↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/160

第77話 勝ったものと負けたもの(1)――縫い目の月

管理番号KR-07 矯正相談記録

課題21 ― ほとんど。


* * *


今週、刑務所でチュックの大会があった。矯正の日の行事だ。


舎棟ごとに一チームずつ出て、運動場で競った。


俺たちの舎棟のチームは、うなぎの刺青と、点をひとつ多く数える男、それに俺を入れて六人だった。


同室のご老人が応援団長を買って出た。声を出せば騒乱行為になるから、唇だけ動かす応援だった。


俺たちのチームは決勝まで行った。決勝の相手は、この刑務所でいちばん長くチュックをやってきた舎棟だった。


最後のセットは14対14。あと1点取れば勝ち、という場面で、俺が蹴った球が塀の方へ飛んでいった。


2年以上かけて直せなかった癖だった。


球は塀に当たって落ちた。相手の舎棟が1点を取った。


次の球は相手が蹴り、俺たちは拾えなかった。


14対16。


点をひとつ多く数える男は、試合が終わってからも当分の間、俺たちが勝ったと言い張った。自分の計算では16対14だった、という。


審判を務めた刑務官は、その男の計算を取り合わなかった。


うなぎの刺青は俺の肩を叩き、ほとんど勝ちだったと言った。


その言葉が慰めになったのか、俺にはわからない。


賞状は相手の舎棟が受け取った。俺たちの舎棟は準優勝の賞品として、チョコパイを一箱もらった。


箱には36個入っていた。舎棟の人数で割れば、一人に一つずつだった。


同室のご老人は、応援団長の分として二つよこせと言った。声のない応援も応援だ、と。


うなぎの刺青は、声のない応援は応援ではなく祈りだと言った。


それなら祈りの分をもう一つよこせ、とご老人は言った。結局、ご老人は三つ受け取った。


夜の点呼のとき、ご老人はそのうちの一つを配膳口の前に置いておいた。あいさつの分だと言った。


あいさつはそのチョコパイを見下ろし、「こんにちは」と言って通り過ぎた。


チョコパイは翌朝まで配膳口の前にあった。ご老人はそれを持ち帰りながら、受け取られなかった贈り物は二度食べられると言った。一度は与える喜びとして、一度は口で。


同室のご老人はその箱を見て、唇だけで「ハレルヤ」と言った。声は出さなかった。


その夜、この課題を書いた。題は先生がつけてくれた。ほとんど。チュックの話を聞いて決めたのだ、と言った。


* * *


チュック大会、準優勝。最後の失点は、彼が壁の方へ蹴ったボール。


課題の題は、その話を聞いて決まった。


* * *


4年目の夏、俺たちはほとんど勝っていた。


その年の春までに、俺が名を呼んだ森は十一あった。巻物の数と同じだった。


どの森にもあれらが留まり、チラカの軍はその森々を避けて回った。


奴らの補給路は、森と森の間の細い道だけに繋がっていた。


俺はその細い道を地図に描いた。そして、その道が集まる場所を見つけた。


川の北の広い野原だった。奴らの本陣はそこにあった。


俺はその野原の南の丘の上に立った。午前3時だった。


丘の下に、奴らの本陣が見下ろせた。天幕が数千、松明が数千。


上から見ると、松明は小さかった。点のように。


俺は手を上げた。手のひらを下へ。十一の森に留まっていたあれらの名を、順に呼んだ。


あれらが来た。十一の森から一斉に。丘を越え、野原を横切り、奴らの本陣へ。


