第128話 死亡診断書(1)
管理番号 KR-05 自筆陳述書
陳述25 — 残ったもの。
封筒9。原文のまま転記。実名は▇処理。
* * *
5月になったとき、私に残っていたのは紙一枚でした。
私はそれを4月の末に数えました。地下の部屋の机の上に白紙を一枚置き、手のひらをその上に付けず、紙の上に浮かせたまま、長いことそうしていました。
手のひらと紙のあいだの空気が、少しだけ温まりました。
その温まり具合で、私は残ったものを量りました。
正確な計算ではありませんでした。測定器はあなたの机の上にあり、私はそれを貸してくれとは言いませんでした。貸してくれと言えば、あなたが数字を見ることになるからです。
紙一枚。おそらく一枚半。二枚ではありませんでした。
私はその計算をしてから、笑いました。ひとりで。地下の部屋で。
貯水池をひとつ消していた手が、紙一枚を残しました。
7月の私は、紙に触れる人間でした。台帳を写し、事由を削り、印章を押す人間。
65年を越えてきて、6年を使ってみれば、私の手に残ったのは、また紙一枚でした。
計算は正確に合っていました。最初の場所に戻った勘定です。
名簿は714行でした。
そのうち97行が償還され、残った行は617。
私はその数字を、ノートのいちばん前のページにある「償還計画」の四文字の横に記しました。枠の外に。
〈2016年5月2日、23:10〉
714行。あのノートの最後のページの番号が714だ。
その行の名前は、昭和18年4月の台帳から写したものだ。あの人が務めに就く前の名前。
あの人の印章が押されていない移送。
あの人は、係のことは係のことだと言って、自分が押していない移送まで名簿に載せた。
* * *
その日、私は地下の部屋の机の引き出しを開けてみました。
肖像の向きを揃えた紙幣が数枚。
老人が返してきた封筒。
あの子から教わったことを記した、ボールペン書きのノートが三冊。
知らない単語を書き留めたノート。
償還計画書。
それから、7月の濡れた移送事由書を書き写した写しが一枚。
原本は証拠物保管室にありました。
私は引き出しの中の物を一つずつ取り出し、机の上にまっすぐ並べました。枠を揃えて。
そして、また戻しました。順番どおりに。
その作業には一時間かかりました。
なぜそんなことをしたのか、そのときは分かりませんでした。
今は分かります。
私は、自分のものが何なのかを確かめていたのです。
確認事項の欄を埋めるように。
あの子の二十歳の誕生日は5月12日でした。
私はその日付を、あの子の書類の中に見ました。
孤児院が書き残した日付です。
あの子が孤児院に初めて来た日を誕生日にした、と院長が書き添えていました。
本当の誕生日は、誰も知りませんでした。
あの子自身も。
あの子は、誕生日を祝わなかった。
誕生日という欄は、あの子にとって最初から借り物の欄だったからだ。
孤児院に来た日。生まれた日ではなく、あの子が初めて書類に記された日が、そこに入っていた。
この建物で六度の誕生日を過ごすあいだ、あの子は一度もその欄を自分のものにしなかった。
あなたは最初の年、ケーキを買ってきた。
あの子はろうそくを消さなかった。
消せば願い事をしなければならないのに、願い事は書類にない、とあの子は頭の中であなたに言った。
あなたはそれから、ケーキを買わなくなった。
代わりにその日は、あんパンを三つ買った。二つではなく。
一つはあの子が食べ、一つはあなたのポケットに、一つは私のポケットに。そう分けたのはあの子だった。
誕生日にあなたのポケットへ入ったパンは、捨てられなかった、とあの子は私に言った。
食べられもしなかった。
あなたはそのパンを引き出しに入れておいた。次の誕生日まで。
そして次の誕生日のパンが入ると、前のパンを捨てた。
あの子はその計算を気に入っていた。
あなたの引き出しには、いつも一つだけパンがある、という計算を。
5月の第1週、実長はあなたを通じ、作戦命令書を下達しました。
私はその命令書を、あなたの机の上で逆さまから読みました。
日時は5月12日。予備日は13日。
場所は首都圏の大型競技場。対象は競技場内の人員、およそ4万人。
措置は大規模な文章送信。事由はテロ脅威情報の入手に伴う、予防的避難誘導訓練。
訓練。
私はその単語で止まりました。
実際の脅威ではありません。訓練でした。
実長は、あの子が4万人に同時に文章を入れられるかを試したかったのです。
台風の夜は1万人でした。実長は次のマスを見たかった。成長曲線の次のマスを。
そしてその日付は、あの子の20歳の誕生日でした。
〈2016年5月3日、10:20〉
その命令書。
私は写しを自分の引き出しにしまいながら、事由欄をもう一度読みました。
予防的避難誘導訓練。
訓練なら、なぜ誕生日でなければならないのか。私は実長に問い返すべきでした。
問いませんでした。
問わないことこそ、この部署で8年を生き延びた私のやり方でした。
あの人は7月に問わなかった。私は5月に問いませんでした。
* * *
その日の午後、俺はあの子を訪ねた。
場所は屋上だった。あの子は休み時間になると、よく屋上へ上がっていた。屋上には誰もいないからだ。人のいない場所では、頭の中が静かになる。
あの子は手すりにもたれて、空を見ていた。
俺が扉を開けて外に出ても、あの子は振り返らなかった。そのまま、頭の中へ声が届いた。
「キッド、あの命令書、見たのであろう」
