
俺はその言葉が間違っていると思った。
俺は国民を守るために、あれらを呼んだ。
師匠は、土地ではなく人を守れと言った。
俺は人を守るために、禁忌を破った。
あれらはそれを、死地へ追いやったと書いたのだ。
* * *
ところが、その布告文を持ってきたのは、国境に近い村の者だった。
森に近い村。
その者は、村の話をした。
俺が名を呼んだ森の一つが、その村の裏手にあった。
あれらがその森を空にするまで、村の者たちは毎晩、戸に閂をかけて眠ったという。
チラカの軍のせいではない。
森から降りてくる、あれらのせいだった。
その者は、あれらが誰のものなのか、知らなかった。
俺にその話をする間、ずっと体を震わせていた。
俺はその者に、何も言わなかった。
布告文を折って、胸にしまった。
招請事由書の隣に。
* * *
翌年の春になると、王室から人が来た。
封印官だった。王室の封印を預かる老いた魔法使いで、学堂で何度か見かけたことがある。師と同じ年に学堂を出た人だと聞いていた。
語尾を長く伸ばす癖があった。
封印官は城門の前で馬を降りた。一人きりだった。護衛も連れていない。俺を相手に護衛など無駄だと分かっている人だった。
封印官は条件を持ってきた。チラカと王室が合意した条件だ。
俺の領地は、チラカの名を受けない。
俺の一族と、領地の民すべての安全は保障される。
その代わり、俺は封印される。殺すのではない。永遠に封じる。
俺が呼んだものたちのように、収めることのできない者を、収める代わりに閉じ込める。そういうその日だけは、領地の城中庭に立っていなければならなかった。
封印官はその日を、約束の日、と呼んだ。
封印官は条件文を手渡しながら、何気なく言った。
「そなたの師は、この前の冬に亡くなったのでなあ……。王都が降伏する1か月前のことであった。学堂の地下の壁が破られたと知ってからは、病に臥せておられたと聞いている……」
封印官はそう言って、俺の顔を見た。
俺は何の顔もしなかった。できる顔がなかった。
師は名を付けるなと言った。俺は名を付けた。
師がそのことを知って亡くなったのかどうかは、訊かなかった。
地下に灯明を一つ置いて、上っていった後ろ姿だけが浮かんだ。
俺はその条件を受け入れた。その場で。長くは考えなかった。
一族の老人たち。領地の子供たち。避難民の子供のうち、残った半分。俺について谷へ入った兵士たち。
その人たちが安全なら、俺一人が封じられるのは、割に合う勘定だった。
師の言ったとおり、土地ではなく人を守る勘定だった。
俺は封印官の前で、その条件文に署名した。自分の名で。
名の欄は、一行だった。
封印官は署名を見て、うなずいた。
語尾を長く引いて、言った。
「そなたは、最後まで人を守るのであろうなあ……」
それが褒め言葉なのかどうか、俺には分からなかった。
* * *
封印の執行日は、翌年の晩秋、初霜が降りる日。場所は、彼の城中庭。
封印官はその日を「約束の日」と呼んだ。
課題16を書いていた明け方、彼が横になりながら言ったというあの言葉と、同じ単語だった。
「約束した日が過ぎた」
* * *
封印官が帰った日の夕方、俺は城中庭に出て、立った。
約束の日に、立っていなければならない場所だった。
中庭は広くなかった。
俺の一族の子供たちが、そこで遊んでいた。避難民の子供たちも混ざって遊んでいた。
子供たちは、俺が中庭の真ん中に立っているのを見て、寄ってきた。
「城壁の上の魔法使い様」
一人が俺の裾を掴んだ。もう一人が、反対側を掴んだ。
俺はその中庭で、一年半後に封印されることになっていた。
子供たちは、それを知らなかった。
俺は子供たちに言わなかった。子供たちの前で泣かないようにするためだった。
そんな規則があったわけではない。それでもその日、俺はそうした。
この箇所を書いてから、俺は課題7を思い出した。
この身体が孤児院を発つ、最後の一週間。
食堂の柱の、二つ目の規則。子供たちの前で泣かないこと。
この身体は、その規則のせいで、別れを告げられなかった。
俺にはその規則がなかったのに、同じことをした。
どちらも、子供たちには言わなかった。どちらも、発つ日を知っていた。
ここまでは、英雄の物語だ。
* * *
同室のご老人は、その課題を読み進めていて、封印のところで止まった。
「封印ってのは、封筒に判を押すもんか」
手紙の検閲のときに押す、あの判と同じものか、という質問だった。
俺は、似たようなものだと言った。人を閉じ込めるものだった。
ご老人はうなずいた。自分も封印されたことがある、と言った。
最初に捕まったとき、教会の献金箱に裁判所の封印の札を貼られたのだという。
その札は、まだ剥がれていないのだと言った。
中に入っている金が今は誰のものなのか、自分にも分からないのだと言った。
ご老人は布告文の箇所も読んだ。売国奴のところでしばらく止まってから、聞いてきた。
「懸賞金はいくらだった」
俺は、知らないと答えた。布告文の下のほうは、雨に濡れて滲んでいた。
ご老人は残念がった。自分が手配されたときは、懸賞金がつかなかったのだと言った。
「詐欺師には懸賞金がつかん。捕まえに来る者より、被害者のほうが先に来るからな」
ご老人は、懸賞金がつくほど憎まれたことがないのが寂しい、と言った。
それから俺を見て、こう言った。
「お前はそのくらい憎まれたんだ。そのくらいのことは、したんだろう」
褒めているのかそうでないのかは、封印官の言葉と同じで、分からなかった。
その晩、俺は表彰状をノートの後ろから取り出して、もう一度見た。
他の模範となる。
その隣に、布告文の言葉を並べてみた。
国民を死地に追いやった最悪の売国奴。
どちらも、俺を呼ぶ言葉だった。一枚は勝った側が貼り、もう一枚はこの刑務所が貼った。
どちらも、欄に合わせて書かれていた。
その二つのうち、どちらが正しいのか、俺には決められなかった。
封印官の前で署名するまでの俺は、表彰状の側だった。それからの俺は、まだ書いていない。
* * *
封印官はその日、署名を受け取って、城門を出た。
その日、城壁の上にいた者は知っていた。彼がその城門を再びくぐることになる日は、初霜が降りる日だと。
表彰状は、ノートのいちばん後ろにまた挟まれた。布告文は、彼のノートのどこにも挟まれなかった。
あの紙は、こちら側にない。




