第38話 七番目の手紙
誕生日は過ぎた。
ビデオ通話の申請書は、決裁欄の二つ目の枠で止まった。
妻はろうそくを何本立てたのか、最後まで書かなかった。
革靴がサングラスに変わった。
正確に言えば、ラーメンの二人一組のパートナーが変わった。
10か月のあいだ、ラーメンの後ろでラーメンの背中を叩いていた革靴が、定期人事で別の施設へ行った。
新しいパートナーは、ラーメンより年下の女性要員だった。彼女は初日から室内でサングラスをかけていた。
「それ、効果ありません」
配膳口越しに、俺が言った。
サングラスがびくっとした。
「研修で聞いたはずですけど。裸眼で見たときだけだって。サングラスは裸眼ですよ。色がちょっと暗いだけです」
「わ、分かっています」
「じゃあ、なんでかけるんです?」
「心の準備です」
隣でラーメンが笑いをこらえる音がした。
10か月前、ラーメンはこの部屋に初めて入って、テーザー銃を抜いた。今のラーメンは、新入りがサングラスをかけたのを見て笑いをこらえている。
人は10か月で先輩になる。
サングラスは二日目、配膳口の蓋を開けるのに30秒かかった。サングラスをかけたまま、室内の照明の下で掛け金を探していたせいだ。
ラーメンが代わりに開けてやろうとすると、彼女が止めた。自分の仕事だと言った。
三日目には、彼女がトレーを逆さまに押し込んだ。キンパが床にぶちまけられた。
俺はぶちまけられたキンパを拾いながら、配膳口に向かって言った。
「大丈夫ですよ。スープだったら大ごとになるところでしたね」
配膳口の向こうで、二人が同時に息をのんだ。
ラーメンは笑いを、サングラスは涙をこらえる音だった。
10か月前、この部屋ではみんなが俺のせいで息を止めていた。今は、笑いと涙をこらえている。
少なくとも、息はしている。
サングラスはその週、ずっとサングラスをかけていた。次の週には、かけなかった。
代わりに、俺の右耳のそばの壁を見た。ラーメンは左の壁を見る。
これで俺は、両側の壁をすり減らす人間になった。
* * *
帰還して300日目の日、手紙がもう一通届いた。
妻の手紙ではなかった。封筒は白くなく、黄色い更紙だった。差出人のところには刑務所の名前が印刷されていた。封筒の表に判が二つ。一つは刑務所の検閲印、もう一つは管理局の検閲印。検閲済——国家移住管理局 特殊課。二つの機関が続けてこの手紙を読んだ。この手紙は俺のところへ来る前に、すでに二度読まれていた。
彼女は封筒をテーブルの上に置き、しばらく見ているだけだった。
「七番目です」
「分かってます」
その名前は知っています、と言いかけた。だが俺は彼の名前を知らない。9か月前、モニター越しに彼を見た。痩せこけた20代後半の男。聖騎士だった男。ベッドの下に「見るな」と彫った男。そして、彼女の弟を殺した男。
「読んでもいいですよ」
彼女が言った。
「私はもう読みました」
検閲は彼女の仕事だった。彼女は、自分の弟を殺した男が書いた手紙を、業務として読んだ。そしてその手紙を俺に渡した。手は震えていなかった。震えは今、薬が引き受けていた。
* * *
便箋は刑務所の支給品だった。横罫がびっしりと密だった。七番目はその罫に合わせて書いていた。妻とは正反対だった。行と行の間に文字がぎっしりと押し込まれていた。枡の中に閉じ込められた文字だった。
おい。
最初の行がそうだった。挨拶はなかった。
もうすぐ1年だろ? お前が入った日はだいたい聞いた。祝いはしない。祝うことじゃないから。
1年経つと、みんなお前をただのおじさんとして見る。俺もそうだった。俺も1年経ってから、看守たちが俺を見る目が変わった。怯える目から、ただ面倒くさがる目に。それがどれだけ楽か、お前はすぐに分かる。
でも一つ教えてやる。1年経っても戻れないものがある。
俺は1年の間、怪物だった。人がそう見たから怪物になったんじゃない。俺がその言葉を信じたから怪物になった。1年が過ぎて、人々は俺をただの人として見た。でも俺はもう、人を一人殺した後だった。呪いは1年で終わるのに、1年の間にやったことは終わらない。
お前、あの部屋にいるだろ? ベッドの下に俺が彫ったの、見たよな?
