第22話 市場
管理番号 KR-06 添付文書 1
146〜158ページ
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大聖堂が完成しました。
加平の白い建物ではなく、新しく建てたものです。京畿道のどこか、山裾を丸ごと買って建てたそうです。白い建物より三倍大きいです。屋根のてっぺんの円盤も三倍大きいです。円盤にLEDが入るのはもう基本だそうです。今度は円盤がゆっくり回ります。風ではなく、モーターで。最初から回るように作ったそうです。リムジンのボンネットに付いた円盤が回って信者たちに好評だという報告が上がったからです。
奉献ミサの日でした。私は朝から大聖堂のてっぺんの部屋にいました。窓から下が全部見えました。
正門へ続く道は2キロほどあります。その道の両側に、天幕が果てしなく並んでいました。加平の集会のとき天幕が二十張だったなら、今回は二百張ほどでした。数えきれませんでした。
天幕ごとに聖物を売っていました。金色の円盤のキーホルダー、円盤型の冷蔵庫マグネット、円盤が描かれたハンカチ、あの方の顔が印刷された扇子。あの方が祝福した塩、あの方が祝福した米、あの方が祝福したフェイスパック。私はフェイスパックを祝福したことはありません。毎朝、誰かが私の顔に貼ってくれたことはありましたが。
一つの天幕で、おじさんが拡声器で叫んでいました。
「一つ千ウォン! 一つ千ウォン! 三つで二千ウォン!」
千ウォンの聖遺物でした。あの方が使っていたボールペンだそうです。金色の円盤のロゴが入ったボールペン。それは確かに、私が使っていたボールペンでした。団体が配るボールペンですから。私が使っていたものとまったく同じボールペンが、数千本ありました。だから、嘘ではありませんでした。
今この文章も、そのボールペンで書いています。
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俺は笑った。そしてファイルを傾けて、手書きの文字をもう一度見た。
この文字を書いたボールペンが千ウォン。三つで二千ウォン。
管理局の証拠品保管庫に、六番目の遺品はあるだろうか。ボールペンもあるだろうか。あるなら、そのボールペンはいくらだろう。管理局の書類では「筆記具一点、用途・手記作成」だろう。市場では千ウォン、管理局では証拠品、手記の中ではただのボールペン。
俺の聖剣の柄も、管理局の引き出しのどこかにある。書類上は「刀剣類一点、刃なし」。あちら側の市場に出品していたら、城一つ分の値がついただろう。
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天幕の道の横に、車道が別に通っていました。
黒い車がその道を上ってきました。人々が歩いて2キロを上ってくる間、車は大聖堂の正門のすぐ前まで入りました。正門の前に駐車係が立っていました。白い手袋をはめて。駐車係が車のドアを開けてやると、人々が降りました。みんな良い服を着ていました。
車で入れる人は決まっているそうです。献金を一定額以上出した人です。金額は誰も言いませんでした。ただ「奉献等級」とだけ言いました。等級ごとに駐車券の色が違います。金色、銀色、白色。白色は大聖堂から500メートル離れた駐車場までしか入れません。銀色は200メートル。金色は正門まで。
歩いて上ってくる人々は、等級のない人たちでした。子どもをおぶり、年寄りを支え、弁当を持って。2キロを歩いて上りながら、天幕ごとに立ち寄って千ウォンの品を一つずつ買いました。下りるときに使う金は残しておいたでしょうか。
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正門の上に、大きな横断幕が掛かっていました。
黄金より尊いのはただ御言葉のみ。
「黄金」という言葉は、その横断幕にただ一度だけ出てきました。大聖堂のどこにも金の話はありませんでした。献金箱もありませんでした。献金は「奉献」で、奉献は口座振込で行いました。口座番号は、入口で配る聖歌集のいちばん後ろのページに小さく印刷されていました。けれどほとんどの人は、口座番号の横に小さく描かれた金色の丸いQRコードを携帯で読み取るほうを好みました。
黄金より高い言葉があるだけでした。その言葉は、金色の駐車券で買いました。
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金色、銀色、白色。
あちら側の王城にも門が三つあった。金門、銀門、そして名もなき門。貴族は金門から、商人は銀門から、残りは名もなき門から入った。勇者になった最初の年、俺は名もなき門から入った。二年目には銀門。三年目、最初の魔王軍の将軍の首を持ち帰った日、金門が開いた。
金門の内側から見下ろすと、名もなき門の前の列が見えた。その列は朝から晩まで縮まらなかった。
俺はその列に並んだことがあった。だから金門の内側は、よけいに居心地が悪かった。その居心地の悪さは四年目あたりで消えた。それが今、いちばん恥ずかしい。
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ミサが始まると、最高司祭が入場しました。
人々がざわめきました。最高司祭が杖をつかずに歩いて入ってきたからです。
集会の日に初めて見たとき、その方はとても年老いた方でした。杖をつき、背中が曲がり、手が震えていました。けれど今日は違いました。背中が伸びていました。歩みが速かったです。顔の皺も減っていました。九十に近い方が、七十ぐらいに見えました。
私の隣に立っていた司祭が一人、感激した声でささやきました。
「第一使徒が若さを取り戻しておられます。あの方の恩寵です」
あの方の恩寵。私は何もしていません。本当です。そのときは。
最高司祭が演壇で演説をしました。声も若くなっていました。よく響きました。人々が拍手をしました。私はいちばん前の席で、口パクで祝福の文句を読みました。録音された私の昔の声がスピーカーから流れました。最高司祭の若くなった声の後に出てくるので、私の声はよけいに老けて聞こえました。
