第67話 見たものと見えたもの(3)――かがりの月
管理番号KR-07 矯正相談記録
課題14 — 二つのリスト
* * *
今回の課題は、私が決めました。
先生が何を書いてもいいとおっしゃったので、リストを作ることにしました。
課題12で先生が下さった様式と同じように、紙の真ん中に縦線を一本引きました。左側には私が知る私を、右側には他人が見た私を書きました。
こう決めたのは、前回の課題のせいです。
同じ夜、私は井戸の中にもいて、丘の上にもいました。
一つは私の手が覚えていて、一つは私の手が書きました。
二つのうち、どちらが私なのか、頭で決めようとしたら、頭が痛くなりました。
それで、頭の代わりに、紙で決めてみることにしました。紙は痛くないからです。
欄を分ければ、欄が決めてくれます。この国に来て覚えたのは、それです。
同室のご老人は、この課題を聞いて、自分のリストも作ってくれと言いました。
左には牧師、右には詐欺師。それで欄がいっぱいになる、と言いました。
私は、ご老人のリストはご老人自身で作ってください、と言いました。
ご老人は、自分は欄を分けたことがないと言いました。一生、欄のないところで生きてきたからです。
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彼は自ら課題を決めた。縦線一本。左は『私が知る私』、右は『他人が見た私』。
課題12の様式をそのまま持ち込んだ。答えの欄が空だった、あの様式だ。
* * *
左から書きます。私が知っている私です。
一つ。6年のあいだ、孤児院を守る騎士団にいました。
二つ。子どもたちを40人ほど助けました。埋めた子どもたちは数えていません。
三つ。手を当てて傷を治しました。井戸から引き上げた子どもの指と、三日目の夜の、騎士の左腕です。
四つ。崩れた壁の前で、日が昇るまで立っていました。
五つ。庭で叙任を受けました。「立て、聖騎士」。そう言われました。
六つ。梯子の下で数を数えました。顔は見ず、足だけを数えました。
七つ。子どもたちに別れを言えないまま、日が昇る前に発ちました。
八つ。戻ってきて、鏡を割りました。手は治りませんでした。
九つ。白い部屋のベッドの下に、爪で『見るな』の三文字を刻みました。
十。車のドアが閉まる音を覚えています。その先は覚えていません。
十一。エスベルの三つの井戸、カネン川、マセルン、南の城門。知らない名前ばかりなのに、手は整った字で書きます。
十二。城壁の上で手を挙げる者。
十三。同じ夜、丘の上から井戸を見下ろしました。
* * *
左の12番目の行だけが、文になっていない。『城壁の上で手を挙げる者』。他の行は、すべて「です」か「ます」で終わっている。
彼はこの行を指摘されるまで、他の行と違うことに気づかなかった。
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右側を書きます。
他人が見た、私のことです。私が直接見たことと、聞いたことだけを書きました。
一つ。あっちで私を初めて見た子どもは、塀の上から石を投げてきました。日が沈むころ、森のほうから塀を見上げるのは、たいていあれらでした。あの子は私を、あれらの一人だと思ったのです。
二つ。私を塀の中へ引き上げた騎士の一人は、私の何も持たない手を見ても笑いませんでした。
「この森から、手ぶらで歩いて出てくる者はいない」
その騎士は、そう言いました。
三つ。白い部屋の経緯書は十二枚。一番下の欄に、九人が同じ言葉を書いていました。その言葉は、ここにも書きません。
四つ。判決文。
「被告人は、犯行前後を通じ、一貫して正常な判断能力を示した」
五つ。入所の日、刑務官たちは息を止めていました。68日のあいだ。
六つ。「あいさつ」と呼ばれる刑務官は、69日目の朝から息を止めなくなりました。その人は、私にこう言いました。
「こんにちは」
七つ。同室のご老人。善人ぶるのがうまい人でした。
「字じゃなくて、お前のことだ。合格。受け取る手じゃなく、与える手だ」
八つ。医療課。異常所見なし。