その次の行はボールペンで消されていた。何度も引かれていて、文字はほとんど見えなかった。だが、この部屋で10か月暮らした俺は、その三文字の形を知っている。爪で彫った溝を毎晩見ながら眠っていたから。
見るな
彼はその三文字を書いてから消した。今度は、消した。
その下に、新しく書かれた行があった。
今は見てもいい。お前は俺と同じことはしないと思うから。
* * *
俺は手紙を置いて、洗面台のほうを見た。
白い部屋から、寝室は見えなかった。
だが、その壁の向こうにはベッドがあって、その下に、見るな、の三文字がある。
十か月のあいだ、その三文字はそのままだった。今は、それを彫った人が消してくれた。彫り跡はそのままなのに、文字の意味が変わった。
「一つだけ、うかがってもいいですか。」
「質問ですか。」
「はい。」
「どうぞ。」
「この手紙、なぜ送ってくださったんですか。突き返すこともできたはずです。面会要請書みたいに。」
彼女は答える前に、ポケットから薬入れを取り出した。
今の薬入れは、空ではない。
彼女は錠剤を一粒、手のひらに振り出した。そして、それをまた薬入れに戻した。飲まなかった。
「あの人が初めて、次の人に書いた手紙だからです。」
彼女が言った。
「七番目は、六番目の手記を読めませんでした。あの時は、私たちが手記を見つける前でした。あの人には、前の人が残した文章がありませんでした。あなたには、二つあります。」
二つ。
六番目の211枚。七番目の手紙、一枚。
俺はその二つを並べてみた。
一つは「です・ます」調で、一つはため口。一つは升目のない紙に、一つは罫線の引かれた紙に。一つはマットレスの中に隠され、一つは二度、検閲を受けた。
そして、どちらも同じことを言っていた。お前は俺のようになるな。
* * *
その日の午後、ラーメンがサングラスと一緒に夕食を持ってきた。
キンパだった。
汁物禁止は十か月目に入っても続いていた。この施設の献立表から、汁物は絶滅していた。
「おじさん、手紙来たんですって?」
ラーメンが配膳口の向こうから訊いた。
今のラーメンは訊く。十か月前は、息を止めていた。
「ああ。」
「誰からです? 奥さん?」
「違う。先輩から。」
「先輩?」
「この部屋を先に使っていた人だ。」
配膳口の向こうが静かになった。
ラーメンは、その部屋を先に使っていたのが誰か知っている。その人が誰を殺したかも知っている。その人が殺した相手が、ラーメンの室長の弟だということも。
十か月のあいだ、ラーメンはその話を一度も口に出さなかった。
「その先輩、何て言ってました?」
「ベッドの下に書いたやつ、もう見ていいって。」
「何て書いてあるんですか?」
「見るな。」
ラーメンは少し黙って、それから言った。
「じゃあ、見ないほうがいいんじゃないですか?」
サングラスが吹き出した。ラーメンもつられて笑った。俺も笑った。
配膳口を挟んで、三人で笑った。
その笑い声は、白い部屋で初めて、三人分だった。
* * *
その夜、俺は返事を書けるのかどうか、尋ねた。
「受刑者に送る手紙は、刑務所の検閲と、私たちの検閲の両方を通ります。」
彼女は言った。
「二度、差し戻される可能性があります。」
「やってみます。」
管理局支給の便箋を受け取った。罫線はなかった。妻の便箋と同じ種類だった。
俺はその上に、真っ直ぐに書いた。枠がなくても、枠に合わせて書く癖で。
先輩。
そこまで書いて、しばらく止まった。
あっちでもこっちでも、俺は手紙の上手い人間じゃなかった。会社では、メールの一行目にいつも「お疲れさまです」と書いた。受刑者に『お疲れさまです』と書くわけにはいかなかった。
手紙、受け取りました。ベッドの下の文字は、もう見ていいと仰ったので、今日、見ました。十か月のあいだ見ていたものなので、今さらではありませんでした。ただ、今日はそれを見ながら、何も成っていかないということを確かめました。先輩のおかげです。
1年のあいだにやったことは終わらないと、仰っていました。まだ、何もしていません。残りの2か月も、何もしません。
そこで俺はペンを置いた。嘘になる気がしたからだ。
2か月のあいだ、何もしないでいられるかどうか、俺にはわからなかった。九歳の子どもが、刑務所まで足を運んでいた。
二日後、返事は差し戻されて戻ってきた。刑務所ではなく、管理局側の差し戻しだった。理由の欄に、一行。
『「残りの2か月」は、保護期間を特定する表現と解釈される余地あり』
俺は「残りの2か月」を消して、「これから」と直した。これからも、何もしません。
その一文は通った。
管理局は、俺が何もしないという約束には、期間を付けられないようにした。おかげで、約束は永遠になった。
* * *
手紙には追伸があった。一番最後の行、罫線の枠が終わった下の余白に、小さく。
追伸。あの司祭の小僧が、俺のところにも来た。面会申請書を持って。理由は『救済』だった。会ってやった。暇だったから。で、その小僧が俺をしばらくじっと見て、何て言ったか分かるか。
俺は偽物だって。
良かった。1年で初めて聞く、いい言葉だった。
俺はその追伸を、長いこと眺めた。
九歳の子どもは、刑務所まで足を運んで、七番目に会った。そして、偽物だと言った。だとしたら、あの子どもは今、本物を探している。本物を見分ける目で、この国の帰還者を、一人ずつ確かめながら。
七番目は偽物だった。五人は死んだ。一人は、まだ管理中だ。
残ったのは、一人だった。
その夜、俺は朝の習慣をもう一度やった。寝る前に、洗面台の水滴を掴んだ。
「この一秒。」
青い膜が、洗面台の縁を覆った。
測定表には、一日一回と書いてあった。二回やっていいかどうかは、誰も決めていなかった。枠がなければ、規則もない。
水滴を放しながら、考えた。
あの子どもが俺を見たら、何と言うだろう。本物、と言うだろうか。だとしたら、俺は何をすることになるのだろう。
六番目は、本物だと言われて、雨を呼ぶ男になった。ワイヤーに吊るされて、雲から降りてきた。老いを奪った。そして、記者のナイフに刺された。
俺は、水滴を一つ止める。今はまだ、その程度だ。
* * *
『偽物』という言葉が、祝福になる人間もいる。
我々は、そうした章を、何度か読んだ。




