第132話 合本(1)
特別接見申請書には、欄が九つある。
申請機関、申請人、接見対象、対象の収容状態、接見日時、接見場所、同席者、接見目的、そして事由。
管理局が矯正施設の収容者に会うには、この様式を矯正当局に出す。
対象が保護措置中なら、別紙がもう一枚増える。保護措置中の収容者との接見が、対象の安定を害さないという機関長の意見書だ。
その意見書を書いたのは、俺である。
機関長の名前で。
この部署の機関長は、18年前から俺だ。
接見対象の欄に、七番目の番号を書いた。
KR-07。
収容状態の欄には「保護措置(事由確認中)」。
矯正当局が書いた文言を、そのまま写した。
接見日時は2日後の午後2時。
接見場所は「一般接見室(仕切りあり)」。
仕切りのない部屋を使うこともできた。
弁護人接見室だ。
それでも俺は、仕切りのある部屋を選んだ。
仕切り越しでも、何かは越えてくる。
手のひらと額のあいだを通って。
それは七番目が陳述書に書いた言葉ではない。
刑務所の報告書に残っていた。
2か月前、その接見室で、子どもが一人ガラスに手のひらを当て、収容者がガラスに額を押し当てた。
記録には、それだけが書かれていた。
立会人欄を前に、私は長いことペンを握っていた。
* * *
同席者欄に、名前をひとつ書いた。
その名前を書くのは、初めてだった。
書類の上では、八番目はいつも番号だった。KR-08。彼が家に帰ったあと、その番号の書類綴りは「管理終了」として閉じられた。
閉じた書類綴りの人間を、もう一度書類に載せる。規則にないことではなかった。ただ、珍しいことだった。
私は同席者欄に、彼の番号ではなく名前を書いた。あの日、あの扉の前で、初めて声に出して呼んだ名前を。
接見目的欄には、決められた言葉の中から「事実確認」を選んだ。欄の外に、ボールペンで小さく書き足した。
「名前確認」
事由欄は一行で書いた。
長く書けば、矯正当局は差し戻すだろう。短く書けば、通る。あの人から教わったことだ。事由は短く。決められた言葉のうちで。
管理対象者関連記憶情報の対照。
一行。その一行を書き終えてから、私はその下に何があるのかを考えた。申告書の長い事由のように。
散らばった子ども。棗の木の印章。方眼紙の三本目の線。それでも。
私はその長い事由から言葉をいくつか選び、一行に縮めた。あの人が、生涯かけてしてきたように。
朱肉を三度叩き、印章を押した。欄の真ん中に。
一、二。
* * *
申請書を送った翌日、刑務所から電話があった。
班長だった。
班長は、申請書の接見目的欄の外に書かれた「名前確認」とは何なのかと尋ねた。欄の外の文字は受付の対象ではない。だから処理できない。しかし、見なかったことにもできない――班長はそう言った。
「その文字を、備考欄に移し替えてもよろしいでしょうか」
私はそうしろと答えた。
班長は満足した声で、最近は欄の外に文字を書く機関が増えて、備考欄が足りないとこぼした。それから、備考欄を二行に増やす改正案を上層部に上げるつもりだと言った。
私は、その改正案の考案者欄には班長の名前が入るのだろうと思った。
電話を切る前に、班長は付け加えた。収容者には接見の日程を伝えた。備考欄に書くような反応は、一つしかなかった。
収容者はその日、初めて独房の植木鉢に水をやった。
保管証を発行してから一度も、水をやったことのない鉢だった。
* * *
同行要求書は、別に書いた。
様式はなかった。管理が終了した者に、管理局が同行を求めるための様式など存在しない。
私は白い紙にボールペンで定規を当て、欄を引いた。欄は五つ。要求機関、対象者、日時、場所、回答。
要求事由の欄は引かなかった。
八番目には、事由を書かないことにした。事由を書けば、彼は事由を読む。彼は事由を読むより、人を読むほうが正確な男だ。