九つ。書芸班の老先生。矯正委員の老人でもあります。書堂で覚えた筆順。70を超えた手でした。
十。相談室の机に、爪で引いた線がありました。私は読めませんでした。先生にも読めませんでした。爪が木目を逆に引いた跡でした。
十一。先生。字は変わっていませんでした。変わったのは、先生が立っていた場所でした。
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右側の七行目には、同室のご老人の言葉が四つ入っている。
ご老人はその行を見て、自分の行が一番長い、と喜んだ。
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右側の一番上の行を書き終えてから、しばらくペンを持てなかった。
石を投げた子の話は、最初の課題で笑いを取ろうとして書いた話だった。あっちで私が最初に受け取ったものは、石でした。あの子はその石の値を、6年分の利子までつけて、私の脚にしがみつくことで返したのでした。先生も笑った、とメモに書き残してあった。だが、その話を右側の欄へ写し替えたとたん、ちっとも笑えなくなった。
あの子は塀の上で、やるべきことをやっただけだ。日が沈むころ、森のほうから塀を見上げている何かを、あの子はあれらだと見た。あの子の目は間違
右側の欄に書いてから、ようやく分かった。あの子に「お前の目は間違っている」と言ってやれる人間は、俺のほかにいないのだと。
二つの一覧を並べて、長いこと見た。
左側は、俺が知っている俺だ。なのに、左側は噛み合わない。三行目の俺は手を当てて治す人間なのに、十二行目の俺は手を上げて何かを下へ送る人間だ。六行目の俺は塀の下で数を数えているのに、十三行目の俺は丘の上から塀を見下ろしている。一行目から九行目までは、同じ人間が書いたように見える。だが十一行目からは、別の誰かが割り込んだみたいだ。左側の一覧は俺が書いた一覧なのに、俺ひとりで書いた一覧には見えない。
右側は、他人が見た俺だ。他人同士は、会ったこともない。あっちの孤児院にいた石を投げた子と、白い部屋で経緯書を書いた職員たちは、互いを知らない。書芸班の老先生と同室のご老人だって、ろくに言葉を交わしたことがない。
それなのに、右側は妙に噛み合っている。
何も持たずに森から出てきた人間。
初対面の人間が怯える人間。
正常な判断能力を持つ人間。
昔の筆遣いで、きちんと字を書く人間。
受け取る手ではなく、与える手。
この行をつないでいくと、一人の人間が浮かび上がる。その人間は、孤児院の聖騎士ではない。
同室のご老人は、俺の一覧を見て、結局、自分も一覧を作った。
欄を分けたことなんて一度もない、と言っていた人が、定規でまっすぐに縦線を引いた。
左は、自分が知っている自分。
説教がうまい。神を信じている(50マスに5回)。信者たちは、彼を父と呼んだ。
右は、他人が見た自分。
詐欺師。献金横領。判決文。警告2枚。
ご老人は二つの一覧を並べて、しばらく見ていた。それから満足そうに頷いた。
どちらも合っている、と言った。
左も自分なら、右も自分だと。
枠が二つあるなら、両方を埋めればいいだけの話だ、と。
ご老人はその紙を聖書の見返しに挟んだ。領収書たちのあいだに。
俺は、そのご老人が羨ましかった。
ご老人の左と右は、互いに争わなかった。
見たものと見られたもの。
俺は6年のあいだ、自分が見たもので自分を知ってきた。塀の上から見た森。はしごの下で見た足。井戸の中で掴んだ髪の毛。
なのに、他人に見られた俺は、その6年の中にいない。
他人は、俺が見たものを見ていない。俺は、他人に見られたものを見たことがない。
右側に入れかけて、外したものがある。白い部屋の観測記録だ。
配膳口の横のクリップボードに挟んであった記録を、俺は食トレイを受け取るたび、逆さから読んだ。
「対象、ベッド下へ進入。理由不明」
それが10日ほどで、「ベッド下」の一語に縮んだ。
やがて、こうなった。
「異常なし」
カメラの向こうの人たちは、4か月のあいだ、俺を見続けてきた。その人たちの目に俺は、ベッドの下に入る人間であり、異常のない人間だった。
