第24話 老いを奪う
管理番号 KR-06 添付文書 1
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声を集めるのは、思っていたより簡単でした。
私はもう、本心が聞こえます。聞きたくなくても聞こえます。大聖堂のいちばん上の部屋に座っていると、下の階の司祭たちの会議が聞こえるのです。壁を越えて。
言葉ではなく、本心が。
だから会議室で口にされる言葉と、心の中で思っていることが違うとき、私には両方聞こえます。
奉献金の会議がいちばん面白いのです。
ある司祭が「今期の奉献は神の御心に従い、宣教事業に使わせていただきます」と言います。その言葉の下から、本心が一緒に聞こえてきます。
江南のオフィステルの残金。
別の司祭が「アーメン」と言います。その下から、自分の取り分はいつ出る、という本心。
最高司祭が「あの方の恩寵が共にありますように」と言います。その下からは、何も聞こえません。
最高司祭は、言葉と本心が同じ方なのです。
それが一番怖かったです。
私は全部書きました。この紙の裏に。
日付、名前、言葉、そして本心。
私が初めてこの集団に来たとき、司祭たちが記録していた献金の帳簿と、同じ欄です。日付、名前、治ったもの、献金額。
今度は私が帳簿をつける番です。
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日付、名前、言葉、本心。
会社勤めをしていたころ、議事録を書いていた。日付、出席者、発言、決定事項。
決定事項の欄はいつも空だった。誰も決定しなかったから。発言の欄だけが長かった。
六番目の帳簿には、欄が一つ多い。本心。
会社の議事録にその欄があったら、俺はおそらく1年も持たずに辞めていただろう。
管理局の書類には、そんな欄はない。理由の欄だけだ。一行きり。
理由と本心は違う。理由は他人に見せるために書き、本心は他人に知られぬよう胸にしまう。
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帳簿が百枚を超えたとき、わかりました。最高司祭が一番恐れているものが何なのか。
司祭たちの本心は、みんな金でした。オフィステル、車、子供の留学費、自分の取り分。
ところが、最高司祭だけが違いました。その本心には、どこにも金がありませんでした。最高司祭は、言葉と本心が同じでした。
ただ一度だけ、違ったことがありました。
奉献ミサの日です。最高司祭が杖なしで入場した、あの日です。
人々は若返ったと感嘆しました。最高司祭は壇上で微笑みながら言いました。「すべてはあの方の恩寵です」。
そしてその下から、初めて別の本心が聞こえました。
「死にたくない」
それだけでした。その一言でした。
最高司祭は90歳に近づいていました。75年間、聖堂を建ててきました。金もあり、人もあり、今は本物もある。ないのは時間でした。
最高司祭が若返ったのは、私の恩寵のせいではありませんでした。若返りたかったから、若返ったのでした。私を鏡にして。ほかの人たちのように。
最高司祭が一番恐れているのは、老いることでした。
* * *
「死にたくない」
その一言が、帳簿の百ページのうちで、いちばん真実の一文だったのだろう。
あっちの魔王も、同じことを言った。最後の瞬間に。
俺が1秒を10回巻き戻すあいだ、魔王の口は10回、同じ形に動いた。
俺はそのとき、その言葉が分かった。あっちの言葉が分かるからだ。いや、意味が聞こえたからだ。
俺はその言葉を聞きながら、10回目に剣を突き刺した。
その言葉は、俺の帳簿にはない。
俺は帳簿を書かなかった。今思えば、書かなかったんじゃない。書けなかったんだ。
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それで、私はそれを奪いました。
どうやったのか、説明するのは難しいです。
雨を呼ぶときと同じようにしました。強く思ったんです。
空に向かってやっていたことを、最高司祭に向けてやったんです。
ミサのとき、あの方が壇上で演説していたとき、いちばん前の席で口パクをしながら。
録音された私の昔の声がスピーカーから流れているあいだ、私は心の中で、とても強く思っていました。
あなたがいちばん望まないものを。
その言葉が正しかったのかは、分かりません。
意味がどんな言葉に置き換わって届いたのかも、分かりません。
集会の日のように、私が思った言葉とは違う言葉が届いたのかもしれません。
でも、何かは届きました。あの方が演説の途中で、少しだけ止まったからです。
手で胸を押さえました。そして、また話を続けました。
その次の週、あの方はさらに若くなっていました。40歳くらいに。
その次の月には、30歳に。
人々は喜びました。第一使徒が若さを取り戻された、と。
信者の数も増えました。あの方の顔写真を入れた額縁は、天幕でいちばんよく売れました。
一つ1万ウォン。三つで2万ウォン。あのボールペンより10倍高かったんです。
でも、私は知っています。あの方は若返っているのではありません。
幼くなっているんです。
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若返ることと、幼くなること。
俺はその二つの言葉をメモ用紙に並べて書いた。会社でついた癖だ。
似て見える二つを並べて書くと、違いが見える。
若返るのは、戻っていくことだ。
幼くなるのは、進み続けることだ。止まらずに、逆の方向へ。
俺は時間を1.8秒巻き戻した。その1.8秒は、戻ったあと、また流れ出した。
最高司祭の時間は、戻ったあと、二度と流れない。ずっと逆へ進み続ける。
それが、六番目が望んだことだったのだろうか。
六番目は、それを「いちばん望まないもの」だと思った。その意味がどんな言葉に置き換わって届いたのかは、彼にも分からなかった。
