第59話 相談申請書(1)――裁ちの月
管理番号KR-07 矯正相談記録
課題9 — 最も申し訳ない人。
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まず、この前の相談室の机の件について申し上げます。
先生は、課題として書かなくてもよいとおっしゃいましたが、あのことがあってから私がしたことが一つだけあるので、それだけを書きます。
医療課に診療申請書を出しました。
症状欄には、爪が意に反して動くと書きました。欄が狭かったので、字は小さく書きました。
診療は10日後に決まりました。医療課の待合室には11人が座っていました。みんな、症状欄に書く言葉をあらかじめ練習していました。腰が痛い人、歯が痛い人、眠れない人。
同室のご老人もついて来ました。ご老人は、症状欄に「祈りを長くしすぎて肩が凝る」と書いたと言っていました。医療課では、祈りから生じた病気にも湿布をくれるそうです。ご老人は湿布をもらって帰り、その夜、湿布を肩ではなく聖書の表紙に貼りました。表紙が裂けた箇所でした。
私の順番になりました。医師の先生は私の爪を眺め、指を一本ずつ曲げ、手首を叩いてみました。収容者の爪は、たいてい壁に日付を刻んでいるとすり減るものだ、とおっしゃいました。私は、日付はもう刻んでいないと申し上げました。医師の先生は、では何を刻んでいるのかと尋ねました。私は、分からないと答えました。
医師の先生は、その答えを診療記録に書き写しませんでした。分からないという答えを書く欄は、診療記録にもないようでした。代わりに、診療時間の欄には2分と書かれていました。待合室で待った時間は3時間でしたが、それを書く欄はありませんでした。
そして、診療記録にはこう記されていました。「異常所見なし。爪の手入れを要す」
その日の夕方、爪切りが配膳口から入ってきました。「使用後、ただちに返納」と書いた紙が貼られていました。
私は爪を切りました。短く切りました。
爪切りを返すとき、返納台帳に使用の有無を書く欄がありました。私は「使用」と書きました。
白い部屋で最初に爪切りを受け取ったときは、使わずに返しました。あのときの理由は「まだ使うところがある」でした。今度は、使うところがなくなることを願いながら切りました。
それ以来、机に何かが刻まれることはありませんでした。爪が短ければ、刻みたくても刻むものがないからです。医師の先生の処方は正しかったのでした。
同室のご老人はそれを見て、自分も昔、献金帳を直すときはまず爪を切ったものだと言いました。爪が長いと、消した跡が残るからだ、と。
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医療課からの返信を受け取った。異常所見なし。爪の手入れを要す。
その返信を受け取った日から、彼は相談室の机に手を置かない。両手を腿の上に重ねて座る。半分こルールは、そのままだ。
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一番申し訳ないと思う人を書きなさい、と言われました。
この課題を受け取って、すぐに一人の人が思い浮かびました。その人のことは書けません。覚えていることが何もないからです。
判決文に書かれていた名前は三文字で、そのうち二文字は隠されていました。私はその人の顔を知りません。申し訳ない相手なのに、顔を知りません。
顔を知らない人に申し訳ないと書けば、その一文は判決文の写しになります。だから、その人のことはこの課題に書きません。書かないほうが申し訳なさが少ないから、ではありません。
実は、一度書いてみました。ノートのいちばん後ろのページに、その人に申し訳ない、という一行を書きました。
書いたあと、ボールペンで線を引いて消しました。何度もなぞったら、紙が盛り上がりました。次のページに、跡が染み出ていました。
爪は短く切ることができても、ボールペンの跡は削ることができませんでした。そのページは、破らずに取っておきました。破いたら、書いたことがなかったことになる気がしたからです。
代わりに、はしごの下で数を数えていた子のことを書きます。
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一番申し訳ない人がすぐに思い浮かんだ、と書きました。その人の話は書かない、とも書きました。
判決文の名前は三文字で、そのうち二文字が隠されていました。それは事実です。確かめました。
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あの子に申し訳ないのは、答えなかったことです。
「運転手さんは、夜通し何を見ているんですか」
あの子は、それを何度も聞きました。私は一度も答えませんでした。司祭様には、神殿で答えました。端ばかり見ていた、と。その答えは、あの子に先に言うべきでした。前の課題に、そう書きました。
あの子は、七つぐらいでした。前髪は院長が切ってくれたのですが、いつもまっすぐではありませんでした。あの子は、そのずれた前髪の毛の筋まで数えました。右のほうが左より七本多い、と院長に詰め寄って、次の月は反対に切られました。
あの子は数字が好きでした。はしごの下で運転手さんを数え、猫も数え、私が鎧を砂で磨くときは、こする回数を数えました。あるときは、塀の上の松明を数えていて、私が持っている松明がいちばん明るい、と言いました。魚油をいちばん多く注いでいると、院長に言いつけてやる、とも言いました。言いつけはしませんでした。あの子は数えるのが好きで、言いつけるのは好きではありませんでした。
あの子が死んだ年の秋、私はあの子に、数字をひとつ教えたことがあります。十より大きい数を数えるとき、指が足りなくなったらどうするのか、と聞くので、足の指もある、と答えました。あの子はその日一日じゅう、靴を脱いで歩き回りました。院長は、靴を履かせようと、庭を三周追いかけました。あの子は二十まで数えてから、ようやく靴を履きました。
あの子には、棒が一本ありました。手のひらほどの長さの小枝で、あの子はそれに刃物で刻み目をつけて、数を書き留めていました。刃物は台所から借りてきたのですが、院長に見つかって返したので、それからは石のかどで刻みました。何を数えているのかは、あの子だけが知っていました。私は一度、聞いてみました。あの子は、秘密だと言いました。全部数え終わったら教えてあげる、とも言いました。
あの子を森の端の木の下で見つけた日、あの棒はあの子の手に握られていました。
