第129話 死亡診断書(2)
管理番号 KR-05 自筆陳述書
陳述26 — 誕生日。
封筒9。原文のまま転記。実名は▇処理。
* * *
5月12日。夜明けの5時でした。
私は階段を上りました。
この建物が最も静かになるのは、夜明けの5時です。夜間警備の交代は6時でした。交代までの1時間、警備員は警備室で日誌を整理していました。
その1時間を、私は6年のあいだ数えておりました。
使う日が来るとは思いませんでした。
7月の癖でした。
使い道がなくても数えておく。ただ、それだけの癖。
実長の部屋は3階の南端でした。
扉は施錠されていませんでした。
実長は自分の部屋に鍵をかけません。この建物で、実長の部屋に勝手に踏み込む者はいない——それが実長の計算でした。
その計算は、たいてい当たりました。
決裁箱は、机の右側にありました。
木でできた箱で、仕切りは三つ。未決、決裁中、完結。
作戦命令書は、決裁中の仕切りに収まっていました。
実長の印章は、もう押されていました。
上からの決裁を待つ書類でした。
その決裁は午前9時に下り、10時には車が出発する予定でした。
私はその命令書を取り出しませんでした。
決裁箱の中に置いたまま、指を一本だけ、紙の角に当てました。他の紙には触れないように。指先だけで。
紙が、なくなりました。
音はしませんでした。貯水池のときと同じでした。
ただ、今回は指先が熱かった。火傷しそうなほどでした。
私は手を離して、決裁箱の区画を見ました。命令書があった場所には、埃の積もっていない四角い跡が残っていました。
区画の中の区画。
七月の倉庫の床に残った、箱の跡と同じでした。
〈2016年5月12日、05:12〉
05:12。その人がこの時刻をキャプションに書いたのが偶然でないことを、私は知っています。
六年前の四月、その人が貯水池の底で目を開けた時刻です。
その人は、最後に残ったものを書く時刻を、初めて目を開けた時刻に合わせました。区画を合わせるように。
* * *
二枚目の紙は、あなたの部屋にありました。
あなたの部屋は鍵がかかっていました。あなたはいつも部屋を施錠していました。実長とは正反対に。
私はその扉の前にしばらく立っていました。開ける手立てがありませんでした。私に残されたものを使えば、錠前ひとつを消せたかもしれません。けれど、それでは紙を消す分が残りませんでした。
扉の下の隙間を見ました。指一本がようやく入るほどの隙間でした。あなたの机は扉から三歩のところにありました。手は届きませんでした。
私は扉の前にひざまずきました。そして、計算をやり直しました。
原本は消しました。写しが残っていれば、実長はその写しで作戦を始められます。規則とは決裁書類のことであり、写しにも実長の職印が押されていました。
そのとき、扉が内側から開きました。
あなたが立っていました。午前5時15分のことでした。あなたは昨夜、家へ帰っていなかったのです。ソファで眠ったような顔でした。髪が片側に押しつぶされていました。
あなたは、扉の前にひざまずく私を見下ろしました。それから、私の指先を見ました。指先が赤く染まっていました。
あなたは何も尋ねませんでした。
あなたは振り向いて机へ行きました。引き出しを開けました。その引き出しから紙を一枚取り出しました。作戦命令書の写しでした。
あなたはその紙を持って扉の前へ戻り、私の前に差し出しました。紙の角を、私のほうへ向けて。
〈2016年5月12日、05:15〉
* * *
私はその紙を見ました。それから、あなたを見ました。
あなたはやはり、何も尋ねませんでした。あの子の担当でした。あの子の前で嘘をつけない人でした。報告をする人でした。そのあなたが、私に消すための紙を差し出していました。
私は指を一本、その紙の角に当てました。
紙が消えました。あなたの指の間から。あなたの指は、紙を握っていた形のまま宙に残りました。あなたはその空っぽの指を、長いこと見ていました。
指先が、また熱くなりました。そしてその熱は、ゆっくり冷めました。冷めたあとに残ったのは、ただの指先でした。温かい指先でした。私はその指先を長いこと見ていました。七月に、産婆のおばあさんが言いました。ペンを握る手は血が指先まで届かないから冷たいのだ、と。その日の明け方、私の指先は温かかったのです。初めてでした。何も消せない手になると、指先まで血が通いました。
あなたが言いました。その日、初めて口にした言葉でした。
「写しをどこに置いたか、私は覚えていません。見つけるのに一日はかかると思います」
私は頭を下げました。深く。七月のあいさつでした。
あなたは扉を閉めました。
私は階段を下りました。地下の部屋に戻り、ノートを開きました。消去後の欄に、一文字書きました。
零。
〈2016年5月12日、05:30〉
「写しをどこに置いたか、私は覚えていません」
その日の朝9時、実長の部屋で、私はこの言葉をそのまま言いました。実長は決裁箱の四角い跡を見ていました。実長は私を長いこと見ました。それから、もう一度書けと言いました。
新しい命令書。
決裁は明日。
私はその新しい命令書の事由欄を、自分の手で書きました。一行でした。
その日、あの子を連れてきた日以来、私は初めて、あの子の書類の事由欄を一行で書きました。長く書けば決裁が遅れる気がしたからでは、ありませんでした。長く書く気力がありませんでした。
* * *
その日、あの子は休みました。
あなたがあの子を連れて外へ出ました。私もついていきました。