俺は見た、と答えた。これも頭の中で。あの子の前で、わざわざ口を開く必要はなかった。
「4万人だそうだ。できると思う。やってみたい気もする」
俺はあの子の隣に立った。手すりは冷たかった。5月なのに。風が吹いていた。
あの子の顔ははっきりしていた。はっきりしすぎるほどに。
台風の夜から、あの子の顔はいつも写真のようにはっきりしていた。1日休んでも、もう滲まない。2日休めば、少しだけ。それだけ大きくなっていた。
あの子は、なおも話し続けた。
「だが、その日は誕生日なのだ。姉さんが、あんパンを三つ買ってくれる日なのだ」
俺はあの子に、その日は休みたいのかと尋ねた。
あの子は答えなかった。
代わりに、空を見た。長いこと。そして、答えの代わりに別のことを尋ねた。
「キッド、今、何の勘定をしているのだ。頭の中が升目でいっぱいなのだ」
〈2016年5月3日、15時40分〉
屋上。
あの子は手すりの一か所に、いつも同じように触れた。その場所はペンキが剥がれていた。手のひらほどの大きさで。
あの子が死んだ後もその場所を塗り直さないでくれと、俺は施設係に頼んだ。
施設係はその頼みを、安全点検の書類の「保留」欄に書いた。
その場所は今も、剥がれたままだ。
* * *
私はあの子に、自分の勘定を隠せませんでした。隠そうともしませんでした。
紙が一枚。作戦命令書は、紙でした。
この部署の作戦命令書は電算に上げることはしていませんでした。記録を残さない部署でしたから。
原本が一枚と、担当者の控えが一枚。実長の決裁箱に原本、あなたの引き出しに控え。
決裁書類がなければ、作戦は始められませんでした。規則でした。実長が作った規則でした。書類がなければ、仕事もない。
私はその二枚を消せました。残りで。
紙一枚半なら、二枚は際どいところでした。それでも、できると思いました。
命令書がなければ、5月12日の作戦は、存在しない作戦になりました。
実長はもう一度命令書を書き、もう一度決裁を受けなければなりませんでした。そのためには一日かかりました。一日。
あの子は、私の頭の中のその勘定を、すべて読みました。そして、その勘定の最後の升目も読みました。
紙二枚を消したあと、私に残るもの。零。
あの子は、その升目に長くとどまりました。
「キッド、それを使ったら、キッドはもう何も消せないよ」
私は、はい、と答えました。
「じゃあ、キッドはただの人間になるんだね」
私は、はい、と答えました。それから、元々はただの公務員だった、と付け加えました。
あの子が笑いました。口で。二十歳に近い声で。ひび割れた笑いでした。
〈2016年5月3日、16時00分〉
「ただの人間になるんだね」
あの子がそう言った日、私は屋上のドアのすぐ内側の階段にいました。あの子に、誕生日に何を食べたいのか聞こうとして、屋上へ上がる途中でした。
ドアの隙間から、二人の背中が見えました。
二人は何も話さず、空を見ていました。私は、その二人が頭の中でどんな話をしているのか、知りませんでした。
私は階段をまた下りました。その日、私は誕生日のメニューを聞けませんでした。
* * *
あの子はその日、屋上でもう一つだけ言いました。
「でもね、キッド。休むと、わたしは薄れるの。一日なら大丈夫なんだけど。その日、何もしないと、次の日は少し薄れるの」
私は、それも計算に入れてあると言いました。
次の日の作戦。実長が命令書を書き直せば、作戦は5月13日にずれ込むはずでした。誕生日の翌日。
その日、あの子は少し薄れたまま、4万人に文章を入れなければなりませんでした。
薄れたまま入れるなら、その分だけ多く書かなければなりませんでした。薄れた分を、埋めなければならなかったからです。
私はその計算をあの子に隠しませんでした。その計算が合わないということも。
一日休ませれば、次の日はもっと重くなる。私が与える一日が、あの子にとって借金になるかもしれない。
あの子はその計算を読み、しばらく黙っていました。それから言いました。
「でも」
その二文字だけでした。それでも、という二文字。
私はその二文字を欄に入れられませんでした。決められた言葉ではなかったからです。
けれど、その日の屋上で私は、その二文字が私が聞いたどんな理由よりも正確だと知りました。
あの子は手すりから手を離し、屋上のドアの方へ歩いていきました。ドアの前で振り返りました。
初めて、私の額の上ではなく、私の目を。
「じゃあ、その日は二人とも休みの日だね。キッドも、わたしも」
〈2016年5月3日、16時20分〉
* * *
その夜、私はノートに新しい欄を引きました。
日付、対象、数量、消去前、消去後。作戦記録と同じ欄でした。
ただ、名簿の番号の欄だけは引いていません。
この消去は名簿のどの行も埋め合わせませんでした。実長との取引にはない消去でした。誰の命令でもない消去。
日付の欄には5月12日と先に書きました。対象の欄には作戦命令書。数量の欄には二枚。消去前の欄には紙一枚半。消去後の欄は空けておきました。
その空欄に何が入るかは、分かっていました。
それでも、先には書きませんでした。欄は仕事が終わったあとに埋める。7月の係長が教えてくれたとおりです。
〈2016年5月3日、23時50分〉
* * *
その年の5月12日の朝、あの建物から紙が二枚消えた。
紙の置かれていた場所には、埃の積もっていない四角い跡が残った。
その跡を見つけた者は二人いた。
一人は決裁箱の前で、もう一人は引き出しの前で。




