第54話 救ったものと埋めたもの(2)――並縫いの月
管理番号KR-07 矯正相談記録
課題6 — 共に働いた人々。
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今回の課題様式には、作成要領が一行増えていました。
同僚の収容者について書くときは、実名と収容番号を書かないこと。
私はこの中の人たちを書くつもりはなかったのですが、その行を読んで初めて、この中にも同僚がいるのだと知りました。
作業場で隣の席の同室のご老人、チュックのチームの五人、毎朝「こんにちは」と言う刑務官が一人。
刑務官は同僚ではないと、ご老人は言いました。
あの方は給料をもらっていて、私たちは奨励金をもらっているのだと。
もらう金の名前が違えば同僚ではない、というのがご老人の数え方でした。
では、毎朝聞く「こんにちは」は何なのかと伺ったところ、勤務だと言われました。
私は勤務でもかまいません。
チュックのチームの五人なら同僚に数えてもいいと、ご老人は許してくれました。みんな奨励金をもらっているからです。
ところが、私はその五人をまだよく知りません。
一人は腕に龍の入れ墨がありますが、鱗が描き足りず、鰻に見えます。
一人はいつも、点を自分のチームのほうに一つ多く数えます。
一人はボールが塀のほうへ飛ぶと、まず私を見ます。
私が知っているのはその程度です。
数日前まで、その人たちは運動場で私を見ると息を止めていました。
今は、私が空振りをするとため息をつきます。
息を止めるのもため息も、どちらも息に関わることですが、私はため息のほうがずっとましです。
それで、あっちの人たちを書くことにします。
あっちでは、みんな同じものをもらっていました。魚油の匂いでした。
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作成要領の四行目は、この四半期に新しく生まれた。彼はその行を読み、この中の同僚から数えた。
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騎士団長から書く。
鼻を二度折った人だった。
一度はあれらのせいで、もう一度は院長の台所の扉枠のせいだった。
どちらが先だったかは、団長自身もよく分からなくなっていた。
団長は何でも大切にした。
藁も大切にしたし、言葉も大切にした。
叱るときも一文を超えなかった。
俺が井戸に飛び込んだ翌日に言われたのも、藁を拾えという一言だけだった。
はしごの下で数を数えていた子が逝った翌日、団長が一から六まで数えた。俺が聞いた団長の言葉の中で、あれは最も長い部類に入っていた。
俺が初めて塀の中へ引き上げられた日、俺の額を見て笑った騎士がいた。
その人は何を見ても笑った。前歯が一本欠けていたので、笑うと風の漏れる音がした。
あれらが塀を引っかく音が聞こえると、その人は口笛を吹いた。
欠けた前歯のところで吹く口笛だったので、音が二つに割れた。
あれらはその口笛を嫌っていると、その人は信じていた。
俺の見るところでは、その口笛をいちばん嫌っていたのは騎士団長だった。
団長がその口笛についてだけは二文を使った。
「もう吹くな。歯がもっと抜ける前に」
同じ日に、俺の手を見て笑わなかった騎士もいた。
何も持たずに森から歩いて出てきた俺を、いちばん長く疑った人だった。左の目の下に点があった。
あの三日のあいだ、左腕を噛まれたのがその人だ。
俺がその腕を治した翌日から、その人は俺を疑わなくなった。
代わりに、塀の上ではいつも俺の左側に立った。
俺が森に背を向けないか見張るためだと言った。
井戸の一件があったので、そういう監視を受けても文句は言えなかった。
俺はそれが、その人なりの礼の言い方なのだと思うことにした。
残りの騎士たちは入ってきては出ていった。
最初の課題に書いたとおり、たいていは歩いて出ていかなかった。
四で止まった朝の五番目の騎士は、手先が器用だった。
はしごの横木に布を巻くやり方を、子どもたちに最初に教えたのはあの人だと聞いた。
その人がいなくなったあとも、子どもたちはその人が教えた結び方で布を巻いた。
