第66話 見たものと見えたもの(2)――かがりの月
管理番号KR-07 矯正相談記録
課題13 — 同じ夜を最初から
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先生に、課題2を書き直せと言われた。井戸の話だ。俺がしたことの中で、いちばんよくやったこと。
その課題を出されたのは、1年半前だった。俺はそのとき、このことは最初から最後まで全部覚えている、と書いた。最初から最後まで覚えていることなんて、俺にはそう多くない、とも書いた。
だから今回の課題は簡単だと思った。全部覚えていることを、もう一度書き直すだけだから。
最初に書いた課題は見ないで書くことにした。見て書いたら、写すことになる。
書き終えてから二つを突き合わせてみれば、俺の記憶がどれだけ正確かも分かるはずだと思った。
同室のご老人はその計画を聞いて、自分も説教はそうやってきた、と言った。
「同じ説教を原稿なしで10回やれば、10回とも少しずつ違ってくる。違うところが多いほど、信徒たちは恵みを受けたと言うんだ。同じだと録音機みたいだって、嫌がる」
俺は録音機みたいに書きたい、と言った。
ご老人は「それなら、恵みは諦めなさい」と言った。
* * *
課題2を見ずに書き直すつもりだと、彼は言いました。最初に書いた課題は私が保管します。同室の収容者は、それを「原稿のない説教」に例えました。
その日は晩秋でした。
いちばん小さな子が熱を出しました。俺の背に張りついていた子です。
一晩中、その子の額は熱かったです。
石を投げた子が、水を汲んでくると申し出ました。
夜でした。
夜は庭へ出てはいけないということを、その子も知っていました。
それでも、友達の額は熱かったのです。
その子は規則より額を選びました。
ここまでは、最初に書いた課題と同じはずです。全部覚えていますから。
俺は塀の上にいました。森を見ていました。第一の掟どおりに。
俺の後ろで、釣瓶の縄がほどける音がしました。
滑車がぎいっと鳴りました。
その次に、水の音がしました。とても深いところから聞こえる水の音。
俺は掟を破って、森に背を向けました。
塀から井戸までは四十歩でした。
走りながら鎧を脱ぎました。
兜を投げ捨て、肩紐を断ち切りました。
藁が庭に散らばりました。
井戸にたどり着いたときには、下着姿になっていました。
釣瓶の縄を手に巻きつけて、降りていきました。
縄が手のひらを擦りました。
縄は十二尋ありました。
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ここまでは、俺が書いた課題2とほとんど同じだ。四十歩、十二尋、散らばった藁。文もかなり重なっている。
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ここから先を書くのが、おかしかったです。
手のひらが擦りむける感覚を書こうとしました。
最初の課題には、それが長く入っていました。
握れば滑りにくく、より多く皮がむけました。
俺は、皮がむけるほうを選びました。
その文を書き直そうとペンを当てたのに、ペンは別のところから書き始めました。
俺はそのとき、丘の上にいました。
村の東、森が途切れて地面が盛り上がったところでした。
風が強かったです。晩秋の風なので、指先が冷えました。
丘の上から村が見下ろせました。
村の端に孤児院があり、孤児院は塀に背を預けていました。
塀の上には松明が並んでいました。
上から見ると、松明は小さかったです。六つの点が横一列に並んでいました。
そのうちの一つが、ほかより明るかったです。魚油をたっぷり注いだ松明でした。
その明るい点が、突然、塀の下へ落ちました。
松明を投げ捨てたのです。
小さな人が一人、塀を降りて、走って庭を横切りました。
走りながら、何かを脱ぎ捨てました。光るものが一つ、二つ、庭に落ちました。
その人は庭の真ん中にある丸いもの――井戸へ走り、そのまま井戸の中へ消えました。
俺は丘の上からそれを見ていました。
あの騎士はまた規則を破っているのであろう。
そんなことを考えました。
風が強く、俺は寒くありませんでした。
その人が井戸から再び上がってくるまで、俺は丘の上に立っていました。
丘の上の俺の手には何もありませんでした。松明も槍も持っていませんでした。
手ぶらでしたが、寂しくはありませんでした。
その人が再び上がってくるのを見届けてから、ようやく背を向けました。
背後には森がありました。森へ歩き入る足はためらいませんでした。
* * *
この箇所から、彼は井戸の中ではなく丘の上にいる。井戸へ飛び込む騎士を上から見下ろしている。その騎士は彼自身でなければならない。
「あの騎士はまた規則を破っているのであろう」――この一文だけが古風な文語調だ。筆跡は彼のものだ。
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そこまで書いて、俺はペンを置きました。
しばらくして、またペンを取りました。井戸の中へ戻らなければなりませんでした。
水は冷たかった。夏でも冷たい水が、晩秋の夜には刃のようでした。
水の中で手をかき回すと、指先に髪が触れました。
その子は井戸の壁の石一つを、四本の指でつかんでいました。爪はすべて割れていました。
俺はその指を、親指から一本ずつ開きました。
上では騎士たちが綱を引いていて、院長は釣瓶の無事を先に尋ねました。
庭に上がってから、俺はその子の手を自分の両手のひらで包みました。手のひらが温かくなり、折れた指が元の場所へ戻りました。
そう書くと、心が落ち着きました。
俺は再び井戸の中にいました。文章も、俺の知っている文章に戻ってきました。
最初の課題とほとんど同じ文章でした。最初の課題を見ずに書いたのに、同じでした。
それは俺の記憶が正確だという意味でしょう。
ただ、途中に割り込んだ丘の箇所は消しませんでした。先生が、そのまま書けと言ったからです。
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丘のくだりの次に、彼はまた井戸の中へ戻った。神聖力で癒やすくだりは、課題2と文の単位で重なっている。