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ミサが終わり、控室へ戻る廊下で、誰かが私を呼びました。
「すみません」
控室の廊下は立入禁止区域です。司祭たちと、私と、警護の兄弟たちだけが通れます。なのにその人は、そこに立っていました。
男でした。三十代前半ぐらい。とても痩せていました。古いジャンパーを着ていました。ジャンパーの袖口が擦り切れて、糸がほつれて垂れていました。首から入場証を下げていましたが、それはミサ取材用の記者証でした。控室の廊下まで入れる入場証ではありませんでした。
警護の兄弟たちが駆け寄ろうとしました。私が手を挙げました。兄弟たちが止まりました。あの方が手を挙げたら止まらなければならないのです。団体が教えたことでした。初めてそれが役に立ちました。
「記者ですか」
「記者です。ネット媒体です。名前を言っても、ご存じないでしょう」
その人が言いました。声は低かったです。怒りをぐっと押し殺した声でした。
「一つだけ質問させてください。記事を書くためじゃありません。ただ、聞いてみたかっただけです」
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記者。
俺はメモ用紙を手に取り、また置いた。この記者が誰なのか、俺は知っている。管理番号KR-06のファイルの表紙には「状態・死亡」と書かれていた。その死がどうやって訪れたかは、ファイルのどこにもなかった。だがこの箇所で、俺はその男の古いジャンパーの袖に垂れた糸を長いこと見た。
違う。俺は知らない。まだそこまで読んでいない。なのに、なぜこの人があの人だという気がするのだろう。
手記を長く読んでいると、こうなる。結末を知らないのに、体が結末のほうへ傾いていく。
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「うちの父が、去年亡くなりました」
記者が言いました。
「肺に水がたまっていました。病院で手術すれば治ると言われました。でも父は、この団体の信者でした。司祭がこう言ったそうです。手術の代わりに『奇跡費』を納めれば、あの方が直接治してくださると。奇跡費は手術費より安かった。父は奇跡費を納めました」
「……」
「順番があるそうです。奇跡費を納めた人が多くて、順番を待たなければならないと。父は三か月待ちました。その間に、順番が何度か変わりました。後で知ったのですが、奇跡費を多く納めた人が割り込みをしたそうです。裏金で。父は順番が回ってくる前に亡くなりました」
私は何も言えませんでした。そんな人に会ったことがありませんでした。奇跡費という言葉も、初めて聞きました。私に手を握ってくれと来る人たちの中に、その順番を待った人がいたでしょうか。順番に割り込んだ人がいたでしょうか。私はその人たちの顔を一人も覚えていません。みんなに光を当てただけですから。
「母は、父の手術費を工面するために借りたローンを、まだ返しています。奇跡費とは別で、その前の、最初に手術しようとして借りておいた分です。手術はしなかったのに、ローンは残りました。母は今、コンビニで夜のアルバイトをしています。六十二です」
記者はそこで、息を一度飲み込みました。そして私を見ました。まっすぐに。
「なのに、あなたは本物なんだそうですね」
「……」
「あの人たちはみんな偽物です。司祭たちも、奇跡費も、順序表も。それは分かっています。でも、あなたは本物なんだそうです。集会の日、そこにいた人たちがみんな聞いたそうです。頭の中で。うちの母もその日そこにいました。母も聞いたそうです。ゆえに、我は汝らの平和のために祈る」
記者の声が、初めて揺れました。
「あなたのような本物が、なぜ、あんな悪魔たちの中にいるんですか」
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あなたのような本物が、なぜ。
あちら側の最後の年、ある村の老婆が俺に同じことを訊いた。王の軍が魔王軍を追うと言って、その村の穀物をすべて徴発していった、その翌日だった。勇者さまのようなお方が、なぜ「あんな」者たちと連れ立って歩かれるのですか。
俺は答えられなかった。翌朝、その村を発った。その老婆の顔は覚えていない。その問いは覚えている。
六番目は何と答えたのだろう。俺はまだその答えを出せていない。このページの次に、彼の答えがある。俺はそれを読む前に、自分の答えのほうを先に考えてみようとした。何も浮かばなかった。
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私は答えませんでした。
答えられませんでした。私は嘘をつくことができないからです。けれど本当のことを答えれば、その人はもっと傷つくような気がしました。母の生活費のためだと言うのは。鏡が割れるのが怖いからだと言うのは。卑怯だからだと言うのは。
だから私は、静かに笑っているだけでした。
ミサのときに作るあの表情です。顔に貼りついて離れないあの表情。記者はその笑みを見て、何も言わずに背を向けました。警護の兄弟たちがその人を廊下の端へ連れて行きました。その人は連れて行かれながら、一度も振り返りませんでした。
その笑みがその人にどう見えたか、分かっています。嘲笑です。本物が偽物たちの間に立って、父を失った人を嘲笑う顔です。
けれどその笑みは、嘲笑ではありませんでした。
その夜、私は大聖堂のてっぺんの部屋で眠れませんでした。窓の外で天幕が一つずつ畳まれていくのが見えました。歩いて上ってきた人たちが、歩いて下りていきました。暗闇の中で、懐中電灯の光が山道に沿って列をなして下りていきました。2キロです。
私はその夜から、その人たちの声を集め始めました。
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あの記者のジャンパーの袖から垂れた縫い糸を、我々は知っていた。その縫い糸がいつか、どの手に巻きつくのかも。
我々はその縫い糸を切らなかった。針を執る者たちは、もともと縫い糸を残す。