あの三日が終わると、崩れた台所の裏の塀を騎士たちが積み直した。
石は団長が数えた。一つも無駄に使うなと言われた。
前歯の欠けた騎士は石を運びながら口笛を吹き、目の下に点のある騎士は、俺が石を置くたびに線が合っているかを見た。
積み終えてみると、新しい石だけ色が違った。
団長は雨が何度か降れば同じになると言ったが、俺が発つまで、あの場所は色が違うままだった。
通りかかる者はみんな、その石を手のひらで一度だけ撫でていった。子どもたちもそうしたし、司祭もそうした。
前歯の欠けた騎士が笑わなかった日は、6年のあいだで一日だけあった。
はしごの下で数を数えていた子を、塀の上で抱きとめた日だ。
その夜、塀を引っかく音がしたとき、その人は口笛を吹かなかった。
団長はその夜だけは吹けと言った。
その人は最後まで吹かなかった。
冬の夜の塀の上は、話が増える場所だった。
寒ければ、口だけでも動かしていなければならなかった。
あるとき、前歯の欠けた騎士が、この仕事が終わったら何をするのかと訊いた。
自分は故郷に帰って、口笛で羊を追うつもりだと言った。
割れた口笛を羊たちが聞き分けるかどうかは、やってみなければ分からないと言った。
目の下に点のある騎士はしばらく答えなかったが、この仕事は終わらないと言った。
団長はその日も、一文だけだった。
「終わったら、そのとき考えろ」
俺は、子どもたちがみんな大きくなったら家に帰ると言った。
みんな笑った。
あの孤児院では、子どもが育つ分だけ、新しい子どもが入ってきたからだ。
子どもたちは、みんな大きくなることはなかった。
俺は、その前に来た。
* * *
騎士にはそれぞれ、顔に印が一つある。
折れた鼻、欠けた前歯、目の下の点。
名前を使わない代わりに、顔を使う。
* * *
5年目の春から、巡回騎士が来るようになった。
その人は茶色の馬に乗って来た。
馬の後ろにはラバを一頭つないで引いてきて、ラバの背には麦の袋と油の壺が積まれていた。
鎧に紋章はなかった。
どの騎士団に属しているのかと訊く者に、その人は巡回中だとだけ答えた。
手袋は外さなかった。
飯を食うときも、井戸の水を飲むときも、嵌めたままだった。
その人は日が沈む前に塀に沿って一周し、石を一つひとつ手で押さえていった。
台所の裏の、新しく積んだ石の前では長く立っていた。
夜には塀の上へ上がってきて、森側の隅に立った。
松明は持たなかった。
森の見方が、俺たちとは違っていた。
俺たちは森から何が出てくるかを見ていた。
その人は、森がどこまで続いているかを見ているようだった。
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この段落だけ字が違う。
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院長はあの方がお好きでした。
6年のあいだ、院長が好きだった人は、あの方ひとりでした。
あの方は大麦を下ろして、値段を訊きませんでした。
院長が帳簿を差し出すと、寄付金と名前を書いて、銭袋は数えもせずに丸ごと置いていきました。
院長はその名前を一度も呼びませんでした。
巡回騎士とだけ呼びました。
帳簿に書かれた名前が本物かどうか、信じられないと仰いました。
院長は、それが引っかかると仰いました。
金を数えない人間は信じてはいけない。それが院長の持論でした。
ところが、あの方が訪れた月は、帳簿の油の欄の出が少なくなりました。
松明をひとつだけ点ければ済む夜が多かったのです。
院長はその欄を指で押さえながら、後援者の福だと仰いました。
信じてはいけない人間なのに福はある、と仰いながら、その二つを同じ帳簿に並べて書いていました。
二度目に来た日、あの方は騎士たちに物をひとつずつ持ってきました。
騎士団長には砥石を、目の下に点のある騎士には革の腕当てを。
前歯の欠けた騎士は、鉄でできた呼び子を受け取りました。
その人はその夜、塀の上でそれを吹き、騎士団長は翌朝、その呼び子を井戸に落としました。
失敗だったと仰いました。
私には肩当てをくれました。
