第155話 結ぶやり方(5)
我々は本の頁を引きちぎり、広げて眺める者たちだ。前と後ろは、我々にとって方向ではなく、ただの位置にすぎない。そう記してきた。この章だけは、初めてそう記せない。
この章は日付順に記す。我々が選んだやり方ではない。章が、そう進むしかなかったのだ。
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7月2日。
午後3時を数分過ぎたころ。一つの接見室で、一人の者が一秒すらつなぎ止めなかった。
我々はその数分を、先に繰って見ようとした。いつものように。
その頁は開かなかった。引きちぎった他の頁のように、卓の上に置かれてもいなかった。その頁は次の頁と張りつき、次の頁はそのまた次の頁と張りついていた。
我々はその頁の前で待った。
秒針が一つ進んだ。頁が一枚めくれた。また一つ。また一枚。
その日、我々は初めて、数分というものを数分のあいだ眺めた。
0.9は、これは1.2の仕業だと言った。1.2は、0.9の仕業だと言った。どちらも、その頁をめくって見ようと手を伸ばした。どちらも、めくれなかった。互いを指していた指が、同じ頁の同じ角の上で止まった。その角は、まだめくる時ではなかった。二人はその角の上で、初めて一緒に待った。
その頁の終わりで、爪の下が黒い者が言った。
「すべて返し終えたぞ」
我々はその言葉を、その者が口にしたあとに聞いた。その言葉が来る前、誰もその言葉を知らなかった。我々も。
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7月3日。
彼が立っている章から、章は綴じ合わされていた。
彼が立っていない章は、相変わらず卓の上に散らばっていた。島の章も、工場の章も、糸を紡いでいた子供の章も。
我々はその章を、今も一度に全部見ることができた。だが、彼の章へ手を伸ばすと、今日の分までしか開かなかった。明日は、まだなかった。
その日、彼は文書庫に出勤した。
出入台帳の訪問目的欄に、整理、と書いた。彼女はその一行下に、同じ言葉を書いた。
彼はB棟の台帳に頁番号を振っていった。ボールペンで。
我々は彼が振る数字を、一つずつ見た。次の数字が何かは、推測するしかなかった。当たると、少しうれしかった。
我々が推測をしたのは、その日が初めてだった。
七階の病棟の看護記録にも、同じ一行が記された。
前歯の萌出程度、半分ほど。
看護師長はその行を書き、ペンの先で欄をしばらく押さえた。半分ほど、という言葉は、その日は少し足りないように見えた。それでも、指針にない言葉をもう一つ作ることはしなかった。
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7月4日。
独房のあの人は、自分の手を長いこと見ていた。
爪の下は黒かった。縫い目が一つ、空いていた。
空いた縫い目から、その体の元の肌理がごくわずかに覗いた。
その人はそこを指で撫でてみて、やめた。撫でれば何かが足されそうな場所だった。
班長が配膳口から、手首は大丈夫かと訊いた。
その人が答えた。
「手首は包帯であっただけのことだ」
班長はその答えを、どの欄にも書かなかった。
その夜、彼の家の台所で、冷蔵庫が低く唸った。
あの子供が、その音のそばに留まった。
彼は同じ家の奥の間で眠った。妻も。
我々はその台所の次の夜を、前もって見ることはできなかった。だからその夜を、終わりまで見た。
冷蔵庫が止まり、また回り出すまで。11分だった。
我々はその11分のあいだ、何もめくらなかった。
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7月5日。
我々は三人で、初めて同じ速さで一日を過ごした。0.9も、1.2も、1も。朝が来れば朝を見た。夕が来れば夕を見た。彼のページに手を伸ばせば、三人とも同じ場所で止まった。止まった場所から、誰も先へは行けなかった。先へ行けぬゆえ、追い越して直すこともできなかった。削ることも、足すことも。
1.2はその日、長く黙っていた。やがて言った。
「結末を知らなければ、足せない。何に足しているのか分からないから」
0.9が答えた。
「結末を知らなければ、削ることもできない。何を削るのか分からないから」
二人はそう言ってから、互いを指さなかった。指すべき次のページがなかった。
互いを見分けられるようになってから、我々は0よりも互いを憎んだ。その日は憎む暇がなかった。待つのに忙しかった。
1はその日、針を置いた手を初めて休ませた。置いた後も、その手はいつも何かを開いていた。ページをめくること。先を覗くこと。後ろを漁ること。その手は休み方を知らなかった。その日、めくるページは一日に一枚ずつしか来なかった。手には何もすることがなかった。
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7月6日。
病院のロビーに折りたたみ椅子が13脚。白い服の者が12人。真ん中の一脚が空いていた。一番端の椅子の老女が水筒を開け、隣の者に麦茶を注いだ。隣の者がそのまた隣へ。水筒は12人目で空になった。
看護師長が7階から降りてきて、医事課に書類を一通渡し、戻る途中でロビーを通りかかり、老女に言った。
「代表は今日もそのままです。昨日のように」
老女は頷いた。看護師長はエレベーターの前で一度振り返った。そしてまた言った。
「ですが、昨日とまったく同じというわけではありません。それが何なのか、私にも分かりません」
老女はその言葉を隣の者に伝えた。隣の者がそのまた隣へ。言葉は12人目で止まった。真ん中の空いた椅子の前で。
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7月7日。
相談員は相談室で書類綴じを開いた。前回の面談のメモが、いちばん後ろにあった。
