第71話 招請事由書(1)――巻きかがりの月
管理番号 KR-07 矯正相談記録
課題17 — 最後まで読むこと
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先生が三枚を返してくれました。私が相談室で十六の断片に破いた、あの三枚です。
断片にはどれにも透明テープが貼られていました。テープの跡が縦に長く残っていて、横書きの文字の上に縦線が何本も引かれたように見えました。
返してもらうには書類を書かないといけませんでした。収容者所有物返却確認書。課題物は収容者の所有物なので、相談室が保管しているなら保管証を切らないといけないし、返すときには返却確認書を受け取らないといけないのだそうです。
先生は保管証を切っていない、と言いました。破いた紙を保管すると書く欄がなかったから、と。だから返却確認書も書けませんでした。保管したことのない物は、返すこともできないからです。
先生は結局、確認書なしで三枚を私の手に握らせました。そして、これは元々最初から私の手にあった物だと言いました。書類の上では、という意味でした。
先生は今回の課題の題を、「最後まで読むこと」と書いてくれました。今度は破かないで最後まで読みなさい、ということでした。読みたくないところが出てきたら、読みたくないと書いて、その次の行を読みなさい、と言われました。
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貼り合わせた三枚は返ってきた。保管証も返却確認書もない。書類の上では、あの三枚は相談室に来たことがない。
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部屋で、その三枚を読みました。
同室のご老人が作業場へ行った午後でした。
私は作業を一日休みました。医療課に、頭痛だと言って診療の申請を出しておきました。嘘ではありませんでした。
最初の行。「光の門は、庭の真ん中の石の上で開いたのであった」
二行目。「司祭が手を上げると、石の上の騎士の周りに光が立ったのであった」
三行目から先は、前回は読みませんでした。今回は読みました。
読み終えるのに、長くはかかりませんでした。三枚ですから。
けれど、読み終えてから、しばらく立ち上がれませんでした。
神殿の門の陰。最後の告解。手袋。三歩。司祭の右の眉。悲鳴。門の中へ歩いていった私。私の前にいたあの騎士。
読みたくない場所は、特にありませんでした。全部、読みたくありませんでした。
ところが、不思議なことに、全部読めてしまいました。引っかかる場所が一つもありませんでした。
ノートの後ろの縦書きの文字は、二文字も繋がらなかったのに、この三枚は最初から最後まで繋がっていました。私の字で書かれていたからです。
そして、私の字で書かれた「私」。ノートの中で「私」と名乗るその人は、読んでいるうちに、だんだん私の声に聞こえてきました。
「戦場で数千の悲鳴を聞いたが、そのような音はなかったのであった」
その行で、私は止まりました。
私は戦場に行ったことがありません。孤児院の塀の上で6年を過ごしました。あれらと戦いましたが、それは戦場ではありませんでした。
数千の悲鳴など、聞いたことがありません。孤児院で聞いた悲鳴は、数えれば数えられました。
なのに、その行を読んだ瞬間、数千の悲鳴がどんな音なのか、わかりました。耳ではなく、身体が知りました。
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彼は三枚を最後まで読んだ、と言った。
「戦場で数千の悲鳴」のところで、止まった、と言った。
彼はこの一行について、初めて「身体が知った」と書いた。
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その夜、ノートの前の方が、また埋まっていました。
今度は、驚きませんでした。
もう、あの手がいつ書くのかを知っています。
午前3時。あれらが下りてきた時間です。
いえ。今は、その時間が違って見えます。
孤児院であれらがなぜ午前3時に下りてきたのか。その時間を、誰が決めたのか。
それはまだ書きません。まだ、わからないからです。
朝になって見ると、こう書いてありました。
そのまま書き写します。今はもう、書き写すことができます。