私はその棒をあの子の手から抜き取って、あの子と一緒に埋めました。毛布の中、あの子の胸の上に置いておきました。
棒にひびがいくつあったのかは、数えませんでした。新しくできたひびがあったかどうかも、見ませんでした。
あの子は、全部数え終わったら教えてあげると言っていました。私は、あの子が数え終わったのかどうか、知りたくありませんでした。
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数字を好んだ子。名前は、今回もない。足の指まで数えてから、靴を履いた。
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エスベル城塞の井戸は、冬でも凍りませんでした。城壁の内側に井戸が三つあって、三つともそうでした。カネン川が堤を越えた年にも、井戸の水は濁りませんでした。
マセルンは、その井戸を最後まで守ると言いました。南の城門を任せた日、彼は私の手を握って笑いました。その手は冷たかった。
彼が南の城門から戻らなかったあと、私は城塞の井戸三つを一度も覗いていません。
あの子が井戸を怖がらなかったのは、たぶんあの日、私が井戸から別の子を引き上げるのを見ていたからでしょう。あの子は井戸のそばでよく遊びました。
釣瓶縄が何尋あるのか数えてみると言って、縄を手に巻きつけたところ、院長に叱られました。十二尋だと私が教えると、あの子は自分で数えなければならないと言って、次の日、また縄を巻きました。
あの子が倉庫の穴に顔を当てているのを、一度見たことがあります。その出来事のひと月ほど前、鐘が鳴らなかった昼でした。
あの子は倉庫の床に腹ばいになって、鉄格子の間から森を覗いていました。私はあの子の足首をつかんで引き出して、そこは見る場所ではないと叱りました。
あの子は、昼はあれらが来ないから大丈夫だと言いました。私は、昼でも夜でも駄目だと言いました。あの子は口をとがらせて戻っていきました。
私はその日、院長にその穴のことを話しませんでした。風を入れるために開けた穴だから、塞げば倉庫が湿ると院長は反対するだろう、と思ったのです。
反対されても、話しておくべきでした。これも、あの子に申し訳ないことです。
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この段落だけは、別の話である。エスベル城塞、三つの井戸、カネン川、マセルン、南の城門。
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この課題を書いている間、同室のご老人も、自分が一番申し訳ないと思う相手を選びました。
ご老人は、一番申し訳ない相手が多すぎて、一人を選ぶことができないと言いました。
献金を納めた信徒たちの名簿を頭の中でめくっていって、三十人ほどで諦めました。
その代わり、一番申し訳なさの少ない相手は、すぐに選びました。
神様です。
ご老人は、神様の名前を売って食ってきたけれど、五十の房では五回より多くは使っていないので、たくさん売ったわけではないと言いました。
神様もその程度のことはご理解くださるはずだ、と言いました。
私はご老人に、ご老人が一番申し訳ないと思う相手は、私かもしれないと言いました。
本物・偽物当てで、私がパスしたからです。
その日、没収されたチョコパイ四つのうち、一つは「あいさつ」の分でした。
ご老人はその言葉を聞いてしばらく考えてから、一番申し訳ない相手は「あいさつ」だと訂正しました。
チョコパイをあげると言っておいて、渡せなかったからです。
ご老人は、翌週の集会のお菓子を「あいさつ」にあげると言いました。
私は、その約束が守られるかどうか、数えてみることにしました。
翌週の木曜日、ご老人は三か所の集会を回って、チョコパイを三つもらってきました。
夕方の点呼のとき、配膳口の前に立っていた「あいさつ」に、ご老人がそのうちの一つを差し出しました。
「あいさつ」はチョコパイを見下ろし、ご老人を見て、私を見ました。
そして、言いました。
「こんにちは」
チョコパイは、受け取られませんでした。
勤務中に収容者から物を受け取ってはならないという規定があると、あとで班長から聞きました。
「あいさつ」は、その規定を言葉で説明しませんでした。
「あいさつ」が言う言葉は、あれ一つだけだからです。
ご老人は、受け取られなかったチョコパイを自分で食べました。
約束は守ったのにチョコパイは戻ってきたのだから、これは奇跡だと言いました。
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同じ房の収容者が、刑務官におやつを手渡そうとしたという報告が入りました。
未遂です。刑務官は受け取りませんでした。
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先生、あの子に申し訳ないことが、もう一つあります。
あの子が死んでから、はしごの下で騎士を数える役目は、私が引き受けました。6年が終わるまで、その役目をしていました。
けれど、私はあの子のようには数えられませんでした。
あの子は、数字を叫ぶたびに、人の顔を見ていました。「ひとり」と言っては最初の騎士の顔を見て、「ふたり」と言っては二番目の騎士の顔を見ていました。
私は、はしごだけを見ていました。降りてくる足だけを数えていました。
あの子がそうやって数えているのを毎日見ていたのに、顔を見ながら数えるやり方は、最後まで身につきませんでした。
だから今の私は、あの騎士たちの顔を、傷跡ひとつずつでしか覚えていません。折れた鼻、抜けた前歯、目の下のほくろ。あの子だったら、もっとたくさん覚えていたでしょう。
私は、数字は正しく数えていましたが、人は数えていませんでした。
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面談中、城砦の段落を指して、彼にもう一度読ませました。
彼は最後まで読んでから、この段落を書いた記憶はない、と言いました。字は、彼の字です。
「この名前は、誰ですか」
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彼は、三つの井戸がある城砦を書きました。
その段落を書いた日の夜、彼は同じ課題を最初から読み直し、その段落では止まりませんでした。
彼は、その段落を、自分が書いたものだと思って読んでいました。