私はその紙を封筒に入れ、ラーメンを呼んだ。
「これ、直接届けてくれ」
ラーメンは封筒の宛名欄を見た。そして、その名前を声に出して読もうとして、止まった。
ラーメンも、その名前を声に出して呼んだことはない。ラーメンにとって八番目は、いつだって「おじさん」だった。配膳口の向こうのおじさん。経緯書をうまく書くおじさん。
「おじさんの家、ですか」
「ああ」
「僕、そのおじさんの家、行ったことないですけど」
ラーメンは封筒を両手で支えて持った。カップ麺を支えていたときと同じ形の手だった。
ラーメンは、そのことに気づいていない。
私は、気づいている。
* * *
ラーメンはその日の夕方に戻ってきた。顔が赤かった。
私の机の前に立って、しばらく言葉を選んでから報告した。
「おじさんの家の玄関をノックしたら、おじさんじゃなくておばさんが出てきました。おばさんは僕の顔を見て、首から下げた出入証を見て、また僕の顔を見ました。それから手を叩いて、こう言いました」
ラーメンはおばさんの声を真似た。
「あ、ラーメンさん!」
真似をしながら、ラーメンの顔はさらに赤くなった。
おばさんは、ラーメンという名前を知っていた。
1年近く前、八番目が白い部屋で妻とビデオ通話をしたとき、横で誰かが鼻をすする音がした。妻が隣に誰がいるのかと尋ね、彼がラーメンだと答えた。その記録は私の書類にある。通話内容の要約欄だ。施設職員への言及禁止違反、警告。
おばさんは、その名前を1年近く覚えていた。
「それで、僕、そこでご飯を食べてきました。おばさんが、そのまま帰しちゃだめだって。わかめスープだったんですけど、本当に薄味でした」
私は笑うのをこらえた。それでも、声を出さずに笑った。
ラーメンはその家の台所を細かく報告した。聞いてもいないのに。
冷蔵庫の扉には磁石が一つ付いていて、その下にメモが一枚挟んであった。「ちゃんとごはん食べるこ」——最後の「と」が紙の端で切れていた。
ラーメンは、そのメモがなぜ切れているのか不思議に思った。
私は理由を知っている。
そのメモが白い部屋で1年を耐えるあいだに、一度だけ折られ、そして広げられたことを。
私はラーメンには言わなかった。
「おじさんはですね、食卓でその依頼書を読んで、返信欄をしばらく見てました。ボールペンを取っては置き、取っては置きを3回しました。おばさんが横から何て書くのって聞いたら、おじさん、ボールペンで食卓をトントン叩いてました。おばさんがやめてって言ったのに、ずっと叩いてました。それから、1文字だけ書きました」
ラーメンは、八番目が何と言ったかを伝えなかった。
ラーメンの話では、彼はその日、ラーメンの前で何も言わなかった。返信欄に1文字だけ書き、封筒に入れ、ラーメンに手渡した。そして、一度だけ頭を下げた。
ラーメンは、その頭の下げ方が何を意味するのか分からなかった。
私は分かる。
3か月前、彼の家の前で車を降りた日、彼が私にしたのと同じ頭の下げ方だ。
約束を守ってくれた人にする、あいさつ。
サングラスがラーメンの背中から顔を出した。
「二日後のやつ、俺も一緒に行っていいですか」
ラーメンの2年後輩。サングラスは今でもときどき、室内でサングラスをかけたままにしている。
裸眼で見るなと教えられたあの決まりが、呪いの解けた人間にはもう必要ないことくらい、サングラス自身も分かっている。それでも、これは心の準備なんです、とサングラスは言った。
だから俺は、その日は車で待っていろと伝えた。
サングラスは残念そうな顔でサングラスを外した。外した目は少し赤かった。ラーメンがおじさんの家でわかめスープをごちそうになってきたのを、うらやましがっている目だった。