書き写す前に、医療課へ行きました。前日に申し込んでおいた、頭痛の診察です。
先生は症状の欄を見て、いつから痛むのかと尋ねました。
私は、昨日の午後に三枚を読んでからです、と答えました。
先生は、何を読んだのかと尋ねました。
自分が書いたものだ、と答えました。
先生は、自分で書いた文章を読んで頭が痛くなる人は多い、と言いました。先生ご自身も、学会の発表文を読み返すと頭が痛くなるのだそうです。
鎮痛剤を二錠もらいました。診療記録の原因欄には、「読書」と書いてありました。
同室のご老人は、その記録を聞いて、刑務所で読書のせいで病気になった人間は初めて見た、と言いました。自分も次はその理由を書いてみようか、とも言っていました。
ご老人は、聖書以外の本は読みません。
聖書で頭が痛くなったのなら、それは信仰の問題だから鎮痛剤はもらえませんよ、と私は申し上げました。
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チラカの陣営で、その文書を初めて見た。
カネン川の下流の堤を崩した、その翌日のことであった。川の水が奴らの補給路を呑み込み、前線の陣営がひとつ、水に取り残された。俺はその陣営へ下りていった。指揮官の幕舎は空だった。奴らは書類を残らず焼いて去ったが、ひとつだけ焼けなかった。水に濡れて、火がつかなかったのだ。
その文書には様式があった。奴らの文書には、いつも様式がある。一番上に文書の名が記されていた。招請事由書。
その下に欄がいくつも並んでいた。招請する者、招請される者の数、招請する天、代価、そして最後の欄。
招請事由。
その欄は一行だった。一行に、俺の名が書いてあった。
奴らは俺を止めるために、別の天から人を呼び寄せて下ろすことにしたのだ。俺の名ひとつが、その事由だった。欄にぴったりと収まっていた。
俺はその文書を長いこと手に持っていた。濡れた紙が、俺の手のなかで乾いていった。乾いた箇所から、文字が滲んでいった。
一緒に下りてきた者が、その文書を見て尋ねた。
「これは何だ」
俺は答えなかった。代わりに文書を畳んで、懐に入れた。そして、その陣営を焼いた。濡れたものは濡れたまま、乾いたものは乾いたまま。
その夜、俺は初めて空を見上げた。別の天がどこにあるのか、探そうとした。見つからなかった。
天は、ひとつだけだった。
そのひとつだけの天から、奴らは剣を呼び下ろすのであろう。
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別の筆体で新しく書きつけられたくだりがある。古風な語り口。彼の字は、ノートの前のほうに、横書きで。
『招請事由書』という語が、初めて出てくる。彼は課題7で、『招請』という語を初めて聞いたと書いていた。それは、帰還命令書でのことだった。
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その日の夕方、点呼のとき、あいさつが配膳口の前に立っていました。
「こんにちは」
私は答えました。
あいさつは、蓋を閉める前に、私の寝台の上の三枚の紙を見ました。縦にテープの跡が走る紙。
あいさつは、何も尋ねませんでした。
ただ、その日の明け方の巡回のときにも、私の部屋の前で歩みを緩めたと、老先生が教えてくれました。あいさつは、おそらく、私がまた午前3時に座って書いているところを見たのでしょう。今度は、ノートの前のほうに、横書きで、きちんと。
私はこのくだりを書き写すあいだ、一度も手を止めませんでした。
前のときなら、破いていたでしょう。今度は、破りませんでした。
先生の言ったとおりにします。最後まで読みます。そして、読みたくないところでは、読みたくないと書きます。
読みたくないところは、ここです。
招請事由。
その欄は一行であった。その一行に、我が名が記されていた。
課題7では、私は帰還命令書を書きました。司祭様が食堂で読み上げてくれた、あの命令書です。
別の世界から招請された者は、用が済んだ。ゆえに大法則に従い、来た場所へ帰る——そういう文面でした。
あのとき私は、招請という言葉を初めて聞いた、と書きました。
誰が私を呼んだのか、記憶がない、とも書きました。
その言葉は妙に響いたのに、私は何も尋ねませんでした。
今は、その言葉がどこから来たのかを知っています。
招請事由書。
別の空から人を呼び下ろすための文書です。