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読み返してみました。俺は井戸の中にいました。釣瓶の綱で手のひらを擦りむきながら、水の中で子どもの髪をつかんでいました。それは俺の手が覚えています。手の甲の白い筋三本よりも、確かに覚えています。ところが、今書いた文章の中の俺は、丘の上からその井戸を見下ろしていました。井戸の中にいる俺を。
同じ夜に、俺は二か所にいました。
最初は間違いだと思いました。あの夜、丘の上から見下ろしたことがあったか。ありません。俺はあの夜、塀から井戸へ、井戸から台所へ、台所からいちばん小さな子の寝台へ行きました。丘には6年のあいだ、一度も上がったことがありません。森側の丘はあれらの側でした。騎士団の誰も、そこへは上がりませんでした。
それなのに、丘の上の風の強さを知っています。指先が冷たかったのも知っています。上から見下ろした松明が6つ、点のように小さかったのも知っています。その一つがひときわ明るかったのも知っています。それは俺の松明でした。魚油をいちばん多く注いでいると、数を数えていた子が院長に言いつけると言った、あの松明。塀の上に立った俺は、自分の松明を上から見下ろしたことはありません。なのに、上から見た形を知っています。
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同室のご老人が、その夜、俺のノートを読みました。
声に出して読んでいて、丘のくだりで止まりました。
ご老人は、このくだりは外せと言いました。恵みが多すぎる、と。原稿のない説教でも、これだけ変わってしまったら、信者が怖がる、と。
ご老人はそのくだりをもう一度読んでから、俺に聞きました。
「丘の上にいた奴。その奴がお前か」
俺は分からない、と答えました。
ご老人は、では井戸の中にいた奴はお前か、と聞きました。
俺は、それは俺です、と答えました。
ならいい、とご老人は言いました。二人のうち、片方だけがお前なら、それでいい、と。
自分にだって、牧師の自分と詐欺師の自分が二人いる。だが、片方だけを自分と数えて生きている、と。どちらを自分と数えるかは日ごとに違う、と。献金が入る日は牧師で、刑事が来る日は詐欺師だった、と。
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この課題を書いた次の日、運動の時間に、俺はチュックをせず、運動場の端を歩きました。
刑務所の塀は高かったです。孤児院の塀より三倍は高くて、上には鉄条網が巡らされていました。
塀の向こうには山が見えました。山の中腹に、木のまばらな丘がひとつありました。
俺はその丘をしばらく見上げました。あそこからこの運動場を見下ろせば、俺たちは点のように見えるでしょう。チュックのボールを追う点が12個、塀に沿って歩く点がひとつ。
誰かが今、あそこから俺を見下ろしているのかもしれない。そう思ったとたん、背中がひやりとしました。塀の上で森に背を向けていたときのように。
そのとき、チュックのボールが俺の足もとに転がってきました。うなぎの刺青が、蹴れと手を振りました。
俺はボールを蹴りました。ボールは今回も塀のほうへ飛んでいきました。
うなぎの刺青は、その癖は一生直らないだろうと言いました。点をひとつ多く数える男は、塀に当たったボールも自分のチームの点に数えました。
今週、刑務所で書芸展覧会がありました。矯正の日の行事だそうです。
書芸班の作品を、講堂の廊下に貼りました。老先生が俺の「永」の字を選んで、いちばん前に貼りました。名札には収容番号だけが書かれていました。
同室のご老人の「信仰」は選ばれませんでした。先生の話では、字はいいのだが、その二文字でチョコパイをもらった前歴があるので困る、とのことでした。
ご老人は、芸術家の過去を聞くのは芸術への侮辱だと抗議しました。
先生は、芸術家の過去がチョコパイの没収二回なら聞くことになる、と言いました。
展覧会を見に来た矯正委員の一人が、俺の字の前で長いこと立っておられたそうです。
この字を書いた人はいくつか、と尋ねられたそうです。三十を超えている、と答えると、その方は首を振られました。
これは七十を超えた手だ、と言われました。
老先生がその話を俺に伝えながら、笑いました。俺は笑えませんでした。
丘の上の風が、まだ指先に残っていました。
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相談室で、先生は丘のくだりが始まる行を指で示してみるように、と言いました。
俺は示しました。あのとき俺は、丘の上にいました。その行でした。
先生は、その行の前後の字を長いこと見ていました。字は変わっていない、と言いました。ノートの後ろの縦書きではなく、俺の横書きのままだ、と。
変わったのは字ではなく、立っている場所だ、と言いました。
俺はその言葉を聞いて、鉢植えを見ました。半分こルールどおりではありましたが、今回は先生の顔を見たくなかったからでした。
先生の顔が何を考えているのか、分かるような気がしました。
先生。最初に書いた課題と、照らし合わせてみるつもりはありません。
照らし合わせなくても、どこが違うかは分かっています。四十歩までは同じで、その先から違います。
最初の課題の俺は、井戸の中で子どもの指を一本ずつ開きました。今度の課題の俺は、丘の上からその井戸を見ました。
その二つのうち、一つは俺ではありません。井戸の中が俺だということは分かっています。手が覚えているからです。
では、丘の上は誰なんですか。
俺はこの問いを、課題12の質問欄に七つ目として書き入れました。答えの欄は、相変わらず空いています。
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同じ夜なのに、位置が違う。
彼は、丘の上の風が強かった、と書いた。一年半前の課題には、風という言葉は一度も出てこない。
彼は、最初に書いた課題を、ついに開いては見なかった。