音はなかった。


数千の松明のうち、端のものから消えていった。一つ、二つ、十、百。


俺はその松明が消えていくのを数えた。最初は、数えていた。


日が昇る頃、奴らの本陣は半分が消えていた。残った半分は、川の方へ退いていた。


こちらの兵たちが城砦で喊声を上げた。エスベルの城壁の上で、マセルンが旗を振っているのが見えた。とても小さく。


俺たちは勝ちつつあった。奴らが川を渡って引き返しさえすれば、この戦争は終わるはずだった。


俺は丘の上で、それを見ていた。


風が強かった。指先が冷えた。寒くはなかった。


* * *


松明が消えていくのを数えた、と書いた。最初だけ数えた、とも言った。


丘の上の風、�える指先、寒さはなかった。課題13と課題19に同じ文がある。三度目。


* * *


彼らは、日が昇ったあとに来た。


川の向こうで光が立った。柱のようでもあり、扉枠のようでもある光。神殿の庭の真ん中の石の上に立っていた光と同じ光だった。


あのとき、俺はあの光が何なのか知らなかった。招請事由書は懐にあったが、その書類で呼び下ろした�がどうやって降りてくるのかは、知らなかった。


光の中から人が歩いて出てきた。


何人だったか、正確には数えられなかった。五人だったか、七人だったか。遠かった。顔は見えなかった。


光が明るすぎて、彼らの姿は光の�で�いているだけだった。松明の�で�いていたあれらのように。


そう思うと、俺は笑った。彼らも、俺の側から見ればああ見えるのだろう。


彼らは川を渡った。水の上を歩いて。先頭の者が手を差し�べると、川の水が�かれた。


彼らは野原へ入ってきた。


俺のあれらは、まだ野原にいた。日が昇っても引き下がらなかったものたち。十一の森から呼び出したあれらは数が多すぎて、全部は森へ戻れなかった。


彼らは、俺のあれらを消した。


一人は手から光を噴き出した。その光の触れた場所で、黒いものが散った。


一人は�を振るった。�の�ぎ去った場所で、黒いものは二つに割れ、二度と�がらなかった。


一人は、�ったチラカの兵たちの間を歩き回りながら、手を当てた。手を当てられた兵たちが立ち上がった。


手を当てられた兵たちが立ち上がった。


この行を書いたあと、�が止まった。


井戸の�で子供の指を�ばした手。


三日目の夜、騎士の左腕を�まえた手。


その手も、ああして当てられていた。


だが、その者はこの身体ではなかった。この身体はそのとき、東の森の向こうの�の上にあった。


空から呼ばれてきた�は何本もあり、手で治す�も一本だけではなかった。


* * *


丘の上で、俺はもう一度手を挙げた。


森の名前をもう一度呼んだ。


あれらが、さらに来た。彼らは、あれらをさらに消した。日が高く昇るほど、あれらは弱くなっていった。彼らは、疲れなかった。


空が、彼らの味方だった。


空は一つしかないと思っていた俺は、その日、初めて知った。そのたった一つの空が、奴らの味方なのだと。


* * *


正午になる前に、野のあれらはすべて消された。


退きかけていたチラカの本隊が、振り返った。今度は、俺たちの方へ。彼らが、先頭に立った。


エスベルの方から、鐘が鳴った。


俺は丘を下りて、城砦へ走った。城砦に着いたとき、彼らはもう、川辺の南門の前にいた。城砦の門は四つあった。そのうち南門が一番弱かった。川を渡ってくれば、一番先にたどり着く門だった。