* * *
私の影響力が大きくなるほど、あの方は若くなっていきます。
私が大雨を呼ぶと、翌日、あの方の顔のしわがまたひとつ消えます。
私が信者千人を前に祝福を送ると、その翌週、あの方の声が半音高くなります。
私はそのつながりを、数か月にわたって記録してきました。帳簿のいちばん最後の欄です。
日付。私がしたこと。あの方の年齢。
あの方は、まだ知りません。
自分が若くなっていると信じているだけです。
毎朝、鏡の前で自分の顔を見ながら笑う声が聞こえます。――意味として。
「もういい」――あの方は毎朝、その言葉を口にします。
いつかあの方が、三十から二十へ、二十から十五へと下がっていったら、そのときは分かるのでしょう。
それが若さではない、と。
そのとき、あの方がどんな顔をするのか。私は見たいのです。
この文章を書きながら、私は自分が怖かったです。
* * *
記者が、また訪ねてきました。
今度は大聖堂の待合室ではありませんでした。リムジンの中です。
地方の行事を終えた帰りでした。休憩所で運転手さんがくるみ饅頭を買いに行った隙に、誰かが後ろのドアを開けて乗り込んできました。
あの古びたジャンパーでした。袖口の縫い糸が、前より長く垂れていました。
運転手さんはくるみ饅頭の袋を二つ持って戻ってきて、その人を見て立ち止まりました。
私が手を挙げると、運転手さんは黙って運転席に戻りました。それから、くるみ饅頭の袋をひとつ、後部座席へ差し出しました。
記者に。
記者は袋を受け取って、しばらく眺めていました。くるみ饅頭には手をつけませんでした。袋を膝の上に置いて、言いました。
「第一使徒が若くなっているのは、あなたがやっていることですよね」
「……」
「私は何か月も、あの人を追っています。写真を日付ごとに整理しました。若くなる速さは一定じゃありません。あなたが大きな行事をした翌日は、決まって速くなる。あなたの日程表と、あの人の写真を重ねて見ると、ぴったり合うんです」
私は、その記者をたいしたものだと思いました。
私は意味を聴いて知りました。彼は、写真を日付ごとに整理することで知ったのです。
「どうして、こんなことを?」
記者が尋ねました。
「復讐ですか?」
「……」
嘘はつけませんでした。
だから、うなずきました。
* * *
六番目は、頷いた。
嘘をつけなかったからだ。
俺は嘘をつける。
入国事由書に「海外長期滞在後の帰国」と書き、署名した。その署名のおかげで、妻に所在確認のメッセージが届いた。嘘ひとつが、妻には本当の知らせを届けた。
六番目は、真実しか言えなくなった代わりに復讐をした。
俺は、嘘をつける代わりに、まだ誰にも復讐していない。
復讐すべき相手がいないからなのか。まだ見つけていないだけなのか。俺にも、わからない。
* * *
記者は、長いこと私を見ていました。それから、言いました。
「結局、あなたもあの人と同じじゃないですか」
「……」
「あの人は、私の父の時間を奪いました。3か月。順番を待った3か月です。あなたは、あの人の時間を奪っている。方法が違うだけで、同じことです。人の時間を奪っている」
私は笑いました。今度は、ミサのときの表情ではありません。本当に笑ったのです。嬉しくて。
「嬉しいですね」
「何がです」
「私を、まだ人間と呼んでくれる人がいるなんて。みんなは『あの方』と言うんです。『あの方』は、同じことはできません。『あの方』は人間じゃないですから。でも、記者さんは私をあの人と同じだと言った。人間と人間が同じだって」
記者は答えませんでした。くるみ饅頭の袋を握る手に力が入り、袋がかさりと鳴りました。
「私は、あの人たちに復讐します」
私は言いました。
「人の人生を奪った人たちに。あの人たちが一番望まない終わりをあげます。記者さんのお父さんのような人たちから、時間を奪った人たちに」
「じゃあ、うちの母は」
「……」
「うちの母の借金は。コンビニの夜のアルバイトは。あなたが第一使徒を赤ん坊にしたら、うちの母は昼に眠れるんですか」
私は答えられませんでした。嘘をつけないからです。
記者は、休憩所の駐車場で降りました。くるみ饅頭の袋は後部座席に置いたままでした。開けもせずに。
運転手さんは、すぐには発車しませんでした。しばらく待って、記者さんが休憩所の灯りの外へ歩いていくのを、最後まで見ていました。
* * *
記者の母は昼に眠れるのか。
その問いの前で、六番目は、答えられなかった。
俺はその質問を、妻に置き換えてみた。
俺が誰かに復讐したとして、妻は4年分の夜を取り戻せるのか。
答えは決まっていた。
返らない。
復讐は奪うことだ。返すことじゃない。
誰かから奪えば、誰かが失う。妻の夜が戻るわけじゃない。
あっち側で魔王を殺したとき、魔王に殺された人たちは一人も帰ってこなかった。
人々は祭りを開いた。酒を飲み、歌った。
祭りの間だけ、彼らは死者のことを忘れていた。
祭りが終わったあと、墓はそのままだった。
* * *
その夜、宿舎でこの紙を書いていると、ニュースで奇妙な話を聞きました。
正確には、ニュースではありませんでした。
運転手さんがラジオをつけたまま出ていって、そこで短い話題が流れました。
部屋には、ラジオの音だけが聞こえていました。
遠い都市の病院で、赤ん坊が生まれたそうです。生まれた途端、泣かずに笑ったとか。医者たちが不思議がっている、という軽い話題でした。
その話を聞いた瞬間、足が痛みました。
ここ何か月かで、いちばんひどい痛みでした。
刃が、足首まで上がってきました。
そのころ、どこかあっち側で、本物の悪魔が生まれたのだそうです。
あとで、そう聞きました。
* * *
その赤ん坊が初めて笑った瞬間と、彼の足首に刃が上っていった瞬間は、同じページの上にあった。
我々はそのページをめくらなかった。
めくらなくても、次の章は来た。