サングラスが帰ったあと、ラーメンが教えてくれた。サングラスは白い部屋にいたころ、配膳口でキンパをぶちまけたことを、まだ恥ずかしく思っているらしい。あの日、おじさんが「汁物だったら大ごとだったぞ」と言った言葉を、サングラスは今でも覚えている、と。
ラーメンが封筒を差し出した。同行依頼書が戻ってきていた。
返信欄に、字が一つだけあった。一文字。俺の字だった。
うまくはない。俺はもともと、字を丁寧に書く人間じゃない。時間をつかむ手は、字を丁寧に書くことには向いていない。
「はい」
私はその短い一語を、長いこと見ていました。
「はい」
八番目が白い部屋で一年のあいだ、私に返した答えのうち、もっとも多かった言葉です。
「はい」と「うん」。彼は二つを混ぜて使っていました。
書類には「はい」と書き、口では「うん」と言っていました。
私はその癖を、測定表の備考欄に一度だけ書き留めたことがあります。
何の役にも立たない記録でした。
それでも、消しませんでした。
私は同行依頼書を、特別接見申請書と一緒に決裁板へ挟みました。
二枚は並んでいました。
一枚は欄が九つ、もう一枚は欄が五つでした。
一枚には定型の書式があり、もう一枚には私が引いた枠がありました。
* * *
その夜、俺は引き出しを開けた。
一番下の段。
九つの封筒が、また大きな封筒の中に入っている。その隣に棗の木の印章。その隣に、テープでつなぎ合わせた方眼紙。その隣に返済計画書のノート。
七百十四行、返済が九十七、残りが六百十七。
俺は印章を取った。指の関節ひとつ半ほどの長さ。印面には篆書体で彫られた三文字の名前。
俺はその名前を逆さまに読んだ。印面はいつも逆さまに彫られているものだから。逆さまの字を読むことを、俺はあの人から教わった。
その名前を声に出して読まなかった。二日後までは。唇だけを一度動かしてみた。音もなく。あの人が公園の木の下で、頭の中だけでその名前を呼んだときのように。
引き出しの一番下の段には、病院からの回答書も一枚あった。
刑務所の運動場であったあの夜に倒れた子供――幼い最高司祭の状態報告だった。意識不明が続いている。推定身体年齢に変動なし。担当医の所見欄には、こう記されていた。
「成長も逆行も観察されず。時間が止まっているものと見られる」
担当医は、その表現が比喩であると括弧書きを添えていた。
俺はその括弧の上に付箋を貼らなかった。
その括弧は正しかった。半分は。
3か月前、私は八番目を彼の家の前まで車で送り届けました。
約束でした。
その日、彼は車を降りて、家まで歩いていきました。
私はその背中を見ていました。
今度は、私が彼を呼ぶ番です。
送り届けるのではなく、迎えに行く。
いいえ、それも違います。
来てください、とお願いするのです。
紙には欄が五つ。
事由欄はありません。
薬瓶を取り出しました。
今日は飲む日でした。
錠剤をひとつ、手のひらに振り出しました。
そして、その錠剤をまた瓶に戻しました。
飲み込みませんでした。
18年のあいだ、あの一文が浮かぶたびに、その一文を消すために飲んできた薬でした。
二日後。
あの一文は消えていては困ります。
最も鮮やかに残っていなければなりませんでした。
私はその一文を思い出しました。わざとでした。
声は高く、幼いものでした。私の声ではありませんでした。
私は、その一文を消しませんでした。
* * *
その夜、彼女の薬箱の錠剤は、ひとつも減っていませんでした。封筒を開けてから、薬を抜かしたのは三度目の日でした。
決裁板には、二枚の書類が挟まっていました。
五つの欄があるほうの紙の返信欄には、一文字だけがありました。
その文字を書いた手は、その日の夕暮れ、洗面台で水滴をひとつ受け止め、そして離しました。