俺はマセルンに、南門を任せた。


* * *


課題9の城砦の段落。ノートの後ろの、古風な三行。南の門は私が任せたものだ。この課題では、同じ文が彼の口調で出てきた。


* * *


マセルンは笑った。目が先に笑った。


俺は南門を頼むと言った。マセルンは俺の手を握った。冷たい手だった。


マセルンはその手で、俺の手を一度きつく握って言った。


「あなたは城壁の上で、手を挙げていてください。門は私が守ります」


そう言って、南門へ下りていった。


それから後、マセルンが俺の左側に立つことはなかった。あの日は、最後に俺の左側をかすめて過ぎていった。


俺は城壁の上で手を挙げた。残った名前を呼んだ。


あれらは昼だと遅かった。城壁の下へ、ようやく這うように下りていった。


彼らは、あれらを消しながら、南門へ歩いていった。南門で音がした。門が壊れる音だった。


そして、静かになった。


俺は南門の方を振り返らなかった。城壁の上で手を挙げたまま、川の方だけを見ていた。振り返れば、何を見ることになるか、分かっていた。


日が暮れるころ、彼らは退いた。なぜ退いたのかは分からない。彼らにも、使う時間があったらしい。


彼らが退いたあと、俺は城砦の中の三つの井戸を通り過ぎて、宿舎へ行った。井戸を覗かなかった。覗けば、そこに映る顔が、もう一つ増えるような気がした。


マセルンは南門から戻らなかった。


その夜、兵たちが南門からマセルンを連れてきた。俺は行かなかった。


宿舎の窓から、松明の行列が城砦の庭を横切っていくのを見た。松明は六つ。その真ん中に、担架が一つ。


担架にかけられた布が、風に持ち上げられて、また落ちた。


俺は窓辺から退いた。


翌朝、マセルンを埋めるときも、俺は城壁の上にいた。川の方を眺めていた。奴らがまた来るかもしれないから。そう言ったが、本当は南を見ないようにするために、川の方を向いていた。


マセルンを埋めた場所は、城砦の西の隅だった。井戸から二十歩ほどの場所。


この行を書いてから、俺はペンを置いた。


孤児院の庭の西の隅、井戸から二十歩。課題5にはそう書いた。はしごの下で数を数えていた子を埋めた場所だ。二つの場所が、同じ言葉で書かれていた。


どちらが先にその言葉を持ったのか、俺には分からない。


* * *


マセルンを埋めた場所は、課題5の子どもの墓の場所と、同じ言葉で書かれていた。西の隅、井戸から二十歩。


彼は今度は、その文を書いた記憶があると言った。書きながら分かった、と言った。


* * *


その夜、地図を広げた。


十一の森のうち、七つは空だった。奴らが通った森のあれらは、すべて消えていた。


残った四つは東にあった。東端の森。塀のある村の向こうの森も、その四つのうちの一つだった。


俺はその四つに丸をつけた。奴らがまだ届いていない森。そこにいるあれらは、まだ俺の名を聞く。


あれらをまた呼ぶ日を、俺は数えた。奴らが使う時間を使い切って、退いていく日。


その日が来れば、残った四つでまた始められる。そう考えた。


そう考えている間、俺はマセルンを埋めた場所を一度も思い出さなかった。思い出さないように、森の数を数えた。


四つ。四つあれば、十分だった。


その夜はそう信じた。信じなければ、眠れなかった。


この身体は、その年の夏、東端の森の向こうの塀の上にあった。俺が丸をつけたその森のあれらと、毎晩、向かい合って立っていた。


そのとき、俺の地図の丸の一つが、この身体の六年だった。


あの朝、日が昇るころまで、俺たちは勝っていた。


奴らの本隊は半分が消え、残った半分は川へ退いていた。


奴らが川を渡ってさえいれば。半日だけ遅く降りてきてさえいれば。


ほとんど。


先生が決めてくれた題名を、俺は長いこと眺めた。


チュック(足排球)大会の最後のセットを思い出した。14対14。


あと1点取れば勝ち、という場面で、俺の球は塀へ行った。


うなぎの刺青は、ほとんど勝ったと言った。


点をひとつ多く数える男は、俺たちが勝ったと言い張った。


賞状は相手が受け取った。


ほとんど勝った側に残るのは、チョコパイ一箱だ。


そして、帰ってこなかった人が一人。


俺は、ほとんど勝った。ほとんどは、負けだ。


* * *


彼は、あの朝、消えていく松明を数えたと書いた。


幾つまで数えたのかは、書かなかった。


光の中から歩み出てきた者たちの顔を、彼は最後まで書かなかった。


光が明るすぎたとだけ、書いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。