第34話 素顔
管理番号 KR-06 添付文書 1
206~211枚。(最後の束)
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口で話すことにしました。
頭の中で送ってはいけなかったのです。私の頭の中の言葉は、他人の頭の中へ入るときに変わってしまいます。嘲ろうとすれば祝福になり、断ろうとすれば平安を祈ることになる。5年以上、そうでした。だから今度は、口ですることにしました。口で言う言葉は耳に入ります。耳は変えません。少なくとも、私の耳はそうでした。
そしてその頃の私は、嘘がつけませんでした。口から出る言葉は全部本当でした。それが私の持っていた唯一の武器でした。
日曜日のミサでした。大聖堂は満員でした。前のほうは座布団のある椅子、後ろのほうは座布団のない椅子。2階には立って見る人たち。大聖堂の前の市場では、その日も聖物を売っていました。一つ千ウォン。あの方の靴下は相変わらず小さいサイズでした。
ミサの順序表に私の順番がありました。あの方の言葉(3分)。本当なら、私が司祭たちの書いた文章を読む順番でした。3分間、「苦しみは友だ」といった文章を。
私は順序表を折って、ポケットに入れました。
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順序表を折って、ポケットに入れた。
俺はその一文の前で、少し息を整えた。会社勤めの頃、発表資料を折ってポケットに入れた日が一度あった。社長の前での報告だった。資料には部長が直した数字が書いてあった。俺は本当の数字を言った。次の週、地方へ飛ばされるという噂が流れた。噂で終わった。代わりに日本へ行った。それが左遷だったのか機会だったのかは、今でもわからない。
六番目の3分は、噂では終わらなかっただろう。
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壇に上がりました。マイクがありました。私はマイクに向かって言いました。口で。
「私は神ではありません」
大聖堂が静かになりました。人々はそれがミサの文言だと思いました。謙遜の言葉だと。何人かが手を組みました。
「私は別の世界から渡ってきた人間です。あちらで交通事故に遭い、脚を失い、死にかけて、ここへ来ました。この体は元々私の体ではありません。この体の元の持ち主は、私の母の息子です。私はその人がどこへ行ったのか知りません」
人々の顔が変わり始めました。手を組んでいた人たちの手が、少しずつ解けました。
「私が奇跡と呼ばれていることをするのは、渡ってくるときにできた副作用です。そして私はそれを、毎日使わなければ生きられません。あなたたちのためではなく、私のために使いました。この5年間、あなたたちが見た奇跡は、全部私が生きるためにやったことです」
その次は、子どもと交わした話をしました。淡々と。別の世界、本棚、しわ、去りゆく魂、5分、10年。私が理解したぶんだけ、私が理解したとおりに。
3分が過ぎました。壇の横で補佐の司祭が持っていた砂時計が、落ちきりました。ミサの順番ごとに決まった時間があって、順番が過ぎると、その人が小さな鐘を鳴らすことになっていました。その人は鐘を持ち上げて、私の顔を見て、また下ろしました。そして砂時計をひっくり返しました。3分延長。
その次の3分が過ぎると、またひっくり返しました。その人はその日、砂時計を4回ひっくり返したそうです。後で献金の帳簿を持って記者さんのところへ行った、あの司祭でした。
司祭の一人がマイクを切ろうと走ってきました。運転手さんがその人の前に立ちはだかりました。笑顔で。
「あの方のお言葉の最中です」
その言葉は、今回は嘘ではありませんでした。
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運転手さんは笑顔で遮った。
俺はラーメンを思い出した。ラーメンもいつか、誰かの前に立ちはだかってくれるだろうか。配膳口の前で半歩、近づいて立つ作法を覚えた人だから。
いや、ラーメンは遮らないだろう。ラーメンは経緯書を書く。それがラーメンのやり方だ。そして俺は、そのやり方が嫌いじゃない。
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マイクは結局、切られました。13分目でした。誰かが大聖堂のブレーカーを下ろしたそうです。照明が全部落ちました。金色の円盤も消えました。
ところが、聖歌隊は歌い続けました。音大生のアルバイトたちです。指揮者が手を下ろさなかったからです。
暗闇の中で「あの方の歩みのたびに花が咲く」が最後まで響きました。誰もやめろとは言いませんでした。日当はミサが終わらないと出ないからです。
私は暗闇で、最後にもう一言だけ言いました。マイクなしで、口で。前の列の何人かにしか届かなかったと思います。
「無理に私を信じないでください。ただ、あなたたちの人生を生きてください」
その言葉は、あの子に教わった言葉でした。
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その週に起きたことを、短く書きます。長く書く気力がありません。
記者さんがその日のミサを録音して、記事にしました。私の言葉を一字も直さずに。タイトルは「私は神ではない」——あの方の13分。閲覧数は、団体の掲示板全体の閲覧数より多かったそうです。
団体は声明を出しました。「あの方が信者たちの信仰を試すため、謙遜の試練を下された」。人々は、その声明を信じる側と、記事を信じる側に分かれました。
