第77話 勝ったものと負けたもの(1)――縫い目の月
管理番号KR-07 矯正相談記録
課題21 ― ほとんど。
* * *
今週、刑務所でチュックの大会があった。矯正の日の行事だ。
舎棟ごとに一チームずつ出て、運動場で競った。
俺たちの舎棟のチームは、うなぎの刺青と、点をひとつ多く数える男、それに俺を入れて六人だった。
同室のご老人が応援団長を買って出た。声を出せば騒乱行為になるから、唇だけ動かす応援だった。
俺たちのチームは決勝まで行った。決勝の相手は、この刑務所でいちばん長くチュックをやってきた舎棟だった。
最後のセットは14対14。あと1点取れば勝ち、という場面で、俺が蹴った球が塀の方へ飛んでいった。
2年以上かけて直せなかった癖だった。
球は塀に当たって落ちた。相手の舎棟が1点を取った。
次の球は相手が蹴り、俺たちは拾えなかった。
14対16。
点をひとつ多く数える男は、試合が終わってからも当分の間、俺たちが勝ったと言い張った。自分の計算では16対14だった、という。
審判を務めた刑務官は、その男の計算を取り合わなかった。
うなぎの刺青は俺の肩を叩き、ほとんど勝ちだったと言った。
その言葉が慰めになったのか、俺にはわからない。
賞状は相手の舎棟が受け取った。俺たちの舎棟は準優勝の賞品として、チョコパイを一箱もらった。
箱には36個入っていた。舎棟の人数で割れば、一人に一つずつだった。
同室のご老人は、応援団長の分として二つよこせと言った。声のない応援も応援だ、と。
うなぎの刺青は、声のない応援は応援ではなく祈りだと言った。
それなら祈りの分をもう一つよこせ、とご老人は言った。結局、ご老人は三つ受け取った。
夜の点呼のとき、ご老人はそのうちの一つを配膳口の前に置いておいた。あいさつの分だと言った。
あいさつはそのチョコパイを見下ろし、「こんにちは」と言って通り過ぎた。
チョコパイは翌朝まで配膳口の前にあった。ご老人はそれを持ち帰りながら、受け取られなかった贈り物は二度食べられると言った。一度は与える喜びとして、一度は口で。
同室のご老人はその箱を見て、唇だけで「ハレルヤ」と言った。声は出さなかった。
その夜、この課題を書いた。題は先生がつけてくれた。ほとんど。チュックの話を聞いて決めたのだ、と言った。
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チュック大会、準優勝。最後の失点は、彼が壁の方へ蹴ったボール。
課題の題は、その話を聞いて決まった。
* * *
4年目の夏、俺たちはほとんど勝っていた。
その年の春までに、俺が名を呼んだ森は十一あった。巻物の数と同じだった。
どの森にもあれらが留まり、チラカの軍はその森々を避けて回った。
奴らの補給路は、森と森の間の細い道だけに繋がっていた。
俺はその細い道を地図に描いた。そして、その道が集まる場所を見つけた。
川の北の広い野原だった。奴らの本陣はそこにあった。
俺はその野原の南の丘の上に立った。午前3時だった。
丘の下に、奴らの本陣が見下ろせた。天幕が数千、松明が数千。
上から見ると、松明は小さかった。点のように。
俺は手を上げた。手のひらを下へ。十一の森に留まっていたあれらの名を、順に呼んだ。
あれらが来た。十一の森から一斉に。丘を越え、野原を横切り、奴らの本陣へ。
音はなかった。
数千の松明のうち、端のものから消えていった。一つ、二つ、十、百。
俺はその松明が消えていくのを数えた。最初は、数えていた。
日が昇る頃、奴らの本陣は半分が消えていた。残った半分は、川の方へ退いていた。
こちらの兵たちが城砦で喊声を上げた。エスベルの城壁の上で、マセルンが旗を振っているのが見えた。とても小さく。