私は、その文書で呼ばれてきた者でした。
六年のあいだ、孤児院の塀の上に立っていた者。
司祭様から叙任を受けた者。
用が済んだので、送り返された者。
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なのに、このくだりの中の「私」は、その文書を敵の陣営で拾い上げた者です。
その文書の理由の欄に、自分の名が書かれていた者です。
あの人たちが呼び下ろした剣が狙っていたのは、まさに、その「私」でした。
呼ばれてきた側と、呼んだ理由。
このノートには、どちらも私の字で書かれています。
そのくだりには、一緒に降りてきた者も出てきます。
「これは何だ」と問うた者。
その者が誰なのかは、書かれていません。
私は、マセルンだったのだろうと思いました。
南の城門を任せた日、手を握って笑ったという人。
そう思うと、手のひらが冷たくなりました。
課題9の、あの一文のように。
あの手は冷たかった。
私はその人を知らないのに、その人が隣にいたのなら、私の左側に立っただろう、と思えました。
孤児院の塀の上で、目の下に点のある騎士がいつもそうだったように。
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同室のご老人は、作業場から戻って、私があのくだりを書き写しているのを見ました。
ご老人は肩越しに何行か読み、招請事由書という言葉のところで止まりました。
そして、自分もそういう書類を書いたことがある、と言いました。
リバイバル集会の講師を招くための公文書だったそうです。
名の知れたリバイバル講師を招くには、招請の理由を書いて送らなければならなかったそうです。
ご老人は、理由の欄にはいつも同じ言葉を書いたと言いました。
魂の救済。
そうすると、講師たちは講師料を倍に吹っかけたそうです。
魂がかかっていれば値が上がる、というわけです。
ご老人は私のノートをもう一度見て、訊きました。
では、お前は誰に招請されたのか、と。
私は知らないと答えました。
ご老人は、講師料は受け取ったのかと訊きました。
私は、六年のあいだ、魚油の匂いを受け取ったと答えました。
ご老人は、それは損な商売だと言いました。
招請された者が講師料ももらえずに帰れば、次からは招請に応じなくなる、と。
私は、応じたことはないと言いかけて、やめました。
応じた記憶がないことと、応じなかったことは、違う言葉でした。
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同じ部屋の収容者が、リバイバル集会の講師招請の公文書を例に挙げた。
事由欄に『魂の救済』と書けば、講師料が倍になる、と。
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先生、この課題を書くにあたって、初めてあの手に質問しませんでした。
課題12の質問欄は、相変わらず空いています。
一つ目の質問、あなたは誰ですか。その質問に、この三枚と今朝の一枚が答えているように思います。
欄の外で。
『私』は城砦で川を崩しました。敵の陣営で文書を拾いました。自分の名前が書かれた事由欄を見ました。
そして空を見上げました。別の空を探そうとして、見つけられませんでした。
私は孤児院で6年のあいだ、空を見上げたことがほとんどありませんでした。塀の上からは森を見ました。鎧を砂で磨かされるときだけ、庭に寝転んで空を見ました。
その日の空はいつも晴れていました。私は、その空が自分が来た空と違うなんて、一度も考えませんでした。空は一つしかないと思っていました。
『私』もそう思っていました。その点だけは、同じでした。
その『私』が私なのかは、まだ分かりません。ただ、今は『私』の言葉を最後まで聞いていられます。今度は破りませんでした。
今朝、あの一枚の最後の行のあとに、あの手はもう一行書き足していました。古風な口調ではありませんでした。私の口調でもありませんでした。どちらでもない、そのあいだのどこかの口調でした。
彼らは空から剣を呼び寄せた。
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彼は初めて、その文書の名を自分の手で書き写した。欄に合わせて、まっすぐに。
課題12の回答欄は、その日も空のままだった。彼は初めて、その欄を埋めようとしなかった。