待機資源は、誕生日にも待機でした。けれど、その日は待機すべきものが何もありませんでした。私の手は、何も消すことができませんでした。
私はただ、ついていっただけの人間でした。ただの人間。
その日、私の指先は一日じゅう温かかったのです。
あなたはコンビニの前で車を止めました。
あの子があんパンを選びました。あなたが三つを会計しました。
あの子は一つをあなたのポケットに、一つを私のポケットに入れました。そして一つを手に持ったまま、車のなかで食べました。
ゆっくりと。ひと口ずつ。
あの子がパンをそんなふうにゆっくり食べるのを、私は初めて見ました。作戦が終わってから食べるパンは、いつも急いで食べるものでした。その日は、作戦がありませんでした。
私たちは川辺の公園へ行きました。平日の午前だったので、人は少なかった。
あの子は大きな木の下の芝生に横になりました。あなたはそのそばのベンチに座りました。
私はベンチの端に斜めに座りました。あの子とあなたを一目で見渡せるように。
目を閉じる前に、あの子は頭のなかで私に尋ねました。
「今日だけ、番号じゃなくて名前で呼んでもらえないか」と。
私はあの子の名前を知っていました。なつめの木の印章に刻まれた名前です。
その名前を声に出して呼んだことは、一度もありませんでした。この建物でその名前を声に出すことは、規則にありませんでした。
私は声を出さず、頭のなかであの子の名前を呼びました。一度だけ。
あの子はその名前を聞くと、芝生の上で体を少し丸めました。
呼べば振り返る名前。
孤児院の院長が、三つのうちから選んだ名前です。
その名前は、ここには書きません。
その名前は、あなたが声に出して呼ぶ名前です。
あの子はその代わりに、私の名前を呼んであげようかと、頭のなかで尋ねました。
あの子は私の名前も知っていました。私の頭のなかを全部読んでいましたから。
私はキッドで十分だから、それでいいと答えました。
その名前は、あの子が私につけてくれた名前でした。私にとってそれは、孤児院の院長が三つのうちから選んだ名前と同じ重さでした。
あの子はその答えを読み取り、うなずきました。
あの子は目を閉じました。頭のなかは静かでした。あの子はその日、誰にも文章を入れませんでした。警備室の蛇口にも、窓の留め金にも。何ひとつ。
〈2016年5月12日、11:20〉
川辺の公園。あの木は今もあります。私は毎年5月12日に、あの木の下へ行きます。あんパンを三つ買って。一つは私が食べず、一つは食べる人がいなく、一つは木の下に置いてきます。次の日に行ってみると、ありません。鳥が食べたのでしょう。
* * *
午後になると、あの子の顔が少しずつぼやけました。一日休んでもぼやけなかった顔でした。その日の休みは、ほかの日の休みと何かが違っていました。
私はそれを見ました。あなたも見ました。あなたはその日、あの子のぼやけていく顔を初めて見ました。あの子から聞いてはいても、見たのは初めてだったのでしょう。あの子が十二歳のときから隠してきた顔。あなたはベンチから立ち上がりませんでした。あの子に近づきませんでした。ただ、手でベンチの端を強く握りました。指の関節が白くなりました。
あの子は目を開けないまま、頭のなかで、あなたに話しました。
あなたに。直接。
あの子があなたの頭のなかへ語りかけたとき、その声は私のなかにも、少しだけ漏れてきました。
「お姉さん、大丈夫です。今日はぼやけてもいいんです。誕生日ですから」
あなたは答えませんでした。
あの子は、あなたの答えを読んだのでしょう。私は読めませんでした。
ただ、あなたがベンチの端から手を離し、その手で顔を覆うのを、私は見ていました。長いあいだ。
日が川の向こうへ傾きました。あの子の顔は、夕方には、あなたが初めて会った日と同じくらいぼやけていました。14歳の、あの廊下で見たときのように。
それなのに、あの子は笑っていました。
ぼやけた顔で。口の端がにじんでいましたが、そのにじんだかたちが笑みだということだけは、私にも分かりました。
* * *
帰りの車のなかで、あの子は後部座席に横になって眠りました。
あなたは運転しながら、バックミラーを一度も見ませんでした。
私は助手席で、ポケットからあんパンを取り出しました。
ビニールの包装を破りました。一口かじりました。
誕生日のパンでした。
私はそのパンを11口で食べきりました。豆の粒を数えるみたいに。
あなたがハンドルを握ったまま言いました。窓の外を見ながら。
「私は今日、パンを捨てません」
私はその言葉を聞きました。あなたのポケットにも、パンがひとつありました。
あなたはそのパンを引き出しに入れるのでしょう。次の誕生日まで。
私はその言葉に答えませんでした。次の誕生日という枠が、あの車のなかの誰に残っているのか、私は数えませんでした。
建物に着く直前、後部座席から、あの子の声が頭のなかに聞こえました。
眠りかけの声でした。14歳の声でした。
「キッド、ありがとう。明日は私がやるね」
2016年5月12日、21:10。
「明日は私がやるね」
あの子があの人に残した最後の一文を、私はこの陳述で初めて読みました。
その日、車のなかで私はその文を聞いていません。あの子はその文を、あの人にだけ送ったのです。
私には別の文を残しました。翌日に。
* * *
その日、あの子は一日中、一文も書きませんでした。
12歳になってから、初めてのことでした。
我々が広げておいたあの子のページのうち、その日のページだけ、文字がありませんでした。
我々は、その空白のページをめくりませんでした。