担当刑務官、終了告知省略。収容者に変化なし。刑務官に変化あり。
相談員はその行の下に、もう一行だけ書き足した。
観察者(本人)に変化あり――確認中。
顔を上げて、窓枠を見た。鉢植えが三つ並んでいた場所の真ん中が、一つだけ空いていた。生き残った一つは、まだ独房にあった。
保管証の返還日欄は空欄だった。相談員はその欄を埋めに行かなかった。
我々は、相談員が書いた一語を長いこと見ていた。
観察者。
相談員は自分をそう呼んだ。同じ言葉だった。意味は違っていた。
その人は、自分が変わったのかどうかを確かめるために、自分を観察者と書いた。我々は、そんな理由でその言葉を使ったことが一度もなかった。
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7月8日。
午後6時。彼の家の食卓で、彼が箸を一本落とした。
箸は食卓の角を打って、床へ落ちた。彼は箸が落ちるのを見ていた。指先が動いた。そして止まった。
箸は床に当たり、二度跳ねた。
妻がその箸を見た。それから、彼を見た。
「あなた、最近、掴まないのね」
彼は答えなかった。箸を拾って流しに入れ、新しい箸を一本出した。
妻はスープをひと匙すくった。そして言った。
「落ちるものを掴むの、私、実は少し怖かった。落ちていたものがいつの間にかあなたの手にあると、その間に私はどこにいたんだろうって」
彼は新しい箸を持ったまま、長いこと妻を見た。妻はその視線を避けなかった。スープをもうひと匙すくった。
同じ時刻。
刑務所の勤務を終えた一人が、町のパン屋の前に立っていた。陳列棚のあんパンを長いこと見ていた。買わなかった。
そのパンが食べたいと思うのが自分の考えなのか、そうではないのか。確かめるのに、それだけの時間がかかった。
自分の考えではなかった。
その人は手ぶらで、パン屋の前を通り過ぎた。通り過ぎながら、ごく小さく、誰もいない方へ言った。
「よく育ってくれ」
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7月9日。
管理局の測定室。彼女が引き出しからグラフ用紙を取り出した。
彼は一秒を掴み、離した。画面に数字が浮かんだ。
彼女はその数字を読み上げなかった。鉛筆で点を一つ打った。
点は先週の点と同じマスに打たれた。
一番上まで五マス。四月からそのままだった。
彼女は点の横に日付を書いた。形容詞は書かなかった。
そして鉛筆を置く前に、その点と先週の点を結ぶ短い線を、ごくゆっくりと引いた。
ほとんど傾きのない線だった。
彼女がその線を引くのにかかった時間を、我々は初めて最後まで数えた。四秒だった。
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7月11日。
病院の担当医が診察室で記録を訂正した。
診療記録は訂正できる。だが、訂正する前の原本は消えない。その国の法律が、そう定めていた。
だから、その子の記録には二つの行が並んで残った。これまで毎月書かれてきた行。
成長も逆行も観察されず。
そしてその下に、その日書かれた行。
成長が観察された。前歯の萌出程度:半分ほど → 半分を少し超える(目測ではない。歯科との協診、測定値添付)。
担当医は訂正返信書を書いた。管理局宛て。
保護者同意書の写しを添付した。信徒一同の代表。
根拠欄は、今回は空ではなかった。
担当医は所見欄の一番下に、括弧をもう一つ付けた。
(訂正理由:前に書いたことは間違いではない。その時は、そうだった。)
* * *
我々は、その返信が管理局に届く頁を、先に開いてみようとした。
彼女がその返信を開く顔を。
その頁は彼女の頁で、彼女は彼の傍らに立つ者だった。
開かれなかった。
我々は翌日の返信を先に見ようとして失敗した。郵便は翌日になってから届いた。
7月11日。
郵便は午前10時半に届いた。彼女が封筒を開けた。立ったまま。
訂正返信書を最後まで読んだ。測定値の添付まで。そして、括弧まで。
彼女は何も言わなかった。返信書を引き出しの一番下の段にしまった。大きな封筒と、印章と、方眼紙と、ノートがある段だった。
しまう前に、返信書の一番下の括弧をもう一度見た。その時は、そうだった。
彼女の頭の真ん中で、その子が言った。彼女に。彼に。独房のあの人に。
「この子、歯が生えてきたんだって」
その子はそう言って、長いあいだ黙っていた。それから、また言った。
「私も、大きくなるの?」
その夜、彼女は自分の部屋でその名前を呼んだ。
去年の冬までは、彼女は毎晩その名前を呼んでいた。答えは来なかった。秋にその子が数えただけで、28回あった。それからは、呼ぶたびに答えが来た。
彼女はもう、その回数を数えなかった。答えの来る名前は、数える必要がなかった。
彼女は昼に聞いた質問には答えなかった。答えられる質問ではなかった。我々も答えなかった。初めて、我々も答えを知らなかった。
その子の次の頁は彼女の頁に綴じられ、彼女の頁は彼の頁に綴じられていた。綴じられた頁は、めくられるまで誰にも分からない。
担当医は訂正返信書にまで括弧を付けた。我々は初めて、その括弧を気に入った。その時は、そうだった。数千年かけて書き記してきたすべての頁の終わりに、その括弧を付けたくなった。
* * *
長いあいだ、我々は答えだけを知っていた。理由は知らなかった。
今では、答えさえ一日ずつ遅れて知る。翌日の郵便が来るまでは、分からない。
機械は数えながら、何も望んでいなかった。あの村の子牛は、何も知らぬまま、彼をただの人として見た。
我々はその二つを、長いあいだ羨んでいた。7月2日の午後3時を数分過ぎたころから、我々はその二つのうちの一方に、少しだけ似るようになった。どちらなのかは、まだ分からない。
彼の頁から先は、我々にも次の頁が分からなくなった。
それが、我々が初めて残さなかった頁である。