私の鎧の肩の、空いたところにぴったり合うように裁断された革でした。
私は受け取りませんでした。
その場所には、子どもたちが入れてくれた藁がありました。
あの方はそれ以上勧めませんでした。
肩当ては院長が持って行き、台所の扉枠に当てて張りました。
それ以来、騎士団長の鼻が三度目に折れることはありませんでした。
* * *
子どもたちはあの方の鎧にはぶら下がりませんでした。
あの方が馬から降りると、子どもたちは馬のほうへ行きました。
馬の鬣を編み、ラバの耳に草を挿しました。
いちばん小さな子は、その日も私の背から降りませんでした。
あの方はいつも夜明けに発ちました。
発つのを見た人はいませんでした。
朝、梯子の下で人数を数えると、あの方はもういませんでした。
馬小屋には、馬とラバが立っていた場所だけが残っていました。
あの方が発った朝は、数が合っているのに、みんな一度は塀の上を見上げました。
最初から私たちの人数に入ったことのない方なのに。
騎士団長は、そういう朝には人数を二度数えました。
二度数えても、数は同じでした。
司祭とあの方は井戸端に座って、よく話をしていました。
何の話だったのかは知りません。
あっちの言葉でしたが、私が聞き取れるあっちの言葉より難しい言葉でした。
司祭はあの方の告解を、他の騎士たちより長く聞きました。
一度は、日が暮れるまで聞いていました。
告解を終えて、司祭があの方の額に手を置いたかどうかは、覚えていません。
他の騎士たちには漏れなく置いていましたから、あの方にも置いたのでしょう。
ここでは、私に接見はありません。
公文が解かれてからは、仕切りのない接見室を使えると聞きましたが、接見台帳の私の名前の隣の欄は、空いたままです。
同室のご老人には、週に二度の接見があります。
ご老人の教会の信者さんたちが、今でも訪ねてきます。
来るたびに、預かり金を入れて帰ります。
ご老人はそのお金を献金と呼び、刑務所は預かり金と呼びます。
同じお金に名前が二つあります。
ご老人いわく、名前が二つあるお金が、一番長くもつそうです。
仲間を選り分けるときにはお金の名前をいちいち問いただした方なのに、献金を受け取るときには問いただしません。
ご老人はその人たちを、同労者と呼びます。
その人たちは、ご老人がなぜここにいるのかを、全員知っています。
判決文も読んだと言います。
それでも、来ます。
私がそれはおかしいと言ったら、ご老人は、おかしいことはないと言いました。
人は、自分が騙されたと分かっても、騙した人をそう簡単には捨てられないのだそうです。
騙されたと認めてしまえば、それまでの自分が馬鹿になるから、むしろ、信じ続けるほうを選ぶのだと。
ご老人は、それを信仰と呼びました。
私はその言葉をここに書き写しながら、いい気持ちがしませんでした。
なぜいい気持ちがしないのかは、分かりません。
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接見台帳を確認した。公文が解かれてから、彼の欄に申請者はいない。
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私が一緒に働いた人たちは、こうです。鼻を二度折った団長。前歯の欠けた口笛。目の下にほくろのある左腕。ラバを引いて来た巡回騎士さん。
それから、はしごの下で数を数えていた子。あの子は騎士ではありませんでしたが、私たちの人数を最後の最後まで合わせてくれた人なので、ここに入れます。
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面談の最中に、最後の名簿を音読させた。彼は淀みなく読んだ。私が四番目の人を指して尋ねた。
「この人の顔、覚えていますか」
「いいえ。不思議と」
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彼は騎士たちを顔で書き、一人だけをラバで書いた。
名簿を読んでいる間、彼は一度も詰まらなかった。詰まったのは、質問を受けたあとだった。