俺たちは勝ちつつあった。奴らが川を渡って引き返しさえすれば、この戦争は終わるはずだった。
俺は丘の上で、それを見ていた。
風が強かった。指先が冷えた。寒くはなかった。
* * *
松明が消えていくのを数えた、と書いた。最初だけ数えた、とも言った。
丘の上の風、�える指先、寒さはなかった。課題13と課題19に同じ文がある。三度目。
* * *
彼らは、日が昇ったあとに来た。
川の向こうで光が立った。柱のようでもあり、扉枠のようでもある光。神殿の庭の真ん中の石の上に立っていた光と同じ光だった。
あのとき、俺はあの光が何なのか知らなかった。招請事由書は懐にあったが、その書類で呼び下ろした�がどうやって降りてくるのかは、知らなかった。
光の中から人が歩いて出てきた。
何人だったか、正確には数えられなかった。五人だったか、七人だったか。遠かった。顔は見えなかった。
光が明るすぎて、彼らの姿は光の�で�いているだけだった。松明の�で�いていたあれらのように。
そう思うと、俺は笑った。彼らも、俺の側から見ればああ見えるのだろう。
彼らは川を渡った。水の上を歩いて。先頭の者が手を差し�べると、川の水が�かれた。
彼らは野原へ入ってきた。
俺のあれらは、まだ野原にいた。日が昇っても引き下がらなかったものたち。十一の森から呼び出したあれらは数が多すぎて、全部は森へ戻れなかった。
彼らは、俺のあれらを消した。
一人は手から光を噴き出した。その光の触れた場所で、黒いものが散った。
一人は�を振るった。�の�ぎ去った場所で、黒いものは二つに割れ、二度と�がらなかった。
一人は、�ったチラカの兵たちの間を歩き回りながら、手を当てた。手を当てられた兵たちが立ち上がった。
手を当てられた兵たちが立ち上がった。
この行を書いたあと、�が止まった。
井戸の�で子供の指を�ばした手。
三日目の夜、騎士の左腕を�まえた手。
その手も、ああして当てられていた。
だが、その者はこの身体ではなかった。この身体はそのとき、東の森の向こうの�の上にあった。
空から呼ばれてきた�は何本もあり、手で治す�も一本だけではなかった。
* * *
丘の上で、俺はもう一度手を挙げた。
森の名前をもう一度呼んだ。
あれらが、さらに来た。彼らは、あれらをさらに消した。日が高く昇るほど、あれらは弱くなっていった。彼らは、疲れなかった。
空が、彼らの味方だった。
空は一つしかないと思っていた俺は、その日、初めて知った。そのたった一つの空が、奴らの味方なのだと。
* * *
正午になる前に、野のあれらはすべて消された。
退きかけていたチラカの本隊が、振り返った。今度は、俺たちの方へ。彼らが、先頭に立った。
エスベルの方から、鐘が鳴った。
俺は丘を下りて、城砦へ走った。城砦に着いたとき、彼らはもう、川辺の南門の前にいた。城砦の門は四つあった。そのうち南門が一番弱かった。川を渡ってくれば、一番先にたどり着く門だった。
俺はマセルンに、南門を任せた。
* * *
課題9の城砦の段落。ノートの後ろの、古風な三行。南の門は私が任せたものだ。この課題では、同じ文が彼の口調で出てきた。
* * *
マセルンは笑った。目が先に笑った。
俺は南門を頼むと言った。マセルンは俺の手を握った。冷たい手だった。
マセルンはその手で、俺の手を一度きつく握って言った。
「あなたは城壁の上で、手を挙げていてください。門は私が守ります」
そう言って、南門へ下りていった。
それから後、マセルンが俺の左側に立つことはなかった。あの日は、最後に俺の左側をかすめて過ぎていった。
俺は城壁の上で手を挙げた。残った名前を呼んだ。
あれらは昼だと遅かった。城壁の下へ、ようやく這うように下りていった。