そのあとは、もっと細かく分かれました。あの方が神でなくても奇跡は本物だから信じるという人たち。別の世界から来たのなら、その世界こそ天国だという人たち。体の元の持ち主を探すべきだという人たち。献金を返せという人たち。互いを異端と呼び合いました。
一週間で、団体の中に七つの派ができたそうです。分けて治めるのにちょうどいい数だと、最高司祭が笑ったそうです。
いい人も生まれました。献金の帳簿を持ち出して、記者さんに渡した司祭がいました。奇跡費を払った人たちの名簿を公開して、お金を返そうという信者の集まりもできました。
悪い人も生まれました。私の写真の上に「詐欺師」と書いたビラを、母の家の前に貼った人がいました。母はそれを剥がしながら泣いたそうです。私はその話を、運転手さんから聞きました。
その週の金曜日に、母が来ました。面会の日でもないのに。誰も止めませんでした。もう、止める人があまりいなかったのです。
母はラクダ色のコートを着ていませんでした。前に着ていた灰色のジャンパーでした。母は私の部屋のベッドの端に座って、しばらく何も言いませんでした。それから私の足を掴みました。昔みたいに揉み始めました。
「母さん、記事、見た?」
「見た」
「じゃあ、わかるだろ。この足……」
「わかってる」
母は揉み続けました。七十を超えた手で。
「何がなんだか、さっぱりわからなかったよ。別の世界だの、本だのって。でも、ひとつだけわかった。あんたが痛い思いをしてるってことだ」
母が顔を上げました。
「あんたが誰でも、この足は私が揉む」
私はその日、初めて母の前で泣きました。母は私が泣いている間も、足を放しませんでした。母の息子の足を。その足の中にいる私のために。
みんな、自分が選んだとおりに動きました。私が命じたのではなく。母も。
あの子はそれを自由意志と呼びました。私はそれを何と呼べばいいのか、まだわかりません。
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俺は手記を閉じた。閉じて、また開いた。残っているページは多くなかった。
5年以上かけて作った声が、1か月で崩れた。彼はそれを望んでいた。望んでいても、母の家の前のビラまでは望んでいなかっただろう。人が自分で選んだとおりに動けば、その中の誰かは刃を選ぶ。
俺は知っていた。彼がどう死ぬのかを。五日目に受け取った茶色のファイルの表紙には、「状態:死亡」と書いてあった。だが、半年以上、彼の手書きを読み続けるうちに、俺はその二文字を忘れていた。人を毎日読んでいると、その人が死んだ人間だということを忘れる。
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最高司祭は、私を殺せませんでした。
そのころ、あの方は15歳の顔でした。声だけが老人でした。あの方は私を呼んで、長いこと私を見ました。15歳の顔で。
「お前を消せば、人々はお前を殉教者と呼ぶだろう」
あの方が言いました。
「殉教者は神より高くつく。私はその値を払うつもりはない」
そう言って、手鏡を取り出し、自分の顔を見ました。あの方はもう知っていました。若返っているのではなく、幼くなっているのだと。鏡を見るたび、顔が少しずつ丸くなっていたからです。
「七番目を探す」
「七番目、ですか?」
「お前は六番目だったな。あの背の高い男がそう数えたんだったな。なら、次は七番目だ。どこかにいるはずだ。今度は最初からきちんと作る」
あの方はその週、団体を離れました。高位の司祭が二方と、信者を数十人連れて。どこへ行ったのかは知りません。
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「七番目を探す」
その数字は、あの背の高い男がつけたものだった。
面談官は言った。二つの数字は、何の関係もないと。私どもの七番目は、刑務所にいると。
だが、あの人が探している七番目は、刑務所にはいない。
まだどこかで、足が痛かったり、頭が痛かったり、時間がおかしく流れている、誰かだ。
15歳の顔をした老人が、その誰かを探して、どこかへ発った。2年以上も前の話だ。
今ごろ、あの人は何歳の顔をしているのだろう。そして、今は誰を探しているのだろう。
俺はその問いを、メモ用紙に書かなかった。書けば、彼女が「保留」と書くような気がした。あるいは「不明」と。
どちらの答えも、聞きたくなかった。
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これが最後の束です。紙はもう、全部なくなってしまいました。ミサの文章の束の裏は、もう残っていません。
新しい紙を買うこともできますが、なぜか、この紙で終わらせたかったんです。ここで始めたからです。
これをマットレスの中に入れてしまったら、誰が読むのかは、分かりません。誰も読まないかもしれません。それでも、最初からいなかった人になるよりは、ましです。
足は、今日も痛いです。そこにある、私の脚です。
その脚の持ち主が、まだそこに横たわっている、ということなのでしょう。まだ、完全には去っていない、ということなのでしょう。
明日は、記者さんのお母さんの葬儀なのだそうです。行ってみようと思っています。
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その最後の一行のインクが乾くのに、長くはかからなかった。
我々はそれを広げるたびに、次のページがないことを、もう一度確かめる。