その記録を入れれば右側の一貫性が薄れる気がして、外した。
だが、外してから考え直した。あれも同じ側だったのだ。
異常がない、というのは——正常な判断能力、と同じ言葉だ。
鏡を割ってから、俺は俺を見られなくなった。
つまり、俺に一度も映ったことのない俺を、他人はずっと見てきたわけだ。
* * *
この課題を書いている週に、私の処遇等級が上がりました。
入所してから七百日のあいだ、懲罰を一度も受けなかったそうです。作業の不良率も低く、相談も欠かさず、書芸展覧会には作品も掛けられたそうです。分類審査表の等級欄が、一つ上がりました。面会の回数が増え、電話の使用もひと月に二回、多く許可されるそうです。私は電話をかける相手もいなければ、面会に来てくれる人もいません。それでも、欄は上がりました。
同室のご老人は、その通知を見て妬みました。ご老人の等級は、警告二枚のせいで一つ下がっていました。ご老人は私に、等級が上がるようなことをした覚えもないのになぜ上がったのか、と詰め寄りました。私は、等級が下がるようなことをしなかったからだ、と答えました。ご老人は、それが一番しゃくに障るやり方だと言いました。自分は等級を上げようと生涯ありとあらゆることをしてきたのに、じっとしている奴の欄が上がるのだ、と言いました。
私は通知書を見ながら、左のリストのことを考えました。
私の中はこれほど乱れているのに、刑務所が見た私は、七百日のあいだ一度も乱れなかった人間でした。
それも右のリストに入れるべきだ、と思いました。
十二。刑務所。模範囚。
* * *
処遇等級引上通知が、相談室にも届いた。
七百日無懲罰。
彼はこれを右のリストの十二行目に、鉛筆で書き足した。
ボールペンではなく、鉛筆で。
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先生はこの課題をお読みになったら、きっとこうお尋ねになるでしょう。
それで、どちらがあなたなのですか、と。
私はまだ、左が私だと思っています。
一行目から九行目までは、間違いなく私です。手が覚えていて、体が覚えています。
十一行目からは、わかりません。
右は他人の目に映ったものにすぎません。他人の目は、間違えることがあります。
経緯書の九枚が間違っていると、私は1年のあいだずっと信じてきました。今も、そう信じていたいと思っています。
ですが、ひとつだけは認めなければならないようです。
二つのリストを並べて見ると、左は途中で切れていて、右は最初から最後まで続いています。
左は、私がどこに立っていたのかさえ合っていません。
右では、会ったこともない人たちが、同じ一人の人間を見ています。
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面談の最中、二つのリストを音読させられた。
右は淀みなく読めた。
左の十二行目で、声が低くなった。
その行を読む声は、彼が普段出している声より遅かった。
その行は誰が書いたのか、と訊かれた。
「私です」と答えた。答えは速かった。
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相談室でそのリストを読んだとき、私は鉢植えを見ませんでした。
半分こルールを破りました。紙を見なければならなかったからです。
左の十二行目で私の声がおかしかった、と先生はおっしゃいました。
私にはわかりませんでした。
ただ、その行を読み終えてから、喉が渇きました。
先生は紙コップに水を注いでくださいました。
私はその水を飲みながら、右の鉢植えを見ました。
新しい葉は、もう五枚になっていました。
先生が水を減らすと、鉢植えは生き返りました。
先生は、水を減らすやり方を覚えるのに1年かかったのだとおっしゃいました。
他人が見た側のほうが、より一貫しています。
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彼は右のリストの十二行目を、鉛筆で書いた。
消せるように。
左のリストの十二行目はボールペンだった。
彼はその行を消さなかった。