彼らは、あれらを消しながら、南門へ歩いていった。南門で音がした。門が壊れる音だった。
そして、静かになった。
俺は南門の方を振り返らなかった。城壁の上で手を挙げたまま、川の方だけを見ていた。振り返れば、何を見ることになるか、分かっていた。
日が暮れるころ、彼らは退いた。なぜ退いたのかは分からない。彼らにも、使う時間があったらしい。
彼らが退いたあと、俺は城砦の中の三つの井戸を通り過ぎて、宿舎へ行った。井戸を覗かなかった。覗けば、そこに映る顔が、もう一つ増えるような気がした。
マセルンは南門から戻らなかった。
その夜、兵たちが南門からマセルンを連れてきた。俺は行かなかった。
宿舎の窓から、松明の行列が城砦の庭を横切っていくのを見た。松明は六つ。その真ん中に、担架が一つ。
担架にかけられた布が、風に持ち上げられて、また落ちた。
俺は窓辺から退いた。
翌朝、マセルンを埋めるときも、俺は城壁の上にいた。川の方を眺めていた。奴らがまた来るかもしれないから。そう言ったが、本当は南を見ないようにするために、川の方を向いていた。
マセルンを埋めた場所は、城砦の西の隅だった。井戸から二十歩ほどの場所。
この行を書いてから、俺はペンを置いた。
孤児院の庭の西の隅、井戸から二十歩。課題5にはそう書いた。はしごの下で数を数えていた子を埋めた場所だ。二つの場所が、同じ言葉で書かれていた。
どちらが先にその言葉を持ったのか、俺には分からない。
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マセルンを埋めた場所は、課題5の子どもの墓の場所と、同じ言葉で書かれていた。西の隅、井戸から二十歩。
彼は今度は、その文を書いた記憶があると言った。書きながら分かった、と言った。
* * *
その夜、地図を広げた。
十一の森のうち、七つは空だった。奴らが通った森のあれらは、すべて消えていた。
残った四つは東にあった。東端の森。塀のある村の向こうの森も、その四つのうちの一つだった。
俺はその四つに丸をつけた。奴らがまだ届いていない森。そこにいるあれらは、まだ俺の名を聞く。
あれらをまた呼ぶ日を、俺は数えた。奴らが使う時間を使い切って、退いていく日。
その日が来れば、残った四つでまた始められる。そう考えた。
そう考えている間、俺はマセルンを埋めた場所を一度も思い出さなかった。思い出さないように、森の数を数えた。
四つ。四つあれば、十分だった。
その夜はそう信じた。信じなければ、眠れなかった。
この身体は、その年の夏、東端の森の向こうの塀の上にあった。俺が丸をつけたその森のあれらと、毎晩、向かい合って立っていた。
そのとき、俺の地図の丸の一つが、この身体の六年だった。
あの朝、日が昇るころまで、俺たちは勝っていた。
奴らの本隊は半分が消え、残った半分は川へ退いていた。
奴らが川を渡ってさえいれば。半日だけ遅く降りてきてさえいれば。
ほとんど。
先生が決めてくれた題名を、俺は長いこと眺めた。
チュック(足排球)大会の最後のセットを思い出した。14対14。
あと1点取れば勝ち、という場面で、俺の球は塀へ行った。
うなぎの刺青は、ほとんど勝ったと言った。
点をひとつ多く数える男は、俺たちが勝ったと言い張った。
賞状は相手が受け取った。
ほとんど勝った側に残るのは、チョコパイ一箱だ。
そして、帰ってこなかった人が一人。
俺は、ほとんど勝った。ほとんどは、負けだ。
* * *
彼は、あの朝、消えていく松明を数えたと書いた。
幾つまで数えたのかは、書かなかった。
光の中から歩み出てきた者たちの顔を、彼は最後まで書かなかった。
光が明るすぎたとだけ、書いた。




